英霊とばっけ味噌(その5) ※全5部
◇◇◇◇
「じゃーん!! これがねボクが林のおじいちゃんに元気を出してもらうための食べ物とお酒!」
ボクはおミソのビンとお酒のビンをテーブルにトン。
“ばっけミソ”と日本酒“夢灯り”。
「なんじゃ、もったいつけた割には貧相な物じゃの。このふきのとうの芽を混ぜた”ばっけ味噌”をアテに酒を飲めということかの。珠子殿が好きそうではあるがの」
ボクも知ってる。
珠子お姉ちゃんがたまにこれだけでお酒飲んでること。
まるで緑乱お兄ちゃんみたいだよね。
おっさんぽいってやつ。
「こ、これは……この味噌は……、それにこの“夢灯り”の酒造元”あさ開”は……」
でも、林のおじいちゃんはこの”おっさんぽい”のが気になるみたい。
「さ、どーぞ」
ボクはおミソを小さいおさらにのせて、お酒をコポポ。
「う、うむ」
林のおじいちゃんはおハシでおミソをちょんしてペロッ。
そしてお酒をキュッ。
「ふ、ふぅ~」
首をふりながらその味を味わったら、またペロしてキュッ。
「く、くふぅ~」
こんどはおでこにシワを作ったむずかしい顔で深いためいき。
そしてまたくりかえし。
「なんだかえらく美味そうじゃの。妾もご相伴に預かってよいか?」
「ボクもー、ボクも食べてみたい。この”ばっけミソ”とお酒」
「ああ、よいぞ……。いや、一緒に食べてくれんか、ひとりで食べるにはいささか寂しい」
さびしい?
おいしいものを食べてるのにさびしいってことあるのかな?
ま、いっか。
ボクもたーべよっと。
ペロッ
おミソはちょっと塩からいけど、ちょっとあまい、そしてちょっと苦い。
だけどイヤな苦さじゃなく、さわやかな感じ。
キュッ
続けてお酒を飲むと、それはあまくておいしい味。
さっきのピリピリとした、から口とはちがう。
「このお酒、あまくておいしーい。このちょっと苦いおミソとよく合う」
しょっぱくて、あまくて、ちょっと苦いおミソの後にあまいお酒を飲むと、おミソの味とかおりがスゥーとおはなにぬけて、その後にお酒のいい味とにおいが広がる。
「これは酒のふくよかな香りが広がって良い組み合わせじゃの。味噌と日本酒が良く合うというのはよくある話じゃが、この”ばっけ味噌”と日本酒の組み合わせは、その中でも最上じゃの」
さんびおねーちゃんも、おいしそうにおミソとお酒をペロリんキュ。
「うっ、うう……」
あれ? また林のおじいちゃんからナミダがポロリ。
ボクの考えだと、その理由はアレなんだけど……。
あってるよね?
「どうしたのじゃ? また何かこの味噌と酒に禍根や悔恨でもあるのか?」
「いや、そんなものはない。これはただ……、少し懐かしくて涙が出ただけだ。ふきのとうが味噌と混ぜ込まれた”ばっけ味噌”は苦みと辛味が強く、甘口の酒に、あの時と同じように良く合う。うまい、とてもうまい」
あってるっぽい!
やっぱり、ボクの思った通り。
「少年よ。どうしてこれを持ってきたのだ? 儂についてちっくと学んだきだと思うが、だとしてもこれを持ってくることは、まずないと思える。この岩手の名物と銘酒を」
「岩手? これは岩手の物じゃたのか?」
「うん、そうだよー。岩手名物の”ばっけミソ”と岩手のお酒、あさ開の”夢灯り”。ボクは林のおじいちゃんに岩手の食べ物を食べて元気になってもらいたかったんだ」
赤好お兄ちゃんのリュックに岩手産の物が入っていないか探してみたら、これがたまたま入っていた。
赤好お兄ちゃんって用意がいいよね。
「なぜ岩手なのじゃ?」
「それはね、岩手は林おじいちゃんが悪いことをした時に入れられた所なんだよ。岩手かんごくってとこ」
「そんな時の飯がなぜこやつの心を動かすのじゃ?」
ふつうはちがうじゃろとさんびおねーちゃんは言う。
「あのね、林のおじいちゃんってスゴイ人だよね」
「そりゃま、ひとかどの人物であることは間違いないのじゃが……」
「だったら、かんごくに入れられても、林のおじいちゃんのスゴさに集まった人がいて、さしいれをしてくれたと思ったんだ。そして、それはとってもうれしいことだったんじゃないのかな」
「その通り。儂は明治政府への叛乱を企て、それに失敗し、岩手監獄に送られた。友と一緒に。そがな儂に岩手の住人は声をかけてきたんや。最初は揶揄のひとつでもしちゃろうという気持ちであったのやろう。同じく叛乱に失敗し命を絶った西郷がもし生き残っちょったらどのような反応をするのか、といった興味本位で話を聞く者もおった。だが、話をしていくうちに打ち解け、やがては儂を先生と呼ぶ者も現れた」
そう語る林のおじいちゃんの顔は、坂本りょうまにおこっていた時とはちがって、やさしいかお。
「この”ばっけ味噌”と”あさ開”の酒は岩手監獄時代に住民に差し入れされた物。当時は貧相や思うたけんど、土佐の荒々しい酒とは違うた味に友と舌鼓を打ったものや。ああ……なつかしゅう、うまい……」
「ねえねえ、そのおともだちってだれ?」
「友とは同じく土佐藩士の大江卓。立志社の獄で共に叛乱を企て、そして共に岩手監獄に送られた男や」
「左様。大江の小僧はこの小僧とよくつるんでいてな、監獄まで同じとは悪友もここに極まれりというやつだな。だが、出獄後はこの小僧と同じく明治時代の発展に大きく貢献した。林の小僧と大江の小僧は日本初の民選選挙、第一回衆議院議員総選挙で当選を果たした。林の小僧はここ高知の選挙区だが、大江の小僧は岩手の選挙区で当選しておる」
「それはすごいのう。土佐藩士なのに岩手で当選するとは。その大江という男はひとかどもふたかどもある人物なのじゃな」
さんびおねーちゃんが大江って人をものすごくほめてる。
「そうか、大江は儂と選挙で争うのを避けるため、あえて岩手で出馬したと思ったが……大江は気付いていたんですね。このことに……」
「左様。真に学識の高い者や志の高い者には自然と人の心が集まるというもの。たとえ獄中にあろうともな」
鳥居さんの言葉に林のおじいちゃんは少し下を向くようにうなづく。
「大江小僧の方がお前より優れている所は、坂本龍馬の知人であったり、龍馬と中岡慎太郎の仇討ちに”天満屋事件”で新選組と戦ったからではない。近代日本の黎明期に人の温かさに触れ、それに応えようと活動したことにある。お前は知名度の低さを嘆くよりも、己の人徳を高めるよう活動するべきなのだ。英霊となった今であってもな。さすれば、おのずと道が開けるであろう」
「鳥居先生。儂が愚かでした。辛い時に触れる温かさを知っちょったはずなのに、この宿毛でやれ議員先生だ、大臣様だと持ち上げられ、それを忘れちょりました。これからはたとえ目立たない地道な作業であっても腐らずに行います」
「うむ、励めよ。さすればやがて英霊としてのお前の格も上がるであろう」
「はい、精進します」
林のおじいちゃんは、時代げきみたいに鳥居さんにあたまを下げる。
でも、その目には元気の光がいっぱいだった。
「でも、鳥居先生。何か一気に儂の知名度を上げる方法を知っちょりません?」
「フフフ、小僧は懲りないやつだ。ま、その野心は良い所だがな。そうだのう……やはり司馬遼太郎の『竜馬がゆく』のようにベストセラー小説を誰かに執筆してもらうしかなかろう。漫画でも良い。そういったメディアで小僧を扱う作品が増えれば、知名度は上がるであろう」
「そうですか、どのような作品が良いでしょうかね。やはり新聞の小説とかでしょうか」
「ボクいいの知ってるよ。一気に有名になれるヤツ!」
「本当か少年! 是非それを教えてくれ!」
「いいよー、じゃーん、これ。珠子お姉ちゃんのひぞう本! 男の人がスッポンポンでおすもうしているマンガだよ! これに書かれると、一気に有名になるって珠子お姉ちゃんが言ってた!」
ボクは用意してた本をドォーン!
あれ? なんだかみんな、へんなかお。
「紫君殿、そ、それは衆道の……」
「と、囚われた、ひ、人斬り以蔵の貞操に原田左之助の豪槍が……とはどうしてこうなっちょる!?」
「これは珠子殿の秘蔵本『BL歴史大乱』ではないか!? どうして紫君の手に」
「んーっと、こっそり珠子お姉ちゃんが読んでた本なんだけど、なぜか赤好お兄ちゃんのリュックにはいってた!」
赤好お兄ちゃんのリュックには『酒処 七王子』のいろんな物が入ってた。
役に立たなそうな物もあったけど、この本はとっても役に立ちそう。
「赤好殿は何を考えて……。まあ、このアイデアも悪くはないかの。こういった本に描かれることで一気に知名度が上がる例は昨今とみに聞くのじゃ。無名な日本刀が一気に女子の間で有名になったという例もある。この路線で行くのも良いのではないか? ホレ、お主には仲の良い兄弟や友人が居たという話ではないか。うえっへへ」
あー、さんびおねーちゃんのあの顔、エッチなことを考えている珠子おねえちゃんにそっくり!
「と、鳥居先生! 儂は地道に腐らず、草の根活動を通じて、人間に啓蒙を続けたいと存じます。そして、ちゃんとした歴史の知識を持つ人間に歴史物語を書いてもらって、知名度を上げとうございます!!」
「う、うむ、それがいい! 王道こそ正道! 辛かった時の気持ちを思い出し、そこで触れた優しさへの感謝を忘れず励むのがいいと思うぞ!」
林のおじいちゃんと鳥居さんは、さんびおねーちゃんとは目を合わせず、何かわかったかのようにウンウンと頭をたてにふる。
でも、元気いっぱいになったみたいでよかった。
これなら、ボクのお願いも聞いてくれそう!
「そうだよね。つらい時やこまった時に助けてもらうと、とってもうれしいよね。あー、ボクこまったなー、だれかここら辺のオネキを一気にはらってくれないかなー。そしたらボク、とってもうれしくなるのに」
「ハハハ、少年よ、いや紫君であったな。それはちっくとわざとらしいぞ。だが、本の方はともかく、この素晴らしい食べ物を持って来てくれた君の心に……」
そう言って林のおじいちゃんはスックと立ち上がり、
「全力で応えよう。この儂に任せておけ」
ドンと胸を叩いた。
◇◇◇◇
ボクたちは宿毛の町の外れを歩く。
「ではいくよ。オネキを集めればいいんだね」
「そうだ、やってくれ」
あの後、ボクたちは元気を取り戻した林のおじいちゃんに、事情をちゃんと説明した。
夢の中で珠子お姉ちゃんやお兄ちゃんたちが、つかまっちゃっていること。
夢の中でオネキが暴れていること。
ここ宿毛からもオネキが夢の中へ運ばれていること。
それを聞いて林のおじいちゃんは『仔細承知。儂にいい考えがある』って言った。
「小僧も中々考えるではないか。こんな強引な手を考えるとはな」
「鳥居先生でもこのくらいは考えるでしょうに」
「ふふふ。若ければな。やはり小僧は乱世で光る才能があるな。時代が時代なら大名にでもなっておろう」
「『明治人物評論』にも儂はそう書かれておりました。『林有造は本来壮的策士にして、政治家の資質を備えず。されど彼をして乱世に生まれしめば、彼は少なくとも五万石以上の大名たるを得かりしも、不幸にして治世に生まれ、しかもその後半期は彼が如き人物を最も相合わざる時代たるにおいて、彼の成功せざるも、もとより自然の数のみ』と。まったくひどい書きっぷりだとは思いませんか鳥居先生」
「まったくだな。後世の評が悪い所は儂と似ておる」
「ふたりそろってエゴサとは、英霊も大変じゃの」
ボク知ってる!
エゴサって自分の名前をネットで調べることだよね。
へー、林のおじいちゃんは乱世に強いんだ。
「まあ、おかげで妖怪王争いの中で、ひときわ光る英霊として名が残せるまたとない機会を頂きました。ここで名を上げて、英霊の格を上げてみせましょうぞ」
「まあ、励め。上手くいったら褒めてやる」
「褒めるだけでなく褒美も欲しいですな。鳥居先生の主、妖怪王候補の黄貴殿によしなに頼みます」
「クククよかろう」
ふたりはなんだかうれしそうにクククと笑う。
なかよしさんだね。
「では、紫君殿。頼みますぞ」
「はーい」
ボクはちからを集めて、言葉をつむぎはじめる。
『いびつな大地のおんねんよ、あらぶる大河のぎせいしゃよ、彼のもとにゆきて宿りたまえ』
『あまねく命のともしびよ、みちびく意志のかがやきよ、この声にこたえて彼の者に満ちたまえ』
ボクの声に集まったのは、オネキ。
人のたましいを求めてさまよう、おんねん。
それとまわりのたましいのかけらを集めて、ボクは林のおじいちゃんに宿らせる。
「英霊を怨念でコーティングするなんて、よく考え付いたものじゃ」
「フフフ、敵地に潜入するなら、敵に化けるのが一番だからな。おっ、聞こえてきましたぞ、この怨念鬼を呼ぶ声が……」
ボクはさいしょは『このへんのオネキをはらって』ってお願いしたんだけど、林のおじいちゃんはくわしい話を聞いて言ったんだ。
『それでは根本的な解決にならん。やはり夢の中から怨念鬼を呼び寄せてる元凶を叩かねば』
それで、ボクたちは作戦かいぎ。
その結果がこれ。
林のおじいちゃんがオネキにへんそうして、他のオネキといっしょに夢の中へゴー!
そして、夢の中のオネキをはらったり、オネキを呼び寄せてる悪いボスをやっつける!
「だいじょうぶ? 林のおじいちゃん」
「大丈夫だ。紫君に魂の欠片をいっぱいもらったから元気いっぱいだ。それに話を聞く限り、夢の中で怨念鬼の親玉は”真珠王”を名乗っているそうではないか。フフフ、この儂を差し置いて真珠王を名乗るとは……いい度胸や」
うわー、なんだか林のおじいちゃん、ちょっとこわそー。
でも、きっと夢の中で珠子お姉ちゃんを助けてくれそう!
がんぱって!
◇◇◇◇
我はひとり山の中を走る。
遠くから聞こえる雷のような音は蒼明が三目八面と戦っている音。
蒼明、そっちは任せたぞ。
我は橙依を助けに行かねばならぬ。
我の目的地は満濃池。
そこで橙依の足取りが途絶えた。
スマホが壊れた程度であれば、橙依の異空間格納庫から予備を取り出すはず。
ゆえに、単純な機器の故障ではなく、湖沼での危機に違いない。
……いかぬな、今は瀬戸大将みたいな洒落を考える時ではない。
確かこのあたり……。
我はスマホのGPSを確認しながら、覚から伝えられた橙依の消失地点へと進む。
ここで正解であればよいのだが……。
ザッ
どうやら正解のようだな。
我の前には杖を持った老人と、目の下に隈を作った”あやかし”たちの群れ。
その大半が狸。
なるほど、我が隠神刑部と手を組んだと知って集めたのであろうな。
「ひとりで来るとはいい度胸だな。大蛇の長兄よ。お前のことは調査済よ。隠神刑部と手を組んだことも、大悪龍王の門下に加わった”あやかし”を引き抜いていることもな」
「引き抜いたとは心外だな。悪夢による恐怖の支配から我が救ったのだ。健やかな眠りをもたらしてな」
大悪龍王は夢の中より侵攻する。
骨の髄まで凍らせるような恐怖の悪夢で従属させるのだ。
そして、その正体は狐者異であることは蒼明が証明済。
その支配を打ち破るのは容易い。
眠りに落ちても大悪龍王の夢の世界に落ちていかない環境を提供すればよい。
我の未来の配下、座敷童の千世が枕を返すことで、それは成る。
今、千世は迷い家の中で枕を返すのに大忙しだ。
「ふむ、やはりそうか。やはりお前を排除せねばならないようだな」
「出来るかな」
「出来るさ! かかれ! あやつを倒せたなら、恐怖に怯えることのない眠りを与えてやるぞ!」
老人が杖をふるうと、血走った目の”あやかし”たちが我を向いて『グルル』と唸る。
もはや、冷静な判断力も欠けているのであろう。
本来、狸とは化かす術で惑わすのを得手とする”あやかし”。
それが術も使わずにその爪と牙で襲い掛かるとは。
「お前がいかに強かろうと、同盟相手の大切な眷属を傷つけることはできまい!!」
やれやれ、我のことを調査済と言いながら、何も知らぬとは。
いかに数が多かろうが有象無象では我の敵ではない。
「我が名は黄貴! 前妖怪王八岐大蛇の長兄にて、怪狸王隠神刑部の同盟者! 未来の妖怪王である!」
そして我は渾身の権能を込めて叫ぶ。
「王たる我が命ず! お前たち『眠れ!』」
我の力ある言葉が狸たちの脳髄を揺らし、その意識を眠りに導く。
後で迷い家に連絡して救助してやろう。
だが、今はそれよりも。
杖を持った老人はまだ健在。
あれに耐えるとは、さすがは大悪龍王の幹部といった所か。
「次は貴様だ」
我がそう言うと、その老人はニタァーと嗤い、踵を返して逃げ出した。
その先には夜の闇をさらに深くしたような洞の入り口。
「待てっ!!」
我は老人を追いかけ洞へと突入する。
くそっ、老人の割に足が速いではないか!
ウネウネと曲がる穴を通り抜け、我は少い空間に出る。
そこには逃げ込んだ老人の”あやかし”と龍のような頭を持つ人型の”あやかし”。
そして、大量の怨念鬼と戦う一団の姿があった。
怨念鬼と戦っているのは橙依とその仲間たち、そして藍蘭。
しまった!
これが罠だとはわかっていた。
罠であろうと飛び込まなくてはならないとも思っていた。
だが、我は最悪の失敗を犯した。
老人と同じく大悪龍王の幹部を思われる龍の頭の”あやかし”が耳をふさぐ姿。
「木魅妖術! 木霊返し!!」
あの老人がそう声を上げ、力ある言葉を続けた。
「王たる我が命ず! お前たち『眠れ!』」
その言葉が我の現での最後の記憶だった。




