表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第九章 夢想する物語とハッピーエンド
266/409

首吊り狸とタヌキケーキ(その5) ※全7部

■■■■


 橙依(とーい)ちゃんの持つあの日をもう一度(ワンモアデイズ)は、1日だけ時間を戻せる能力(ちから)

 規格外の超絶能力だと誰もが思っているけど、橙依(とーい)ちゃんはあまりその自覚がない。

 理由は『どうしようもない方が多いから』だって。

 でも、アタシは少しその気持ちがわかる。

 きっとこれも、どうしようもない(・・・・・・・・)やつなんだわ。


 「……前の周は今回とほぼ同じ。駅前で死にそうになったアリスさんを助けようとして、兄さんは能力(ちから)を使い続け、その結果、彼女は死ぬ。その時の大きな嘆きを家で感じた僕は、彼女の亡骸を抱えて泣き続ける兄さんの姿を見て、事情を聞いて、あの日をもう一度(ワンモアデイズ)を使った」


 詳しい説明を求めるアタシに橙依(とーい)ちゃんは淡々と語る。


 「……そして、2周目に入った僕は、どうして兄さんの”活殺自在”の能力(ちから)で彼女を救えなかったのか原因を調べてた」

 「理由は、わかったの?」

 「……うん。彼女の病名は急性前骨髄球性白血病、要するに白血病。血液のガン。異常に成長してしまった白血球のせいで、血小板や赤血球が正常に作れなくなる病気。テレビでよくある不治の病」


 白血病……、それはアタシも知っている。

 ドラマでよく登場するし、現実でも有名な女優がそれで死んだニュースも見た。

 だけど。


 「そんなものが何だってのよ。アタシの活殺自在の能力(ちから)ならアリスの細胞全てですら活かす(・・・)ことだって出来るわ」

 「……ダメ。兄さんの能力(ちから)は死んだものを生き返らせる能力(ちから)じゃない。そんな事が出来る存在はどこにもいない。兄さんの能力(ちから)は弱っている相手に活力を与える能力(ちから)

 「そうだとしても、アタシの能力(ちから)で彼女の細胞を活かし(・・・)続ければ……」


 そこまで言葉を続けたアタシだったけど、そこでハッと気付く。

 白血病は異常に成長した白血球のせいで、他の血液成分が正常に作れなくなる病気だって。


 「……気付いたみたいだね。そう、兄さんがどれだけ彼女の細胞隅々まで活力を与えようと、生まれてくることが(・・・・・・・・・)出来なかった(・・・・・・)血中細胞に活力は与えられない。この病気の症状は貧血と出血。原因は赤血球と血小板不足」

 「治す方法はあるの?」

 「……治療法は抗がん剤で骨髄内で異常成長する白血球を殺すこと。殺し尽くすまで身体がもてば助かる。もたなければ助からない。殺し尽くせなかったら再発する。だから治療は困難」


 アタシはその説明に頭をぶん殴ぐられた気がしたわ。

 

 「ひょっとして、アリスが飲んでいた薬は……」

 「……そう、異常成長する白血球を殺す薬。だけど……」

 「あ、アタシは、アタシが彼女に与えていた活かす(・・・)能力(ちから)は、異常な白血球まで活かして(・・・・)しまってたってわけ!?」

 「……そう。だけど、気にしなくていい。元から薬はあんまり効いてなかったみたいだから。何度も再発しているのがその証拠」


 そうだとしても、アタシの心は絶望に落ちていた。

 

 「……大丈夫? あと何回かならやり直せるかもしれないけど」

 

 アタシを心配して、橙依(とーい)ちゃんが優しい声をかける。

 だけど、アタシは気付いていた。

 これがどうしようもない(・・・・・・・・)ことだってことに。


 「いいのよ、ありがと」

 「……そう」

 「お願い、しばらくひとりに、ううん、ふたりっきりにさせて」

 「……わかった」


 パタンとドアが閉じる音がして、また音が聞こえなくなる。

 しばらく無音が続いて、やがて、彼女の口と目が開いた。


 「おはよ、ランラン。あたし、まだ生きてるみたいね」

 「ええ、安心して。きっとよくなるから。よくするから」


 アタシの口から出たのは嘘と本当の気持ちが込められた言葉。

 気休めにもならなかった。

 

 「いいのよ。あたしの身体がどうなってるかくらいわかるわ。自分の身体だもんってカッコよく言いたいけど、先生が教えてくれたおかげ。もう、だめみたいね」

 「そんなことはないわ!」

 「嘘。でも嬉しい。そして嬉しいわ。あたしは言ったことを守れそうだもん。あたし言ったよね、あたしの命に『のし(・・)つけてあげる』って。さっきのがのし(・・)ね」」

 

 それは、室内スキーに行った時のアリスの台詞。

 

 「そんなのいらないわよ」


 アタシは涙で顔を濡らしながら、それを拒絶する。


 「あら、色の方がよかった? いいわよ、何でもあげる、全部あげる。お返しなんていらないわ。だけど、ちゃんと受けってくれなきゃイヤよ」


 アタシの涙を見て、おどけるようにアリスは言うけど、それが、それが……


 悲しかった。

 嬉しくもあった。

 涙が出た。

 涙をのみ込んだ。

 誰かに祈った。

 アタシの中を必死に探した。

 彼女の望みを叶えたかった。

 叶って欲しいと思わなかった。

 ”死”を殺したかった。

 ”今”を活かしたかった。


 光と闇

 正と邪

 裏と表

 男と女

 陰と陽


 それら全てがアタシの中で混ざり合い、混沌の中から何か形のあるものを(すく)い出そうとして……。

 彼女を、アリスを、大切な人を救いたくて……。 


 アタシは……、目覚めた(・・・・)


 活かせばアリスは死ぬ、殺せば彼女は死ぬ。

 だったら、活かしながら殺せば、ううん、生きているのと死んでいるのを混じり合った状態にすれば……。

 出来るかしら?

 ううん、やれるはず。

 アタシがママから受け継いだこの”太極(たいきょく)”の権能(ちから)なら!


 ───数日後、ひとりの患者が病院から行方不明になったってニュースが出たわ。

 でも、そのうち誰も気にしなくなった。

 アタシは橙依(とーい)ちゃんから『アリスさんはどうなったの?』という問いに、こう答えたわ。


 『彼女は死んだわ』


 半分本当で半分嘘の言葉を。 


■■■■

□□□□


 「……そうだったの。理解」

 「なるほどな、俺っちの知らない間にそんな事があっただなんてな」

 「いやー、夢の中に急に藍ちゃんさんたちが現れて、緑乱(りょくらん)おじさんの時のようなドラマが始まった時は何事かと思いましたが、すっごいロマンスですね」


 頭に少しまどろみが残るけど、アタシは目覚めた。

 夢の中で目覚めるってのもおかしい話だけどね。

 どうやら、アタシは夢の中で昔の夢をみてたみたい。


 「珠子ちゃん、久しぶりね」

 「はい、お久しぶりです。藍ちゃんさん。藍ちゃんさんとアリスさんにあんな過去があっただなんて、ハラハラドキドキもんでしたよ」

 「あら? ドキドキはともかく、そんなにハラハラもんだった?」

 「ええ! 橙依(とーい)君の前で、いつ18禁エロシーンが始まるのではないかとハラハラして見てました!」

 「……さっきから事あるごとに僕を目隠ししていたのはそのせいだったの」


 ふふっ、珠子ちゃんたら相変わらずね。

 元気そうで良かったわ。


 「いやぁ、でもよかったよかった。怨念鬼(オネキ)から必死に逃げてる途中でみなさんが降ってわいた時には何事かと思いましたが、これだけのメンバーが揃えば心強いです」


 珠子ちゃんが安心したように周囲を見回す。

 確かにかなりの数ね。

 珠子ちゃんに緑乱(りょくらん)ちゃん。

 満濃池の洞窟で一緒に戦ってた橙依(とーい)ちゃんと、そのお友達。

 それと……黄貴(こうき)兄さんまで。


 「すまぬ。これは……我のミスだ。まさか我の権能(ちから)ある言葉を逆に利用されてしまうとは、不覚」


 アタシたちはアリスの肉体を守ろうと満濃池の洞窟で戦ってたんだけど、そこにアイツ(・・・)が乱入してきて、よりにもよって、黄貴(こうき)兄さんの権能(ちから)を使った。

 その『眠れ』という言葉にアタシたちはやられちゃったみたいね。

 

 「いいのよ。起こってしまったことはしょうがないわ」

 「あれ? ところでアリスさんはどこですか? 追憶ドラマが終わったら彼女も藍ちゃんさんのように意識を取り戻すと思ったんですけど」


 珠子ちゃんはキョロキョロとアリスを捜して辺りを見渡す。

 だけど、誰の目にも彼女の姿は映らない。

 映っているんだけどね。


 「アリスならここに居るわ。アタシの中よ」


 トントンとアタシは自分の胸を叩く。

 きっとこの感触も、この光景もアリスは感じている。

 

 「どういうことです?」

 「……僕も知りたい。アリスさんが死んでない理由はわかったけど、大悪龍王とか、なんで僕たちが同じ夢の中に居るのか、そこを教えて」

 「いいわよ。教えるって約束したからね」

 

 珠子ちゃんを、ううん、みんなを巻き込んだのはアタシの責任。

 だからキチンと説明する義務がアタシにはある。


 「じゃあ、教えるわ。アタシの権能(ちから)は”太極(たいきょく)”。太極図を想像してもらうのがわかりやすいかしら」

 「あ、白黒の勾玉がふたつ合体したようなやつですね。火鍋のデザインにも使われています。ほら、こんな風に」


 珠子ちゃんが想像力(ちから)を働かせて、その手に間にS字の仕切りの入った銀色の鍋を取り出す。


 「こっちの半分には白湯ベースの白いスープを、こっちの半分には豆板醤と唐辛子ベースの赤いスープを入れて鍋にします。刻んで黒っぽくなるまで炒めた唐辛子を入れると、白黒の陰陽(おんみょう)っぽくなりますよ。ちなみにこの鍋は別名鴛鴦(おしどり)鍋とも呼びまして、オシドリ夫婦に代表されるような仲のいい恋人を象徴している鍋なんですよ。藍ちゃんさんとアリスさんにピッタリですね」

 「あ、ああ、そうね」


 久しぶりだけど珠子ちゃんの何でも料理と結びつける思考には面食らうわ。

 あの子、この恐怖の夢の中でも平常運転ね。

 ちょっと尊敬するわ。

 

 「その”太極”の権能(ちから)でアタシはアリスを生きていて死んでいる状態にしたわ。相反するものを見出したり共存させたりするのがアタシの権能(ちから)よ。これでアリスの肉体の動きを止めたの。(はた)から見ると、死んだように眠り続けているようだったわ」


 アタシはその時の記憶をイメージしてスクリーンにでも映すように空中に投影する。


 「あの時、アタシはこれで成功したと思ってた。たとえ、言葉を交わせなくても、握った手を握り返されなくても、彼女が苦しみから解放され、そばに居てくれれば満足だったわ。だけど違ったの」

 「何が違ったのですか?」

 「アリスの肉体は動きを止めたわ。だけど、止まらなかったものがあったの。それは彼女の精神。その精神が苦しんでいることが、アタシにはわかったわ。そんな時、アイツ(・・・)が現れたの」

 「どなたですか?」

 「それは……」


 アタシは知っている。

 ソイツが全ての元凶で、大悪龍王の一連の野望の黒幕。


 「それはな、儂じゃよ」


 突然現れた声の主に、アタシたちの視線が集中する。

 それは白い和服を着て杖を持った老人の姿。


 「お前はあの時の!? 満濃池で我の言霊を返した……」

 「木魅(こだま)! あの時、大悪龍王の側にいた!?」

 

 やっぱり来たわね


 「違うわ。木魅はコイツの現世(うつしよ)での姿よ。夢の世界から現世(うつしよ)(うつ)った影みたいなものね」

 「……藍蘭(らんらん)兄さん、するとアイツ(・・・)は……」

 

 橙依(とーい)ちゃんがアタシを心配そうに見上げる。

 きっと、あの老人がここで遭遇する最悪の相手だって気付いてる。


 「そう、こいつは”夢の精霊”よ」


 アタシの言葉に応えるように、”夢の精霊”はニタァとイヤらしく(わら)った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ