表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第一章 はじまりの物語とハッピーエンド
22/409

あやかし女子会とおいも料理(後編)

 「こ、これは知りませんでした。文献にも載っていませんですし……」

 「ふ、ふん中々やるようですわね」

 「そ、そんな事より食べましょう! これも手づかみでいけますよ、こんな風に」


 円盤状のいももちのサイドを握れば油は手につかない。

 あたしの真似をして3人もいももちを口に運ぶ。


 サクッ


 初め中火で、最後を強火にする事でいももちは表面がサクサクに揚がったみたいになるのだ。


 「うーん、このチーズの味と馬鈴薯(ばれいしょ)の味が良いですわね」

 「この山椒味噌もいけましてよ。刺激的な香りが口の中に広がりますわ」

 「塩辛もいいわね。うーん、魚介の臭みがあると思ったけどジャガイモのほくほく感に包まれて海の旨みだけが味わえるわ」

 「ジャガイモの大地と、塩辛の海と、山椒の植物と、ひき肉とチーズの畜産の恵みをひとつにしてみました。『大自然の恵みのいももち』ってとこですね」


 食べ物にはいつも感謝を! 


 ズズッ


 藍蘭(らんらん)さんのストローが空気を通す音を立てる。

 味の濃い料理のせいかお茶のカクテルは無くなっていた。

 他のふたりのもほとんど無くなっている。

 あたしはちょっと席を立ち、カウンターに準備しておいた次の酒を持ってきた。


 「カクテルも無くなったようですから追加のお酒を持って来ました。芋焼酎です! お湯割りでもロックでもおいしいですよ!」


 あたしがグラスに焼酎を注ぐと氷がカランと音を立てる。


 「あら、ありがと。アタシがロック派だって良く知ってるわね」

 「以前、聞いた事がありますから」

 「(おぼ)えてくれて嬉しいわ、ありがと」


 あたしの手から藍蘭(らんらん)さんの手へとグラスが渡る。


 「それじゃあ、あたしはまた中座しますね。今度は甘い物を作ってきますね」


 やっぱり女子会にはスイーツが必要よね。


 「ねぇ、見ました橋姫さん。指が触れ合ってましてよ」

 「見ましたわ、文車妖妃さん。嬉しいわですってよ」

 「自然に藍蘭(らんらん)さんに一次接触していますわね」

 「あの女、油断なりませんわ」

 「あの女、酒席のお酌女にそっくり」


 うーん、何だかふたりからの視線が痛い。

 あたしにはそんな気は無いのになぁ。

 藍蘭(らんらん)さんとは何もないのになぁ。


 「ちょっとちょっと、今回は仲良し女子会なのよ」

 「そうね、女子力を高めるのが目的でした」

 「でもでも、負けっぱなしなのは悔しいですわね」


 あたしは別に勝ちたいわけじゃないのになぁ。

 

 ジジジジジ

 

 あたしは最後のスイーツを揚げながら考える。


 「それじゃあ最後のお題ね。男と女はわかりあえると思う?」

 「これは難しいですわね。『男は解決を求め、女は共感を求める』と言いますし」

 「男なんてみんな下半身の奴隷よ。ただヤれればいいのですわ! あー憎ったらしい!! 呪ってやるぅー!」

 

 うーん、橋姫さんはちょっと酔ってきたかな。

 不穏な事を言ってるぞ。


 「やはり、男と女は理解できなくても理解しようとする気持ちが重要なのではないでしょうか」


 ピコッ「はい、良い回答ですね。わかりあおうとする努力はとても重要です。95点」


 おおっ、さすが文車妖妃さん、良い事を言ってるぞ。


 「男と女はわかりあえます! わからせてあげればいいのです! この体で!」


 ピコッ「はい、直情的ですがある意味真実です。男は女性よりずっと単純なのです。90点」


 橋姫さんも高得点を取ったぞ。


 「男と女はわかりあえないわ、だけどそれを許す事が重要だと思うわ。具体的には最後にアタシの隣に居てくれればいいと思うの」


 ピコッ「女の子らしい良い考えですね。ですが恋愛で”待ち”は悪手です。それではあなたは不幸になりますよ。50点」


 藍蘭(らんらん)さんは思考が乙女だなー。

 おっ、ふくらんだふくらんだ。

 あたしはまん丸のスイーツを皿に載せ、席に戻る。


 「はいっ、最後のスイーツは中華風胡麻団子です。中身はサツマイモの芋餡(いもあん)です」


 中華風胡麻団子は上新粉で作った皮で餡を包み、胡麻をまぶして油で揚げる料理だ。

 日本のごま餡がのった串のごま団子とは違う。

 どっちもおいしいんだけどね。

 中の空気がふくらんで、まあるくなるの、まあるく揚げるのはちょっと難しいのよ。

 うん、これは良く出来ている。


 「あらおいしそう」

 「へぇ、おいしそうですね。ですがその前に」

 「ええ、男と女がわかり合えると思いまして」


 ありゃ、やっぱ答えなくっちゃならないか。

 

 「うーん、あたしは男と女がわかりあうなんて広い範囲の事はわからないわ。でも、もし好きな人がいたら、たったひとりのその人の心を少しでも理解できたら嬉しいな」


 ピコッ「素晴らしい! そうです! 恋愛に重要なのは相手に自分が特別だと思われてる事を知ってもらう事です! (つつ)ましい珠子さんの答えは男のロマンを体現している! 満点です!」


 えっ、満点!?

 そんなに良い回答をした気はしないんだけどなぁ。

 ん!?……慎ましい珠子さん!?


 「あらやだ、珠子ちゃんったら素敵! アタシが男だったら惚れちゃいそう!」

 「あらやだ、藍ちゃんさんたら口が上手いんだから。それより冷めないうちに食べちゃいましょ」


 そう言ってあたしは胡麻団子を差し出す。


 「悔しいですけど、わたくしの負けのようですね」パクン

 「こうなったら甘い物でストレス解消ですわ」パクッ

 「珠子ちゃんのスイーツはアタシのお・き・になのよね」ポフッ

 

 三人が胡麻団子を口にした途端、その口から果物の香りが広がる。

 胡麻団子が膨らむのは中の空気が膨張するから。

 

 「あらっ、素敵な香り」


 だからその中に香りを閉じ込める事も可能なの。

 

 「これは……リンゴの香りかしら」

 「はい、リンゴの皮をポプリにして芋餡と一緒に包みました」


 もちろん中身は別の料理にした。

 というか、余った皮を流用したのだ。


 「胡麻の香ばしさと甘藷(かんしょ)餡の甘味とリンゴの香りが口の中でハーモニーを奏でますわ!」


 ポフポフ


 胡麻団子が消費されていくたびに、空気の抜ける音がする。

 そして、香りが室内に広がっていった。


 「珠子ちゃんの料理はいつもビックリさせられて、しかもおいしいわ、ほんっと素敵!」

 「ええ、噂になるだけはありますわ」

 「これなら妖怪胃袋掴み(ストマッククロー)と言われているのも理解できますわ」


 あたしは”あやかし”たちにそんな風に言われているのか。

 うーん、あまり嬉しくない称号だぞ。


 「それにしても、今日の料理は芋ばかりね」

 「そういえばそうですわね。里芋の衣かつぎ、ジャガイモのいももち、サツマイモの芋餡、それに芋焼酎」

 「タピオカもそうね。あれはキャッサバというお芋から作られているわ。芋づくしね」


 おっ、やっと気づいてくれましたか。

 

 「えへへー、それにはちゃんと理由があるんですよ」


 あたしはにへへと笑いながら言う。


 「どんな理由ですの」   

 「今日は女子力を高める会じゃないですか。だから芋の力、すなわち『妹の力(いものちから)』の料理にしたんですよ」


 今日の料理はちょっとした言葉遊び。


 「まあ、おかしい! ふふっ」

 「そうだったの、おもしろいわね」


 あたしの声に文車妖妃さんと橋姫さんがクスクスと笑う。


 「ん? 妹の力(いものちから)って何かしら? 妹力(いもうとりょく)の事?」

 「古語ですよ『妹の力(いものちから)』は古語で言う所の女子力に近い意味があるのです」

 「まあ、霊力や呪力的な意味ですけどね。ダジャレじゃないですか、ふふふっ」


 奥の扉がガタっと揺れる音がする。

 ん? あたしたちの視線がそこに注がれる。


 ピコッ「男はダジャレも大好きです。おっさんギャグを言う女の子はモテます」


 急にタブレットが反応して音声を奏でる。

 あたしたちの視線も奥の扉からタブレットに移る。


 タイミングが良すぎる。 

 やっぱり、このAIの正体は……


 「ねぇ、藍ちゃんさん気づいています」

 「さすがにここまで露骨だとね」

 「やっぱりそうでしたか」

 「男子禁制の女子会を(のぞ)こうだなんて、呪わずにはいられませんわ」


 あたしたちはハァァーと丹田に力を込めた。

 あたしたちの女子力が高まっていくのがわかる。

 奥の扉がガタガタと揺れる。

 

 「「「そこっ!!」」」


 3人の乙女の裂帛(れっぱく)の気合の声と共に衝撃波が(はし)り扉が吹き飛ぶ。

 そしてそこに隠れていた王子たちの姿が(あら)わになる。

 女子力って……すごいな。


 「……だからバレるって言ったのに」


 ルーターに手をかざしながら何やらの術を掛けている橙依(とーい)くんが呟いた。


 「さて、説明して頂きましょうか」

 「乙女の秘密を覗き見て何をしようとしてたのかしら」

 

 鬼の女の子がふたり、仁王立ちになって王子たちに迫る。


 「えーっと、このルーターに酔った緑乱(りょくらん)が酒をこぼして」

 「えー!? 元はと言えば赤好(しゃっこう)の兄貴がエロサイトの通信速度が遅いって有線に変えようとルーターを引っ張り出したからだろ」

 「我は女子会の事前情報を弟たちに教えただけだぞ」

 「私は仕方ないのでAIの代役を私達でやろうと兄さんたちに提案しただけですよ」クィッ

 「ボクは美人のお姉さんの仲間に入りたかったけど、お兄ちゃんたちに止められただけー」

 「……僕は緑乱(りょくらん)兄さんに頼まれただけ」

 

 六人の王子たちは必死に弁明する。

 まあ、気持ちはわからなくもない。

 知らないからこそ、知りたくなる気持ちは。


 「よろしい、全員江戸湾埋め立て」

 「仕方ないですわ、全員呪う」

 

 瞳を真っ赤に変容させて、文車妖妃さんと橋姫さんが怒りのオーラを立ち上らせる。


 「「「「「「もうしないから、ゆるしてー!!」」」」」」

 「「ホホホホホ、男はみんなそういいますの」」


 扉を破り外へ駆け抜けていく王子たち。

 それを追いかけていく、ふたりの鬼女。

 『酒処 七王子』に残されるふたりの乙女。

 

 「ほんと、男ってバカね」

 「ええ、知っています。でも愛すべきバカですよ」


 そう言ってあたしと藍蘭(らんらん)さんは肩をすくめた。


 天国のおばあさま、早いものであたしがこの『酒処 七王子』で働き始めて3か月が立ちました。

 ”あやかし”のひとたちは一癖も二癖もありますが、みんな良い人です。

 珠子は明日もきっとハッピーエンドです。


◇◇◇◇


 「ふんふふふふふーん」


 あたしはほろ酔い気分の上機嫌で家路に着いた。

 あれ、何か明るいな。

 もう夜明けかな……


 パチパチ


 「あっっ!! よかっった珠子ちゃん! よかったいたよー!」


 アパートへの最後の曲がり角を曲がった所で、あたしは大家さんに抱き着かれていた。

  

 「大家さん、な、なにがあったのです!?」


 あたしの疑問はすぐに解消された。


 「な……なんで!? あたしの家が燃えてるのー!!」


 天国のおばあさま、今日のあたしはバッドエンドかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ