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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第九章 夢想する物語とハッピーエンド
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経凛々と知育菓子(その1) ※全5部

 天国のおばあさま、あたしが夢の中に囚われてから体感時間で3日が経過しました。

 七王子の皆さんが私を助けようとしてくれているのはわかります。

 助っ人も来ました。

 ですが、いの一番にやってきた緑乱(りょくらん)おじさんも夢の中から脱出できないでいます。

 もう少し頼りになる方がやって来てくれないものでしょうか。

 でもまぁ、少し嬉しいかな。


 「しっかし、どうすっかな?」

 「このまま夢の世界に滞在続けるとまずいですよね」


 あたしは緑乱(りょくらん)おじさんと向かい合ってムムムと唸る。


 「なになに、何の話かしら?」

 

 悩み続けるあたしとは違って明るい表情でアリスさんが、あたしたちの間に首を突っ込む。

 そういえば、アリスさんは15歳からずっと夢の世界に居るんでしたっけ。

 生まれが昭和53年、1978年だから、1993年から25年間ずっと。

 

 「ああ、どうやったらこの夢の世界から、もがっ!?」


 あたしは緑乱(りょくらん)おじさんの口を(てのひら)でふさぐと、「アリスさんには関係ないことよオホホ」と言いながら木陰に引きずり込む。

 

 「ぷはっ!? なにすんだい嬢ちゃん」

 「声が大きいです。いいですか、アリスさんはあたしの計算が正しければ、この夢の世界で25年も旅をしているんですよ」

 「そりゃまたケッタイな。人間ってのは25年間も眠り続けることって出来るのかい?」

 「出来ますね。病気や事故で意識が回復しないまま眠り続けることは往々にしてあります。おそらくアリスさんはそれではないかと」

 「んじゃ、あの娘は俺っちたちと違って、目覚められないってことか?」

 「はい、心苦しいですが現実世界のアリスさんの身体が回復しない限りは無理かと」

 「なるほどな……。ん? あの娘ってアリスって名だよな」

 「ええ」

 「それって、苗字かい? それとも名前かい?」

 「両方ですよ。有栖院(ありすいん)アリス。それが彼女の名です」


 タルトタタンみたいな響きを持つ素敵な名前。

 それが彼女のフルネーム。


 「有栖院!? そんなはずはねぇ!」


 いつもは飄々(ひょうひょう)としている緑乱(りょくらん)おじさんの目が大きく開き、驚きを隠せない口調で叫ぶ。


 「おじさん、声が大きいってば」


 あたしがそう言って再びおじさんの口を塞ごうとした時、


 「キャーーーーー!!」


 アリスさんの悲鳴が聞こえた。


 「どうしました!?」

 「なんだ!? 大丈夫か!?」


 あたしたちがアリスさんの所に駆け付けると、そこには真っ黒で巨大な八ッ首の”あやかし”と、同じくらい巨大な人型の何か(・・)がいた。

 ううん、それだけじゃない、そのふたつの巨体の後ろには真っ黒な鬼の群れ。

 

 「オ゛ォオォォォォォー」


 その巨大な人型は嘆きにも似た唸り声をあげ、あたしたちを威嚇する。


 「あ、あああ、あああああ、いやぁー!! あああ、こ、こ、こ、こないでぇー!」


 アリスさんはその長い髪を振り乱し、あたしの胸に飛び込んでくる。


 「ちょっと、いきなり何なんですか!? あなたたち!!」


 あたしはキッと上を見上げながら抗議の声を上げる。


 「ほほう、あの眼鏡の男を捜していたら、どんだ珍客を見つけたものよ。お前は東の大蛇の四男だな!?」

 「だったらどうだってんだ、い、」


 緑乱(りょくらん)おじさん!?

 おじさんの眼は大きく見開かれ、口が苦しそうに歪む。


 「俺公(オレ)こそ次代の妖怪王、大悪龍王だ! そして、こっちはこの真珠国の王、老真珠王! この世界の支配者たちであるぞ!」


 大悪龍王!?

 いや、違う!

 だって、あたしがこの前料理を振舞った大悪龍王さんはこんなヤツじゃなかったもの。

 上から見下ろすような”あやかし”じゃなかった。


 「恐れよ、そして跪け!」

 「オォオォォォォォーーー!!」


 声の圧がさらに強くなる。

 アリスちゃんは頭を抱えて地面にうずくまり、緑乱(りょくらん)おじさんも顔を歪めて片膝を着く。

 あたしも気合を入れてなきゃ屈しちゃいそうなくらい。

 だけど!


 「ふふふ、まずは一匹、雑魚を片付けるとしよう」

 「に、に、げろ、じょう、ちゃ……」


 大悪龍王を名乗る”あやかし”が緑乱(りょくらん)おじさんに迫る。

 おじさんのピンチ!

 だけど、ここは夢の世界。

 現実ならこんな怖そうな”あやかし”に勝てるはずないけど、ここでならあたしは無敵なの!


 「橙依(とーい)君が見ていたアニメのようなビーム!!」


 あたしは「波ァ!!」と手からビームを放つ!

 命中! そして大爆発!

 勝った! あたしの大勝利!


 ここは夢の世界だから死ぬことはないと思うけど、あまりにもの衝撃に『バタンキュー』なはず。

 もうもうと立ちこめる砂埃が晴れ、アイツはそこに倒れ込んでいるはず……あれ?


 「小娘、何かしたか?」

 「アォォォォーーーー」


 全くの無傷!

 

 「えー、どうなってんのー!?」

 「バカ! 嬢ちゃん! 逃げんだよ!」


 緑乱(りょくらん)おじさんの声が聞こえ、あたしはガシッとその小脇に抱えられる。

 尻が前なのがちょっと不満だけど。

 あ、逆側にはアリスさんも抱えられてる。


 「待てぇー! 逃がすとでも思ったかぁーー!」

 「ヴォヴォヴォヴォヴォーーー!!」


 スタコラサッサと逃げる緑乱(りょくらん)さんの背後を、大悪龍王と黒い鬼の集団が追いかける。


 「緑乱(りょくらん)さん! 追って来てますよ!」

 「わぁってるが振り向けねぇ! あいつらの姿を見ると身体が硬直(こうちょく)しちまう」

 「金縛りみたいな術を持ってるってことですか!?」

 「ああ、似たようなもんだが、もっとタチの悪いやつをな」


 なるほど、あの砂埃で緑乱(りょくらん)おじさんは硬直が解けたってわけね。

 なら!

 

 「アリスさん、おじさん、後ろを見ないで下さいね!」

 「言われなくっても見やしねぇよ!」

 「いやよ! あんなの見たくないわ!」


 あたしは想像力(ちから)を働かせ、手の中に黒と白の粉末を創り出す。

 それもてんこ盛りに。

 あたしは黒と白の粉を混ぜ合わせて空中にばら撒く。

 そして、


 「来て! バーニィ!」


 あたし愛用の料理用バーナーを出現させると、そこから業火をほとばしらせた。


 「珠子フラーッシュ!」


 黒と白の粉に炎が命中すると、そこからあふれんばかりの閃光がほとばしる。

 あまりにもの光の奔流はきっと大悪龍王と手下たちの目をくらませるはず。

 ”はず”なのは、あたしも目がくらんじゃってるからー!!


 「ギャー、目がぁー! 目がぁー!」

 「嬢ちゃんの目にダメージを受けてどうすんだよ!? だが、やっこさんたちも怯んだようだ。よくやった嬢ちゃん! で、どこに逃げる?」

 「そんな、どこって言われてもーー!!」


 リーン、リーン

 

 あれ? なにか心に()みる鐘のような音が聞こえるような……


 『こっち、こっち。こっちなら大丈夫リン』


 幻聴じゃない、確かに聞こえる。

 鈴のような澄んだ声! 


 「おじさん! あっちです、あたしの指さす方!」

 「よっしゃ、わかったぜ! とっととトンズラこくぜー!!」

 

 あたしは身体に加速を感じ、そしてあの恐怖の気配が遠ざかるのがわかった。


□□□□


 「ふぃー、どうやら逃げ切ったみたいだな」

 「ハァハァハァ、怖かったわ」


 あたしたちは森の中で肩で息をしながらペタリと座り込む。

 

 「なんだったんでしょうね、あれ」

 「わっかんねぇ。だけどよ、姿を見た瞬間に身が縮こまっちまった。嬢ちゃんが目くらまししてくれなきゃ、あのままやられていたかもしんねぇ」

 「ありがと珠子ちゃん。でも、あのフラッシュってどうやったの?」

 「あれは粉末マグネシウムと硝酸カリウムを混ぜ合わせて火を付けただけですよ」

 「ああ、昔のカメラのストロボか」

 「そうそう、よく知ってますね」

 「俺っちは昔、流しの写真屋もやってたからよ。嬢ちゃんこそ、よく知ってんな」

 「理科の実験でやったことがありましたから。マグネシウムたわしは鍋の焦げ汚れ掃除につかいますし、硝酸カリウムは肥料につかいますからね。なじみがあるから創りやすかったですよ」


 ま、思った以上に眩しかったのは誤算ですけど。

 そういえば理科の実験の時はサングラスとか遮光ボードとか使ってたっけ。


 「なるほどな。俺っちも今度あいつらに遭遇しそうになったら、その手を使うとするか」

 「しかし、あたしのビームが効かなかったのはなんででしょうね?」


 珠子フラッシュは効果覿面(こうかてきめん)だったけど、珠子ビーム(仮)は全く効果がなかった。

 

 「そりゃそうさ。ここは夢の世界だからな」

 「夢の世界なら何でも思った通りになるんじゃないんですか?」

 「んー、それはそうだけどな、この夢の世界じゃ現実の経験を踏まえた想像力ってのが物を言う。言い換えれば、嬢ちゃんのビームにどれだけの想像力(ちから)がこもっているかが重要なんだ。例えば、ホイッ」


 緑乱(りょくらん)おじさんがそう言うと、その手にふたつのリンゴが現れた。


 「食ってみな、嬢ちゃんたち」

 

 リンゴを渡され、あたしとアリスさんはそれをシャクッと食べる。


 「なにこれ? 味がスッカスッカのスカタンだわ」

 「なんだか味がぼやけていますね」

 「だろ。今度は嬢ちゃんがリンゴを創り出して食ってみな」


 あたしは言われるがままリンゴを創るべく想像力(ちから)を込める。

 こんな時は疲労に効く酸味が強いのがいいわね、紅玉は酸っぱすぎるからジョナゴールドにしましょ。

 あたしの手に大ぶりの薄い赤色のリンゴが3つ出現する。


 「はい、どうぞ」

 「あんがとな」

 「こっちはおいしいかしら」


 シャクッ、シャクッ、シャクッ


 あたしたちの口から素敵な音のワルツが聞こえ、あたしの口には甘さも酸っぱさも強力なリンゴの味が広がる。


 「おっ、こいつはいけるな」

 「あっ、これって美味しいわ。とっても甘くて酸っぱくて、あまずっぱーい」

 「リンゴといえば甘味と酸味のバランスですが、このジョナゴールドは紅玉とゴールデンデリシャスの交配種で、どちらの特徴も受け継いでいるんですよ。生食にも加熱調理にも適したリンゴです。人類の叡智! 品種改良の勝利ですっ!」


 リンゴには生で美味しい品種もあれば、パイや焼きリンゴのように火を通すと美味しい品種もある。

 このジョナゴールドはどちらにも適した素晴らしい品種なのだ。

 でも、あたしの想像の通りの味なのよね。

 やぱり味はあるけど、味気ないわ。

 

 「とまあ、そういうわけさ。俺っちはリンゴの味なんて詳細に思い浮かべる事はできねぇが、嬢ちゃんなら出来る。リンゴの味だけじゃなく、それを使った料理までこだわりのある味を創り出せるってわけだ」

 「なるほど、夢は現実の経験が反映されるので、普段から料理や食材と接する機会の多いあたしは想像力の詰まったリンゴが生み出せたってわけですね」

 「そういうこった。逆に嬢ちゃんは現実で手からビームなんて出したことないだろ。さっきのビームは俺っちが生み出したリンゴと同じで中身がスカスカなのさ」


 あー、そういうことか。

 だから珠子ビームは効果がなかったんだ。

 砂埃(すなぼこり)を巻き上げるのが精々だったのも納得がいくわね。


 「でも、あいつら何だったのでしょうね。大悪龍王とか名乗ってましたけど」

 「あと、老真珠王って言ってたわ。でも、あたしの知ってるのとは違うわ」

 「アリスさんも老真珠王を、ううん。永代静雄版の『アリス物語』を知っているんですか?」

 「ええ、おばあちゃんに読んでもらったことがあるの」

 「へー、素敵なおばあさんですね」

 「うん……、もう死んじゃったけど」


 アリスさんの顔が暗くなる。

 うっ、余計な事を言っちゃったかな。


 「大悪龍王の正体はよくわかんねぇけど、あの老真珠王とかいう巨大な鬼とその後ろの鬼の正体には心あたりがあるぜ。アイツらは真珠王みたいな綺麗で白っぽい名とは全然違うヤツだ」


 おじさん、ナイスフォロー!


 「その正体って何でか? ききたーい、珠子、超ききたーい!」

 

 話題を逸らそうと、あたしはハイテンションなふりをする。


 「ありゃ、オネキだな。怨念の鬼、怨念鬼(オネキ)って書く。遠野物語にも登場する”あやかし”さ」

 「幽霊みたいなものですか?」

 「うーん、ちょっち違うな。、オネキはオマクとも呼ばれていて、生者死者を問わず深い執念が形を取ったものさ」

 「あ、いいもんの大悪龍王さんが言ってた”妄執”みたいなものですか」

 「いいもんの大悪龍王ってのはよくわからんが、俺っちの見立てでは、ありゃ相当深い死者の執念だな。背筋が凍りそうだったぜ。おお、こええ、こええ」


 そう言って緑乱(りょくらん)おじさんは身体をブルッと震わせる。


 「あたしも、あの人たち嫌だわ。何だかとっても嫌なモノだった気がするの」

 「あたしも出来ることなら関わりたいないですね。でも、誰かを捜しているみたいでしたから、ここにもそれを捜しに来るかも」

 

 確か、眼鏡の男を捜していたって言ってたわね。

 眼鏡の男って誰かしら?

 蒼明(そうめい)さん……じゃないわよね。

 あの鬼畜眼鏡はあたしを助けになんてこないはずだから。


 「ちっとの間は大丈夫だと思うぜ。なんせ、ここは結界が張ってあるみたいだからよ。法力っぽい結界だな」


 そう言って緑乱(りょくらん)おじさんは左右に首を巡らせる。


 「そういえば、さっき鐘のような音と、女の方の声が聞こえました。こっちなら大丈夫って」

 「なるほど、確かにこいつは目くらましっぽい結界だな。”あやかし”から見えなくなるようなやつだ」


 八尾比丘尼の頃の経験を思い出しているのだろうか、緑乱(りょくらん)おじさんは納得したかのような素振りを見せる。


 「”あやかし”から見えなくなる法力っぽい結界って、お経で耳なし芳一の姿を見えなくしたようなものかしら」

 「ああ、そういうやつさ」


 リーン、リーン


 「あっ、また聞こえました! トライアングルみたいな音!」

 「へ? 俺っちには何も聞こえないぜ」

 「あたしも聞こえないわ」

 

 あれ? おじさんとアリスさんには聞こえていない!?

 

 リーン、リーン


 「やっぱり聞こえます! あっちです!」

 

 あたしは音の鳴る方へ向けて木々の間をすり抜ける。

 

 ガサッ


 少し開けた所に出ると、そこには小さなお寺が。

 音はあそこから聞こえている。


 「待ってくれよ嬢ちゃん。おや、ありゃ寺か」

 「ふぅ、やっと追いついたわ。あれ、お寺みたいね」

 「ええ、音はあそこから聞こえてきます。行ってみましょう、何かわかるかもしれません」


 あたしたちはお寺に向かって歩き出し、その扉を開ける。


 「お待ちしていたリン! お願いだリン。助けて欲しいリン」


 その中に居たのは床にうずくまる少年と暗がりからの声。

 少年はちらりとこっちを見る。

 おや、何だか文学少年っぽい細身の美少年じゃないですか、げへへ。

 

 「欲情が顔に出てんぞ、嬢ちゃん」

 

 おおっと、最近、目の保養が少なくって。

 そして、暗がりから、ひとりの女性が姿を現す。

 その姿を見て、あたしたちは目を見張った。


 「おっ、いろっぺぇ姉ちゃん!」

 「あらっ、セクシー!」

 

 彼女は、全身に経文を巻き付けた半裸の姿だった。

 橙依(とーい)君の秘蔵のエロ本に出てくるようなプレゼントはアタシ(・・・)の経文版みたいな。

 そして、あろうことか、見えそうで見えないような、ギリギリのラインを攻める彼女は、まだ、幼さの残る美少年にしなだれかかるように、その身を預けながら言ったのです。


 「お願いリン、力を貸して欲しいリン。彼の男を立たせたいんだリン」


 は? 男を?

 この幼さと若さの狭間のような美少年の男を立たせる……


 「ダメっ! そんな淫行条例違反っぽいお願いなんてダメッ!!」


 あたしは顔を真っ赤にして叫んだ。

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