ヌエとエクレア(その3) ※全4部
◇◇◇◇
台盤所に茨木と戻ると、そこには積みあがった菓子の塔があった。
黒に赤、黄に白、豊かに彩られた塔だ。
「あっ、酒呑さん、おつかれさま~、ぐへへ。おつかれでしょう」
ポカッ
「あいたっ!?」
「馬鹿も休み休み言え、俺様は全く疲れてなどない」
「さすがは父上! 不断の体力でございますね!」
ボカッ
「あたぁ!?」
「たわけ。余計なことを言うな」
「まあまあ、酒呑。そんなにおこらんと。それよりもまあ、えろうのっぽさんのエクレアタワーやね」
「知っているのか茨木!?」
「これもさっきのクロカンブッシュのお仲間や。細長いシュー皮にクリームを詰めて、表面にチョコを塗ったのがエクレアや。シュークリームを積み上げたのがクロカンブッシュ、別名シュータワーやね。で、こっちはエクレアタワーや。どっちもフランスの祝宴の菓子や」
なるほどな、珠子はしゅうくりぃむをおぅぶんの具合を確かめる試作と言っておったが。本命は、このえくれあだったか。
「しかし高いな、七段積みか。よくもまあ、倒れぬものだな。見たところ、その生地はしゅうくりぃむと同じだろう」
俺様は先刻のシュワッっと柔らかいしゅうくりぃむの食感を思い出す。
かように積めば自重で潰れるはず。
だが、このえくれあたわぁはそれに反しそそり立っている。
「実はこれ、円錐の土台にエクレアをカラメルで張り付けてるだけなんですよ。土台にはエクレアが落ちないようにひっかかる部分があるんです」
珠子の言う通り、よく見ればえくれあの隙間に出っ張りが見える。
「なるほど。だが、この飾り立てが優れている事実は揺るぐまい。見事だぞ、珠子」
「人類の叡智! フランス生まれの料理芸術の結晶ですっ! いやぁ、このカラフルな色合いを出すのは苦労しました」
ふふんと、茨木とは対照的な胸を張り、珠子が自慢する。
ヒューッ、ヒュィーッ
外より笛のような声が聞こえた。
「ボス―! 客人が来たクマー!」
「飾り付けは万全だスター」
「トラとおそろいだトラ!」
「今日はパーティカナー!」
「準備でお腹ペコペコだしー! ご褒美はご主人様の下半身のクリームがいいんだしー!」
声と同時に台盤所の扉が開き、熊たちが入ってくる。
どうやらヨルとソラがやって来たようだ。
「いらっしゃったようですね。それじゃあ、あたしたちは寝殿で待ってますから、酒呑さんと茨木さんはヨルさんとソラさんを迎えて下さい」
珠子と鬼道丸は、よっこいしょとえくれあたわぁを持ち上げ、台盤所を後にした。
「わかった。茨木、行くぞ」
…
……
俺様は茨木を促したが茨木は動かず、何やら怪訝な表情を浮かべた。
鼻をスンスン鳴らしている所を見ると、何やら匂いを嗅いでいるようだが……。
「ねぇ、酒呑。何か生臭くあらへん?」
「そうか?」
俺様が鼻を利かすと、甘い香りに混じる僅かなを匂いを感じた。
「言われてみれば、魚貝のような匂いを感じるな」
「せやろ」
「大方、珠子が鬼道丸や熊たちに間食でも振舞ったのであろう」
「せやろね。でもね、石熊ちゃんはお腹が減ったみたいなことを言っとたんよ」
「そういえば、そのようなことを言っておったな。間食をしたにしては妙だが、気にするほどでもなかろう。行くぞ茨木」
「あっ、まってえな」
俺様は台盤所の扉を開け、庇を渡って門へと向かう。
茨木は首をひねりながら俺様に続いた。
◇◇◇◇
「いらっしゃーい! 『酒処 七王子』、大江山出張所にようこそー!」
ヨルとソラを連れ、寝殿に入った途端、紙吹雪の洗礼を浴びる。
「俺様の屋敷に勝手に出張所を作るな」
「いいじゃないですか。お客様も来てらっしゃるのですから。いらっしゃいませ、ヨルさんにソラさん。今日は人間の姿なのですね」
「この方が人間の食事には適しているからな」
「でも、人間に心を許しているわけやないで、便利やからや」
ヨルは虎柄の直垂に毛皮の羽織、蛇を模した腰布の狩人風。
ソラは猫の耳飾りに羽根飾りの付いた赤と黒の袿姿。
どちらも平安の世の市井でよく見かけた姿だ。
柄を除けば。
「では、早速ですが本日の料理を披露しましょう! エクレアタワーでーす!」
珠子の合図で鬼道丸がバサリと布を取ると、てぇぶるくろすが敷かれた台の上に先刻見たえくれあたわぁが現れる。
「ほう!」
「えろう高い菓子細工やねぇ」
見事な盛り付けに感心したのか、ヨルは驚きの、ソラは感嘆の声を上げる。
「このエクレアはフランス語で雷を意味します。雷雲の中から現れるヌエさんたちにピッタリでしょ。この料理はですね、ヌエさんたちの本質を表現してみました」
”本質を表現する”、その台詞にヨルとソラの眉がピクリと動く。
「聞いたかソラ。ヌエの本質だと!?」
「聞きはったでヨル。ウチらヌエの本質を表現するやなんて、えろう度胸のある娘やねぇ」
「ええ、あたしって結構ジャパネスク物って好きなんですよ。もちろんヌエさんたちの事も存じています」
「ジャパネスク物だとさソラ。これは滑稽」
「ええヨル。ウチらヌエは正体のわからぬ、名状しがたきものとして例えられる”あやかし”。この本質をどう見定めたのかえ?」
「あたしは料理人ですから、その答えは料理にあります。ご安心下さい、おふたりのために登頂部のエクレアは二本にしてありますから」
珠子が示す先はえくれあたわぁの頂上。
そこには薄紅色のちょこで彩られたえくれあがふたつ。
「大した自信だな。ま、そこまで言うのなら、食べてみるとしよう」
「ええ、この娘はんが、どれだけウチらの事を理解してはるのやら。それを見定めるのも愉快そうやね」
ヨルとソラはその手を伸ばし、頂上のえくれあを取り口に入れる。
モシャ
しゅうくりぃむと同じような音を立て、えくれあがヨルとソラの口に消えていく。
「これはイチジクとチーズのムースか」
「おしゃれやね。甘酸っぱくて、おいしいわぁ」
「はい。季節の無花果とクリームチーズを中に詰めました。チーズと果物の組み合わせはヨーロッパでは定番なんですよ。ミルクと果物の相性がいいことを考えると納得ですね。あ、みなさんもどうぞ」
珠子の声に待ってましたとばかりに熊たちが塔に群がる。
主たるこの俺様を差し置くとは気の利かぬやつらめ。
「はい、酒呑の分」
だが、俺様には気の利く茨木がいるのだ。
何ら問題ない。
茨木が取ったえくれあを口にすると、中からは無花果の甘さと酸味、そしてくりぃむちぃずのコクが口の中に広がって溶けていく。
なるほど、これがむぅすとやらの食感か。
それは例えるなら淡雪のよう。
口の中で儚くも消えていくが、それが確かに存在した証明を舌に残す。
淡雪ならばその冷たさを、むぅすならその味を。
「おいしねぇ、酒呑」
「ああ、美味い。だが……」
珠子はこの料理でヌエの本質を表現したと言った。
この溶けていくような食感は、確かに形状が不定で捉えどころがない。
だが、名状しがたいとは言い難い。
淡雪のよう、泡のよう、綿あめのようなど表現のしようはいくらでもある。
「ソラよ。これが俺達の本質と思うか? これがヌエの本質か?」
「いいえヨル。これはただの菓子でしかあらへん。エクレアのバリエーションのひとつやわ」
ヌエたちの感想も俺と同じ。
これは美味い菓子でしかない。
「いえいえ、ヌエさんたちの本質はこれからですよ。エクレアのバリエーションは、まだいっぱいありますから、どんどん食べて下さいね。みなさんも」
そう言って珠子は、未だ健在なえくれあの塔を示し、それに促され、ヨルとソラは次段のえくれあを手に取る。
続いて俺様たちも。
ばりえぃしょんがまだまだあると珠子は言ったが、見た目はさっき食べたのとあまり変わらぬ。
上にかけられているちょこの色が違うくらいだ。
ガブッ
ガブブッ
えくれあが一同の口に入った時、みなの目が大きく開かれる。
俺様の目も例外ではない。
なぜなら……、俺の口に広がったのは蟹と蟹味噌の味だったからだ。
「なんだこれは!? 蛤の澄まし汁の味がするぞ!?」
「アンタは蛤やの!? ウチは帆立や! でも、食感はさっきと同じで泡のように口に溶けはる!」
隣では俺様と違った味に驚嘆するヨルとソラの姿。
「ウチは人参と蕪と甘酢の味や!? 酒呑は何味やの?」
「蟹だ。しかも蟹味噌までご丁寧に付いたな」
俺様のえくれあの断面は白と灰色、対して茨木のは白と赤だ。
そして、これは蟹や野菜がそのまま詰められているわけではない。
全てが儚げなむぅすとなって中に詰められていた。
「へー、おいしそうやん。んじゃ、半分こっと」
茨木の手のえくれあが俺様の口元へ伸びる。
「あれ? 人参嫌いやったっけ?」
「そんなことはない。少し恥ずかしいだけだ」
「んもう、そんなつれないこと言うと、もっと恥ずかしくしたるで」
「具体的には?」
「手やなくて、口でエクレアを持って食べさせたる」
「そいうのは閨でやろう」
俺様は大きく口をあけて、茨木の手のえくれあをガブリと食べる。
口の中で溶けていく味は人参の甘味と蕪の鄙びた風味、そして酢の酸味に小麦の皮の味……
これは!?
「おい珠子、こいつから醤油の味がするぞ」
「しますよ。当たり前じゃないですか。そのエクレアのチョコはチョコはチョコでも醤油チョコですから」
「そんなのもあるのか!?」
「ええ、醤油だけじゃありませんよ。他には……」
珠子がそう言いかけた時、熊たちの叫びが聞こえてきた。
「びぎゃー! からいクマー! このレバーペーストが入ったエクレア、辛子が入っているクマー!」
「熊は甘党なんだスター。でも、このサンマとショウガのエクレアはおいしくってしょうがないスター」
肝と秋刀魚だと!?
これが茨木が台盤所で感じた匂いの正体か。
「このエクレアの表面のチョコにはココアバターをベースに半液状にした薬味を加えて固めた薬味チョコなんですよ。こうすれば、醤油チョコや生姜チョコ、山葵チョコだってお手の物です。もちろん、中にもムース状にした薬味を加えています。珠子流料理割烹は舌を逃がさぬ二段構え!」
手刀を刀に見立てて、珠子は愉快な構えを取る。
珠子なりに決めたつもりなのだろうが、武人のそれとは違い冴えない構えだ。
しかし、料理の冴えは見事。
隣のソラとヨルも、このえくれあの他の味を堪能しようと次々と手を伸ばしている。
「ソラ、この白身魚も美味いぞ。少し山葵が効いててな」
「ヨル、ウチのはジャガイモと舞茸や。舞茸の風味が滑らかなジャガイモの味の刺激になって、手と口が止まらへん」
あっちは白身魚に山葵と、ジャガイモと舞茸か。
しかも、俺様の見た所、それらすべてが淡雪のような泡状でえくれあに詰められているのだ。
「珠子。これはどうやって作った?」
「ふっふっふっ、よくぞ聞いてくれました!」
待ってましたとばかりに珠子が銀色の筒を手に取る。
「これがあたしの新兵器! エスプーマ! ピッカピカーピッカッカー!」
リズムに乗った声で珠子はそれを頭上に掲げる。
「エスプーマとはスペインの天才料理人”フェラン・アドリア”さんが開発した料理手法と調理器具です。語源はスペイン語で泡を意味するEspumaですね。直訳!」
「これってムースとは違うん?」
大江山酒呑童子一味の中で唯一幽世に逝かず、現代料理の知識もある茨木がえすぷぅまとむぅすの違いを尋ねる。
「語源は同じです。ムースはフランス語で泡を意味するMousseから来ています。でも、技法的には大違い! 従来のムースは食材に生クリームや卵白を加えて泡立て器で作っていました。でも、これだとどうしても生クリームと卵の味が出ちゃてたんです」
珠子はそう言うと、銀色の筒をグッと眼前に構える。
「そこで人類の新たな叡智! エスプーマ! これは食材をペーストにしてゼラチンを加え、亜酸化窒素ガスを使うことで、食材の味を損なわずにムース状にすることが可能なのです! 論より証拠!」
「はい師匠! 味噌汁ですっ!」
示し合わせたかのように、いや、示し合わせていたのだろうな、鬼道丸が味噌汁を差し出す。
「これにお湯で溶かしたゼラチンを加え、エスプーマボトルに入れて、圧縮ガスボンベと管でつないで、充填!」
シューと音がして銀色の筒に瓦斯が注がれる音がする。
「充填が完了したら、ケーブルを外し、ボトルをよく振って中を混ぜれば準備完了!」
「充填率100%! 師匠! いまこそ発射の時です! ターゲットはここに!」
鬼道丸が薄切りの胡瓜が並んだ皿を珠子に示す。
「ミソエスプーマ、発射ぁ!」
「発射ぁ!」
プシュー
愉快なふたりの掛け声と共に、珠子の指が筒の引き金を引くと、胡瓜の上に薄茶色の泡の小山が出来上がる。
大仰な掛け声とは違って、珠子の動きは最小。
脇は引き締められ、上体の動きは平行、流れるようではなく構えは変わらず位置だけを変える。
そして、胡瓜には次々と泡が盛られていった。
まるで武人のようだな。
最小の動きだけで攻撃を捌く、そんな動きだ。
「あとはゴマをパラパラとかければ”食べる冷や汁”の完成ですっ! ささっ、ヨルさんソラさん、どうぞ召し上がれ」
「食べる冷や汁とは初めて聞いたぞ」
「この泡って本当に味噌汁なん?」
少し怪訝な顔をしながらヨルとソラは胡瓜の台座を掴み、その泡ごと口に入れる。
「これは味噌汁!?」
「冷や汁や! 口の中で冷や汁ができとう!」
ふたりの口が再度味を確かめるように次の”食べる冷や汁”に進む。
うまそうだ。
「ほい酒呑、あーん」
「気が利くな」
俺様の心を察した茨木が”食べる冷や汁”を口に運ぶ。
パキッ、シュワッ
胡瓜が小気味よい音を立て、泡は舌を包むようにねっとりと広がった。
鼻を抜けるのは味噌の香り、それは魚の出汁の味と相まって、完全に味噌汁となった。
さらにそれは、胡瓜と胡麻をも融合して、冷や汁を口腔で構築する。
「確かにこれは”食べる冷や汁”だな」
「せやの? ウチも早う食べたいわ」
「まだ、皿にはたくさん残っているではないか」
「はよう食べたいわ」
そう言って茨木はあーんと口を開く。
…
……
仕方のないやつだ。
いや、ここは可愛いやつだと思うべきかな。
まあよい、今晩は茨木へのさぁびすでぃとしよう。
「ほら」
「うふふ、うれしいわぁ」
俺様が手づから”食べる冷や汁”を食べさせると、茨木は満面の笑みを浮かべる。
可愛いやつだ。
「やっぱ、料理は酒呑のが最高や」
「それは俺様の料理ではないぞ、珠子の料理だ」
「一度でも酒呑の手に入ったなら、それはもう酒呑のものや。もちろんウチも」
そう言って、茨木は自分の身体を抱きしめる。
その腕がまるで宝の桐箱を結ぶ飾り紐であるかのように。
「姐さんの機嫌もすっかり直ったみたいだクマー」
「よろこばしいトラ!」
「らぶらぶカナー」
「ハートがトゥインクルだスター!」
「ひとりだけずるいんだしー! ボクもプレゼントはあたしみたいなことやりたいんだしー!」
熊たちが囃し立てる。
茨木の機嫌が直ったのはいいが、少し直りすぎではないか。
「お熱いふたりは放っといて、このエスプーマは素材を問わず、その味を損なうことなく泡状に出来ます。誕生は21世紀初頭ですが、日本では大手コーヒーチェーン店がホイップクリーム用に使い始めて一気に有名になりましたね。このエクレアの中身はこれで作りました」
素材を選ばぬということは、味噌汁のみならず、肉や魚、野菜や薬味などでも泡状に出来るということか。
いや、出来た結果がこの千の貌を持つえくれあたわぁなのだな。
「うまいな、ソラ。これは食べる度に中身が変わる。おっ最下段の中身はほのかに甘い泡と甘いクリームだぞ」
「ええ、ヨル。捉えどころがないわ。これはウチの知ってる普通のエクレアに似てはるね」
えすぷぅまの説明の間も皆がえくれあたわぁに手を伸ばしていたため、もはやたわぁは最下段の土台の部分のみ。
そこは甘味か。
俺様も頂こう。
パキッ、シュクッ、トロッ、シュワッ
上がけのちょこ、えくれあの皮、とろける中身のかすたぁど、そして白い泡が次々と俺様に食感を与える。
これが拳だったら昏倒していたと思えるくらいの、食感と味の四連撃。
「美味いな。俺様の味わった中でも極上の甘味だ。だが、この白い泡の正体は何だ? ほのかに甘く、それでいて他の食材と見事な調和を生み出し、どこか懐かしいようで、いつもそばにいるような味……」
これは美味、それは間違いない。
だが、その核となる正体に誰もが気付かない。
気付いているのは、してやった顔の珠子と鬼道丸くらいか。
「珠子はん、おしえてぇな。この白いのって何やの?」
「えへへ、それはお米のムースですよ。あたしが昔食べた給食に”お米のムース”ってデザートがありまして、とってもおいしくって、クラスのみんなに大人気! それはお米のムースにカスタードソースがかかったデザートで、それをこのエクレアに応用してみました」
「米!」
「ごはん!」
「ライス!」
「日本の心ふるさと!」
俺様と茨木の驚きの声に鬼道丸と珠子が合いの手を入れる。
「見事だなソラ。人間は嫌いだが、この料理は美味い」
「ええ、ヨル。ウチも気に入ったわ料理は」
人間嫌いのソラとヨルが、手放しで褒める。
料理を。
「相変わらず見事な腕だな珠子。察するに、このえくれあたわぁの盛り付けにも意味があるのだろう。上から順番に食べさせるための。これだけ見事にそそり立つなら、それを崩すのは心苦しい。自然と上段より食べる事となる。西洋にはこぅす料理なるものがあると聞く。このたわぁも、その順に配置されているのであろう」
「さっすが酒呑さん。見事な推察ですね。その通りですっ! 上段は酸味のある果物や野菜、それにスープといった前菜で食欲を促し、中段は香辛料の効いた肉や魚でガッツリと胃袋を満たし、下段の甘味で脳を満足させるようになっています」
珠子は食わせ者の女。
ただ高く盛るだけ、そんな事を珠子がするはずがない。
やはり意味があったか。
「なるほどソラよ。この娘は我らヌエの本質を料理で表現すると言っておったな」
「ええヨル。ヌエとは中身はわからへんけど、しっかりとした順序や形があるとでもいうてはるのでしょう」
ヌエとは捉えどころがない正体不明なもの意味する言葉でもある。
だが、人間の間で伝わるヌエの姿はしっかりと記されている。
頭は猿で胴は狸、虎の四肢に蛇の尾。
慮外の妖獣、鵺。
頭は猫で体は鳥、蛇の尾で、目は大きく光る。
稀代の怪鳥、鵼;。
珠子はそれをこのえくれあたわぁで表現したのか。
……いやまて、何か引っかかる。
”中身はわかないが、形はしっかりある”。
その程度の意味しかこの料理に込めなかったというのか、あの珠子が。
そんなはずはない。
そんな俺様の心を確かめるかのように、
「いいえ違います。あたしはそんなものをこの料理で表現していません。そして、それがヨルさんやソラさんのヌエの本質とも思っていません」
少し神妙な面持ちで、珠子は言ったのだ。




