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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第八章 動転する物語とハッピーエンド
211/409

座敷童子と龍の髭(その2) ※全4部

◇◇◇◇


 「なるほど、これは(かいこ)(さなぎ)の佃煮であったか」

 「ええ、そうです。意中の絹が手に入らないと聞いて参考になるかと道中で買ってきました。うえー、まっずー」


 女中がこの醤油色の塊について説明する。

 絹糸は蚕の(まゆ)から取れるもの、当然、繭の中の蛹は余る。

 その行方のひとつがこの佃煮ということか。

 

 「左様であったか。儂も養蚕を生業とする農民が蚕の蛹を食べるとは聞いたことがある。確かにこれは農民でないと食えぬな。儂は粗食に慣れているとはいえ、いささか味が悪い」

 「そうなんですよ。さっき瀬戸大将さんが言ってた長野の方言で言う所の”ヘボ”、つまり蜂の子だったら美味しいんですけど、同じ昆虫食でもこれは微妙なんですよねー」


 そう言いながらも女中はさらに蛹を食べる。

 流石は我が臣下の庶民枠、このような味でも平然としている。


 「味もそうじゃが、これは独特の香りが気になるのじゃ」

 「それは蚕が食べる桑の香りですよ。昆虫食はその昆虫の食べる物によって味が大きく変わるんです。カブトムシの幼虫は腐葉土を食べるので土臭いんですよ。逆にクワガタやカミキリムシの幼虫は木を食べるので食べやすいです。栗の生木を食べるシロスジカミキリの幼虫は”鉄砲虫”とも呼ばれて、すっごく美味しいんですよ」


 まるで食べたことがあるように女中が語る……いや、食べたことがあるのであろうな。

 

 「でもですね、天国のおばあさまが言っていたんですけど、この蚕の蛹は昔はまだ味がマシだったんですって。きっと餌が違ってたんでしょうね。昔は農薬も化学肥料もさほど普及していなかったので、その頃の桑は完全無農薬の有機栽培だったでしょうかしら」


 そう言いながらマズイはずの蛹の佃煮を再びひょいパクと食べる。


 「昔と言えば、江戸の頃に見た繭玉はもっと小さかったような気がしますな」


 これまた『農民でないと食えぬ』と言っていた鳥居も佃煮をつまむ。

 

 「それって種類が違うんでしょうかね。中華の蚕の蛹はもっとサイズが大きくて揚げて調理するみたいですよ。サイズが大きいので揚げてもカチカチにならずに済むんでしょうね」

 「左様であるか。きっと同じ蚕でも種類が違うのであろう。インド象とアフリカ象の大きさが違うように」

 「でしょうねー」


 ん? 種類が違う?

 昔の繭玉はもっと小さかった?

 その言葉が我の頭の中で座敷童子の『キメ細かさが足りぬ』という台詞を蘇らせた。

 そうか、それが座敷童子の目に適わぬ理由であったか。


 「なるほど、絹が座敷童子の眼鏡に適わぬのは、きっと蚕の種類が違うのであろうな」


 我の一言に皆の視線が集中し、各々の思考が走った。


 「蚕の最高級といえば、宮中でも育てられている”小石丸(こいしまる)”なのじゃ。これは普通の蚕より小さく糸が細くて上物となる。じゃが、それを使った反物も持って行ったのじゃがダメじゃった」

 「その小石丸の中にもさらに糸の細い種類があるのではないか?」

 「検索でヒットしましたー! 小石丸の中でも小石丸亘理(こいしまるわたり)という種類が特に優れているそうです」

 「亘理(わたり)という単語に憶えのある者は?」

 「この宮城、かつての仙台藩には亘理伊達家(わたりだてけ)という分家がございます」

 「確か道の標識に亘理郡(わたりぐん)というのがあったはずだ。そこに養蚕家はいるか?」

 「俺の(ねずみ)たちにもう探させているぜ。おっ、いたいた、ちっちぇぇ蚕を飼っている養蚕家がよ」

 

 我が臣下は精鋭ぞろい、仕事が早い。

 各々の持つピースが繋がり、それを正解という名の明日へと導いていく。

 

 「亘理(わたり)だけに、これぞ渡りに船、なんてねっ」


 …

 ……

 ………


 到達点は明後日の方向だった。


◇◇◇◇


 「小石丸亘理(こいしまるわたり)か、なるほどそれが座敷童子の求める絹の可能性は高いな。ともあれ目途は立った。あとはそれを入手すればよいだけだが……」


 きっとそう上手くはいかぬ。

 ここ宮城県の亘理(わたり)の地名を冠する蚕から作られた絹がこれまで手に入らなかったのには、きっと理由があるのであろう。

 

 「調べがついたぜ。その養蚕家が取引している企業とその卸先だ」


 サラサラサラと巧みな筆使いで頼豪がメモを書き、それを皆に見せる。

 千の鼠を操る頼豪は諜報に長けた頼もしい臣下だ。

 鼠だけに汚れ仕事も得意。


 「これは初日に訪れた呉服屋じゃな。あの店主め『これがうちの最上品ですよ』なんて言っておったのに、ふざけたやつじゃ」

 

 記されていたのは仙台の高級呉服店。

 だが、それは我と讃美が既に訪れた店であった。

 

 「おそらく、初見ゆえに隠されていたのでしょうな。何度か足しげく通い、都度、購入することで、その秘蔵の一品が出てくると思われまする。よくある話、よくある話」


 鳥居が納得したように腕を組みウンウンと(うなず)く。


 「あー、”一見(いちげん)さんお断り”みたいなやつですよね。あたしあれ嫌いなんですよ。そういう店に限って”一期一会(いちごいちえ)”って格言が飾られてたりするんですよ」


 珍しく女中が口をとがらせて批判を口にする。

 何ぞ嫌な思い出でもあるのであろうか。


 「ま、あるとわかれば話は早いのじゃ。妾の魅了の術で店員を骨抜きにして、それを貢がせればよいだけのこと。無論、主殿が『我以外に色目を使うな』というのであれば話は別じゃが」


 着物の一部スッとはだけ、讃美が我に視線を送る。

 讃美の言う通り、呉服店の店員に術のひとつでもかけて、小石丸亘理の反物を買えば座敷童子の望みは叶う。

 讃美の魅了を使わずとも、我の王権の権能(ちから)でもよい。

 だが、それで良いのだろうか……、それは座敷童子が望んだ結末であって、我の望むハッピーエンドではない。

 ならば……、ここは王道につきものの一時撤退とするべであろう。

 我はそう結論づけると、皆に向かって口を開く。


 「いや、讃美には別の任を与える。それに他の者にも役目を与える。それを以って、今回の作戦を失敗に導こう」


 ?


 「殿、それはどういうことですかな?」

 

 少しニヤリとした笑みを浮かべ、鳥居が我に問う。

 やはり臣下一の切れ者、我の言葉に裏があると確信しているのであろうな。


 「そうだな、話は単純だが確証はない。故に、任務のひとつはその確証を得る諜報となる。これには瀬戸大将に任せる」

 「諜報(ちょうほう)ならお任せあれ! 私は皆に重宝(ちょうほう)される器でありますから。しかして、何を調べるのでしょうか?」

 「ああ、それを今から説明する。我の考えとともにな」


 そう言って、我はあの屋敷での出来事を、我の感じたことを皆に説明した。


 …

 ……

 ………


 「なるほど、合点がいきました」

 「さすがは真の王! 右(おう)(おう)しない、真ん中の王でございますっ!」

 「甘いのう主殿は。ま、そこがいい所でもあるのじゃが」

 「そいつぁいいな、俺好みだ。こいつらも喜ぶだろう」


 頼豪の手の鼠が『チュウ』と鳴く。

 この鼠もこの作戦の重要な協力者だ。


 「では、皆は手はず通りに。我と鳥居と頼豪は呉服店に、瀬戸大将は諜報に、讃美は座敷童子の屋敷に、そして女中は……」


 そこで我は言葉に詰まる。

 そういえば女中にふさわしい役目は考えてなかったな。

 ま、いつものでよかろう。


 「女中は菓子の準備を頼む。柔らかく、日持ちするのようなものを」

 「わっかりましたー! この珠子! 老若男女(ろうにゃくなんにょ)、人間から”あやかし”まで、みんなが喜ぶ素敵なお菓子をお作り致します! フルパワーで! ふんす!!」


 鼻息を荒くして女中が返事をする。

 一体何を作る気なのか少し心配であるが、女中のことだ安心してよかろう。

 

 「よし、では我ら一門の総力を結集して、この作戦を失敗へ導こうぞ!」

 「「「「「おー!!」」」」」


 我らの決意の拳が天を()いた。

 

◇◇◇◇


 「御免」


 いかにも老舗(しにせ)という風格を漂わせる暖簾(のれん)をくぐり、我と鳥居は呉服店に入る。


 「いらっしゃいませ。あ、この間の。今日は別の方をお連れですか」

 「そうです。われ……私の祖父がこの前の反物を気に入りましてね。この店なら、もっと良い品があるはずと言ってきかないんで連れてきたんですよ」

 「聞いた通り、見事な店構えでありますな。これならさぞかし名のある品がそろっているであろう」


 一段高い内座敷の(へり)に腰をかけ、鳥居はに笑みを浮かべる。

 こいつ、こんな人懐っこい顔も出来たのかと思わせる、にこやかな表情。

 

 「ええ、うちの品揃えは仙台一、いや日本一ですから」

 「さもありなん。店内の清掃は行き届いておりますし、応対も素晴らしい。これなら日本一の絹があってもおかしくないでしょうな。宮中御用達の中でもさらに上の品が」


 ホッホッと笑いながら鳥居は店員の目をじっとみる。


 「え、ええ……それなり(・・・・)に」

 「それは上々。この儂は良い品には目がなくてな、特に絹の上物とあれば金に糸目はつけぬ。あるんじゃろ? 小石丸の中でも仙台藩第二席の名を冠する物が」


 確か、仙台藩第二席とは亘理(わたり)伊達氏のことであったな。

 鳥居は暗に我らの目当て、小石丸亘理(わたり)の蚕から作った絹が無いかと問うているのか。

 ここら辺は流石であるな。


 「どうしてそれを……いやいや、あれは売り物じゃありませんよ」

 「そうか! あるのか! いやぁ~、来た甲斐があるものじゃて」


 鳥居はガバッと店員の手を握り、首を深く下げて喜びを表現する。


 「ダメですダメです、さっきも言ったじゃないですか。あれは売り物ではありません!」

 「でも、あるのじゃろ。是非とも見てみたい! なぁ、この生い先短い爺に最後の眼福をくれんかの」


 さらに強く手を握られ、店員は少し困ったように我を見る。


 「お願いします。きっと見れば気が済みますから」


 我も深々を頭を下げて懇願する。


 「しょ、しょうがないですね。見るだけですよ……」

 「そうか! いやぁー、こんなに嬉しいことはない。儂は果報者じゃ」


 目の端に涙なぞ浮かべ、鳥居は店員の手をブンブンと振る。


 「わかりましたから。少々お待ちください。いいですか、見るだけですからね」

 「わかっとう、わかっとう。見るだけじゃ」


 店の奥に入っていく店員の背に鳥居は何度も声をかけた。


 「さて、第一段階は成功ですな」


 店員が引っ込んだのを確認して、鳥居はいつもの真顔に戻った。


 「堂に入った演技ではないか」

 「儂はかつての南町奉行時代、部下におとり捜査のような形でご禁制の品が売られてないか調べておりましたから。この程度は(たしな)みというもの」

 「役者め」

 「左様で」

 

 我と鳥居は顔を見合わせてニヤリと笑う。

 その時、


 「ギャッ!」


 店の奥から絹を切り裂くとはとても言えぬ、店員の野太い声が聞こえた。

 いや、絹を切り裂かれた(・・・・・・・・)悲鳴なのかもしれぬな。


 奥からはバチッバチッという音が何度が聞こえ、そして少々の間が空いて店員は戻ってきた。

 その手に我らが意中の桃色の美しい絹の反物を持って。


 「何か大きな音が聞こえましたがゴキブリかネズミでも出ましたか?」

 「い、いえっ、何でもありません。ちょっとバランスを崩して転んだだけです。ハハハ」


 笑ってはいるが、それが演技だと見破るのは容易(たやす)い。

 それに、反物を持つ手が怪しい。

 布地のある一点から指を放しておらぬ。

 

 「そっ、それよりこれが幻の蚕と呼ばれた小石丸亘理(こいしまるわたり)から作られた絹です」


 そう言って店員は反物を広げてみせるが、指の位置が不自然。

 通常ならば布の一番端の近くを持つはずなのに、中ほどを握っている。

 どうやら頼豪は立派に仕事を果たしたようだな。


 「ほぉぉ~、これは美しい! 光の反射といい、その目の細緻(さいち)さといい、素晴らしいものですなぁ!」

 「はい、お客様は良い目をお持ちのようで。あっ、だめですよ。見るだけで触らないで下さいね。とても繊細な布地なんですから」


 鳥居の伸ばした手から逃げるように店員は一歩下がる。


 「ああ、これは失礼致しました。しかし、他の物とは格が違いますなぁ」

 「はい、小石丸系統の蚕は通常の蚕とは大きさが一回り小さく、その分、繭の糸も細いのが特徴です。そしてこの小石丸亘理はさらに細い。だからといって糸が弱いわけでもありませんので、細い柔らかな肌触りでありながらハリのある最高の着心地なんですよ」

 「それは凄い! 是非とも買いたいのじゃが、これは非売品なのじゃろう。たとえ売り物だとしても、お値段も格……、いや桁が違うんじゃろうなぁ」


 くうっ~と口惜しそうに鳥居が首を動かしながら絹に見入る。

 確かに美しい。

 我も神代の布を知っておるが、これはそれに匹敵する。


 「これは素晴らしい布ですね。店員さん。何とかこれを売ってはくれないでしょうか」

 「現金掛け値なし! これくらいの金額をご用意しますのじゃ」


 懐の電卓を取り出し、タタタと鳥居が金額を打ち込む。

 最初は算盤(そろばん)を仕込もうと言っていたのだが、我が電卓に変えさせた。

 いささか現代には似合わぬ。


 「これは……」


 ゴクリと店員の喉がなるのが聞こえる。

 無理もなかろう、表示された金額は女中がスマホでしらべた通常の小石丸の反物の3倍。

 普通の絹と比べると10倍、文字通り桁が違う数字なのだから。


 「そ、そうですね……」


 店員はしばし考える素振りを見せ、


 「わかりました! 本当は駄目なのですが、お客様方の熱意に打たれました! この見本品でよければ、そのお値段でお売りしましょう! ただし、このことは絶対秘密で、ノークレームノーリターンという条件ですが、よろしいでしょうか?」

 「はい、それでお願いします」

 「もちろんじゃ!」

 「それでは包装してまいりますので、少々お待ちを」


 そういって店員は少し不自然そうに笑った。

 おそらく『してやったり』とでも思っているのだろう。

 よい、王は寛容であるもの、だからそれも(ゆる)そう。


 「いやぁ、いい買い物をしたのう」

 「まったくです」


 そして、我らは満面の笑みを浮かべ、心の中でニヤリと笑った。

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