経凛々と知育菓子(その5) ※全5部
「余裕ぶった真似もそこまでだ! 見ろ! 俺公の首は全て再生したぞ! 俺公は不死身の存在! 俺公を恐れる者がある限り、俺公は不死身なんだ!!」
再びボコボコと首を再生する姿を私はゆっくりと観察します。
やはり、恐怖を糧に再生しているようですね。
「その顔がいつまで続くかな? 俺公はお前の妖力が尽きるまで、何度でも再生し、お前を倒してやるぞ!」
「いえ、これは余裕ではありません。ちょっとした時間稼ぎです。来たようですね、私の仲間が」
「な、なにっ!?」
先ほどの九十九狸が手招きすると、そこから赤い半纏を着たポンポコが現れます。
私のきゃわいい近習、赤殿中。
先日の戦いで私が身体を張って逃走を促した、たぬたぬです。
「蒼明様! 無事だったでんちゅ! やっと逢えたでんちゅ!」
「蒼明様、ご無事だと信じていました」
「おや、迷い家さんも同行していましたか。私の予想では、迷い家さんは黄貴兄さんの下にあると思っていましたが」
「黄貴様のはからいで、隠神刑部様の下に身を寄せていました。九十九狸さんからの連絡を受け、馳せ参じた次第ですの」
流石は黄貴兄さん、見事な采配です。
こんなのより、ずっと手強いですね。
「赤殿中、アレが切れてしまいました。アレを」
「はいでんちゅ!」
「こちらも準備万端です」
私の声を受けて赤殿中が四角いアレをキュートなたぬたぬ投法でパスします。
「なんだそれは!? まさか、俺公を倒せる法具か神具の類か!? 馬鹿め! 俺公は無敵で不死身なのだ! どんな伝説の武器であろうと俺公を倒すことは叶わぬぞ!」
「これは伝説のアイテムでも何でもないですよ。街に出れば数千円で買えます。ですが……これは何よりも貴方にダメージを与えるでしょう」
私はそれを懐から出したスマホに繋ぎます。
そう、私は受け取ったのは法具でも神具でもありません。
スマホの携帯バッテリーです。
「雨が邪魔ですね」
「はい、蒼明様」
私の呟きを受け、迷い家さんがその妖力で周囲の雨粒を、いや雨雲までも、その体内に吸収します。
これはいいですね。
雨雲の切れ目から月明りが差し込んで来ます。
彼もきっと私を見ているでしょう。
おや、赤好兄さんからのメールが……。
私は再起動したスマホの中に溜まっていたメールを確認します。
京の茨木童子さんから赤好兄さんへの連絡によると……。
『狐に、特に女狐に気を付けろ』
なるほど。
得心が行きました。
「そんな板切れで俺公を倒せるだと! 笑わせるな! この俺公は日本を恐怖で支配する大悪龍王だぞ! さあ怯えろ! 竦め! 俺公に恐れを抱け!」
再び大悪龍王の恐怖のオーラが膨れ上がります。
それを受けて赤殿中や九十九狸は身体をブルッと震わせますが、そこまでです。
「どうした!? もう、あの勇気の音は聞こえないのに、なぜ竦まない!? それどころか、逃げる様子すらないとは!? こいつらはお前にそこまで心酔しているとでもいうのか!?」
「違いますよ。私の権能です。正確には私の権能の一端とでも言いましょうか。それを近隣一帯に広げました」
夢の世界で珠子さんとアリスさんの料理を食べて気付いた私の心。
叩いて割って口で砕いて音を奏でるシュネバーネン、化学反応を使った不思議で面白い変化を見せる知育菓子。
それを食べた時の気持ち、中から湧き出る声に耳を澄ました時、私は目覚めました。
その声は『どうして』、『なぜ』、『どんな仕組みで』、『もっと知りたい』、『理解したい』、『分かり合いたい』……。
人間の子供が抱くような純粋な気持ち、心と頭で納得したいという探求へ誘う権能。
”得心の権能”。
それが私が母より継いだ権能です。
「俺公の恐怖に克つ勇気をこいつらが持っているはずがない! こんな小狸風情に!」
「貴方は思慮が足りませんね。恐怖に克つのは勇気だけではありません。恐怖に勝る物があるのです。私は彼等のそれを増幅させました」
「恐怖に勝るものだと!? そんなもの勇気の他にあるはずがない!!」
「ありますよ。それは”好奇心”です。人間がここまで文明と文化を拡大させたのは、実は勇気よりも好奇心の方が貢献しているのですよ。こんな簡単なこともご存知なかったのですか?」
大航海時代、死すらありえる恐怖を超えて冒険に挑んだ開拓者たち。
真理の探究のため、危険を厭わず実験を続けた科学者たち。
食の追求に有毒な物とわかっているのに食べようとする料理人たち。
フグとかコンニャクといった毒のあるものを人間は食材に変えてきました。
ああ最近流行りのタピオカの原料となるキャッサバも有毒でしたね。
珠子さんみたいな人間は過去に大勢居たに違いありません。
あんな人が沢山いたのですか……人類は空恐ろしいですね。
彼等は勇気を持っていたでしょう、ですがそれよりも遥かに大きい好奇心を持っていたのは間違いありません。
好奇心は猫をも殺すと言いますが、人間は死んでもかまわないとも思える”好奇心”を持っているのです。
その果てにある”得心”を得るために。
「こ、好奇心だと!? そんなもので!?」
「そんなものですよ。ですが、それは何よりも強いかもしれません。ほら」
ガサッ、ガササッ、ガサササササッ
草木をかき分ける音がいくつも響き、そこから爛々と光る”あやかし”たちの目が見える。
狸に貉に鳥に犬に猫、子供に女性に老婆に河童に天狗、琵琶に琴に銚子に案山子。
私の刺激した好奇心に駆られて集まった”あやかし”たち。
「大悪龍王と大蛇の対決だってよ」
「こりゃ見物だ」
「でっけえやつとちっちゃいやつか、どっちが勝つと思う」
「ちっちゃい方にツヤツヤドングリを山盛り賭けるぜ!」
「あいつは怖いけど、怖いもの見たさってやつには勝てねぇぜ」
暗がりからそんなヒソヒソ話が聞こえて来ます。
「数が増えた所で、俺公を倒せるとでも思うたかぁ!! この東の大蛇の五男ごときがぁ!!」
「勘違いしないで下さい。戦うのは私ひとりです!」
私はよく通るように明瞭かつ堂々とした声を発します。
凛とした声というのはこんな感じでしょうか。
「よく吠えたわぁ! ならば、まずは貴様から嬲り殺しにしてくれるわぁ!!」
迫りくるは八ツの首。
全ての首が私を倒さんと襲い掛かります。
それを迎え撃つは私の両掌。
妖力と権能でプラズマを噴出させた手刀。
人間たちはこう呼びます。
プラズマブレードと。
ヴァオン
私の掌が弧を描き、敵の首を斬り飛ばします。
描いた弧は八ツ。
私の得心の権能の一端は、理解したもの、理解しているものを使いこなせる権能。
人間の物理化学と非常に相性が良い権能です。
この妖力と権能を使ったプラズマはそれを活用したもの。
周囲から「おおぉ~」という歓声が聞こえます。
「やったでんちゅ! 蒼明様の勝利でんちゅ!」
赤殿中が、くわぁわいおててをポムポムさせながら私を称えますが、私はここで油断したりしません。
人間の武道で言う残心というものでもありません。
まだ終わっていないことを私は確信しているのです。
私は霧散していく敵の首を観察しながらカウントします。
1、2、3、4、5……
私が心の中で数を10秒数え終えたタイミングで、敵の首は再生を終えました。
「首を全部落とせば倒せるとでも思ったかぁ!! 俺公は不死身だ!!」
「さっきより時間が掛かりましたね。首を焼いたせいでしょうか。プラズマは熱と衝撃を対象に与えます。私の今の技は焼き断つ技です」
自信満々に言い放つ敵に向かって、私は軽く言い放ちます。
「な、なにをバカなことを……」
「今ので貴方の正体に得心が行きました。八ツの首に紅く光る眼、この四国の地に棲まう”あやかし”で炎が弱点、そして今斬った首に開いた額のみっつ目の眼。これらを総合すると……」
私はそこで台詞に溜めを作ります。
演出です。
「大悪龍王! 貴方の正体は”三目八面”ですね!」
三目八面、それはかつて土佐の地、今の高知県の申山に出現した三ツの目と八の顔を持つ山のように巨大な”あやかし”。
私の父と同じように、八ツの首を持つ大蛇です。
人を襲い喰らっていましたが、人間の注連太夫に退治されたという伝承が残っています。
その倒し方は山ごと焼き殺すという豪快なものでした。
「な、なにを世迷い事を……」
「隠そうとしても無駄ですよ。先ほど私が斬った首にみっつ目の眼があることを確認しました。大悪龍王を演じるためにずっと瞼を閉じていたのでしょう。涙ぐましい努力ですね。ま、無駄でしたが」
私の得心の権能は真実を追い求める権能。
その本質はプラズマ生成といった権能の片鱗よりも、こういった謎解きにあるのです。
私の心の中の声が告げています。
これが真実だと。
「三目八面だってよ、そういえばあの姿は昔見たぜ」
「人間に退治されたって話だったが、幽世から復活してたんか」
「でもよ、どうして大悪龍王なんて名乗ってんだ?」
私の推理を聞いて周囲の”あやかし”たちがヒソヒソと話をしています。
「だったらなんだというのだ! 俺公が妖怪王にもなろうとする強大な存在、大悪龍王であることには変わりない!!」
「違いますね。私は貴方が大悪龍王を名乗っている理由も想像が付いています。貴方は、いや貴方たちはその正体を知られてはいけないのでしょう」
私の言葉に三目八面は言葉を詰まらせます。
「貴方が再生能力を持つのは理解出来ます。蛇は再生の象徴で脱皮により生まれ変わるとも言われてますから。ですが、貴方の再生速度は早すぎるのに遅い。すると私の想像では……」
「早すぎるのに遅いだと!? わけがわからんことを! これ以上寝言をほざけぬよう、今ここで貴様を喰らい尽くしてやるわぁ!!」
その慌てよう、やはり私の仮説は正しいようですね。
得心が行きました。
「その寝言です! 夢の世界での大悪龍王の再生速度はもっと早かったんですよ。蛇が再生するのは得心が行きますが、脱皮ですので秒単位での再生には早すぎます。ここが疑問のひとつ。ですが、私が夢の世界で見た大悪龍王の再生速度より今の貴方は遅かったのです。夢の中では瞬間といってもいいくらいでしたよ。この差も疑問でした」
そして、私は眼鏡をキラリと光らせます。
光源は蛍光灯にも応用されるプラズマです。
「この疑問を解消するには、現実世界の大悪龍王と夢の世界の大悪龍王は別の存在、いいえ、どちらも本物の大悪龍王ではないのでしょう。正体が露呈すると困りますからね。未知は恐怖を増強させますから」
おそらく、夢の中で聞いた珠子さんが出会った話のわかる”大悪龍王さん”。
彼が本物なのでしょう。
「貴方が恐怖を糧に再生するのはわかりますが、速度が早すぎます。その秘密は、恐怖を糧に瞬時に再生ができる”あやかし”の能力を借りているのしょう。そして、恐怖を糧に瞬時に再生出来るのは、恐怖の化身、炎の精霊の恐怖版といった”あやかし”で間違いありません。炎の精霊が炎を受けて瞬時にダメージを再生するのと同じなら得心が行きます」
「止めろ、やめろ、ヤメロヤメロヤメロォー、その口をもう開くなぁ!!」
接近する三目八面の首をヒラリと躱し、私は高い木の上にトンと立ちます。
「私の得心の最後のピースは赤好兄さんが埋めてくれました。『狐に気を付けろ』というメッセージです」
女狐については伏せておくのがよいでしょう。
その名は少し刺激的過ぎますから。
「夢の世界の大悪龍王の正体、それは江戸時代の『絵本百物語』に描かれた、”怖い”の語源ともなった”あやかし”……」
私はそこでまた少し言葉を溜めます。
パフォーマンスです。
「狐者異! それが貴方に恐怖を糧に再生する能力を授けた者の正体で、大悪龍王の名を騙る妖怪王候補の黒幕です!!」
月を背後にピシッとポーズを決める私を観客の”あやかし”たちが囃し立てます。
リーン、リーンという音も聞こえます。
ありがとう、経凛々さん。
貴方のおかげで私は危機を脱することが出来ました。
「ぐっ、ぐぬぅ」
劣勢を悟ったのか三目八面がジリジリと後ずさるのがわかります。
「逃げるのですか? それもいいでしょう。ですが、大悪龍王が文字通り尻尾を巻いて逃げ出したとしたならば、どうなるでしょうね。少なくとも、貴方や狐者異の妖力の源である恐怖は激減するでしょう。ああ、言ってませんでしたが、この映像は人間のネットワークでリアルタイム配信されていますから」
私が手を振ると、スマホを構えた赤殿中が肉キュートなおててを振り返します。
彼は私の意図を理解している頼もしい味方です。
赤殿中だけではありません、迷い家の中から私を次期妖怪王と称える”あやかし”たちも外に出て、スマホを構えます。
この動画やこれから私が三目八面を叩きのめす動画が拡散すれば、狐者異の妖力の源である恐怖は減っていくでしょう。
それが私たちの勝利へ繋がることを、私は確信しています。
「おのれぇー!! かくなる上は俺公の正体を知る”あやかし”全てを殺し尽くしてくれるわぁー!!」
「させませんよ。それに出来ません!」
既に人間のネットワークに乗ったものを消し去るなんて不可能だということを私は知っています。
まったく、人間というのはなんて恐ろしい存在なんでしょうね。
さてと、戦闘再開と行きましょうか。
「日本を恐怖に陥れんとす、大悪龍王! いや、その名を騙る狐者異とその三下、三目八面!!」
こういうのは私の好みではないのですが。
「私の名は蒼明! 前妖怪王、八岐大蛇の五男にて、”得心”の女神の子!! 理性と知性によって恐怖を解き明かす者なり!!」
世間に浸透した大悪龍王の恐怖を掃うには、偶像が、英雄像が必要なことは理解できます。
だから、私のこの言動も得心が行くことなのです。
「お前が何度再生しようと、私はそれを打ち砕く! くらぇえ~~! プラズマーー! じぇっとー! オーロラきーーーくっ!!」
プラズマというのはその元素により様々な色を発光することを私は知っています。
オーロラもそのひとつだということも。
爆音と衝撃が鳴り響き、大悪龍王の名を騙る三目八面がぶっとびました。
やれやれ、こういうのは橙依君が好きなはずですが……。
ま、たまにはいいでしょう。クイッ




