安達ケ原の鬼婆とどぶ汁(その1) ※全6部
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーっ!! なんでぅえー!? どうしてぇー!?」
ボクらは夜の原っぱを走る。
となりのなみだをうかべたおもしろい顔は珠子おねえちゃん。
「なんなんだよ! あいつは倒したんじゃなかったのかよ! というか滅しただろうに!?」
もいっこのとなりでゆかたのすそを上げてガニマタ走りをしているのが緑乱おにいちゃん。
「知りませんよ! 文句なら大日如来様か築善さんに言ってください!」
「わーい、おいかっけっこー!」
ボクたちはダダダダッと林の中を走り続ける。
「まぁてぇー! 生き胆よこせぇー!」
「おにばばあがきたよー」
ちょっと後ろをふりむくと、そこには白いかみと白いはだに真っ赤なおけしょうをしたおばあちゃん。
ほうちょうを持ってスゴイ速さで追いかけてくる。
「ちっくしょー! 鬼婆よろしく怪獣包丁みたいなもん持ちやがって! あんなのどこで売ってんだよ!?」
おばあちゃんが持ってるほうちょうは珠子おねえちゃんがいつも使っているのとはちょっとちがう。
とがっていて持つところより刃がみじかい。
橙依おにいちゃんが見てた、とくさつかいじゅうに似てる。
「あ゛あ゛あ゛れわ゛ぁー! 小出刃包丁ですよー! 主に魚を捌く包丁で、取り回しが良く骨に沿っておろす時に使い勝手がいいんですぅー! 慣れれば牛のアバラだって処理できちゃう優れものでーす! 合羽橋でかえまーす! 福島牛のやきにくー! たべたーい!」
珠子おねえちゃんの顔がなみだとよだれでおもしろーい。
「そんなことは聞いちゃいるが聞いていねぇー!! ちくしょー! こうなったら! 二日酔いがひどくなるくらい疲れちまうビーム!!」
緑乱おにいちゃんの手からまぶしいビーム!
ちゅどーん!
橙依おにいちゃんが見ているヒーロー番組のようなバクハツが起きたけど、土ぼこりの中からおばあちゃんはピンピンして走り出できた。
「効いてないじゃないですかー! やだもー! この飲んだくれおじさん! 乙女のピンチの時くらいは本気を出して下さいよぉー!!」
「おじさんだって、今は本気を出したさー! というか、ピンピンしてるってなんだよ! 今の攻撃はそこんじょそこらのヤツらならおじゃんなんだぜ!」
「あじゃぱー! なんていいませんからねー!」
「それよりいいの? おいつかれているよ」
ボクの声にふたりはふりむく。
おばあちゃんはすぐそこ。
その息の音が聞こえるくらい。
「「もべべぶばぁー!!」」
こわーい、おばあちゃんの顔をみて、ふたりはスピードアップ。
がんばってにーげよっと。
ボクは紫君、昨日から珠子おねえちゃんと緑乱おにいちゃんといっしょに、福島うまいものめぐりの旅のとちゅう。
だけど、おにばばにおいかけられちゃってるんだ。
「きのうも今日も、おばあちゃんのワナにかかっちゃうなんて、もう、こりごりだね」
「ちがうちがう、郡山だぜ!」
「ちがいます、ちがいます、ここは二本松です! 郡山はもうちょっと南!」
こりごりであっていると思うけどなぁ。
ボクたちがどうしてこんな目にあってる理由は、スズメさんのせい。
んじゃ、今日のお話はそのスズメさんがやってきたところからお話するね。
◆◆◆◆
チュチュン
「あースズメさんだー」
「くるるーくくっ、ってそれは雷鳥でチュン!」
…
……
「童さん、ここは『うわーっ!? 雀がしゃべったっぁぁぁー!』って驚くか、『雀サンダー!!』ってノリを見せる所でちよ」
なんだろう、このスズメちょっとおもしろい。
黄貴お兄ちゃんの所のせとものたいしょうみたい。
「こんにちは元人間のスズメさん。今日は何のごようですか?」
「それにあっさりウチが元人間って見破りまちたし」
「ボクは紫君、ここのすえっ子だよ。たましいを見ればそれくらいわかるんだ」
ボクのママはちんこんのみこ、だからたましいがよく見える。
よーく見れば、”あやかし”が元は人間なのか、最初から妖怪だったのか、ゆーれーなのかなんて、みやぶるのはかんたーん。
「そうでちか、スゴイでちね。ウチは実方雀、平安の世では藤原 実方と呼ばれていたでち。今日はここの緑乱さんに御用があって来たでちよ。緑乱さんはご在宅でちか?」
「うん、いるよー。緑乱おにいちゃーん!」
へー、このスズメさんは緑乱おにいちゃんのお友達なんだ。
「ういーっく、よんだかい? おっ、実方じゃねぇか。夏以来だな」
「その節は世話になったでち。本当に」
スズメさんはそう言って軽くおじぎをする。
ていねい。
「どうでい、俺っちの言った通り上手くいっただろ。東北を騒がせてた迷い家は俺っちの強え弟が従えたぜ。ま、実際の所は迷い家を裏で操ってた串刺し入道ってやつを倒したって話みてえだけどな」
うん知ってる。
この前のパーティで蒼明おにいちゃんから聞いた。
そのくしざし入道も蒼明おにいちゃんの手下になったんだって。
「ええ、お前さんの思惑の通りでち。そこでお願いがあるのでちが……」
「ん? まだ何かあるのかい?」
「この前に話ちまちた通り、宮城の名取にウチの墓があるのでちが……、まだ東北の道のりは危ないのでち。一緒に行ってくれないでちか?」
「そうなのかい? もう東北は安全だって聞いたぜ。いざこざが少し残っているって聞いたけどな」
「ウチは弱いでちからね。取るに足らない小悪党でも危険なのでちよ」
そう言ってスズメさんはうで組みをしてウンウンとうなずく。
スズメさんだからね、あまり強くないよね。
「でもよ、そういうのは強え弟に頼みな。俺っちが勝手すると怒られちまうから」
「あの鬼畜眼鏡にはもう断られまちた。『それくらいはひとりでやって下さい。私は忙しいのです』クイッって冷たい目でウチを見たのでちよ」
「あー、あいつが言いそうなこった。で、お前さんは俺っちに虎の威を借りる狐の虎になって欲しいってわけか」
「お前さんは大トラで有名でちから」
「ういーっく、今日も今日とて大トラでーす、ってうまいこというねぇ、さすがは中古三十六歌仙のひとり、藤原 実方さんだ」
ボクしってる!
大トラってよっぱらいのことだよね。
おにいちゃんも珠子おねえちゃんもお酒が大好きで、よく大トラって言われるんだ。
「酒の話と聞いて!!」
ほら、お酒の話をしてたら珠子おねえちゃんがやってきた。
「あら? こちらのスズメさんはどちらさまですか?」
「実方でち」
「うわっ!? しゃべ……りますよね。”あやかし”さんですから」
「さすがは嬢ちゃんだ。もうこれくらいじゃ動じないか。この1年で嬢ちゃんも図太くなったねぇ、ウエスト周りも」
ゴメスッ!
ウエストの太さとはちがって、珠子おねえちゃんのエルボーはとってもシャープ。
「珠子さんからも緑乱にお願いして欲しいでち。か弱いウチの墓参りの護衛をしてほしいと」
スズメさんはそう言うと、珠子おねえちゃんのかたにのって、ポンッっと人間の姿に変化。
「この藤原 実方が頼むのだ。麗しい君よ、私の願いを叶えておくれ」
あっ、あれ知ってる。
アゴクイッって言うんだよね。
赤好お兄ちゃんが練習してた。
「ほー、ほわわー! なにこの平安美形さんは!? こんなイケメンにお願いされちゃったら、言うこときくしかないじゃないですかー! この護衛任務は珠子ギルドが引き受けました!」
うん、これも知ってる。
ギルドってぼうけんしゃってのがおしごとをするところだよね。
橙依お兄ちゃんとアニメで見た。
「というか緑乱さん、こんなイケメンとお知り合いだったら、もっと早く連れてきて下さいよ。藤原実方さんでしたっけ、いやー、名前は記憶の片隅にしかなけど、そんなお顔でしたら生前はモテモテでしたでしょ」
「別に隠してたわけじゃないさ。そっか、嬢ちゃんから見るとこいつはそんなに美形ってことなのかねぇ。俺っちからしたらナヨナヨして不誠実っぽい雰囲気がプンプンするけどな。ま、こいつは清少納言との浮き名もあるし、光源氏のモデルにもなったって逸話もあるからな。それなりにモテたんだろよ」
ひかるげんじってあれだよね、げんじ物語の主役だよね。
学校でならった!
「ああ! 思い出しました! そうそう、光源氏のモデルの人でした。いやー、そんな伝説のスケコマシに出逢えるだなんて、あやかし酒場の店員やっててよかったー」
珠子おねえちゃんは人間スズメさんの手を握ってデレェと笑う。
「しゃーねぇな。なあ嬢ちゃん、俺っちはこいつと東北へ墓参りの旅行に行くからさ、嬢ちゃんも一緒にどうだい? 実方は旅行代の負担とガイドでもしてくれりゃいいさ」
緑乱おにいちゃんは珠子お姉ちゃんと人間のスズメさんの顔をみながら言う。
「いくいくー! 有給取ってでも行くー!」
「ボクもいきたーい」
「いいぜいいぜ、旅は道連れってな。どうだい? 実方さんよ」
ポンッ
あっ、またスズメさんの姿になった。
「お安いご用でち、それくらいで済むならいくらでもガイドするでちよ」
「あー、さっきの方がよかったのにー」
「あの姿は疲れるのでちよ。今のウチは実方雀でちから」
「それじゃ、日取りを決めようぜ、10月4日あたりからでどうだい? なんか福島のあたりで大きな提灯祭りをやってるって話だから、そこに経由で宮城に行こうぜ」
「しってます! 二本松の提灯祭りですね。やったー! 一度行ってみたかったんですよ」
「いいでちよ、そこらへんはウチもよく知っている土地でちから」
「やったー! おまつりおまつりー、たのしみー!」
◆◆◆◆
「おいしー、このカレー」
ボクが食べているのはカレー。
やさいと牛にくがいっぱいで具だくさんのおいしいカレー。
「うふふ、これは安達太良カレーっていうのよ。福島名物でーす。とはいっても定まったレシピがあるわけじゃなく、福島産の肉や野菜をふんだんに使っているだけなのです。なのでレシピはお店によって千差万別! ご当地のご当地によるご当地だけのカレーなのでーす」
「珠子さんのお勧めだけあって美味です。私は古い名物については知っていますが、昨今の名物には疎いですから」
スズメさんも人間の姿でカレーを食べている。
旅はとってもラクちん。
ボクたちは今、電車で二本松って駅でおりて、ホテルで食事中。
「福島県は主に3つのエリアに分かれます。縦に連なる阿武隈山地と奥羽山脈のふたつに隔てられて、海側が浜通り地方、中央が中通り地方、そして西側の会津地方です。ここ二本松は中通り地方ですね。食文化も各地に特色があるんですよ。ひと県で三度おいしい! それが福島県の魅力でーす!」
おねえちゃんが福島県のおいしいものを説明して、目がキラキラ。
スズメさんの話ではなんだかトラブルがあるかもって話もあったけど、そんなことなかった。
「魅力といやぁ、実方さんよ。お前さんはモッテモテじゃねえかよ、この色男。さっすが光源氏のモデルにもなった男だぜ。いっそローラスケートでハッピーエンド銀河でも歌ったらどうだい」
「そうですよ、あたしも東京からここまでの旅路で何回刺されるかと思ったか。『なんであんな女なんかと』って蔭口は耳にタコですよ」
でもね、ちょっとだけトラブルはあったんだ。
人間に化けてるスズメさんが女の人にラブレターをもらったり、プロポーズされたり、おそわれちゃったりとか。
「おかげでオジサンなんかと夫婦って設定で家族旅行になるし」
そして、珠子おねえちゃんが女の人とケンカになって、ボクたちが家族ってことになったくらいかな。
パパは緑乱おにいちゃん、ママは珠子おねえちゃん、そして人間スズメさんとボクはその子どもってせってい。
「それはすまなかった母上」
「ごめんねママ」
「そんな顔をするなよハニー」
「んもう! それはさっきまでの設定でしょ」
「ははは、そんなつれないこと言うなよ。マイスイートポテト」
「それを言うならスイートハート! オジサンはデリカシー……じゃなくて、ボキャブラリーが足りません!」
この旅で何度目かのツッコミにみんながわらう。
この時まではみんな思ってたんだ。
このまま、この旅は何事もないままでハッピーエンドをむかえるって。
でも、そうそううまくいかないものだよね。




