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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第九章 夢想する物語とハッピーエンド
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濡女子とカタパン(その1) ※全4部


 状況を整理。

 珠子姉さんはこの特急列車”南風”に乗って高知へ向かっている途中で行方不明。

 赤好(しゃっこう)兄さんの話によると、どうやら精神は夢の中。


 大悪龍王の支配下で眠ると、大悪龍王の支配する夢の世界へ誘導。

 そして、心に恐怖を植え付けられるほどの暴虐の限りを受ける。

 これは黄貴(こうき)兄さんからの情報。


 でも、珠子姉さんはそんなことになっていないみたい。

 夢の世界に行った緑乱(りょくらん)兄さんは夢の中で珠子姉さんと再会。

 寝ている緑乱(りょくらん)兄さんの心を(さとり)の佐藤と僕が読んで判明。

 さっきの南風で高知へ行ったという情報もそれ。

 一安心。

 緑乱(りょくらん)兄さんは何か術を掛けられたのか、ゆすっても叩いても睡眠中。

 なので、夢の中からの情報収集は佐藤に任せて僕は珠子姉さんの捜索に出発。


 「みてみて! ヒーロー! 海と橋が見えてきたよ。あれが噂の瀬戸大橋ね。テレビで見るのよりおっきー」


 この岡山から高知へ向かう特急”南風”は香川から高知まで、四国を斜めに切るように運行。

 険しい山地を突っ切るため、人の手の入らない自然が残った地域も多い、ガイドブックより引用。

 

 「20分もすれば四国が見えてくる。四国の内陸は険しい峡谷(きょうこく)だらけで、魑魅魍魎(ちみもうりょう)跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する妖怪のメッカだ。大悪龍王とその手の”あやかし”だらけだろう。何、心配することはない。何があっても美しい心のお前を、あたしが守ってやるからな」


 黄貴(こうき)兄さんからの情報で、四国は大悪龍王の本拠地と判明。

 その本拠地に乗り込もうというんだから、僕の身は相当に危険。

 望まずとも、妖怪王候補になってしまったのなら、尚更。


 「は!? 何を言ってるの!? 橙依(とーい)君は私のことを守ってくれるヒーローなんだから! ああ、視えるわ描けるわ……、今度も私の予定のピンチの時に颯爽(さっそう)と助けてくれる彼の姿が」


 僕の右でピンチの予定が書き込まれたスケジュール帳を開いて見せている女の子が、九段下(くだんした) 月子(つきこ)

 元、件憑(くだんつ)きの少女。


 「お前こそ何をほざいているんだ!? この旅の演目では”純情少年のピンチに小粋に登場、快傑(かいけつ)若菜姫(わかなひめ)”の段が記されていのだぞ」


 僕の左で巻物のような演目詳細を広げているのが若菜姫。

 僕が藍蘭(らんらん)兄さんの潔白を証明するために、心を捧げた男装麗人(だんそうれいじん)

 

 「橙依(とーい)殿はモテモテでござるな」

 「いやぁ、羨ましいぜ」


 彼女たちが、この列車に乗っている理由は単純。

 大阪のホテルに緑乱(りょくらん)兄さんと佐藤を残して出発する時の僕の発言。


 『危険だから僕ひとりで行く』


 これは半分本気で、半分は期待。

 こうすれば、僕の友達、雷獣の渡雷(わたらい) 十兵衛(じゅうべえ)と天邪鬼の天野(あまの) 孔雀(くじゃく)が同行してくれると思ったから。

 やっぱりひとりは不安。

 渡雷は僕の心を汲んで『一緒に行くでござる』と言ってくれた、感謝。

 天野は天邪鬼だから『ひとりじゃ心配だからよ、みんなで行こうぜ』と提案。

 計画通り。

 でも、これは目論見外。


 「とにかく! この旅は彼が再び私のヒーローであるって自覚を持つ旅になるんですから!」


 持った覚えはない。

 あれは成り行き。


 「なんにせよ! この旅の結末は少年があたしの男気(おとこぎ)に惚れ直すんだからな!」


 惚れた事実もない。

 あるのはゲテモノ食いの記憶の共有。


 九段下と若菜姫の丁々発止に僕は溜息。

 ……なんで、天野はこのふたりにまで連絡するのさ。

 岡山の駅でバッタリ待ち受けていたふたりは、そのまま僕の左右のシートに着席。

 そして、状況を教えても、知っても、ふたりはそれを無視して自分勝手なプランをアピール。

 僕は珠子姉さんを助けることしか考えてないんだけど。

 

 僕の名は橙依(とーい)

 海を越えて、好きな人を助けに行く。

 八稚女(やをとめ)の母さんから”祝詞(のりと)”の権能(ちから)を継いだ、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の六男。

 珠子姉さんのヒーローになったり、珠子姉さんに男気を見せたくないって言ったら嘘になる。


◇◇◇◇


 珠子姉さんが岡山から高知までの特急に乗ったのは確かだけど、どこで行方不明になったかは不明。

 だから僕は手分けしての捜索を立案。

 海を渡って宇多津(うたづ)駅で降りる組と終点の高知で降りる組の二手に分かれて、お互いに路線沿いに下り方面と上り方面に捜索。

 合流するまでに珠子姉さんの目撃情報を収集し続ければ、どこで行方不明になったか判明。

 本当は駅の監視カメラとかをチェックした方が効率的なんだけど、そんな権力は僕にはない。

 慈道たちに連絡しているので、ソーシャルカメラ方面はそっちに一任。

 問題は組み分けなんだけど……


 「……やっぱこうなるよね」

 「うわー、いい天気ー! 絶好のデート日和ねヒーロー」


 これは珠子姉さんの捜索、デートじゃない。


 「抜けるような晴天だな。お前の心のように澄んだ青空だ」


 知らないだろうけど、僕の心はそんなに澄んでないよ。

 二手に分かれると作戦を立てた時、当然ながらチーム分けは紛糾。

 いや、最初から答えはひとつしかなかったのかも。

 僕が九段下さんか若菜姫さんのどちらかとペアを組むのは速攻で却下。

 僕が希望した男女で分けるのは、彼女たちのやる気がゼロになるという理由で没。

 結局、僕が九段下さんと若菜姫さんと3名でペアを組み、渡雷と天野がペをア構築。

 機動力のある僕と渡雷が分かれるのは合理的。

 だから納得はしたけど、釈然とはしない。

 念のため、渡雷には僕の亜空間回廊を形成する瞬間移動(テレポート)用の目印を付けておいたから、いざとなったら合流可能。


 珠子姉さんに付けた目印は相変わらず無反応。

 理由は肉体だと代謝するので、魂に目印を付けたからだと推測。

 僕の権能(ちから)が夢の中にデリバリー出来るくらい強力だったら良かったのに。


 「次はあれを食べよう。骨付き焼き地鶏だそうだ。チキンを食べながら町を練り歩くというのもオツなもんだぜ」

 「あんなデカい骨付肉を(かじ)りながら町を歩くレディがどこにいますの。そんな下品な女性はヒーローの好みじゃありませんのよ」

 「そうかな、心の清い橙依(とーい)はこういった自然体な女が好みなのかもしれないぞ」


 僕の好みは上品なレディでもなければ、自然体な女性でもない。

 でも、珠子姉さんなら、喜んで食べ歩きそう。

 だから要調査。

 

 「……骨付鶏(ほねつきどり)を3つ。テイクアウトで」

 「はいっ、まいどありー」


 スパイスのいい香りの立つモモ肉がフライドチキンのように袋に入れられて僕の手へ。


 「……ところで、この女の人がこの店に来なかった」


 僕は珠子姉さんのプロマイドを提示。


 「うーん、みんかったねぇ」

 「……そう、ありがと」


 僕はお金をおじさんに渡し退店。

 また空振り。

 駅員さんに聞いて、ここ数日で列車内で意識を失って搬送されたような人はいなかった事を確認。

 大人の女性を袋に詰めて拉致するような真似は困難。

 すると、珠子姉さんは”あやかし”の術か何かで操られてどこかに拉致。

 傍目には夢遊病のように見えたのかもしれない。

 珠子姉さんなら、本能で四国グルメの店に入店しているかもしれないと思って、飲食店を中心に聞き込みしているけど不発。


 「橙依(とーい)殿ではないか。奇遇でございますな」


 そんな時、ひとりの人物が僕に声。


 「……鳥居さん。どうしてここに?」

 

 声の主は鳥居耀蔵。

 黄貴(こうき)兄さんの部下。


 「黄貴(こうき)様の付き添いでな。この香川の西、旧丸亀藩は儂が幽閉された地。故に地の利に明るい儂が駆り出された。儂としてはここは嫌いな土地であるが、上様の命令ならば仕方ない。橙依(とーい)殿はどうしてここへ?」

 「……そう。僕はここに珠子姉さんを捜しに来た」

 「そうであったか。して首尾は」

 

 僕は首を振って返事。


 「そうか、ならばこの先の善通寺(ぜんつうじ)に行くとよかろう。そこは四国八十八箇所のひとつで、お遍路回りの人間たちが集まる。その人たちに聞き込みをすれば、わかるやもしれぬぞ」

 「……わかった、行ってみる。ありがと、これはお礼」


 僕はスパイスの香りたっぷりの骨付鶏を彼に渡す。


 「これはこれは、うまそうだ。ありがたく頂こう」

 「……じゃ、また」


 僕は彼に手を振り、そこから立ち去った。


◇◇◇◇


 「見なかったねぇ。はい、まいどあり」

 「……ありがと」


 ここは南風の路線のひとつ、善通寺駅から徒歩で20分。

 四国八十八箇所の善通寺の近くだ。

 僕はここでお遍路の人や周辺の有名な菓子店で聞き込み中。

 でも、やっぱり空振り。


 ガリッ、ガリッ


 「……よくそんな固いの食べられますね。私は歯が欠けそうですわ」

 「口の中に消化液を分泌して柔らかくすれば平気さ。歯ごたえがあってうまいぞ」


 若菜姫さんが食べているのはさっき買った堅いカタパンというお菓子。

 僕も食べてみたけど、堅い。

 かみ砕けないので大蛇よろしく丸のみ。


 「若菜さんは食べ方まで蜘蛛っぽいんですわね。私はこっちのそら豆せんべいの方にしますわ」

 「あたしも次を頂くとしよう」


 若菜姫さんと九段下さんがガサガサと僕の胸の前にある紙袋をまさぐる。

 たまに胸まで撫でるのは勘弁して欲しい。

 

 「これ、そこの坊ちゃん、嬢ちゃん方」

 「どちらさまですの? 私とヒーローのスキンシップを邪魔するのは」

 「何者だ? あたしと澄んだ心の君との触れあいの時間を止めるのは」


 ちょっとした剣幕のふたりに声の主は動揺。


 「……気にしないで。僕に何か用?」

 「女性を探しておるのじゃろ」

 「……そうだけど」

 

 僕は鼻をスンと鳴らして応答。

 

 「……この人、知ってる?」


 僕の写真の提示に、声をかけてきた男はそれをわざとらしく凝視。


 「この女なら見たぞ」

 「本当!? どこで!?」

 「ここから南東の満濃池(まんのういけ)のほとり、人間が作った公園と池を挟んで反対側のギザギザのあたりじゃ」


 僕はその情報をスマホで検索。

 あった、満濃池と讃岐まんのう公園。

 その昔、空海が改修したという伝えられている、日本最大のため池。


 「……ギザギザってこのあたり」

 

 僕はスマホの航空写真を提示。

 便利な時代。


 「そうそう、ここあたりの(うろ)に入っていくのを見たのじゃ。あんな所に人が立ち入るのはまずないからよく覚えておる」

 「……わかった、行ってみる」


 僕は男に軽く一礼をして、その場を立ち去った。


 ◇◇◇◇


 「ねえ、ヒーローはとってもピュアだからわかってないかもしてないけど……」

 「なあ、純情なお前は気付いてないかもしれないけど……」

 

 善通寺から満濃池まではちょっと距離があるので、僕達は電車に搭乗。

 その中で九段下さんと若菜姫さんが僕に忠告。


 「……わかってる。これが罠だということも。あの男と鳥居さんに化けたのが同じ”あやかし”だってことも。鳥居さんは徳川将軍以外を上様とは呼ばないし、何より匂いが同じだった」


 僕が偽鳥居さんにあげたスパイシー骨付鶏。

 それと同じ匂いが、さっきの男から発散。

 これで気付かない方が無理。


 「そうよね。これは私の予言じゃなくて予感だけど、これは罠よ」

 「そうか、お前はこれが罠だと知っても進むのか。ま、物語としてはそっちの方が盛り上がりそうだな」

 「……うん。これが一番の手がかり。だから罠にあえて(はま)る」


 その(うろ)に珠子姉さんが囚われているとは限らない。

 だけど、妖怪王候補である僕を罠に()めようとするなら、少なくとも大悪龍王の手下の中でもそれなりの”あやかし”居る可能性大。

 それを捕まえて、(さとり)の佐藤の妖力(ちから)で心を読む。

 

 「『虎穴に入らずんば虎子を得ず』ってやつだな。純真なお前らしい真っ直ぐな作戦だ」

 「やっぱ貴方ってヒーローだわ。危険を(かえり)みず頑張る君が素敵よ。でも……」

 「……でも?」

 「でもね、ひとつだけ予言させて」


 元件憑(くだんつ)きの彼女には、予言の残滓(ざんし)がある。

 的中率は微妙だけど。

 そんな彼女はいつになく真剣な目をして、口を開いた。


 「私達にとても良くない事が起きるわ」

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