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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第八章 動転する物語とハッピーエンド
202/409

安達ケ原の鬼婆とどぶ汁(その4) ※全6部

◆◆◆◆

◇◇◇◇


 そんなこんなで、ボクたちは今日もおばあちゃんにおいかけられているんだ。


 「ふしぎだね、昨日やっつけたはずのおにばばにまたおいかけられてるなんて」

 「たしかに不思議だが、今はそんなことを言ってる場合じゃないぜー!」

 「そうです、そうです、ヴガギャー! ぢがい゛ーーー!」


 もうおばあちゃんはボクたちのすぐそば。

 ほうちょうでおねえちゃんのホッペをピタピタしてる。


 「ん゛な゛なななばー!? びっくり、驚き、桃の木、山椒のきー! 福島の桃といえば”あかつき”ですが、今の時期ならカリッと固めの”さくら白桃”がおいしいですよー!」

 「ヴババババァー!? こりゃまたまたまいっちんぐー!」

 「おっさんのお色気なんて欲しくないですぅー! 何かないんですかぁー! 超必殺技とかー!?」

 「嬢ちゃんこそ何かねぇのかよ!? 昨日みたいなありがたーい護符とか!」

 「不発弾ならありまーす! 飯食い幽霊に効果がなかったやつ!」


 珠子おねえちゃんはリュックをゴソゴソ。

 そこからお札を一枚。


 「それで、それでいい! 神様仏様不発弾様! どうかこのババアを倒してくれ!」

 「慈道さん! これで効果がなかったら返品ですからねー!」

 

 風にのってお札がピラッとおばあちゃんの顔へ。


 「グウウウェー! グガガ! グギャー!!」


 おふだがピタッとはりつくと、おばあちゃんは大声で苦しむ。

 

 「おっ!? こりゃいけるか!?」

 「よしっ! 不発弾! 全開放ですっ!」


 珠子おねえちゃんのリュックからおふだがいっぱい出て、おばあちゃんの頭の上をまわりはじめる。

 わっかみたい。

 あっ、おふだのわっかの中から光と大きな手が出てきた!


 「こりゃまた決め台詞の予感!」


 おねえちゃんは紙を取り出して、さけぶ。


 「慈愛と唯識(ゆいしき)帰依(きえ)の名の下に! ビューティ聖蓮(セイレン)アロー! マンダラシュート!」


 おねえちゃんの声に合わせるように光の中の大きな手は光の弓をかまえて、矢をうちだす!


 ビュゴーン!!


 矢は空を切りさいて、おばあちゃんにめいちゅー!


 「ウ! ウギャァァァアァアァー!!」


 昨日と同じ大きな声をあげて、おばあちゃん光の中にきえちゃった。


 「いったい何だったんだろうな」

 「と、とりあえず、昨日のホテルに戻りましょうか。またラウンジですかね」

 「だなぁ」

 「あー、からだいたーい、おふとんでねたーい」


 コキコキ


 これはうーんとノビをしたおねえちゃんのかたの音。

 

 「んじゃ、さっきの岩屋までもどってねるかい? もちろんマクラはYesで」


 ゴキッ!


 これは珠子おねえちゃんのサブミッションが決まった音。


◇◇◇◇


 だらーん、とおにいちゃんとおねえちゃんはお店のソファーにもたれかかっている。


 「うぐぅ、酒でものみてぇ所だが、二日酔いがひどくなっちまうくらい疲れるビームを撃っちまったからなぁ」

 「明日は檜物屋(ひものや)酒造に行きますから、あたしもお酒は控えます。でも全力ダッシュは、つーかーれーました」


 昨日はお酒だったけど、今日のボクたちの前にあるのはジュースと冷たいむぎ茶。


 チチチ


 「あっ、スズメさん。おかえりなさい」

 「ただいまでち」


 パタパタとスズメさんがボクたちのテーブルにやってきた。


 「どこいってたんだよ。ホテルの代わりは見つかったのかい?」

 「ホテルは見つからなかったので、ちょっと野暮用に行ってたでち。明日なら空きはあったんでちが」

 「明日は夜から宮城行きの予定だろ。そんなのいらねぇよ」

 「ですねぇ、いりませーん」

 

 ぐだぁ、と手をふりながらおにいちゃんとおねえちゃんは言う。


 「どうちたんでちゅか、このふたりは」

 「んっと、ふつかれんぞくでオニババたいじして、おつかれちゅうなんだ」

 「へ? ここに鬼婆なんていないでちよ」

 

 ?


 スズメさんの言葉におにいちゃんとおねえちゃんの目が丸くなる。


 「そんなことはないだろ!? 俺っちたちは昨日も今日もそいつに襲われたんだぞ」

 「そうですそうです、ありがたーいお札がなければやられてましたよ」

 「おかちいでちね。ウチは生前から今まで何度もこのあたりを訪れまちたが、鬼婆なんていませんでちたよ」

 「いやいや、俺っちたちは昨日今日と安達ケ原の鬼婆の伝説の紙芝居を見物したぜ。ずっと昔からいるってやつを」

 「では、それを聞かせてもらいまちゅか。そしたら何かわかるかもしれません」

 「おう、いいぜ」


 よっこいしょっとお兄ちゃんはソファにまっすぐに座り直して、お店のおじさんの紙しばいのお話を語りはじめた。


◇◇◇◇


 「……なんでちか? その論理的に破綻した伝説は?」


 おにいちゃんの話を聞いて、スズメさんはやれやれと首をふる。


 「どこが論理破綻してんだよ?」

 「ふぅ、しょうがないでちね。説明してあげまちゅ。まず、時系列で追うでちよ。京の公家に勤める岩手という乳母は安達ケ原に来て、色々あって鬼婆になったでち」

 「ちょっとはしょりすぎてません?」


 おねえちゃんもむっくりと起き上がって話にくわわる。


 「いいんでち、その後、元号が神亀(しんき)の時に祐慶という僧がここを訪れて鬼婆を退治した。この流れでいいでちかね」

 「おう」

 「明らかに変でち。神亀は聖武天皇の時代でち。奈良時代、平城京の時代でちよ。京都は荒れ野原でち。公家なんていまちぇんよ」

 「おおっと、そういやそうだ」

 「あっれー、そう言われてみれば」


 ふたりが顔をみあわせて首をかしげる。


 「で、でも都という意味の京かもしれませんよ。平城京の京です」

 「ま、その可能性はありまちゅが、その岩手という乳母は、なんで胎児の生き胆を求めて、はるばる安達ケ原まで来たんでちか? もっと近場で見つければよかったんじゃないでちか。というかよく女の一人旅で陸奥(みちのく)までこれまちたね」

 「そういやぁそうだよなぁ。奈良時代に奈良か京都から福島までを、徒歩の女の一人旅ってかなり無理っぺぇな」

 「当時は道も整備されていないですし、野盗とかも出たに違いありませんからね」


 スズメさんの説明にふたりはなっとくしたような顔でウンウン。


 「それに、その岩手は生き胆をここで手に入れてどうするつもりだったんでちょうね。生き胆(・・・)でちよ。京までの旅路で腐れ肝になってしまうでち」

 「た、確かに現代の飛行機輸送技術でもギリギリのライン」

 「わかったでちか。安達ケ原の鬼婆の物語は事実ではなく、誰かによって語られた架空のお話なんでちよ。だからウチも鬼婆なんて見た事がないでち。嘘っぱちでちね」

 

 ふふんと胸をはるスズメさんの前でおにいちゃんとおねえちゃんが下を向く。


 「だけどよ。歌はどう説明つける? ほら『陸奥(みちのく)の 安達の原の 黒塚に 鬼こもれりと 聞くはまことか』って平安時代の和歌が伝わってるって聞いたぜ。それって平安時代にはこの地の鬼の伝説があったってことにならねぇか?」

 「ん? その歌は……」


 あれ? スズメさんがなんだか考えこんでるみたい。


 ポンッ


 「謎が解けまちた! どうして根も葉もない鬼婆伝説がここに残ってるか!」

 

 つばさをポンと叩いてスズメさんが言う。


 「どんな理由なんですか?」

 「それはでちね……」


 そう言ってスズメさんはちょっと顔をおおって、照れたポーズを取る。


 「ウチのママンが美人過ぎるのが原因でち!」

 「は?」

 「はぁ?」

 「はあぁ?」


 なにそれ? ボクわかんない。


 「これは失礼ちました。話が飛躍しすぎまちたね。つまり……」

 「つまり?」

 「ロリパイセンが悪いでち!」

 

 ちっともわかんなーい!

 

◇◇◇◇


 「わけわかんねぇよ! わかるように説明してくれ」

 「ここまでヒントを言っても気づかないでちか。やっぱりお前さんは頭の回転が足りないでちね。ちっとは蒼明(そうめい)を見習ったらでどうでちか」


 ふぅ、とスズメさんはためいき。


 「すみません。あたしも理解できていません。実方さん、教えて頂けませんか」

 「いいでち、いいでちよ。女の子が望むならウチは手取り足取り教えまちゅ」

 「俺っちの時とやけに態度が違うねぇ」

 「ま、光源氏のモデルとなった方ですからね」

 「おっ、勘がいいでちね。そうでち、その光源氏と関係があるんでちよ」


 ちょっとうれしそうにスズメさんは言う。


 「光源氏が主役の”源氏物語”は実際にあった恋バナをモデルにして書かれているのは知っていまちゅね」


 おねえちゃんはスズメさんの言葉にウンウン。


 「わかりやすくするために、登場人物を整理するでちよ。まずはウチ、光源氏のモデルで美形主人公の藤原実方(ふじわらのさねかた)。次にウチの頼れる先輩で、ここ安達の地が地元の源重之(みなもとのしげゆき)。そして、ロリパイセンこと平兼盛(たいらのかねもり)でち。先輩たちの方がウチよりちょっと年上でちたが、最後はウチの方が出世したんでちよ。ウチは顔がいいだけではなかったんでち」

 「そうですね。実方さんは出自もいいですし、歌も上手い、おまけに美形のパーフェクトプレイボーイと伝わってます。浮気性でさえなければ!」


 うわきしょう、それを聞いた時、スズメさんがちょっとビクッ。


 「それで、その先輩とロリパイセンが鬼婆とどんな関係があるんだよ? 鬼婆はロリじゃないと思うぜ」

 「話は最後まで聞くでちゅよ。ウチは光源氏のモデルでちが、源氏物語のヒロインにもモデルがいるでち。ここで問題でち、源氏物語のNo1ヒロインは誰でちか?」


 スズメさんはボクたちに向かって問題を出す。

 うーん、ボクは”げんじものがたり”は、はじめの方しか読んでないんだよね。


 「そりゃ紫の上だろ、話の展開的に。ロリだし」

 「いやいや、あたし的には正妻の(あおい)ちゃん推しですが、鬼婆路線から考えると六条御息所ろくじょうのみやすどころかも」

 「きりつぼ!」


 ボクは元気よくそう言う。

 というか、ボクはさいしょのページに出てたこの人しか知らないんだよね。


 「正解は末っ子さんでち! なんでちか! いい大人のくせちて問題文もろくに読めないんでちか!? ヒロインNo1といえば、第一帖のサブタイトル! 光源氏の実母の”桐壺(きりつぼ)”と、なぜかそれにそっくりな義母の藤壺(ふじつぼ)でちょうに」

 「えー、そんなに単純なのかよ」

 「もっとひねりがあるかと思ったのにー」

 

 やったー! せいかーい!


 「ウチはウチが生まれるちょっと前に実の父が亡くなってでちね、叔父上の養子になったでち。その妻が桐壺と藤壺のモデルでウチのママンでち。これがちょー美人なんでちよ! 叔父上が良いパパンじゃなかったら絶対寝とってやったと思うくらい美人で優しくて理想の女性なんでちよ!」

 「うわぁ、さっすが光源氏のモデル……」


 ママンのすばらしさを語るスズメさんにおねえちゃんはちょっと引いてる。


 「で、そのママンの地元がここ安達の黒塚でち。ママンは頼れる先輩、源重之(みなもとのしげゆき)の妹なんでち。先輩もウチに負けず劣らぬ美形でちたよ。その噂は京では有名だったのでち」

 「へぇー、東北は美人が多いって話だけど、その頼れる先輩の一族が美形の始まりだったのかもなぁ」

 「そうでち。そして、その噂を知っていた平兼盛(たいらのかねもり)ことロリパイセンが、重之先輩に送った歌があの『陸奥(みちのく)の 安達の原の 黒塚に 鬼こもれりと 聞くはまことか』の歌でち」

 「ああ! わっかりました!」


 おねえちゃんがポンと手をたたく。


 「わかったのかい? 嬢ちゃん。俺っちはまださっぱりだよ」

 「ピースがつながりました。あの和歌の”鬼”は”女性”の隠語ですよ。実方さん、その頼れる先輩には娘さんとかいません?」

 「その通りでち。重之先輩には娘さんがいたでちよ。あの美人のママンの姪であの美形の重之の娘ならきっと美人に違いないって評判の娘が。娘たちはここ安達の黒塚あたりに住んでいたのでちが、ガードが固く、中々アプローチできなくて有名でもあったのでち。あの歌は『みちのくの安達の黒塚に、(お前の有名な)美娘が隠れていると聞いたけど、本当かい? (本当ならアプローチさせろよ)』という意味なのでち。その鬼が文字だけの意味として伝わったのでちよ。まったく、自分の娘くらい年下の女性にコナかけるなんてロリパイセンとしか言いようがないでち」

 

 やれやれロリパイセンにはこまったもんだと首をふりながら、スズメさんそう言ったんだ。

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