経凛々と知育菓子(その3) ※全5部
「んじゃ、いただくとするか。このソースをかけて食べればいいんだな」
「ちょっと待ってください! それは違います!」
いち早く席に座り、雪玉にソースを掛けようとする緑乱おじさんをあたしは制止する。
「違うってのかい?」
「ええ、そうです。みなさん、ちょっと変に思いませんか? このシュネバーネンってそのまま食べるには大きすぎると思いません?」
皿の上に乗るシュネバーネンは握りこぶしくらいの大きさ。
大口を開けてかぶりつくにしてもちょっと大きい。
「桃みたいにガブリといくんじゃないのかい?」
「違います。これはですね、経凛々さんがりんを鳴らすように……、いや鳴らすよりも激しく……」
そう言ってあたしはみんなに棒を配る。
すりこぎ棒くらいの木製の棒だ。
「え、珠子ちゃん、これってまさか……」
「お前の顔に似合って野蛮だな」
どうやって食べるのかを察したアリスさんと少年が、驚きと呆れの顔であたしを見る。
「野蛮上等! 嫌なことがあったり、困難にぶち当たったなら、それを打ち砕けばいいんですっ! 破壊行為はストレス解消にもなりますからね。さあ、みなさん一気にぶち砕いて下さいっ!」
あたしの声にみんなは顔を見合わせると……
「えいっ!」
「ほいさっ!」
「凛はこういう動作は慣れてるリン!」
「やれやれ、でも、ま、面白そうだ」
パキッ
ゴキュッ
ボカッ
パカッ
哀れな雪玉は小気味のいい音を立てて、みんなの前で思い思いに砕かれていく。
「みなさんお上手ですっ! では、その砕けた雪玉の欠片をディップにして召し上がって下さい。あたしも頂いちゃいますね」
ガコッと音と立てて砕けたシュネバーネンにラズベリーのソースをディップで付けて、あたしはそれを口に運ぶ。
ザクサクサクッサクッ
層になるように折りたたんだ生地が歯で崩れていくごとに口の中でリズムを刻み、クッキーと粉砂糖とラズベリーが、舌の上で輪になって輪舞を踊る。
「いやっつたー!!」
その出来にあたしは思わずガッツポーズ!
「うわっ!? べっくらこいた!」
「どうしたんだい嬢ちゃん。そんな大声上げて」
「顔に似合って下品だな」
みんなはあたしの喜びようとは違って、落ち着いた顔でシュネバーネンを食べてる。
だけど、そのポリポリサクサクという音が止まってない所を見ると、味は気に入ってもらえたみたい。
「この珠子流シュネーバーレンが大成功なんですよ!」
「うん、おいしいよね。サクサクッておいしいわ」
「作ったやつの人格はともかく、この菓子の味はいいな」
少年はずいぶんな言いようだけど、そんなのは気にならない。
「しかし嬢ちゃん、ちっとばかし疑問なんだが、どうしてこの夢の世界で材料から作ったんだい。このシュネーバーレンの完成品を創っちまえばよかっただろうに」
「そこっ! そこですっ! そこが今回のキモでありミソであり、あたしが試したかったことです!」
「どういうこっちゃ」
「あたしはこの夢の世界で何度か料理を作ったんですけど、一番味が良かったのは遺言幽霊さんたちの時の昭和風ハンバーグステーキだったんです。これですよこれ」
そう言ってあたしは想像力を働かせ、ジュージューと音を立てる表面が真っ黒なハンバーグステーキを創り出す。
「はい、アリスさん。あーん」
「あーん」
「どうです?」
「うーん、おいしいわ。だけど、前の方がおいしかったかも」
少し首をかしげながらアリスさんは口をモグモグと動かす。
「そう! あたしは気付いてしまったのです! この夢の世界であたしが創り出した料理はあたしの想像通りの味になってしまいます。だけど、材料から作った方が想像力に現実味が加わって、より味わいが高まると!」
あたしが切り拓いたこの夢の世界の真実にアリスさんが「おぉ~」と手を叩く。
「へー、そんなもんかねぇ」
「ならば、それを確かめてやんよ。お代わりを出してみな」
「へいおまちっ!」
少年の要求にあたしは待ってましたとシュネバーネン(完成品)を創り出す。
ぺきっ、ぽりっ
「ホント、さっきの方がいいわ」
「だなぁ」
「成長どころか劣化してるぜ」
「でしょ。さっき食べた味を再現しようと想像力を働かせたんだけど、やっぱ少し劣化しちゃうのよねー」
ポリポリとあたしも出来合いのシュネーバーレンを食べるけど、やっぱさっきの方が美味しい。
「経凛々ちゃんはどう思う?」
「凛は飲食をしない”あやかし”ですので味はよくわからないリン。でも、最初の方がおいしさの念が込められているように感じたリン」
経凛々さんもサクサクとシュネバーネンを食べながら言う。
「なるほどな。料理は愛情とまではいかねぇが『おいしくなぁれ、キュンキュキュン』みたいな念を込めた方が味が良くなったってわけか」
緑乱おじさんがどこかのメイド喫茶みたいな台詞を言って、納得したように頷く。
「まあ、そんなもんです。ですが! これで今までより美味しい料理が夢の中でも作れますっ! そして、あたしは勝負だって忘れてません。このシュネーバーレンのコンセプトは音!」
「音?」
「ええ、君がなぜ落ち込んでいるかはわかりませんが、そんな時はストレス解消とばかりに破壊! そしてボリボリと食感の音を響かせながら食べる! 君が君の困難は自分でしか解決できないと思っているなら耳を澄ますべきです! 己の身体の中から聞こえる音に! そうすればハッピーエンドは君の中にあるって気付くはずですっ!」
少年はシュネバーネンの欠片をじっと見つめ、それを口に放り込むと目をつぶってモグモグと口を動かす。
「なるほど、自分の心の声と話せってことか……」
「そうそう。貴方の中で、何が大切で、何のために何をしようとしているかを見つめ直すのが重要ってことよ」
「声を見つめ直すことなんてできっこねーよ。バカかよ」
「例えよ! 例え! でも、少しは元気出たみたいね」
「少しはな」
さっきまでのうつむいていた時とは違い、少年の顔に少し明るさが見えた。
「うわー、珠子ちゃんスッゴーイ! あたしで勝てるかしら? あたしって料理ってしたことないのよね」
「へ? あんなに自信たっぷりだったのにですか?」
料理勝負なのに料理を作ったことがない。
そんな矛盾したアリスちゃんの発言にあたしは一瞬キョトンとなる。
でも、それは数秒後に驚愕に変わった。
「でもね、お菓子が作れないわけじゃないのよ。ボクも一緒に作りましょ。ジャーン! ”カチンカチン!”」
想像力で創りだしたのだろう、バンザイのポーズのアリスさんの両手には青と赤のお菓子の袋。
「あっ、あれは!? あれはまさか幻の!?」
「なんだい嬢ちゃん。あれ知ってるのかい?」
「あたしも文献でしか知りません。というか、もはやその味を確かめる術もありません。あれは……失われた人類の叡智ですっ!」
「そんなもんかね。俺っちにはどこにでもある駄菓子に見えるけどね」
アリスさんの手にあるもののスゴさを理解してないおじさんが呑気にお菓子を見る。
当のアリスさんは「ねぇボク。メロン味とイチゴ味のどっちがいい? イチゴ味ね、わかったわ」なんて言って少年にお菓子を手渡している。
「あれは、失われし知育菓子のひとつ”カチンカチン”です」
「知育菓子?」
「ちがうよー、サイバー菓子だよ」
少年にパッケージの裏を見せて作り方を説明しているアリスさんからツッコミが入る。
「そうですね。昔は知育菓子はサイバー菓子、またはケミカル菓子と呼ばれてました。ちなみに知育菓子はこのお菓子のメーカー”クラシエフーズ”の登録商標です」
「ちがうよー、カネボウのお菓子だよ。あれ? ベルフーズだっけ?」
「社名が変わったんですよ。昔はカネボウ食品とかベルフーズとかカネボウフーズとかいう社名でしたけど、今はクラシエです」
「へー、色々あったんだねー」
アリスさんは知らないだろうけど、バブル崩壊後に色々あったの。
カネボウグループのリストラとか分社化とか事業売却とか、粉飾決算とか!
「なんか話が脱線してねぇか」
「ああ、すみません。知育菓子は化学反応を利用して、主に粉と水からお菓子を作って! 遊んで! 食べれる! そんな素敵なお菓子です。重曹とクエン酸でふくらむ”ねるねるねるね”が代表的な商品ですね。あのカチンカチンは知育菓子の初期の商品のひとつでして、水に粉を入れて固めるラムネです。1987年頃に発売されました。あたしが生まれる前です」
「”ねるねるねるね”なら知ってるぜ。たまに紫君が買ってくるやつだろ。で、あの”カチンカチン”は既に販売終了したやつってことか」
「そうです。その配合は今や幻。似た物を作ることはできますが、同じ味の再現はもはや不可能です」
そういう意味ではシュネバーネンのような伝統菓子の方が、味の伝承という意味では優れているかも。
伝統菓子は、そのレシピの文献を研究している学者さんがいらっしゃいますから。
「で、あれはうめぇのか?」
「おそらく味はメロン味とイチゴ味のラムネと同じだと思いますけど……」
「けど、なんだよ」
「知育菓子の魅力はそこではありません、ほら!」
あたしたちの前でアリスさんと少年はプラの型に水を入れ、粉の入った袋に手をかける。
「んじゃいくよー、さっき教えた通り一緒にね、はいっ!」
「水入れてっ♪」
「粉入れてっ♪」
「「1分たったらカチンカチン♪」」
リーン
「もういっかい!」
「水入れてっ♪」
「粉入れてっ♪」
「「1分たったらカチンカチン♪」」
「もいっちょ!」
リーン
…
……
楽し気なリズムに乗ってふたりが歌い、経凛々さんがりんで合いの手を入れる。
「ありゃなんだ? 何かの儀式か?」
「子供が楽しく1分を待つ歌ですね。多分、CMか何かの歌でしょう」
知育菓子にはそういった工夫が多くあるのだ。
「うわっ、本当にカチカチになった」
「でしょ。さて、ではカチカチになったハンマーと板を取り出して、かち割ってたべましょ。上手にかち割れるかなー」
虚弱な美少女の台詞とは思えない物騒な言い方で、アリスさんは固まったラムネを型から外す。
この”カチンカチン”はスプーンの先にハンマーヘッド型のラムネを固め、板の形に固まったラムネを叩いて食べやすいサイズに砕いて食べるお菓子なのだ。
と、あたしは”カチンカチン”のパッケージを見て、今知った。
カン、カン、ガコッ
「あっ、割れた! 思ったより硬くて、思ったよりかんたん!」
「上手じゃない。あたしが初めてやった時は粉々にしちゃったのよ」
板にはメロンとイチゴの溝が入っていて、そこを割り出すようになっている。
そしてふたりは”カチンカチン”の欠片を口にする。
「これおいしいっ、おもしろいっ、さっきまで粉だったのにラムネになった!」
「不思議ねぇ。どうやっているのかしら」
アリスさんの視線がこっちにチラッ。
はいはい、解説ですよね。
「それはですね。多分、この粉の中にコーンスターチが含まれているからですよ。それが水を含んで周りのブドウ糖やクエン酸、果物の香料などを巻き込んで固まるのだと思います。ひとかけ頂いてもいいですか?」
「凛も食べてみたいリン!」
「どうぞ、はい珠子ちゃんに凛ちゃん」
あたしと経凛々さんはアリスさんの指から欠片を受け取り、口に入れる。
シュワッ
あたしの口のなかで、メロン味のラムネの味が広がる。
百円玉ひとつを手に駄菓子屋に走った子供のころの懐かしい味。
うーん、普通にラムネ菓子として評価してもかなりいい味。
何よりもあたしの知らない味!
味知との遭遇!
「これって楽しくって面白い味がするリン!」
食事をしない経凛々さんも気に入ったみたい。
彼女は食べ物の味はわからなくっても、そこに込められた念、想いのようなものを感じているのかしら。
うん、そう考えてみたら、このお菓子からは心が躍る味がするわ。
「これね、あたしが好きだったお菓子なの。あたしはあんまり外に出れなかったから、おばあちゃんが買ってきてくれてね。楽しくっておいしくって、とっても好きだったのよ」
「そうなんだ。うん、僕、これ気に入った! 他にこんなのないの? 僕、もっと知りたい!」
「よかった。元気でたみたいじゃない。他にもあるわよ、今、出したげる」
アリスさんはそう言って少年の頭をよしよしと撫でる。
少年の顔に笑顔が浮かんだ。
そしてふたりはアリスさんが出した謎の駄菓子作りに一時熱中する。
定番の”ねるねるねるね”に始まり、人工イクラの要領で液体の中でゼリーの粒を固まらせる”つぶぼん”、細長い布みたいなゼリーを引き上げる”べんべろべーん”、ツボの中で粉がマシュマロのようなねっとりスポンジに変わる”えんやらぽっこ”。
どれもがおいしく、そして楽しい。
解説は結構たいへんだったけど。
重曹とクエン酸による炭酸ガスの発生とか、アルギン酸ナトリウムと乳化カルシウムの反応によるゼリーの粒の表面に膜が生成するとか。
でも、少年は熱心にそれを聞いてくれて、アリスさんも「珠子ちゃんったら物知りー」って褒めてくれた。
「あー楽しかった。おなかいっぱい。ありがとうお姉ちゃんたち。僕わかったよ。自分の中からの声に耳を澄ましてみた。僕はこういった不思議なものが好き、そしてその謎を解いて得心するのが大好き!」
あの暗かった表情の少年もすっかり元気。
「この勝負はあたしの負けね」
「え? アリスさんの勝ちじゃないですか? あたしのシュネバーネンの時よりもアリスさんの知育菓子の方が喜んでましたよ」
「ううん、違うわ。この勝負は『少年をより元気づけた方が勝ち』だったでしょ。あたしはお菓子を出しただけ。あの子の顔が一番生き生きとしていたのは珠子ちゃんの解説を聞いてた時だったんですもの」
「そんなことはないですよ。あたしじゃアレは創り出せませんでしたから」
お堂の中に散乱するのは知育菓子のパッケージの数々。
あたしはその成分表見て、説明したのに過ぎないのだ。
「んー、じゃ、引き分けにする?」
「ええ、それでいいです、それがいいです」
「違うぜ、ふたりとも勝ちさ。俺っちたちの目的は普段とは違って元気がねぇ弟を元気づけることだろ。そういう意味では目的を達成したなら、みんなの勝利さ。俺っちは何もしてねぇけどな」
「凛もそう思うリン!」
「おじさんにしては珍しくいい事を言いますね。あれ? 今、弟って……」
あたしは少年の顔をじっと見る。
んー? どっかで見覚えがあるような……。
「なんだい嬢ちゃん。まだ気づいてないのかい。そいつは蒼明だぜ、どうしてちんまい姿なのはわからねぇけどな」
は?
「えー、蒼明さん!? この小生意気な美少年が!?」
「小生意気とはずいぶんな言い方ですね」スルッ
あ、クイッに失敗した。
今は裸眼ですものね。
「蒼明さんはずっと、小生意気なガキのふりをしていたってことですか?」
「いいえ、私は無意識に子供の姿を取ってしまっていただけです。お菓子を食べているうちに、やがて自分が何者なのか自覚しました」
そういえば緑乱おじさんも、最初は自分が夢の世界に居ると自覚していなかった。
蒼明さんも同じだったみたい。
「今までの貴方たちの会話を総合すると、どうやら、ここは夢の世界のようですね。私はきっと大悪龍王の術にはまったのでしょう」
「みたいだな。どうやったら出れるものだか。ちょっち困ったな」
「ですよねー」
ザッ
うーんと頭をひねるあたしたちに玉砂利を踏む音が聞こえる。
「兄さん」
「ああ、どうやら見つかっちまったみたいだな」
外の気配に気づいたふたりが視線を戸に動かすと、それが横にスライドする。
「みつけたぞ。小賢しい隠れ方をしおって、さあ、悲鳴を上げて観念せよ。声を響かせてな」
姿を現したのは中肉中背の”あやかし”。
あたしは、その姿に見覚えがあった。
竜のように口が長く、髭を持った姿に。
「木魅さん!? 大悪龍王さんの所の!? どうしてここに」
そう、彼はあの城で大悪龍王さんの隣に侍っていた竜。
木魅と呼ばれていた”あやかし”だ。
「ほほう! 東の大蛇の五男を捜していたら、五男の他に四男と珠子という女も一緒か。これはありがたい」
そう言ってのそりと木魅さんはお堂の中に入り込む。
「おいおい、土足とは礼儀知らずだねぇ。どうしてここがわかったんだい? ここは不可視の結界があったはずだけどな」
「見えぬ領域が円状になっていることに気付けば容易いことよ。ま、儂でなければ気付かぬだろうがな」
「おっと、こりゃ俺っちとしたことが、うっかりしてたぜ。やっぱ慣れない仏道系の術なんて使うべきじゃないね」
あれ? 緑乱さん、この結界って経凛々さんの結界じゃ……。
あたしの疑問に気付いたのか、緑乱さんはあたしにパチンとウインク。
ああ、なるほど、さっきから経凛々さんの姿が見えてないってことは、彼女を先に逃がしたってことね。
こういう所は流石よね。
八尾比丘尼としての千年以上の経験からかしら。
「もはや逃げられぬぞ。ここで貴様らを完膚なきまで叩きのめし、恐怖にて儂らへの忠誠を誓わせるのだ。大悪龍王様!」
木魅がその手を上げると、ヴヴォォォォォーーーー!と巨大な咆哮が聞こえ、お堂の屋根が吹っ飛び、黒い巨体が見えた。
「大悪龍王さん、あたしです! 珠子です! どうしてそんな姿になっているんですか!?」
城で逢った大悪龍王さんとは似ても似つかない真っ黒で紅い目の八ツの首を持つ大蛇。
その巨体にあたしは語りかける」
「お前なぞ知らぬ。俺公は世界を恐怖で支配する妖怪王! 大悪龍王なるぞ!」
「そんな、あたしを忘れちゃったんですか!? 大悪龍王さんは話のわかる良い”あやかし”だったじゃないですか」
「くどい!」
あれ? 別人、いや別”あやかし”なのかな?
うーん、ややこしいから、こっちは大悪龍王(悪)と呼ぶことにしよう。
「あいつの姿を見るな! 身体が居竦んじまうぞ!」
緑乱おじさんがそう叫び、視線を上から逸らす。
アリスさんも目をつぶって下を見る。
でも……、あたしは平気だった。
それをあたしは手をグーパーグッパーして確かめる。
よしっ! あたしがまた目くらましをして逃げ……
そう思ったあたしの前にひとつの影が進み出る。
少年の姿の蒼明さんだ。
「ここは私に任せて下さい。なあに、大丈夫ですよ」
影が伸びて、少年の姿はあたしの良く知る蒼明さんの姿に変わる。
スチャっと眼鏡も装備。
「お前さんは見ても大丈夫なのかよ?」
「ええ、恐怖に打ち勝つ……、いや、恐怖をものともしない心に気付きましたから。なるほど、得心が行きました」
何かに納得したかのように蒼明さんは自分の胸をポンポンと叩く。
「ぬかせ! 少しばかし勇気を出したとて、この恐怖の化身に敵うとでも思ったか! やって下さい! 大悪龍王様!」
「俺公を恐れぬとは見上げたものよ。だが、それだけで勝てると思ったか!!」
「勝てますよ」
そう言うと蒼明さんはタッと軽くジャンプ。
拳を大悪龍王(悪)のひとつの頭に軽く叩きつけると、『パンッ!』と軽い音と閃光を伴ってその首が千切れ飛ぶ。
「なんじゃと!?」
澄ました顔でスタッと着地する蒼明さんを見て、木魅が驚愕の声を上げる。
「あと七ツ」
冷静に言う彼の視線は既に次の首をターゲットにしているみたい。
蒼明さんが戦う所を見るのは初めてだけど、最強最強って噂に違わぬ強さだわ。
「なめるなよ! 大悪龍王様をこの世界で倒すなど不可能なのだ!!」
木魅の頭が頭上に向くと、頭が吹っ飛んだ首から新しい首が生えてくる。
ボコッボココッヌニッと少しグロテスク。
「残り八ツ」クイッ
あっ、冷静に数え直した。
「木魅」
「はいっ、大悪龍王様!」
「退くぞ」
「え、この好機を逃すのですか?」
「あの男と俺公は相性が悪い。アイツにやらせよう」
「わ、わかりました」
大悪竜王(悪)は巨体を揺らし木々をなぎ倒しながら木魅と一緒に森の奥に消えていった。




