馬鹿と馬方蕎麦(その8) ※全8部
◇◇◇◇
日は沈み夜が来る。
学園祭のプログラムは最後の校庭キャンプファイヤー。
みんなはそこに居るけど、僕だけは違う。
学園の裏庭、誰もいない所にひとり。
僕はここにひとりで来なくてはならない。
「……藍蘭兄さん、ここに居たんだね」
「あらやだ、見つかっちゃった」
「……嘘、見つけて欲しかったでしょ」
僕の瞬間移動は目印を付けた場所や相手の下へ跳ぶ能力。
だけど、以前に藍蘭兄さんに付けたはずの目印は長い間作動しなかった。
きっと兄さんの権能のせい。
それが急に作動し始めたらその意図は明白。
”今、ここに来て欲しい”。
「あら、わかっちゃった。それに佐藤君も連れてきてないなんて、察しが良くて助かるわ」
珠子姉さんが来るまで、ううん、来てからもしばらくは藍蘭兄さんは『酒処 七王子』にほぼ常駐。
だけど今は外出外泊ばかり。
お店を珠子姉さんに任せられるようになったので、今までの反動で遊んでいるのかと思ったけど、思い出してみると外泊が多くなった時期はある時期と同期。
僕が覚の佐藤と友達になってから。
理由はひとつ、無条件で心を読める佐藤を警戒したから。
「ねえ、教えて。野槌を殺したのは兄さん?」
「そうよ、あの死天王を差し向けたのもね。だって、邪魔だったんですもの。それにカワイクないし」
やっぱり、それに今回の騒動の元凶も藍蘭兄さん。
「ま、あの程度じゃアナタたちの敵じゃないってわかってたけどね」
「……そう。ねえ、藍蘭兄さんは大悪龍王の手下なの?」
そう言って僕は僕の中の権能、”祝詞”の権能の中からある能力を絞り出す。
”祝詞”の権能は捧げものを誰かに捧げる権能。
神にだって捧げものを届ける権能を応用すれば、瞬間移動も可能。
捧げものを保管する異空間格納庫もその権能の一端。
それを応用すれば、その捧げものの真贋だって判定できるはず。
たとえそれが言葉であっても、その真偽がわかるはず。
「違うわ。陣営は同じだけど、アタシは大悪龍王様なんてどうでもいいわ」
これは真実。
「さて、今度はアタシの用件を済ませましょうか。大したことじゃないわ。アタシはしばらく旅に出るから、それをみんなに伝えてちょうだい。『酒処 七王子』の運営は珠子ちゃんに一任するわ」
これも真実。
「……わかった。最後にひとつ教えて、藍蘭兄さんは僕たちや珠子姉さんの敵なの?」
「……違うわ」
嘘。
「と言いたい所だけど、敵かもしれないわね。アタシの邪魔をしないなら大切な家族、するなら敵よ」
これが真実。
だとしたら……
「……わかった。居るんだね、藍蘭兄さんには。家族や珠子姉さんより大切な誰かが」
「わかってくれて嬉しいわ。あたしはあの子の夢のために動く。誰にも邪魔はさせない」
決して揺るがない決意と真実を口にして、藍蘭兄さんは僕に背を向ける。
「さようなら。これは忠告だけど、大悪龍王様の支配下には近づかないほうがいいわ。これもみんなに伝えて」
そう言って藍蘭兄さんは夜の闇に消えた。
◇◇◇◇
「どこ行ってたんだよ。最優秀の発表が終わってしまったでござるよ」
「……ごめん。それで結果は?」
大体想像はつく。
「負けだ負け、俺たちの惨敗」
「天野殿、そんなことを言わないでござるよ。惜敗でござる。優勝は馬鹿の店でござる」
やっぱり、今ここで渡雷たちの胴上げが行われていない時点でわかってたけど、ちょっと悔しい。
少し離れた所では、「そんなになでないでズラ! くすぐったいズラ!」とみんなにもみくちゃにされている馬鹿の姿。
おめでとう。
「やっほー! 橙依君ったらどこいってたの? あたしと橙依君の店でワンツーフィニッシュだったのよ。ふたつの店で得票の8割を占めるくらい圧倒的だったんだから」
「さすがだぜナンバーワンの珠子さん。見事にミッションをクリアだぜ! イエーイ!」
「イエーイ!」
現れた珠子姉さんと赤好兄さんがハイタッチ。
「……珠子姉さん一応教えて、僕たちの敗因は何?」
負けたのは事実、だけど原因は知っておきたい。
だって行列なら僕らの方が長かったのだから。
「ああ、単純なことよ。今回の対決は学園祭に来る大量のお客さんの得票をゲットした方が勝ちでしょ」
「……うん」
「その場合、審査員の人数が決まっている場合と違って、どれだけ多くのお客さんの心をゲットするかが重要なの。具体的には回転率ね。あたしたちの馬鹿田蕎麦は男性向きだったでしょ、それに対し五色蕎麦は女性向き。男性の方が食事のスピードが早いからお客を多く回せったってわけ」
「……なるほど、味だけだったら負けなかったかもしれないけど、よりお客の数をこなした方が勝ったと」
「そうそう」
理解した、行列が長くても、女性客が多い僕らの方は回転率が悪く、実は勝っていなかったてことを。
「し、赤好さん。この度は姉がお世話になりました」
「見事な作戦だったぜ。蒼明様のお兄さんは頭がキレキレだな!」
馬鹿を撫でる輪の中から伊豆奈さんと恋太刀さんが抜けて、僕らに声をかける。
珍しく三姉妹が揃っていないのは、白美人さんがずっと馬鹿を撫で続けているから。
「えへへ~、わたくしの馬鹿君は強くってたくましくって、とっても勇気がある上に、学園祭で最優秀を取れるくらいスゴイんですわよ。あの妖怪王候補の黄貴様の近臣でもあるのですから」
「そんなにほめられるとてれるズラ~」
うん、幸せそう。
「ま、これくらい俺なら余裕さ。それに美人さんの恋の悩みなら解決せざるを得ないってね」
「……どういうこと?」
思い起こせば今回の話は色々不信な点がある。
勝負が決まった日の夕方に、僕より先んじて赤好兄さんが馬鹿を珠子姉さんに紹介していたり、蕎麦対決にみんなノリノリだったり。
それよりもなによりも、白美人さんの『東北解放の立役者しか付き合わない』と『愛しの馬鹿』って台詞。
「それがわかってないのはお前だけだと思うぜ。天野は気付いているかどうかわけわかんないけどな」
佐藤がやれやれ今日は疲れたといった風に地面にへたり込んで言う。
僕だけがわかっていない?
「そっか、お前はまだ気づいていないのか。だったら説明してやるよ。このままじゃ煮え切れないだろからな」
「……おねがい」
正直、今日は色んなことで頭がいっぱい。
体は蕎麦打ちとバトルでボロボロ。
さらに初めて使う権能で頭もガタガタ。
考える力なんて残ってない。
「聞けば単純さ。最初からあの白美人さんの意中の相手は、あの馬鹿だっただけさ。鎌井さんたちが迷い家の中に囚われている時に、何度も何度も助けに来る姿に惚れたらしい」
「……それなら、白美人さんが馬鹿の告白を受け入れて終わりじゃない? 毎日やってたって話だし」
恋愛もの漫画は両想いであっても話がややこしくなる話は多数。
でもそれは、互いに互いの気持ちを知らないから成立する話。
でも、今回は馬鹿が告白を続けているのだから、それは不成立。
「それだったら俺に相談なんかに来ないさ。白美人さんは美女さんだろ?」
「……一般的には」
「なんか引っかかるが……まあいいや。その美女さんと馬鹿が付き合ったらどうなる?」
僕の頭の中で馬鹿っぽい動きの隣で綺麗に佇む美女の姿がイメージ。
「……絵にならない」
「だろ」
「佐藤の言う通りさ。白美人さんは馬鹿と付き合いたいが、そうすると馬鹿が不釣り合いとか月にスッポンポンとか馬鹿にされるのが嫌だったのさ。だから俺の所に来た『何とか愛しの馬鹿君に箔を付ける方法はないか』と」
ああ、そうだったの。
だいたい理解した。
「そこでだな、都合のいいことに学園祭があるって知ってた俺は、彼女に『馬鹿に”学園祭で最優秀を取ったら付き合う”って条件を出しな。後は俺が馬鹿を最優秀に導くぜ』って持ちかけたのさ。同時にそこの渡雷が告白したのは予想外だったが、そこはま、アレンジで何とかなった」
「……なるほど、そうして悩む馬鹿に赤好兄さんが声をかけて、珠子姉さんの助力を仰いだってわけ」
「その通りよ。ついでに黄貴様と緑乱おじさんの助力も仰いだわ。勝負を盛り上げるためにね」
「フハハハハ! 金にものを言わせる暴虐の王の役も中々楽しかったぞ」
「わりぃな、黙ってて。橙依君たちも真剣に戦った方が盛り上がると思ってな。なんせ、競争相手は橙依君だけじゃねぇしな。他の展示にも勝たなきゃなんねぇ」
全て理解。
兄さんたちが勝負にノリノリだったのも、板前先生に助力を求めたのも、板前先生繋がりでTVで知名度抜群の板前師匠を審査に連れてきたのも、全ては蕎麦対決を盛り上げて、他の展示に勝つためだった。
そして最後に僕らの店に勝つというシナリオ。
全て計算づく。
「ごめんね。橙依君に心を読まれると真剣勝負にならなくてマズイので、蕎麦蘊蓄で思考をいっぱいにしちゃうとか、色々仲間外れにするようなことをしちゃって」
「ううん、もういい」
あれ? でも気付いていないのは僕だけだって……。
「……ねえ、渡雷。君は気付いていたの?」
「気付いてたでござるよ、少なくとも白美人さんが馬鹿殿を好きだってことくらいは。拙者が惚れた相手でござるから。よく見ていればわかるでござる」
「……じゃあなぜ告白なんて」
それなら、あの告白は最初から失敗するって渡雷はわかってたはず。
なのになぜ。
「惚れた相手の幸せを願うことは男として当然でござる。だったら負けるとわかっても戦うべき時に戦うべきでござろう。あのままでは、ふたりの仲は進展しなそうに見えたでござるからな。拙者は馬鹿ではなく、当て馬になる道を選んだのでござるよ」
なるほど、渡雷は渡雷で白美人さんの幸せのために独自に動こうとして、それに白美人さんが赤好兄さんのシナリオを乗せたのが今回のストーリー。
……泣ける。
「くぅ~、お前さんはいい男だねぇ。お前さんみたいな馬鹿正直な男、おじさんは好きだぜ。今日は俺っちの胸で泣きな」
「どうせ好かれるなら可愛い女性がいいでござるよ。でも、今日だけはでござる」
ふたりはガシッと抱き合いながらヨヨヨと涙を流す。
暑苦しい。
スパッ
そんなふたりの間を鋭い手刀が切り裂いた。
「あっぶねぇ!」
「なにするでござるか!?」
手刀の主は恋太刀さん。
「うざったいから間を切った。おい、お前、渡雷だったな。どうせ好かれるなら可愛い女性がいいと言ったな?」
「そうでござるが……」
「だ……だったらオレがお前を好きになってやるよ。縁が切れるまでな」
「えーーー!?」
大胆とも言える恋太刀さんの告白の前に渡雷は少し複雑な顔。
「なんだそのキレの悪い顔は、それとも何か? オレは可愛くないと?」
「美人さんではござるが、可愛いかと言われると……」
ピタ、ピタ……
恋太刀さんの無言の手刀が渡雷の頬を撫でる。
「可愛いでござる! 恋太刀殿はとっても可愛いでござる!」
「ハッキリしたいい返事だぜ!」
やれやれ、あっちはあっちでハッピーエンドかな。
微妙なのは最期まで道化だった僕だけ。
「ごめんね。橙依君だけに教えないで」
「……気にしてない」
嘘だ。
たとえ馬鹿のための作戦だったとしても、みんなにも、珠子姉さんにもハブられたのは心が痛い。
「だけどね、最後に言っておきたいことがあるの」
珠子姉さんはそう言って僕を見つめる。
「あたしはね、橙依君の蕎麦の方が好きよ」
そう言って珠子姉さんは素敵な笑顔を見せた。
「おい、お前、今、脳内で『その台詞を蕎麦抜きで編集しよう』と思っただろ」
「……余計なこと言わないで」
でも、ホント。
◇◇◇◇
僕たち”あやかし”には運命がある。
”あやかし”の恋物語は悲恋が多いのもその一例。
馬鹿は馬鹿の性から逃げられないし、きっとこれからも変わらないだろう。
だけど、その運命の中でもハッピーエンドを迎えたいのなら、馬鹿になるのも、馬鹿正直になるのも、道化にすらなるのも、そこに至る一手なのかもしれない。
だって、馬鹿が最後に報われるのは……、物語のありふれた結末なのだから。




