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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第八章 動転する物語とハッピーエンド
222/409

以津真天と常夜鍋(前編)

 秋風がちょっと肌寒く感じる季節の中、あたしは森の中をグルグル歩く。


 ガサッ


 道に出て目に入ってきたのは丸に木のマークのコンビニの看板。

 あーん、またここ。

 一体どういうことかしら?

 あたしは海に向かう道を進んでいる途中。

 でも、今晩は違うの。

 だって、いつまでも同じ所をグルグルまわってるんですもの。


 やんなっちゃうわ。あたしはこういう循環系の術は苦手なのに。


 このコンビニに出るのは6回目、ううん7回目かしら。

 道を進んでも同じ、山道に入っても同じ、逆に進んでも同じ。

 あたしはいつまでもこのあたりをグールグル。

 ちょっとしたミステリーね。

 でも困るわ、あたしは行かなくっちゃいけないの。

 理由はわからない、だけどそうしなくっちゃいけないって気持ちだけは確かなの。

 これって運命ってやつかしら。

 うふふ、そう思うとこの迷子もロマンチックね。


 あたしは子猫、迷子の迷子の子猫ちゃん。

 あたしのおうちはどこかしら。

 

 でも、そんな歌を歌っても犬のおまわりさんは現れないわ。

 どうしましょ、こまったわ。

 だけど、考えてもわからない。

 こうなったら、迷っても迷っても進むしかないわ。

 だって、あたしはよく知っているもの。


 ”永遠なんてない”って


□□□□


 ガサッ、ガサガサッ


 あたしは道を進んでコンビニに出ること6回、山道を進んで迷子になってコンビニを見つけること4回、そして2回目の道なき森をぬけようとしていた時。

 声が聞こえたの。

 あたしの聞こえないはずの耳にしっかりと聞こえたの。


 「いつまで」


 やだ、ちょっとこわいわ。

 その不気味な声から逃げるように、あたしは(くら)い森の中を走る。


 「いつまで」

 「いつまでも」


 やだ、やだやだ、やだやだやだ。

 ずっとずっと、いつまでも『いつまで』って聞こえるわ。

 他愛のない言葉だけど、なんかイヤなの。

 その言葉から逃れるようにあたしは走ったわ。

 ガサガサガサッって聞こえないはずの音を立てながら走って、小枝で肌がちょっと痛くっても走って、暗い森で光が見えなくても走り続けたわ。

 だから、またあの木のマークが目印のコンビニが見えた時はちょっと安心したの。

 おかしいわよね、迷子になり続けているのに安心するだなんて。

 でも困ったわ。

 あれ? 困ったって漢字はちょっとこのコンビニのマークにそっくり。

 だって、(しかく)の中に木のマークがあるんですもの。

 丸の中に木があるこのコンビニのマークに何かヒントがあるのかしら?

 そうだ! きっと困った時は、ここに入ったらいいんじゃないかしら。

 それに、ここだったらモノリスさんとお話が出来るかも。

 モノリスさんは、物知りだから、きっと助けてくれるわ。

 

□□□□


 『それはきっと以津真天(いつまで)という人のような鳥のような顔と蛇のような胴体を持つ”あやかし”ですね。でも不思議ですね。鳴き声が太平記版と昭和版の混合になっていますよ。『いつまでも』が太平記版で『いつまで』が昭和版です』


 モノリスさんはやっぱり物知り。

 あの不思議な声の正体をすぐに教えてくれたわ。


 『太平記版の『いつまでも』は疫病が流行した時に、この厄災は『いつまでも続くぞ』という凶事を伝えるために鳴く凶鳥と記されています。昭和版の『いつまで』は死体が放置されると、『いつまで死体を供養しないのだ』という戒めを伝えるために鳴きます。後者は神獣かもって説もあるんですよ』


 やっぱりモノリスさんは物知りだわ。

 でも、あの声が悪いあやかしなのか、いいあやかしなのかわからないわ。

 困ったわ、だって悪いあやかしだったら、『この迷子はいつまでも続くぞ』ってことかもしれないもの。

 どうにかする方法をモノリスさんが知らないかしら?


 『えっ!? 以津真天を倒す方法ですか!? やだもー、あたしは退魔僧でもなければ陰陽師でもないんですよ。ですが、太平記版では剛力武者の鏑矢(かぶらや)で倒されたって話です。昭和版は死体を供養したら消えていくパターンが多いですね』


 やっぱり困ったわ。

 あたしは強いおサムライさんでもなければ、供養されない死体の場所なんて知らないんですもの。

 他に以津真天さんがあたしを迷子から解放してくれるような方法はないかしら。

 何かプレゼントとをあげれば通してくれるかしら。

 

 『はい? 以津真天が気に入りそうな料理? しかもコンビニで手に入るような材料で!?』


 あら? どうしてあたしはモノリスさんに料理を教えてなんて言ったのかしら。

 モノリスさんがお料理が上手なのは知ってるけど、料理で以津真天がどうにかなるなんて、考えもつかなかったのに。

 不思議だわ。


 『今、どちらにいらっしゃいます? は? 広島のホットスパー!? こりゃまたケッタイな所にいらっしゃいますね』


 どうやらモノリスさんからみても、あたしは不思議な場所にいるみたい。


 「でも、お任せ下さい! コンビニとは人類の叡智! ここにあるもので以津真天さんが気に入って、見逃してくれるような料理のレシピをお教えしますね。ついでにお酒も」


 モノリスさんはお酒が大好き。

 だから、いつもお酒についてのアドバイスをくれるの。

 でもちょっと残念、あたしはお酒が飲めないの。

 あーあ、あたしが20歳になってたら良かったのに。


 『ねぇ、そのコンビニのに地域の農産物の直売所コーナーってあります? そこにホウレンソウとライムがありません? ある!! やったー! さっすが広島は日本有数の柑橘類の産地なだけありますね。瀬戸内(せとうち)といえばミカンですが、レモンとかライムとか海外原産の物もよく育つんですよ。これなら冷凍物を使わなくて済みます! レシピはとっても簡単ですから、パッパッと用意しちゃいましょ。まずはですね……』


 そしてモノリスさんは少しの間を置いて伝えたわ。


 『冷凍コーナーに行って横浜系ラーメンを買ってください!』


 さっきと言ってることが違う……。

 やっぱりモノリスさんってばちょっとおかしいわ。


□□□□


 モノリスさんが教えてくれたレシピはとっても簡単。

 お料理なんてしたことがなかったあたしでも作れそう。

 材料をいっぱい買って、あたしは再び山道へ


 「いつまでも」

 「いつまで」


 あっ、あの声だわ。

 でも不思議だわ、どうして聞こえないはずのあたしの耳に聞こえるのかしら。

 やっぱりこれって心に直接語りかけるテレパシーってやつかしら。


 「いつまでさーん、どーこですかー」


 あたしは声のした方に向かって夜の木々をかき分ける。

 いた。

 森の中で月の光が幻想的に差し込む場所。

 かつて、その光をさえぎっていた木は横たわり、そこになにか(・・・)がいた。

 

 「いつまで」

 「そこまでよ」


 あたしは月の光の下に出て、以津真天さんの前に立ったわ。

 不思議だわ、モノリスさんの話では怖そうかもって思ったけど、見てみるとそんなに怖くないわ。

 まっすぐの黒い長い髪から見えるお顔は長いまつ毛とちょっとツリ気味の目。

 でも瞳はまん丸でとっても大きい。

 お口は少し歯がギザギザだけど、クチバシでもないし普通のお口。

 鳥のような翼はあるけど、その先にはちゃんとおててもあって、怖いというより、むしろ優しそうだわ。

 あっ、でもカギ爪のある足はちょっと不思議かな。


 「あのね、あたしはこの山をぬけて海を越えなくっちゃいけないの」

 「いつまでに」

 「いますぐに」


 よかった、あたしの声がちゃんと聞こえているみたい。

 だって、あたしは心で会話なんてできないんですもの。

 ちょっと心配だったわ。


 「だからね、邪魔をしないでここを通してくれないかしら」

 「いつまで」

 「ほんの少しの間だけよ」


 あたしのお願いにいつまでさんは首を振る。

 困ったわ、どうしましょう?

 やっぱ、こうしましょ。

 お料理をごちそうしましょ。


 「あのね、あたしは以津真天さんにプレゼントを持って来たの。この料理をごちそうするから、ここを通してくれない」

 

 以津真天さんはウンともスンとも言わなかったけど、ここで止めるわけにはいかないわよね。

 あたしは周りの石を丸くして、その中心にコンビニで売ってたキャンプ用五徳(ごとく)、お鍋が置ける台をおく。


 コトン


 下には固形燃料と辺りの小枝を置いて……

 じゃじゃーん! 簡易アルミなべー!

 これって薄いアルミで出来た鍋で、簡単な調理ならこれで出来るの。

 これであたしは以津真天さんに鍋料理を作るの。


 「いつまで?」

 「出来るまで10分くらいかしら」


 タタタと水と料理酒をアルミ鍋に入れて、さらにあたしは豚バラ肉とホウレンソウを入れる。

 ポッと固形燃料に火がつくと、ジジジとお鍋が歌いだすわ。


 「はいこれ。これにつけて食べてね」


 あたしの手には小さい深めの紙のお椀がふたつ。

 それにお正油(しょうゆ)を入れて、その上でライムを握りつぶす。

 ブシューっと緑の実が割れて、その中からポタポタとさわやかな香りが落ちて、ポン酢の出来上がり。

 あら、あたしったら、いつからこんなに力持ちさんになったのかしら。

 グツグツとお鍋が大きく歌いだして、お肉とホウレンソウの煮えるいいにおいが広がるわ。


 「さっ、食べましょ。あー、歩き回っておなかがへったわ。あたしから先にいただいちゃうわ」


 あたしはおはしでお肉とホウレンソウを取って、フーフーしてお口へポイッ。


 ジュワッ


 お口の中に広がったのはライムのすっぱさとお正油の味、そして続けてホウレンソウのちょっとにがくって、青くって、あまーい味。

 この甘味はホウレンソウだけじゃないわ、ブタさんから出たダシね。

 その次に来たのは本格的なブタさんの味。

 小さい肉から旨みがあふれて、ホウレンソウの味と合わさってとってもおいしいわ。


 「いつまで?」

 「あら、もう食べてもいいのよ」


 あたしがそう告げると、以津真天さんはお鍋からホウレンソウとお肉をパクッ。


 「いつまで!」

 「なくなるまでよ」

 

 うふふ、このおいしさが気に入ってくれたみたい。

 以津真天さんの箸がガツガツと進んでいるわ。


 「いつまで?」


 お鍋が半分くらいなくなった所で以津真天さんが首をかしげて問いかける。

 きっとこの料理の名前が知りたいのね。


 「この料理はね常夜鍋(じょうやなべ)っていうの。毎晩食べても飽きがこない。おいしくって、いつまでもいつまでも食べれちゃうってことが名前の由来なのよ」


 しかも、とっても簡単なの。

 水とお酒を入れた鍋にホウレンソウと豚肉を入れるだけで出来ちゃうんだから。


 「いつまでな! いつまでな!」

 「そうね、”いつまで鍋”ってとこかしら。うふふ、以津真天さんの言葉が正解ね」

 

 不思議だけど、不思議じゃないわ。

 モノリスさんはそれを見越してこの”常夜鍋”を教えてくれたの。


 カリ……カリ……


 あら、なにかしら?

 以津真天さんが小枝で地面に何か書いているわ。

 まあ!

 あたしは驚いちゃったわ。

 そこに見えたのは”宵夜”の文字なんだもの。

 

 「以津真天さんは物知りね。これは宵夜鍋(じょうやなべ)とも書くのよ」


 モノリスさんが教えてくれたわ。


 『以津真天は凶鳥の説と神獣の説がありますが、神獣だとしたら常夜鍋(じょうやなべ)と聞いたら、同じ読みの宵夜鍋(じょうやなべ)の方だと思うかもしれません。日本でもこの常夜鍋の起源は北野大路 魯山人きたのおおじろさんじんが、このホウレンソウと豚肉の鍋は中国由来の宵夜鍋(ショイェグォ)というものだと紹介したって説もありますから。そんな中国に詳しい知識を持っているとしたら、やっぱり神獣じゃないかと思います』


 どうやら以津真天さんは悪い”あやかし”じゃなくって、良い神獣の”あやかし”みたい。

 だって、こんなに物知りなんですもの。

 あら、だとしたら、モノリスさんが教えてくれたさらにその先のあの詩(・・・)も知っているかもしれないわ。

 あたしの期待に満ちた目に、以津真天さんは”わかっている”みたいな顔でさらに小枝を取ったわ。

 以津真天さんが地面にサラサラと書く文字にあたしは見覚えがあるわ。

 だって! モノリスさんが教えてくれた通りなんですもの!

 だから、難しい漢詩だけど、意味もわかるの!


=====================================================

 冬夜泊僧舍 (冬の僧院に泊まる)


 江東寒近臘 野寺水天昏

 (冬の川の東側近くは寒く 野寺の空は雨でなお(くら)い)


 無酒能消夜(・・) 隨僧早閉門

 (酒が無くては夜も過ごせない 僧よ早く門を閉めておくれ)


 照牆燈焔細 著瓦雨聲繁

 (壁を照らす灯りの火は心細く 瓦を打つ雨の音だけが響く)


 漂泊仍千里 清吟欲斷魂

 (未だ千里の旅の途中 雨音の唄が私の魂すら凍らせる)

 

 ※作者超意訳

=====================================================


 『この”冬夜泊僧舍”は唐代の詩人、方干(ほうかん)さんの(うた)です。その中の”消夜”は現代では”宵夜”とも書きまして、夜食を意味する言葉の起源とされていまーす! 元は寒い夜を消し去るのに酒が必要だって(うた)った人生の縮図を表わした詩なんですよ。いやー、そう考えるとこの”宵夜鍋”には何が必要なのかわかりますよね!』

 

 モノリスさんはお酒が大好き!

 だって、この詩と一緒にお酒の素晴らしさを力説していたんですもの。

 そして、この漢詩を書いたってことは……


 「いつまで?」


 やっぱり! 以津真天さんもお酒が欲しいのね。

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