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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第九章 夢想する物語とハッピーエンド
263/409

首吊り狸とタヌキケーキ(その2) ※全7部

■■■■


 初めてのスキーはさんざんだったわ。

 だって、しょうがないじゃない、本当に初めてだったんだから。

 何度も転んでいっぱい笑われたわ。

 でも、ランランが笑ってくれたからそれでいいの。

 スキーを楽しんだあたしたちは、サ店でデートしたわ。


 「あら? ランランってイチゴ食べないの? もしかして嫌い?」


 ランランが注文したイチゴのショートの上のイチゴは、皿の脇に置かれていた。


 「いいえ好きよ。アタシ、好きなものは最後に取っておくタイプなのよね」


 そう言ってランランはケーキをパクパクと食べて、最後にイチゴをパクッと食べた。


 「ふふっ、甘酸っぱくておいしいわ。酸味と甘みの相反するものが一緒になってるって素敵よね」

 「そうね。おいしいよね」


 あたしも注文したメロンケーキを食べる。

 メロンは最初に食べちゃったけど。


 「あら、まだそんなにお薬飲んでるの?」


 ケーキを全部食べて、薬を手にしたあたしを見て、ランランは言う。


 「先生がまだ飲むように言ってるから。だけど、あたしはもうほとんど元気よ」


 少し嘘。

 あたしの身体は元気になったり不調になったりの繰り返し。

 今が少し元気な時期なのがラッキーだと思うわ。

 

 「そう、でも心配だから、ちょっとおまじない」

 

 ランランの手のひらがあたしの鎖骨の間に触れ、彼はちょっとだけ真剣な目をする。

 触れるのがもっと下だったらいいのに。

 Aの前にBでもあたしは全然オッケーよ。


 「はい、終わり。アナタの身体を”活かした”わ。これでよくなるはずよ」

 「えー、ホント? ひょっとしてランランって『あなたのために祈らせてくれ』って手をかざす人?」

 「そんなものよりずっと確実よ。あたしの力は」

 

 ランランったらちょっと不思議なことを言ったけど、これって本当かしら。

 確かに、身体は軽くなったけど。

 ニュースでやってた宗教がらみじゃなければいいな。

 でも、カレの機嫌が悪くなっちゃったかも。

 話題を変えましょ。

 そうだ、前から言いたかったアレがいいわ。

 

 「ねぇランラン。あたし、いつももらってばかりで悪いわ。何かお返ししたいわ。ランランって何か欲しいものはない? あたしがあげれるものなら何でもあげちゃう」


 何でも(・・・)ってちょっと言い過ぎかもしれないけど、これはあたしの嘘じゃない本心。

 もし『ヴァージンが欲しい』って言われたら、喜んで差し出すわ。


 「そうねぇ……」


 その時のランランはちょっと困ったような嬉しそうな顔をしていた。

 あたしは、彼の次の言葉に全てYesを答える気でいたわ。


 「アリスちゃんの命が欲しいって言ったらどうする?」

 「のし(・・)つけて、あげるわ!」


 Yesと答えたわ。


 「あれ? 色を付けてだったっけ」


 ランランが鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたから、あたしは何か変な事を言ったんじゃないかって思って、言いなおしたわ。


 「ふ、ふふふっ、ふふふ、ハハッ、アッハッハッハ。なにそれ、超ウケるわ、アナタってばサイコーよ。ククックスクススッ」


 ランランは大声を上げて笑って、口を抑えながらも、まだ笑ってた。

 どうやらあたしの台詞がお気に召したみたい。

 でも、ちょっとジョークっぽく取られてるかも。

 あたしは真面目に言ったのに。


 「あー、そんなに笑うだなんてひどーい。あたしは真剣なんだからね」

 「ゴメンゴメン、メンゴメンゴね。お詫びに次のデートはアナタの好きな所に連れてってあげるわ」

 「えー、そう。それなら……」


 ちょっとむくれて、あたしはちょっとゲンキンそうに考えるふりをする。

 あたしが行きたい所はあるわ。

 そこ(・・)はあたしの夢のひとつ。

 だけど、断られるのが怖くて言い出せなかった場所。

 でも、今なら、このお願いにも、きっとYesの返事をくれるはずだわ。

 あたしは決心して、その場所を口にする。


 「あたしね。次はランランの家に行きたいな。”お呼ばれデート”ってのをしてみたいの」

 

 …

 ……


 「んーっと、いいわよ。でも、今日はダメよ。おかたずけがあるから」


 ランランは少しの間を置いて、いつもの笑顔でオッケーをくれた。

 よかった。

 あたし何かマズイこと言っちゃったのかと思っちゃったわ。

 

 「じゃあ、今度でいい?」

 「いいわよ。さ、帰りましょ」


 あたしたちは席を立ち、駐車場のランランの車へ。

 あら?


 「どうしたの?」

 「ううん、タヌキがいただけ。何でもないわ」


 最近、タヌキを見ること多いのよね。

 ひょっとして、あのタヌキもあたしに気があるのかしら。

 なんちゃって。


■■■■


 『というわけで人間の女の子を来るから』


 そう説明した時のみんなの態度は冷たかったわ。


 『んじゃ、俺はその日は外へ出てテキトーに飯食って夜に帰るわ』

 『俺っちは部屋で酒でもかっくらって寝るとすらぁ』

 『……部屋で桃鉄ツーしてる』


 こんな感じよ。

 ま、彼女に気を使わなくていいから、あたしもその方がいいけどね。

 長男より次男の方が女の子ウケがいいって雑誌には書いてあったけど、七兄弟はちょっと引くかもしれないものね。

 まだ兄さんとふたりの弟は封印中だけど。

 

 カラン


 『酒処 七王子』の扉が鳴る。

 彼女が来たわ。

 1時間以上も早いわね。

 ひょっとして、いつもこんなに早く来て待っていたのかしら。


 「こんにちはー。ランランさんいらっしゃいますー」

 「いっらっしゃーい。今、行くわ」


 あたしはトントントンと階段降りて店舗に向かう。


 「……兄さんお客さん。きっと、この前、話してくれた人間」

 「あら、橙依(とーい)ちゃんったら、お部屋に居るって言ってたのに」

 「……ちょっとね」


 珍しいこともあるものだわ。

 この子が誰かの前に出るだなんて。

 

 「いらっしゃい。アタシのお店『酒処 七王子』にようこそ。こっちはアタシの弟の橙依(とーい)よ」

 「……よろしく」

 「よろしく橙依(とーい)君。あたしはアリス。有栖院(ありすいん)アリスよ。お兄さんとお付き合いしていまーす」


 彼女ったらすっかりアタシの彼女面ね。

 ま、いいけど。


 「へー、話には聞いていたけど、ランランの家ってBarを経営してるのね。カッコイイ」

 「夜にしかやらないし、お客も少ない趣味みたいなものだけどね。今日は一緒にケーキを作りましょ。以前、お菓子作りをしたいって言ってたわよね」

 「うん! あたし一度でいいからお菓子作りに挑戦してみたかったの!」

 「そう、どんなケーキがいいかしら?」


 アタシはこの日のために少し勉強したわ。

 流行りのティラミスだって作れちゃうんだから。


 「えっと、それじゃぁ……タヌキケーキがいいわ! 最近、タヌキをよく見るから気になってるの」

 

 へ?

 こ、困ったわね、そんなダサそうなケーキ知らないわ。

 女の子ウケの良さそうな、サバランとかザッハトルテとかは勉強したけど……。


 「タヌキ、タヌキケーキねぇ……」

 「タヌキケーキ、いやだった? 小さいころ家族で町のケーキ屋さんでよく買って食べてたから、少し思い出のあるケーキなんだけど……」

 「ええ、それはいいんだけど作り方が……」


 バサッ


 「……はい兄さん。タヌキケーキの作り方のページ」

 

 困っているアタシに助け船。

 橙依(とーい)ちゃんが、少し古い本をテーブルに置いてくれたわ。


 「助かったー、ありがと橙依(とーい)ちゃん」

 「……じゃ、僕はちょっと外出するからするから」

 「あら? 部屋でファミコンするんじゃなかったの?」

 「……予定は変更した。それにファミコンじゃなくてスーファミ」


 橙依(とーい)ちゃんはそう言うと、こちらをチラチラ見ながら店の扉をカランと開けた。


■■■■

□□□□


 『なあ嬢ちゃん。タヌキケーキってどんなケーキなんだい?』

 『タヌキケーキは1950年代から1980年代にかけて町のケーキ屋さんで広まったタヌキを(かだど)ったケーキです。円柱のスポンジにバタークリームを頭の形になるように絞り袋で絞って、チョコをコーティングしてタヌキの色合いを出し、指でつまんで目のくぼみと鼻を作ります。そこにアーモンドで耳を、マジパンやチョコで目を作って、タヌキっぽく仕上げたシンプルで素朴なケーキですよ』

 『へぇ、言われてみりゃ昔のショーケースにはそんなのがあったような気がするなぁ。今は無いのかい?』

 『昭和の終わりごろまではどこにでもありましたけど、今はかなり少ないですね』

 『世知辛いなぁ。流行(はや)(すた)りってやつか』

 『昭和末期から平成初期のバブル期はヨーロッパのオシャレなケーキが日本でも本格的に作られるようになって、昭和の物は野暮ったい物として横に追いやられてしまいましたからね。でも、昨今はそのノスタルジックな良さが注目され、細々と続いていたタヌキケーキを残し続けようって機運もあるんですよ』

 『へぇ、そうなってんのか。今度、嬢ちゃんも作ってくれよ』

 『いいですよ。無事に現実に戻れたら。あっ、続きが始まりますよ』

 『おおっと、兄貴の夢がここから脱出できるヒントになりゃいいんだが……』


□□□□

■■■■


 レシピを読んでみれば、タヌキケーキの作り方は簡単だったわ。

 スポンジケーキを丸い型で円柱にくりぬいて、バタークリームで半球状の頭を作って、あとはデコレートだけ。

 スポンジは用意しておいたから、ほとんどデコレートと言っても過言ではなかったわ。

 これなら彼女でも簡単に作れそう。


 …

 ……


 甘かったわ。

 彼女は小柄だから力が弱いかもって思ったけど、絞り袋からバタークリームを出すのにも難儀していたし、湯煎したチョコレートをかける時も手が震えちゃったり、耳と顔を作る時も力加減がハチャメチャ。

 何度もトイレに行くし、ちょっと立ってると、すぐに座わっちゃうの。

 何度か転んだりもしたわ。

 んもう、ドジね。

 台所はもうシッチャカメッチャカよ。

 身体が弱いって聞いてたけれど、これほどとは思わなかったわ。

 

 「大丈夫? 何だか息が苦しそうだけど」

 「ううん、ヘーキヘーキ。ちょっと風邪気味なだけだから」

 「そう、だけど心配だから」


 アタシは”活殺自在”の能力(ちから)で、彼女の身体を”活かす”。


 「どう? 少しは楽になった?」

 「うん、元気でた。本当にランランって不思議な力を持ってるのね」

 「これをするのはアナタだけよ。さ、食べましょ」

 「でも、この出来はちょっと恥ずかしいわ。何だか変な顔なんですもの」


 彼女の言う通り出来上がったタヌキケーキの群れはコミカルだったわ。

 頭の形はデコボコで、耳は角みたいで、おめめは明後日の方向を向いてるの。


 「味はきっといいわよ。食べてみて」

 「う、うん」


 アタシと彼女は一緒にタヌキの頭をガブリ。

 始めはパリッとしたチョコの皮、次にバタークリームの強い甘さ、そしてスポンジのフワフワ感。

 うん、思ったより良く出来た味だわ。

 でも、どこか懐かしいような味。

 

 「うん、おいしいっ! ランラン、あたし言ったじゃないの、味はいいって」

 「言ったのはアタシだってば。でもとってもおいしいわ。もひとついかが?」

 「う、うん……。ごめんちょっとトイレ!」


 彼女は胸のあたりを抑えると、一目散にトイレに駆け込んだ。

 音からすると吐いているのかしら。

 やっぱり具合が相当悪いみたいね。


 「ハァハァ。ごめんなさい。続きを食べましょ」

 「だめよ。今日はここまで。帰って休みなさい」

 「えーそんな」

 「アナタ、とっても体調がわるいでしょ。わかってるわよ」

 「わかった。だけど、またすぐに逢ってくれる?」

 「ええ」

 

 ───本当は今日にでも最期(・・)までいっちゃおうかと思っていた。

 彼女の病気なんてアタシの”活殺自在”の能力(ちから)を強めに使えば直るって思ってたわ。

 だけど、本格的な病気の時にサプライズ訪問して、アタシの献身的な看病で元気にさせた方が盛り上がるかしら。

 そんな事を考えてたわ。

 

 「それじゃぁ、今日はおいとまするわ。だけど最後に……」


 そう言って彼女は目を閉じる。

 これってあれよね。

 Aのおねだりよね。

 ま、いいけど。


 チュ


 「ふふ、病気がうつっちゃうかも」

 「その時は一緒に寝込んであげるわ」

 「治らなかったら?」

 「そうなったら一緒に死んであげるわ。そんなことはないでしょうけど」


 ───アタシの”活殺自在”の力があれば、人の生死なんて簡単よ、どうにでもなるわ。

 アタシはそう思っていた。

 自分の無知と無能を棚に上げて。

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