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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第八章 動転する物語とハッピーエンド
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猿の手とおでん(後編)

◇◇◇◇


 願いは叶わなかった。

 どうやら”猿の手”は願いの同時進行も可能だったらしい。

 一時中断した惚気話は再開され、俺の頭は砂糖菓子状態さ。


 当の”猿の手”はどうかというと、出口で「あんがとな、イエーイ」と退店していく客のハイタッチを受けている。

 全く割に合わねぇな、その金は俺の金だぞ。

 俺の金のおごりなのに、なんで”猿の手”が称賛されなきゃならんのさ。

 まあ、このマイナス分が”猿の手”がもたらした不幸なんだろう。

 これくらい甘んじて受けるさ、なんせこれは在庫処理をしたい珠子さんの願いなのだから。

 夜明けまで、あと1時間。

 あれだけあったおでんもすっかり無くなり、汁だけが湯気を立てている。


 「やあやあ、いい感じにゆだってますね」

 

 おでん完売でホクホク顔の珠子さんがテーブルにやってくる。


 「熱を浴び過ぎて、俺の頭がジャムになりそうだぜ」

 「そりゃ大変ですね。そんなみなさんにおでんに最適のお酒のサービスです」


 コトコトコトっとテーブルに置かれたのは日本酒のワンカップ。

 サービスとは言うが、今日は俺の金で”猿の手”のおごりなんだがな。


 「珍しいな。本格派な珠子さんがワンカップだなんて」

 「良い酒であれば何だって買いそろえますよ。特にこの小山酒造(こやましゅぞう)の”丸眞正宗(まるしんまさむね) マルカップ”はおでんには欠かせません」

 「へぇ、そうなのかい」


 俺たちはカパッとワンカップを開け、それに口を付ける。


 「うん、辛口のいいお酒ですわね」

 「そうですわね。さすがは珠子さんのおすすめです」

 「このお酒のメーカーの小山酒造は東京23区に21世紀まで残っていた数少ない酒造りメーカーだったのですけど、時代の波に逆らえず、この前の2018年2月末に清酒事業から撤退してしまいました。これはそのラストロットですね」

 「昔の江戸には造り酒屋は沢山あったのですけどね。やはり地価と水のせいでしょうかね」


 水にはきっと詳しい雨女さんがワンカップのお酒を半分ほど飲んで言う。


 「そうですね。経済的に限界だったのだと思います。この“丸眞正宗”の銘柄は“まるまる本物”という意味を込めて命名したそうですけど、その本物(・・)が作れなくなってしまったのかもしれません。ちなみにこのブランドは遠縁の小山本家酒造が引き継いだそうです」

 「なあ、ラストオーダーな珠子さん。こいつは確かに良い酒だが、どうしておでんにこれが最適なのさ? おでんに合う日本酒なら他にもあるだろ? というか、肝心のおでんも無いぜ」


 そう言って空になったおでん鍋を指さす俺に彼女はふっふっふっと含み笑い。


 「このお酒はですね、おでん汁の出汁割りで飲むのが一番なんですよ。割合はお酒をカップに50mlほど残して、おでん汁を入れるのがベストです。お好みで七味を加えても良いですよ」


 瓢箪型の七味入れがトンとテーブルに置き、彼女は厨房に去る。


 「そんな目分量マスターな珠子さんじゃあるまいし、50mlだなんてどれくらいかわかりゃしない……」


 そう言いかけた俺の目がワンカップの一点に釘付けになる。


 「どうされました? 何やらこのワンカップに不思議な点でも……」

 

 俺だけじゃない、他のみんなの目も同じ所に視線が集まる。


 「これって、50mlのライン!?」

 「目盛りが入ってますわ!?」

 「専用機、いや専容器ってことですか」

 「これは確かにおでんの出汁割りをしたくなっちゃいますね」

 

 ”あやかし”ってのは基本的に勝手気ままさ。

 だけど、そんな俺たちでも心がひとつになるタイミングはある。

 今晩はそれが特に顕著だ。

 

 グビッ


 早くそこ(・・)に到達したいと、器が傾く。

 

 「よしっ、俺が一番な」


 ふふーんと俺はお玉でおでん汁をすくい、ぴったり50mlの酒が残ったワンカップに注ぐ。

 酒精に乗って強い出汁の香りが俺の、俺たちの鼻孔をくすぐる。


 「ああ、なんて良い香りなんでしょう。あんなに食べたのに、まだお腹が鳴ってしまいますわ」


 俺に続けて出汁を注いだ雨女さんがワンカップの横と上で腹と鼻を鳴らす。


 「冷やしも美味しそうですよ。はい、七味」

 「ありがとうございます。ああ、これはお酒よりもスープみたいですね」

 「そうですね、崩れたおでんの具が混じってしまっていてクルクルと瓶の中で踊ってます」


 崩れのない珠子さんでも、限界はある。

 おでんの具は煮れば崩れるのは当然だけど、彼女はそれをも利用するのだ。


 「それじゃあ、赤好(しゃっこう)さんが珠子さんのハートを射止めることを願って」

 「ええ、あたしたちの話が参考になると願って」

 「素敵なお話ばかりでしたわ」

 「ほら、赤好(しゃっこう)さんも早く」


 黒龍がグラスを掲げ、他のヤツらもそれに続く。

 ノリが良くなっているのは、50mlになるまで一気に飲んだ酒のせいか。


 「ああ、いい話ばかりだったぜ。俺たちの心の言葉はひとつさ」


 俺は触れ合う4つのカップに5つ目をカキンと打ち合わせる。


 「色んな話を聞いたが、やっぱり……」


 やっぱり(・・・・)という言葉にみんなは顔をニヤケさせる。

 

 「俺の「私の「僕の「わたしの「わたくしの……」」」」」


 俺たちの心の絵はバラバラさ、だけど言葉はひとつだ。


 「「「「「好きな人が一番!」」」」」


◇◇◇◇


 丸眞正宗のおでん出汁割りは最高だった。

 長い長い夜通しの惚気話の中で、少し余裕が出てきた腹をガツンと満たしてくれる。

 コース大好き珠子さんは「コース料理の最後はデザートで胃を満足させるのが定石ですが、あえて最後にスープを持ってくるのもありだと思います」なんて言ってたけど、その通りさ。

 今晩はもうお腹いっぱいさ。

 食事も惚気話も。


 あの後、一番鶏が鳴いて、やっと”猿の手”の呪いは終わった。


 「それじゃあ、失礼しますね」

 「また今度、お話しましょう」

 「次はデートの話をいっぱい用意しておきます」

 「また良いアイテムがあったら仕入れておきますから」


 店の前で4つの傘を見送り、俺は傘を畳む。

 雨は止み、スッキリとした秋の青空が広がった。

 

 「おつかれさまでした、赤好(しゃっこう)さん」

 「ああ、仕事上がりの珠子さん。後片付けは終わったかい」

 「ええ、おかげさまで」


 スマイル満点の珠子さんが満面の笑みを浮かべる。

 こりゃおでんだけでなく、他のメニューも完売したな。


 「”猿の手”は?」

 「さっき朝日の中に消えていきましたよ」

 「そっか。とんだ呪いのアイテムだったぜ」


 黒龍にゃ悪いが、こういったのはもう御免だ。

 『また良いアイテム』なんて言ってたが、次はJKに人気のスイーツとかにしてくれ。


 「で、どうだった? 君の中で俺の好感度は上がったかい?」

 「うーん、あのラッキースケベ分を差し引いて少しプラスですかね。最後はみんなハッピーエンドで終わったのがポイント高いですね」

 「おいおい、呪いを一身に受けた俺もハッピーエンドって言うのかい」


 俺は目の周りの男の勲章とカラッポになった財布を指さす。

 

 「あら、あたしの好感度が上がっても赤好(しゃっこう)さんはハッピーにならないと?」

 「まいったな、そう言われちまうとハッピーとしか言えねぇや」


 俺は頭を掻きながらハハハと笑う。

 

 「ところで、ひとつ聞いていいですか?」

 「ああ、いいぜ」

 「どうして最後の願いをあたしに考えさせたのですか? それも自分が犠牲になるような方法で」

 「決まってる。幸せ目指す珠子さんを信頼しているからさ。君なら誰も不幸にならないような願いを考えてくれるに違いないってね」


 俺の言葉に彼女の顔が朱に染まる。


 「い、い、いまのはポイント高かったですかね」


 頬の赤い珠子さんはそう言いながら、視線を逸らしながらプイと横を向いた。


 「つ、ついでにもうひとつ」

 「なんだい?」

 「どうして”猿の手”を使おうなんて思ったんです? 再度封印するなり、焼き払うなりしても良かったのでは?」


 その疑問は当然かもな。

 呪いのアイテムと分かっていて”猿の手”を使う気なんて知れない、そう言いたい気持ちはわかる。


 「理由はいくつかあるな。黒龍の厚意を無駄にしないため、使わないことで”猿の手”の犠牲者が出るのを防ぐため……それと」

 「それと?」


 俺の能力(ちから)について、そろそろ話をしておく時かもしれない。

 ま、弟の何人かは知っていることだしな。


 「俺には弱い予知のような能力(ちから)があってさ。対象がこのままだと幸福になるか不幸になるかが見極めることが出来るのさ」

 「それって弱いなんてもんじゃないじゃないですか!?」

 「そうでもないさ、どうあがいても不幸の未来しか見えないこともある。結局は手探りさ」


 橙依(とーい)がやっている恋愛ゲームのように正解につながる選択肢さえあれば、俺は無敵さ。

 でも現実はそうじゃない。

 正解は自分で考えて導き出すものなのさ。

 

 「その瞳で俺は見ちまったのさ。このまま再封印すると”猿の手”自身が不幸になっちまうってさ。そして、猿の手に触れたヤツらの中で俺だけが”猿の手”を幸福に導けるってわかっちまった。だったらやるしかないだろ。この店に来た”あやかし”は全てハッピーエンドでお帰り願いたいからさ」


 俺だけが彼女を幸せに出来る。

 男なら誰しも憧れるシチュエーションだが、相手が”猿の手”ってのは少し悲しいね。


 「あ、今のもポイント高いですね。そうだったのですか。思ってみれば”猿の手”って悲しい存在なのかもしれませんね」

 「ああ、”猿の手”はやっぱり”猿の手”で運命を不幸に傾けることしか出来なかった。もしかしたら、猿の手は誰かを不幸にすることで自分が幸福になりたい”あやかし”だったのかもな。結局、”猿の手”がハッピーエンドを迎えたのかはわからないが」


 俺の能力(ちから)は対象の幸不幸を見極めることが出来る。

 だけど、その対象が消えちまったら、どうしようもない。


 「大丈夫ですよ赤好(しゃっこう)さんの尊い犠牲は報われていますから」


 朝日を浴びて輝く珠子さんはカランと扉を開け、ホワイトボードを指さす。

 

 『今日はこの”猿の手”のおごりだぜ!!』


 その文字の下に小さく『ありがと』と書かれていた。

 

 「なるほどな、”猿の手”は今日まで叶うことがなかった自分の幸せを叶えたのか。俺の能力(ちから)も捨てたもんじゃないな」

 「捨てたもんじゃないなんてレベルじゃないですよ! 赤好(しゃっこう)さんの能力(ちから)は! すごいですっ! その能力(ちから)であたしを幸せにして下さい!」


 キラキラした瞳の珠子さんが俺を見つめる。

 おっ、これは俺と珠子さんもハッピーエンドを迎える予兆!


 「具体的には馬券とかで!」


 最後のひと言が余計だった。

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