ようかいさんと黄金餅(後編)
「ふん、ではこの話は……」
「いや待て、徳川再興の話は面白い」
「というと?」
「我が覇道を進めば当然ながら敵も出よう。お主の言う徳川とやらが真の王の器ならば、当然立ちふさがるであろう」
「その通りであろうな」
「ならば、我の敵に徳川が現れた時は寝返ってもよい。いや、寝返るのだ! この条件でどうだ!?」
面白そうな伝説でも読んでいる少年のような目で黄貴様が言う。
「儂を獅子身中の虫として配下に迎えると!?」
「そう! 獅子! 百獣の王ライオン! 我こそは妖怪の獅子であるぞ」
うわー、何だか黄貴様すっごく楽しそう。
「ふむ、自らを獅子と名乗り、あえて懐刀に諸刃の剣を抱きこもうとするか。面白い」
「そーだろう、面白そうだろう」
ふたりは見つめ合い、ふふふと笑う。
あー、このふたり気が合いそうかも。
「よかろう、ただしひとつ条件がある」
「お主の他の臣下は誰じゃ? そやつが儂と釣り合う力が無ければ覇道など進めぬ。まさか臣下が儂だけとは言うまい」
「我の頼もしい唯一の臣下はそこの女中よ!」
あれー、いつのまにか臣下にされている。
あたしと黄貴様の関係は従業員と雇用主という関係なのだけど。
「ふむ、賢しい娘か。まずまずじゃな」
あれ? ようかいさんの中であたしの評価って意外と高い?
「娘よ」
「はいっ」
「さっき、娘は儂の敗因が人の弱さを見誤ったと言っておったな。そしてお主自身も弱いと」
「はい、そう言いましたが」
「ならば、質実剛健を旨とする儂でも、心の弱き小物のお主でも気に入る料理を出してみせよ。首尾よくその料理を儂が気に入ったならば、お主を儂に比肩する者と認め、この者の臣下となろう」
どうしてそこで料理が出て来る!?
まあ、あたしの得意分野だけど。
「そこに王たる我も気に入るという条件を加えてもらおう」
黄貴様! なんでそこでハードルを上げるのですか!?
「ほほう、妖怪王のご嫡男とやらはその娘の力量を信頼しておられるようで」
「ふん、我が認めた女中ぞ。その程度、軽くこなしてみせようぞ」
いやーそんなに信頼されるとちょっと照れちゃうな。
「わかりました! そんなのおちゃのこさいさいのこんこんちきですよ!」
そう言ってあたしは台所に駆けて行った。
「あの娘……庶民派ですな」
「お……王にはああいった臣下も必要なのだ……なのだ」
◇◇◇◇
あたしは台所に駆けこむと、懐石のデザートを作るため準備しておいたもち米を取り出す。
あとは、確か以前買っておいたもち粟がここに……あった!
よしっ! あとは一緒に蒸してつくだけ。
「手伝うわ、珠子ちゃん」
「ありがとうございます。それではこの鉢を押さえておいてください」
あたしは蒸しあがったもち米ともち粟を大鉢に入れ、ゴリゴリとすりつぶす。
あとはくっつかないように水を少々加えながら、餅つきの要領でぺったんぺったんつくだけ。
「あらま、こんなに短時間にお餅になるのね」
みるみるうちに粘りが出てきてお餅としてまとまり始めた様子を見て藍蘭さんが言う。
「餅つき機があればもっと楽なんですけどね。ちょっと代わってくれますか、腕が疲れてしまいました」
「いいわよ、代わりましょ」
あたしたちは代わる代わる交代で餅をつき続けた。
そして、最後にプチプチ感を出す蒸し粟を少々加えて完成!
「さ、あとはきな粉を準備してっと、はい出来上がり! かんたーん!」
あたしは出来上がったそれを持って黄貴様とようかいさんの所に戻る。
「さあどうぞ! きな粉をまぶして召し上がって下さいね」
出来上がった餅は粟の黄色が混じっていて淡い黄色に染まっている。
きな粉は隣に添えてある。
あえてきな粉をまぶして出さなかったのは、この餅の色合いを見てほしかったから。
「ほほう、これは懐かしい」
「女中、これは、なんという料理か?」
「これは黄金餅です。粟が入った餅ですね」
黄色い色が黄金に見えるから黄金餅。
「鳥居様にはなじみのある料理ではないでしょうか」
「うむ、儂も酉の市に行った折りに食うた。このプチプチ感がたまらんのう」
「ほほう、これは美味い! 女中、見事だ」
「お褒めにあずかり光栄です。それではあたしもご相伴っと」
あたしは未だ温かさの残る黄金餅を口に運ぶ。
プチッ
形を残していた粟があたしの口の中で弾ける。
おいしー!
粟の素朴な味わいと餅の甘さが合わさって、自然な美味しさが口の中に広がる。
いやー、我ながら良くできたわ。
「ふむ、久しぶりに食うたがこれは良いの。きな粉無しでも充分うまい」
「というか混ぜ物なしの餅より美味くないか!? 我はこっちの方が好みだ」
あたしもそう思う。
「粟餅は庶民の食い物でな、幕臣の中には粟などとバカにしておる者もおったが、儂は好きじゃったよ。もちろん今も好きじゃ」
どうやらようかいさんからは合格をもらえそうだ。
さて、黄貴様はっと。
「女中! これは良いな! 特に名前が良い、黄金とは王に相応しいではないか!?」
「へへへ、しかもこの粟餅はとっても高いんですよ。具体的には材料費が倍以上違います」
「そうか! 高価で黄色いとは、まさに我の好みだ!」
「そうなのか!? 儂が生きた時代では粟餅なぞ餅の半分くらいじゃったのじゃがのう」
江戸時代は粟をはじめとする雑穀は下々の食べ物とされ、米より安かった。
「鳥居様、現代では粟の栽培は減り、その値段は米より高くなってしまったのです」
「左様であるか。さて、儂もご嫡男も気に入った。娘はどうであるかな?」
もう答えはわかっているぞ、といった風にようかいさんがあたしに問いかける。
「いやだなぁ鳥居様、小物のあたしが気に入らないはずがないじゃないですか。名前がいいですよね、こ~がねもーちになりたいなー、ってな感じで」
あたしは、きっと江戸の庶民も歌っていたであろう歌を歌う。
「ぷっ」
「はははっ、はははっ」
ふたりが吹きだした。
「いや、大金持ちではなく、小金持ちになりたいと歌うか。いやいや、分をわきまえた娘だ」
「本当に庶民だな! それでこそ我の臣下の庶民枠を埋めるにふさわしい!」
……褒め……られているのよね。
ハハハとふたりは腹を抱えて笑う。
ま、いっか、ふたりとも楽しそうだから。
だからあたしも笑っちゃいましょ。
天国のおばあさま、珠子は今日もハッピーエンドです。
そして、ひとしきり笑った後、ようかいさんは真剣な顔をして、
「感服いたしまいた、新たなる殿よ。これほどの娘を臣下にする器ならば、儂が仕えるべき御方。徳川様が敵として現れるその日まで、この鳥居耀蔵、殿の臣下として覇道の力となりましょう」
そう言って、ようかいさんは深々と頭を下げた。
「う、うむ、人間と妖怪のふたつの力を持つ唯一無二の男よ。我の覇道の助力となってくれて嬉しく思う」
「ははーっ」
こうして、黄貴様に初めての本当の意味での臣下が加わったのです。
◇◇◇◇
「いやっほー! 特別ボーナスだぁー!」
あたしは重みのある封筒を手にして浮かれていた。
「約束だからな。それに良い働きをした臣下に褒美を取らすのは当然であろう」
ありがたや、ありがたや、どっかのブラック企業とは段違い。
「でもなんで、あのお題の時『我も気に入る』なんてハードルを高くするような事を言ったのですか?」
そこだけがちょっと疑問に残る。
「ああ、それか。それはな、耀蔵にお前が守るべき小物だと思わせるためさ」
「どういう事ですか?」
「あやつは女中の実力を認めている。だが、さらに自分の対立者になると認識したら、その矛先は女中に向かうやもしれん。我としてそれは困る」
あたしは一瞬、ハッとなった。
あのようかいさんは好々爺のように見えるが、弾圧者やライバルを蹴落とした者という側面も持っているのだ。
客として来ている時は、あたしはただの店員としか思われていなかったけど、同じ臣下、特に違う志を持ったライバルと見なされたなら、排除すべき対象となる可能性があるのだ。
「あやつは自分の対立者には厳しいが、弱きものには優しいやつと見た。だから我は女中を一目おかれながらも小物で守るべきものだと思わせたかったのさ。女中も我の大切な臣下だからな」
黄貴様の見立ては正しい。
あのようかいさん『鳥居耀蔵』は厳しい弾圧を行ったとされているが、忠義に厚い部下や幽閉中に教えを乞いに来た丸亀藩の若者には厳しくも優しく接したと言われている。
「言ったろ『何も心配いらぬ、我が女中を守ろう』と」
トゥクゥン
あれ、黄貴様って思った以上に王の器があってカッコイイぞ。
ちょっとときめいてしまった。
あれ? でもそれって……
「それって、あたしが料理で黄貴様の対比として、自分が真の小物だと主張するって見抜いてたって事ですかー!?」
あたしに問いに黄貴様は『当然であろう』という顔でクスクスと笑っていた。




