経凛々と知育菓子(その4) ※全5部
□□□□
「すごーい! 君ってとっても強くて大きんだね」
大人の姿に戻った蒼明さんを見ながら、アリスさんは手を叩く。
「ふぃー、どうやら助かったみたいだな。それだけじゃねぇ、お前さんが居れば万事オッケーだな。いっそ、このまま、あいつらを追いかけて倒しちまうか」
「私だけの力じゃありませんよ。経凛々さんのアシストのおかげです」
「そうなのか?」
「あっ、そういえば経凛々さんの凛という漢字は、勇気が胸にあふれる音の表現でした。”勇気凛々”って聞いたことありません?」
「あ、あたし知ってる! 無敵王とか頭がアンパンのヒーローの歌でしょ」
頭がアンパンはわかるけど、無敵王はわからないなー。
「なるほど、経凛々さんは姿を消したけど、見えない所からアシストしてくれてたんですね」
「ええ、そうですよ。あなたたちにも聞こえませんか。澄んだ鐘のような音が」
あたしは耳を澄ますとリーンリーンという音が聞こえた。
「あっ、聞こえます。りんの音。でも、耳より胸のあたりから聞こえるような……」
あたしは胸を抑えると、確かに音が聞こえる。
「俺っちには聞こえねぇぞ。嬢ちゃんの胸から聞こえるのかい、どれどれ」
「どさくさにまぎれて、何をしようとしてんですか! このエロオヤジ!!」
ドカッ
あたしの渾身のエルボーがスケベオヤジの脳天と豪快な音を奏でた。
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「聞こえるのは私と珠子さんだけで、兄さんと彼女にはりんの音は聞こえませんか」
あれから何度か確かめてみたけど、緑乱おじさんもアリスさんも首をふるばかり。
「……なるほど得心が行きました。これは少し作戦を変える必要がありますね」
「作戦って、強えぇお前さんが大悪龍王や敵をブッ倒せばいいだけだろ」
「いえ、私はもう力になれません。兄さん、こっちを頼みます」クイッ
「あれっ!? ねぇ、君の姿が薄くなってない?」
アリスさんの言う通り、蒼明さんの姿がうっすらと半透明になっていく。
「えーっ!? お前さんだけ一抜けかよ!?」
「はい、おそらくこの夢の世界から出れないようにする術の類が私だけ解かれたのでしょう。どうやら大悪龍王にとって私は相当な邪魔者らしいですね」クイッ
そっか、あたしたちが夢の世界から出れないのは何か術か呪いが掛けられているからなのね。
それが蒼明さんだけ解かれたと。
「気を付けて下さい。私の予想だと大悪龍王はふく……」
その言葉を言い切ることなく、蒼明さんの姿はスゥーと消えた。
「おい待てよ! せめて最後まで言ってけ……、たくっ、しょうがねぇなぁ」
「まったくです。こういう時にヒーローってのはヒロインの近くにいるべきなのに」
やっと安全になったと思ったのに、これじゃまた大悪龍王(悪)に遭ったら大変だわ。
「ねぇ、珠子ちゃん。あの人って現実世界に戻ったってこと?」
「ええ、まず間違いなくそうでしょう」
「ちょっと心配だわ。あの子、最初に会った時おびえていたもの。ひょっとしたら現実世界でヒドイ目にあってたのかもしれないわ」
「アリスちゃんは優しいねぇ。どっかの自称ヒロインとは大違いだ」
ぐっ、心が痛い。
そりゃま、少し自分のことしか考えてなかったかもしれませんけど。
「でも安心しな。蒼明のやつならもう大丈夫だろうよ。なんせあいつは目覚めちまったからな」
緑乱おじさんは、少し不思議な事を言った。
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◇◇◇◇
リーンリーン
りんの音が聞こえる。
目を開けて伸びをすると、そこはお堂の中。
私が掃除をして休息したお寺です。
リーン、リーン
音の主は空飛ぶ経文。
紙からにゅっと伸びた手にりんと、りん棒を持つ姿。
「貴方が一足先に現実に戻って私を助けてくれたのですね。いや、私が眠ってから今までずっとですか。経凛々さん」
「はい、この荒れた寺を綺麗にしてくれたお礼だリン」
「ありがとうございます。おかげで夢見もスッキリですよ。色々と得心に近づく情報も手に入りましたからね」
「それは良かったリン」
りん棒をクルクルと回し経文が宙を踊る。
「夢とは姿が違うのですね。橙依君が読んでいるエロ本の女性のような姿とは」
私は身体に経文を巻き付けた半裸の女性の姿を思い出しながら言います。
「お望みなら、あっちの姿も取れるリンよ。前に寺の坊主さんは、人間に凛を巻き付けてクルクルクルーってなことをやって元気を出してたみたいだから参考にしたリン」
…
……
「もう止めなさい、そんな真似は」
「えっ!? 凛は何か間違えてたリン!?」
「間違いではありませんが、私は既に元気になりましたので不要です。さてと……」
私は再び伸びをして、身体のコリをほぐします。
「ここの結界を解いてくれませんか?」
「えっ!? 大丈夫リンか? 結界の外では悪そうな小鬼とかが君を捜しているリンよ」
「放っておいても見つかります。あの木魅にみつかったのですから。それよりも……」
私はスマホを取り出し、その画面を確認します。
反応がありませんね、電池切れですか。
ズズズッ、ズズズッ
何か重いものが動くような地響きを感じます。
思ったより早いですね。
結界が解けたせいなのか、それとも近場を捜索していたのか、あるいはその両方か。
私がお堂の外に出ると、そこには巨大な八ツの首を持つ大蛇の姿。
昨晩、私に苦渋を舐めさせた相手です。
「みつけたぞ、東の大蛇の五男」
五男、五男ですか、まあいいでしょう。
「久しぶりですね。先日はどうも」
「ああ、先日は楽しませてもらった。どうだ、ここで俺公に従うと誓え。さすれば俺公の手下の末席にでも加えてやるぞ」
「お断りします」
「は? 何と言ったんだ?」
「まっぴらごめんだと言ったのですよ」
グルルと唸り声を上げ、私を威嚇する八ツの首を見て、私は夢の中の記憶と照合します。
ふむ……こちらの方が大きめですね。
「小癪な小童め! ならば恐怖に怯え、死ぬがいい!」
四ツの鎌首の口が私を叩き潰そうと、噛み殺そうと、引き裂こうと、撃ち抜こうと、私に迫ります。
これを同時に受けるのは少し骨が折れそうですね。
私は夢の中でそうしたように軽く跳躍すると、拳に僅かな水をまとわせ、迫りくる首のひとつに叩き込みます。
力と妖力と権能を込めて。
ポンッ
薄紫色の閃光と、軽い音と、重めの衝撃が私の五感に伝わります。
なるほど、こんな感触ですか。
得心を得ました。
「きっ、きっさまー! 何をした!?」
私の拳が受けたのは重めの衝撃程度でしたが、打ち込んだ先の大悪龍王とやらの首にはかなりの衝撃だったのでしょう。
夢の中と同じように吹っ飛んでいます。
「プラズマですよ。ご存知ないんですか?」
「ぶ、ぷらずま?」
「間の抜けた声ですね。プラズマとは簡単に説明すれば気体がエネルギーを受けて電離している状態です。人間は高電圧を掛けてそれを発生させています。私は妖力でそれを行いました。私が唯一使える霧の術、それは水を妖力で細かくして放出したもの。それと同じように、より細かく、分子が電離状態になるくらいまでエネルギーを与えてみました。わかりますか?」
?、?、?、?、?、?、?
その様子では何もかもわかっていないようですね。
まったく、人間の科学者はこの程度は前世紀の始めには発見し、その謎を解き明かそうとしていたというのに。
”あやかし”の知識は100年は遅れていますね。
「なにをわけのわからぬことを!!」
「わからないのなら、わかるように学ぶべきでしょう。もっと簡単に説明してあげましょう。プラズマとは要するに原子が高エネルギーを受けて、それを保持している状態です。当たると痛いですよ」
私が再び拳に妖力と権能を込めると、バシュッという音と閃光が発生する。
「人間はこの性質を半世紀以上前から活用しています。身近なものとしては蛍光灯やネオン灯、工業的には金属を切るプラズマ切断とかですね。ああ、最近はプラズマディスプレイとかもありますね。もちろん、人間はずっと以前からこの技術を攻撃的なものに出来ないか考えています。プラズマ兵器は半世紀以上の歴史を持つSF兵器です」
プラズマ兵器はまだ実用化されていませんが、類似兵器の電磁加速砲は米軍が実用化試験に入ったというニュースがあります。
プラズマ兵器が実用化されるのもそう遠くないでしょう。
私のこの技の欠点はゼロ距離でないと、威力が十分に発揮できないことでしょうか。
プラズマは真空中でないとエネルギーが拡散してしまいますからね。
ですが、真空中、宇宙が舞台の戦争で実用化されるかもしれませんね。
彼はそれを見て、どう思うのでしょうか。
「クククッ、小賢しい説明をありがとよ。おかげで再生の時間が稼げたぜ。俺公は不死身だぞ」
私が吹き飛ばした首はボコポコニュルッと肉を盛り上がらせ、再び現れます。
「それはお互い様です。私も時間を稼ぎたかったのですよ。思ったより早かったですね」
私の予想ではこの後、首を20個くらい吹き飛ばす必要があったのですが……
ガサッ
草木をかき分ける音が聞こえ、一匹のたぬたぬが現れます。
「そ、蒼明様でいらっしゃいますよね。私は父、隠神刑部の息子、八百八狸のひとり、九十九狸と申します。父の盟友、黄貴殿の要請によりお助けに参りました。さあ、こちらへ、早く逃げましょう、は、は、はやく!」
可愛いたぬたぬが怯えながら私へと手招きをします。
なるほど、予想より早かったのは、黄貴兄さんが私を救うべく手筈を整えていたからですか。
本当なら、私のこの大蛇との戦いが激化したころに私の仲間が現れると思っていたのですが。
得心がいきました。
「これはこれは隠神刑部の小狸ではないか。いい所に来た。俺公の恐怖に怯えるがいい!」
「ひっ、ひぃぃぃっ!」
大悪龍王の身体から黒い禍々しいモノが放出されます。
先日、私も不覚を取ってしまった”恐怖”のオーラですね。
その気に当てられてしまったら、良くて身の硬直や萎縮を招き、悪ければ気絶します。
ま、私は平気ですが。
それに、あの九十九狸というたぬたぬも平気でしょう。
ここには頼もしい彼女がいますから。
リーン、リーン
お堂の中から澄んだ音が聞こえます。
確かめずともわかります。
経凛々さんのりんの音、勇気を奏でる音です。
「そ、蒼明様、早くこちらへ」
胸のあたりを押さえながら、九十九狸は必死に私に訴えかけます。
「な、なぜだ!? なぜ俺公の恐気に中てられない!? そ、そうか! その耳障りな音のせいだな、なら!」
大悪龍王がその鎌首を天に突き上げると、一面に黒雲がたちこめ、ポツリ、ボトッ、ボタッ、ドザザザザザァと豪雨が辺りを覆います。
これは先日、私が不覚を取った術ですね。
「どうだ! この音で不愉快な音は聞こえないぞ! あの音は勇気を増幅させていたのだろう。貴様や小狸がが俺公に立ち向かえたのもそのせいだな」
「図体がでかいだけのバカかと思っていましたが、多少は洞察力があるようですね。その通りですよ、あのたぬたぬが居竦まなかったのは経凛々さんの妖力です。ですが……」
「ハハハッ、タネが割れては他愛ないものよ! 今度こそ貴様の最期だ!!」
再び大悪龍王の首が私に襲い掛かります。
今回は六ツ。
数を増やせば倒せるとでも思ったのでしょうか。
浅はかですね。
「私は違いますよ!」
パ、パパパパパパパンッ
乾いた音が八ツ。
発生源は大地と六ツの首とおまけの一ツの首。
私が脚に妖力と権能を込めて発動させた、プラズマの八跳躍。
その衝撃に晒された大地と首は大きく抉られたような痕を残します。
「お、俺公の首が同時に七ツもだと!?」
「ここは瀬戸内ですからね。壇ノ浦よろしくプラズマジェット推進八艘跳びといった所ですか。ネーミングには改良の余地がありそうですね」
無惨な姿を晒す大悪龍王の首と残された最後の首に向かって私は言い放ちます。
「ククク、これで勝ったとでも思ったか?」
「思ってますよ。少なくとも貴方には勝てると」
自信たっぷりなその発言に、私は軽く返します。
そして、私は雨で濡れた眼鏡の水滴を拭い再び装着しました。
スチャ




