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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第九章 夢想する物語とハッピーエンド
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胡蝶の夢とドリームケーキ(その1) ※全7部

 あたしは正直、今の状況がわかっていない。

 わかってるのは、あたしが夢の中から出られなくて、それを助けにみなさんが来てくれたことだけ。

 だけど、それだけで十分。

 あたしのために頑張っているみなさんを恐怖のズンドコに叩き落とそうとしている相手が良い”あやかし”なわけありません。

 だから!


 「やっちゃって下さい! 大悪龍王さん!」

 「応! 今こそ物語の結末を変へる時よ! この大惡龍王の大勝利にな!」


 土煙を上げて、大悪龍王さんが(ほこ)を手に斬りかかる。


 「ヴォヴォヴォォーーーー!!」


 黒いオーラに包まれた巨大な鬼のような”あやかし”がの腕が大悪龍王さんの鉾と火花を散らし、ふたりは鍔迫(つばぜ)り合いのような体勢で対峙する。


 「()ちたものよ、老眞珠王! よもや、怨念鬼(オネキ)妄執(もうしゅう)に取り憑かれててしまふとはな!!」

 「ヴォフォヴォフォオォォーーーー」


 妄執!?

 それって遺言幽霊さんたちと出逢った町で、叶わなかった夢への執念が集まったものだったはず。


 ガキン!!


 重たい金属のような音を立て、ふたりは後方へ跳ぶ。

 地面にズサーッと付いた溝が、その力強さを物語っていた。


 「大悪龍王さん! 怨念鬼の妄執って!? それが老真珠王を操っているのですか!?」

 「そふだ。どこから來たかは知らぬが、あの老眞珠王を覆つている怨念鬼は、眞珠王への妄執を持つて死んだ者の怨念のやうだな。それに取り憑かれて、あやつは狂つてをる」

 「だとしたら、その妄執を晴らせば老真珠王さんは元に戻るという事ですか!?」

 「おそらく、そぶっ!?」


 あたしの方を振り向いた大悪龍王さんが巨大な青い腕の横なぎに吹っ飛ばされる。


 「大悪龍王さんっ!?」

 「ふん、大層な名前の割には大したことないな。夢の精霊よ、大悪龍王という名は改善の余地があるな。もっと恐怖を象徴するような名がいい」

 「フェフェフェ、そうじゃな。次は弩級魔王(どきゅうまおう)とでも名のろうか」


 腕の主は狐者異(こわい)

 その姿は『絵本百物語』に載っているのと同じだけど、サイズが違った。

 『絵本百物語』では人くらいのサイズだったけど、この狐者異(こわい)はちょっとしたビルくらいの高さがある。

 大悪龍王さんも大きいけど、狐者異(こわい)はその比じゃない。


 「さて、次はお前だ。ひとりずつ潰してやろう。心が折れるまでな」


 狐者異(こわい)のギョロリとした目があたしを次のターゲットだと認定し、丸太ほどの腕が再び振るわれる。


 「危ねぇ! 嬢ちゃん!!」


 ドンッと身体に衝撃を感じ、あたしは後ろに吹っ飛ばされる。

 そして、あたしが居た空間に飛び込んだ緑乱(りょくらん)おじさんは、「ブバッ!!」とくぐもった声を上げて吹き飛ばされ、大悪龍王さんの身体に激突して止まった。


 「フェフェフェ、狐者異(こわい)の恐怖の圧の中で、よく動けたものじゃ、大蛇の四男。それだけでも褒めてやるぞ」

 「へっ、ありがとよ。みんな! 狐者異(こわい)の顔から視線を外せ! そうすれば少しくらいは動ける!!」


 ゆっくりと立ち上がった緑乱(りょくらん)おじさんが、棒立ちになっているみんなに声を掛ける。

 その声にみんなは少し、ほんの少しだけ視線を動かすと、硬直していた身体が少し動き出す。


 「ふん、それで俺公(オレ)の恐怖から逃れたつもりか! 老真珠王!!」

 「ボォーブヴォヴォヴォヴォヴォーーー!!」


 老真珠王が唸るような大声を上げると、みんなの動きが再び鈍くなる


 「ふふふ、この老真珠王には俺公(オレ)の”恐怖の声”の妖力(ちから)を分け与えている。俺公(オレ)から視線を外そうが無駄なことよ」

 「フェフェフェ、儂らの手駒は老真珠王だけではないぞ。怨念鬼の群れに(なぶ)られるのも、またオツなものじゃて。やれい」


 夢の精霊が杖を振るうと、あたしたちの周りを囲んでいた怨念鬼たちが一斉に飛びかかる。


 「キャー、もうやよ! やっぱ私の予言通りに不幸が起きちゃったじゃない!」


 橙依(とーい)君のお友達の女の子が悲鳴を上げる。

 あたしも、彼女が怯えてなかったら、そうしてたくらい。

 それくらいの恐怖の圧があたしを襲っていた。

 

 バコッ!

 ドゴッ!


 「大丈夫か? 女中よ」

 「大丈夫? 珠子ちゃん」


 そんなあたしを助けてくれたのは黄貴(こうき)様と藍蘭(らんらん)さん。

 だけど、ふたりとも表情は重たい。


 ドンッ


 「あ、ありがと。この中で私を助けてくれるだなんて、やっぱ貴方は私のヒーローだわ」

 「……ただの役割分担。僕は珠子姉さんを助けたかったけど、今は効率を重視」

 「んもう、そんなこと言って。わかってるんだから」


 あの悲鳴を上げていた女の子は橙依(とーい)君が助けたみたい。

 よかった。

 でも、ちょっとモヤっとする。

 

 「でも、この数は厄介でござるな」

 「ふひっ、あまり強くはありませんけど」


 しかも見知らぬ女の子まで増えてるし。

 雷獣の渡雷君の隣で、髪の長い女の子が怨念鬼を髪で掴んで投げ飛ばしている。

 新しいお友達かしら。


 「なあ、藍蘭(らんらん)よ。あの夢の精霊を倒せれば、この夢から脱出できるか?」

 「多分ね。でも、この怨念鬼の群れを超えて、さらに老真珠王と狐者異(こわい)をすり抜けて、大技を当てないとダメね」

 「それは難儀であるな。せめてこちらの手数がもう2手、3手あればな」

 

 黄貴(こうき)様と藍蘭(らんらん)さんが何か戦いの相談をしている。

 何とかならないかしら、手数のひとつにでもなれればいいんだけど……。


 「フェフェフェ、無駄じゃ無駄じゃ。怨念鬼はまだまだ来るぞ。ホレ、追加じゃ」


 夢の精霊がそう言うと、空からさらに怨念鬼たちが降り注ぐ。

 その中には一回り大きい怨念鬼が。


 「フェフェフェ、これは大きな怨念鬼じゃ。さぞかし無念を抱えた男の怨念じゃったのじゃろう。さあ! あいつらをやってしまえ!!」


 夢の精霊の合図で怨念鬼たちがあたしたちに襲い来る。

 あれ? あの大きな怨念鬼は動かないぞ。


 「何をしておる。お前も行くのじゃ」

 

 夢の精霊はその杖でバシッと大きな怨念鬼の背中を叩き、


 「フヘッ!?」


 怨念鬼の逆襲に()った。


 「な、なにを!?」

 「何をではない! 儂の故郷の人々の無念を悪用するとは言語道断!! 儂が直々に成敗、いや人誅(じんちゅう)、いやいや、天誅(てんちゅう)を下してやるっちゅう!」

 「お前、怨念鬼ではないな!?」


 その大きな怨念鬼から黒いオーラがゆっくりと天に昇り、中からお(ひげ)の立派な初老の男性が現れる。


 「あれは……、鳥居にも似たあの気配は……英霊か!?」

 

 文字通り降ってわいた援軍に黄貴(こうき)様が叫ぶ。


 「誰だ貴様!?」

 「儂の名を知らぬとは無知蒙昧(むちもうまい)な。ここに儂を知るものはおらんが!?」


 その英霊はあたしたちを見回すけど、誰も声を上げない。

 でも、その姿はひょっとして。


 「知らぬのか? この自由民権の旗持ちの儂を……」


 その英霊さんは少し残念そう。

 旗持ち?

 旗頭(はたがしら)じゃなくって?

 

 ピコーン!


 あたしの頭の中で情報のピースが噛み合い、彼の正体へと導く。


 「ひょっとして、林有造(はやしゆうぞう)先生でいらっしゃいますか!? あの自由民権運動の旗頭、板垣退助の右腕と呼ばれた!」


 あたしのその言葉を聞いて、その英霊さんは、ううん林先生はパアァと笑顔を見せる。

 正解だったみたい。

 

 「その通り! 儂こそは土佐の、高知の、宿毛の第一偉人! 林有造である!!」


 林有造は幕末から明治にかけての日本の偉人だけど、宿毛一だなんて意外と謙虚!

 

 「やっぱり! 土佐の維新志士のひとりで、明治では自由民権運動の先導者のひとりで、果ては大臣、一線を引いては宿毛の発展の(いしずえ)となった林先生でいらしゃいましたか!!」


 パアァァァァァ


 うわぁ、すっごくいい笑顔。


 「そうじゃが、そうじゃが。うんうん、そこの娘、ひょっとして珠子という名ではないか?」

 「はい! 真珠のような叡智の輝きをもつ字の珠子です!」

 「そうか、儂は紫君(しーくん)という少年の頼みを受け、そなたを救いに参った」


 そっか、紫君(しーくん)もあたしのために頑張ってくれたのね。

 現実に戻ったらお礼をしなきゃ。


 「ええい、林有造(ゆうぞう)だが有象無象(うぞうむぞう)だが知らぬが、儂の邪魔立てはさせぬぞ! 老真珠王!!」

 「ヴォルオオオォォォオーーーー」


 夢の精霊の合図に合わせて、老真珠王が林先生に襲い掛かる。

 だけど、あたしは知っている。

 それが最大の悪手だってことを。


 「林先生! その老真珠王はおそらく、宿毛真珠王国の設立を成し遂げられなかった怨念によって狂わされています!!」

 「なんと! それは許せぬ!」


 英霊、林有造はその身体を巨大化させ、襲い来る老真珠王と力比べの体勢でガッチリと組み合う。

 

 『オ……、オオ……、先生、林先生ジャ』

 『ワレラノ真珠王……』

 『故郷ヲ、宿毛ヲ真珠王国ニミチビイテクダサレ……』


 老真珠王を覆っていた黒いオーラが組み合う()からゆっくりと林先生へと移る。


 「そうか……われたちは宿毛真珠王国を夢見て散った者たちの無念であったか。安心しろ、宿毛の真珠養殖は夢へと消えたけんど、隣の宇和へ受け継がれた。今や、宇和は日本有数の真珠の産地や。われたちは立派な礎となったんや……」

 

 優しく、諭すように言葉を紡ぐ林先生の声に黒いオーラは少しずつ天に昇っていく。


 「どういうことだ!? あの老真珠王を覆っていた怨念鬼が浄化されていくぞ!」

 「フエッ!? 何をしているお前たち!? その真珠王への無念と妄執で老真珠王を狂わせぬか!!」


 夢の精霊が杖を振るうけど、怨念鬼の、ううん、叶わなかった夢への妄執の浄化は止まらない。


 「無駄ですよ。だって、彼らが望んだ本物の真珠王(・・・・・・)が、ここに来たんですから」

 「な、何を世迷言を」


 夢の精霊が動揺した顔であたしを見る。

 

 「やっぱりニワカですね夢の精霊。おそらく、あなたはたまたま(・・・・)、真珠王への妄執を持っていた怨念鬼たちを見つけて、それを利用して老真珠王を操っていたのでしょう? どうして(・・・・)、真珠王の妄執を持っていたかまでは調べませんでしたね」

 

 返事を聞かなくてもわかる。

 夢の精霊の歪んだ表情が、それが正解だと告げている。


 「だ、だとしたらどうしたというのじゃ!!」

 「だから何が起こっているのかわからないんですよ。もし、どうして(・・・・)を調べていたら、あなたは念のため林先生の英霊を先に始末していたはずです」


 断片的な情報だけど、夢の精霊は相当の策士。

 夢の世界を悪夢で支配するために、狐者異(こわい)を仲間にしたり、大悪龍王さんへの対抗策として老真珠王に怨念鬼を取り憑かせて操ったり、あたしや他のみなさんを夢の中に引きずり込んだり。

 用心深く脅威への対応を練っていた。

 でも、ツメが甘い。


 「嬢ちゃん、どういうことだい? 真珠王とあの林有造という英霊とどういう関係があるんだい?」

 「そふだ。乃公(おれ)にも説明してくれぬか」


 吹っ飛ばされた緑乱(りょくらん)おじさんと大悪龍王さんが立ち上がって、あたしに尋ねる。


 「大正時代、日本では世界初の真円真珠の養殖が始まろうとしていました。宿毛に真珠の養殖と販売を目的とする予土(よど)水産株式会社が設立され、真珠貝の養殖が宿毛湾の丸島で行われていたのです。政界を引退した林先生は、その会社に出資者し社長に就任しました。全ては……」


 そう言ってあたしは林先生を見る。


 「宿毛の発展のためじゃ。世界初の真円真珠の養殖を実現できれば、漁業と林業しかなかった宿毛に新たな産業が生まれる。そう思って儂は真円真珠養殖研究の第一人者である藤田兄弟の協力を仰ぎ、事業実現を目指したのじゃ……」


 林先生の表情が少し暗くなる。

 あたしにはその理由がわかる、知っている。

 

 「事業は順調でした、会社名を”予土真珠”に変えるほどに。ですが、誰もが事業の成功を夢見て、その実現が間近と思っていた大正9年8月、悲劇が起きます……。かつてない大水害です!」

 「あれは……水害の多い土佐でも類を見ん豪雨じゃった……。松田川は氾濫し、山崩れが起きて宿毛湾は泥で覆われた。泥が晴れた時、生き残った真珠貝は……なかった」

 「宿毛ではこうも伝えれています。『もし、あの大水害が無ければ、宿毛に真珠王国が誕生し、林先生はそこの王と称されたであろう』と」


 …

 ……


 「とまあ、湿っぽい話をしてしまいましたが、林先生の試みは無駄ではありません!! 一度や二度の失敗ではくじけないのが土佐の、四国の人の気質!」

 「そうじゃ! 宿毛の隣の宇和(うわ)に養殖地を移し、そこで大成功! 今や宇和は日本一の真珠養殖の産地となったのじゃ。やき、われらの無念は無駄ではないじゃき!」

 

 あたしたちがそう説明している間も、怨念鬼は林先生に群がり、浄化されていく。

 やがて、老真珠王を覆っていた黒いオーラは消え、そこからは真珠の名にふさわしいほど、白い輝きを放つ老人が膝を着いていた。


 「無事か? 老眞珠王」

 「大悪龍王か。まさかお前に助けられるとはな」

 「別に貴様のためではない、お前を倒し、この眞珠國を支配するのはこの大惡龍王だからな!」


 大悪龍王さんが老真珠王に肩を貸し、ふたりはゆっくりと立ち上がる。

 うんうん、なんだか手を取り合う宿命の好敵手(ライバル)みたいです。


 「なるほど、この怨念鬼が浄化されていくのは、そういう理由があったからかい。しかし、嬢ちゃん、そんなこと良く知ってんな」

 「そりゃま、珠子って名前に真珠の珠が使われれば、真珠の歴史に興味が出るってもんです。養殖真珠の道はこれからも山あり谷ありなんですよ。欧州での天然真珠と養殖真珠の裁判とか終戦後のGHQがですね……」


 養殖真珠は世界の宝飾の歴史を変えた。

 でも、その道は平坦ではなく、紆余曲折(うよきょくせつ)の連続だったの。

 ここが『酒処 七王子』で酒飲みの与太話だったら、ここらへんを長々と語りたい所なんですけど、今の状況はそれを許さない。

 あたしはキッと夢の精霊を(にら)んで、それを主張する。


 「フェフェフェ、老真珠王を儂らの支配下から解放したからといって調子に乗るのは早計というもの。四国の地から夢の世界に呼び寄せた怨念鬼はわんさとおるぞ」


 その言葉通り、数は減ったけど、怨念鬼の群れは健在。

 でも、あたしはわかる、感じてる。

 胸のあたりから伝わってくる。

 誰かがあたしのために頑張っていて、助けにこようとしてくれていることを。


 シャリーン

 錫杖の音が聞こえる。

 

 「感心しないね。人の怨念を利用するだなんて」

 「ですな。その怨念で悪事を働こうとするならなおのこと」

 「何奴(なにやつ)!?」


 夢の精霊が周囲を見回すと、蜃気楼(しんきろう)が像を結ぶように、ゆらりとした(もや)が人の形を取り、ふたりの人物が現れる。


 「お前さんたち、来てくれたのか!?」

 「安心しな、お前さんを助けに来たわけじゃないよ。緑乱(りょくらん)

 「拙僧と師匠は珠子殿を救いに来ただけ。その結果、他の者が救われたとしたら、それは仏の導きというもの」


 あたしはその声と姿に心当たりがあった。

 緑乱(りょくらん)おじさんの知り合いで、何度か『酒処 七王子』を訪れたことのある退魔尼僧。

 『酒処 七王子』に入り浸っては般若湯を求める退魔僧。

 

 「築善尼(ちくぜんに)さん! 慈道(じどう)さん!」


 あたしの声に築善さんはいつものように、


 「()はいらないよ。美味しそうな名になっちまうからね」


 と頼もしく応えたのです。


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