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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第七章 回帰する物語とハッピーエンド
183/409

甘酒婆とあんこ玉(後編)

◇◇◇◇


 昼下がりの町にドンドンドンドンという太鼓の音とピーヒュルと祭囃子の音が聞こえてくる。

 ここは都内の中でも特に中心地区。

 ここでは9月中旬の土日にお祭りが開催されているのだ。

 

 「うわーい、おまつりだー」


 七宝柄の浴衣をひらひらとさせながら紫君(しーくん)は走り回る。


 「……珠子姉さん、その浴衣似合ってる」


 あたしの浴衣は紅白の椿柄。

 水色の布地に赤と白の椿模様はあたしのお気に入りだ。


 「ありがと、橙依(とーい)君もカッコイイわよ。それは佐藤君のおすすめ?」

 「……そう、カッコイイ」


 橙依(とーい)君は普通の青地の着物なんだけど、デニム地で縫製された着物なのよね。

 しかも所々に破れ目や薄地になるまで削られた跡があるダメージド。

 いや、カッコイイと思いますよ、あたしも15年前だったら憧れたかも。

 15年前なら!


 「で、どうやって甘酒婆の店を探すの?」

 

 藍蘭(らんらん)さんは、通りすがりの人の視線を一瞬受けては一瞬で逸らされている。

 その理由は、一瞬女性と見紛(みまご)うほどのピンク地の浴衣のせいと、その開かれた胸元から(のぞ)く厚い胸板のせい。

 ピンク地に浮かぶトンボ柄は素敵なんですけどね。


 「それはあたしの鼻で、と言いたい所ですけど、目的の店はSNSにアップされていますから、それを手がかりにしましょう」


 現代は恐ろしい、ちょっと美味しい屋台があれば、その情報はリアルタイムでSNS上に広がる。

 そして『うわー、すごーい! これってどこあたり?』ってコメントを入れれば、10分も待たずに返信が付くのだ。

 それがなくても、写真に写っている町の看板があれば、その店舗を検索すれば住所が割り出せるの。


 「……レスが付いたよ。甘酒婆の店はあっち」


 スマホを見ながら橙依(とーい)君があたしたちの向かう先を示す。

 

 「でかした!」


 あたしは拳を握りしめてガッツポーズ。


 「乙女の吐く台詞じゃないわね」


 そんな藍蘭(らんらん)さんの言葉を背に受けながら、あたしたちは目的の店を目指す。


 「あまざけー、甘酒婆地蔵印の甘酒はいりませんかー、今なら新発売のあんこ玉とセットで500円、あんこ玉入り甘酒かき氷も500円でーす。ご試食もありますよー」


 あたしたちの眼前に赤い旗のぼりが見え、甘酒の香りが漂ってくる。

 屋台はイートスペース付きのテントで、そこでは赤い夕日柄を着た若い女性が呼び込みを行っていた。

 

 「いらっしゃいひぃ、ませー」


 あたしたちの姿を認めた店員さんが、一瞬言葉を詰まらせる。


 「はい、この間はどうも。あっ、試食いただきますね」


 あたしは四分の一にカットされたあんこ玉を楊枝でパクッと頂く。

 うん、思った通りこの味は……


 「……これは珠子姉さんの味だね」

 「そうね、バリエーションも同じみたいだわ」

 

 藍蘭(らんらん)さんの視線はメニューのあんこ玉に集中。

 そこには、五種類のあんこ玉のベースとそのトッピングが描かれていた。

 もちろんその五種類のベースもトッピングもあたしが先日甘酒婆さんにふるまったのと同じ。


 「あー、まねっこよくな」


 そう言って指さす紫君(しーくん)の口をガバッと抑え、彼女は「休憩入りまーす」と他の店員さんに声をかけた。


 モガモガッ

 

 赤い撫子柄の着物の中にもがく紫君(しーくん)を抱え、彼女は首から上でテントの奥を示す。

 きっと、あそこでお話しましょう、ってことよね。

 あたしたちは、彼女に促されるままにテントの奥の店員用休憩スペースに入る。


 「ぷはぁ。もう、ばぁばったらひどいよ」

 「え? ばぁばって何かしら? 私ってそんなに年寄りに見える?」

 「はぁばでしょ、たましいの形が同じだもん」

 「うっ」

 

 紫君(しーくん)の言葉に彼女の言葉が詰まる。

 

 「こ、これじゃどうかしら?」


 彼女は以前見たような不思議なポーズを取り、再び紫君(しーくん)に尋ねる。


 「あっ、たましいの形がかわったー」

 「でしょでしょ、別の存在でしょ」

 「……さすがに無理がある」

 「そうね、さすがに往生際が悪いと思うわ」

 「いい加減、お認めになったらいかがですか。貴方がウチに来た甘酒婆と、ここに(まつ)られている甘酒婆地蔵様と同じ存在だってことに。でないと……」

 「……で、でないと?」


 そう言う彼女にあたしはスマホに表示した『酒処 七王子』のブログを見せる。

 それは3日前、新メニューの甘酒かき氷とあんこ玉の写真をアップ記事だ。


 「このブログとこの店のメニュー写真をSNSにアップして、パクリだってあることないことを拡散します」

 「そ、それはちょっと……わかりました。みなさんのご想像の通りです」


 観念したように彼女は言い、再び不思議なポーズを取ると、その身体から2体の老婆がポン、ポンッと飛び出した。


 「いやいや、ばれてしもうたか」

 「ちょっと油断が過ぎたかのぅ」

 「あっ、ばぁばとばぁばだー」


 それは先日『酒処 七王子』に甘酒を売りに来たり、求めに来た甘酒婆さんたち。

 ううん、一体はアマザケバンバァかしら。


 「やっぱり、甘酒婆さんは甘酒婆地蔵様の分御霊(わけみたま)でしたか」

 「そうよ。よく気付いたわね。私達は真逆な存在なのに」

 

 確かに真逆。

 疫病神の一種、疱瘡神の側面を持つ”あやかし”の甘酒婆。

 地蔵菩薩の一尊(いっそん)である甘酒婆地蔵。

 その()り様は正反対で、それが同一とは普通は思われない。


 「ホントね。ねぇ珠子ちゃん。どうして気付いたの?」

 「ヒントはいっぱいありますが、大きいのはその赤い服ですかね」

 

 あたしは甘酒婆さんの赤いちゃんちゃんこと、甘酒婆地蔵様の赤い撫子柄の浴衣を指さす。

 赤はこの屋台の旗のぼりにも使われている色だ。


 「赤って健康や長寿の色なんですよ。だから疫病除けには、疫病神の嫌う赤色の着物や護符が利用されていたのです。でもですね、不思議なことに江戸時代や明治時代の錦絵に描かれている疫病神や疱瘡神は赤い服を着ているんですよ」


 江戸時代後期の浮世絵師、歌川国芳(うたがわくによし)が描いた”鎮西八郎為朝ちんぜいはちろうためとも 疱瘡神(ほうぞうがみ)”の絵にも、明治時代の浮世絵師、月岡芳年(つきおかよしとし)が描いた”為朝(ためとも)武威(ぶい)痘鬼神(もがさきしん)を退く図”にも、明治の錦絵新聞に描かれた小林永濯(こばやしえいたく)作の若い女性に化けた疱瘡神の目撃譚(もくげきたん)にも、なぜか(・・・)疱瘡神は赤い衣装を身にまとっている。

 

 「疫病神の一柱である疱瘡神は、自分が嫌いな赤い色をどうして着ていたのでしょうか?」


 あたしの問いに甘酒婆さんたちは言葉に詰まる。


 「赤ってめだつから! ほらスーパーヒーローライダーみたいな!」

 「ええと、イヤもイヤよも好きのうち?」

 「……赤色の顔料(がんりょう)が安かったから」

 

 みなさん……そんな身も蓋もないことを……

 

 「他にも矛盾点はあります。地蔵菩薩様のご利益(りやく)の中には、”集聖上因”という悟りの境地へ至る因縁が集まってくるご利益と、”疾疫不臨”という病にかからないご利益の両方が存在しています。でも、おかしくありません? 悟りに至る因縁に病は含まれないのでしょうか? そんなことはありません。病を克服することや、病に侵された人々を救うことは悟りに至る試練だと思います」


 あたしの指摘に甘酒婆地蔵様は昔を思い出すような遠い目をする。


 「いやぁ、あれは婆も早計だったと思うわ。せめて病魔退散とか疾病回復とかにしとくべきじゃった」

 「でしょうね。それで、甘酒地蔵様はあんなこと(・・・・・)をされたんですね」

 「あんなことって?」

 「病の試練を与えたのに、病気にかからなくする方法はひとつしかありません。潜伏期間や初期症状の内に治してしまうことです」


 ほとんどの病気には感染してから発症までに一定の期間がある。

 その期間は様々で、1日~数年までさまざま。

 数週間のケースが多いかしら。


 「甘酒婆地蔵様はその分身に疫病神の甘酒婆を生み出して家々を訪れます。そこに病魔の試練を引き連れて。ついでに甘酒婆が訪れると病気になるという噂を流して。さて、疫病神(わるもん)の甘酒婆が訪れてしまった家の人はどうするでしょう?」

 「いいもんの、あまざけばぁばをさがす!」


 あたしの問いに紫君(しーくん)が元気よく答える。


 「正解ですっ! 甘酒婆と遭遇して病気になるかもしれないという不安を持つ人に、ありがたーい甘酒婆地蔵印の甘酒が効くという噂を流せば、その人は潜伏期間や初期症状のうちに甘酒婆地蔵の甘酒を求めるでしょう。事実、江戸時代にはそういった噂が大都市で広まったという歴史の記述もあります」

 

 今では大分減ってしまったけど、日本にはお地蔵様の像があちこちにあった。

 その中には甘酒地蔵の像も多数あり、その近くでは甘酒が販売されていたのだ。


 「甘酒は”飲む点滴”と呼ばれるくらい栄養がありますからね。潜伏期間中に飲めば発症せずに済んだケースも多かったでしょう」

 「なるほどね、この甘酒婆地蔵はそうやって病の試練と疾疫(しつえき)にかからないというご利益(りやく)を両立させていたのね」

 「……盛大な自作自演、マッチポンプ」

 「そう、藍蘭(らんらん)さんと橙依(とーい)君の言う通り、これは自作自演です。最初に自作自演という疑いを持って伝承を紐解けば、疱瘡神たる甘酒婆さんが、地蔵菩薩様の試練を与える部分から分化した存在だと気付きます。赤い服はその大きなヒントですね」


 仏尊である地蔵菩薩様がどうやって日本の疫病神の側面を手に入れたのかは正直わからない。

 ま、日本は神仏習合(しんぶつしゅうごう)の国ですから、そいうこともあるわよね。

 あたしの推理に甘酒婆さんたちは図星を突かれたように身を震わせた。

 

 「いやぁ、そこまでバレとったとはな。でもな、悪いことばかりじゃないぞ。婆は人々に乗り越えられる病魔の試練と病にかからないというご利益を与え、人々は病に罹患(りかん)したことに気付かない初期のうちに抗体を手に入れ、さらに甘酒が売れて儲かる。誰も不幸にならないハッピーエンドってやつじゃ」

 

 そう言って、甘酒婆地蔵様と甘酒婆、アマザケバンバァさんの三体は腕を開いて、ありがたそうなポーズを取る。

 

 「でもどうしてウチの店に来たのかしら? 珠子ちゃんに病の試練でも与えに来たの?」

 「多分それも違いますね。あたしの予想では、甘酒を使った新しいメニューを探しに来たのだと思います」

 「やれやれ、噂以上に機知に富んだ娘さんじゃの。その通りじゃよ。最近は疫病も成りを潜めているとはいえども油断は禁物じゃ。それを事前に防ぐべく近年低迷している甘酒人気を再燃したくて訪れたのじゃ」


 現代は飲料文化が広がり、コーヒーから紅茶、中国茶やハーブティまで様々な飲み物が町にあふれている。

 江戸時代は定番だった甘酒人気は下火なのだ。


 「婆では甘酒といえば、温かい甘酒か冷やし甘酒くらいしか思いつかなくての、噂の『酒処 七王子』の看板娘なら良い知恵があるのではないかと思ったのじゃよ」


 地蔵菩薩様にはありがたいご利益をいっぱい持っている。

 だけど、千客万来(せんきゃくばんらい)商売繁盛(しょうばいはんじょう)系のご利益は持ってないのだ。


 「でも、それって普通に協力を求めればいいんじゃない? 珠子ちゃんなら喜んで協力するわよ」

 「いやぁ、それがな、どうせなら試練も兼ねてみようとアイツ(・・・)が言い出してな。婆特製の甘酒を渡して、そこからそれに勝る甘酒や甘酒料理を生み出せるかを試してみることになったのじゃよ。実際にこの娘は甘酒の原料である米麹と豆を混ぜ合わせて、見事なあんこ玉とその料理を振舞ってくれおった。米麹の発酵餡で作ったあんこ玉も栄養満点であるからな」

 「……珠子姉さんは対抗心(たいこうしん)が強いから」


 ま、そんなとこじゃないかと思いましたよ。

 甘酒婆地蔵様の思惑通り、あたしはあの美味しい甘酒への対抗心を発揮して、それを増やしたり、それを活用した料理を作ったりした。


 「じゃあ、どうしてこの前はさいごにきえちゃったの? ふつうに『ありがとー! このメニューをここで出させて』って言えばよかったのに」

 「最初はそのつもりじゃったが、途中で元・貧乏神が現れてしまって、婆が疫病神だとバレてしまってな、こりゃ早く立ち退かんと店に迷惑がかかると思って消えたのじゃよ。ただ去っただけではなく、消滅した方がお店の評判的に良いと思ってな」


 ああ、あれが甘酒婆地蔵様の想定外でしたか。

 確かに、飲食店に疫病神が訪れたなんて話が広まったら大変。

 疫病神は最期にその店の料理を食べて消えた、ってシナリオの方がいいですね。


 「ふぅん、そういうことね。それで再訪問することなく、ここでパクリメニューを出したのね」

 「正直すまんかったと思うとる。その詫びに婆に出来ることは何でもするぞ」


 藍蘭(らんらん)さんのちょっと棘のある言い方に、甘酒婆地蔵様はペコリと頭を下げる。


 「ねえ、それじゃ甘酒婆地蔵ちゃんって、そのご利益で病気とかを一気に治せちゃったりしない。スーパー地蔵菩薩パワーとかで、もしそれが出来るのなら今回の事は水に流すどころか、お礼にアタシは何でもしちゃうわ」

 「すまんのう、今の婆はそこまでの奇跡は起こせん。死後の導きとか、栄養満点美味甘酒を出すくらいは出来るのじゃが」

 「あらま、残念。それじゃ、詫びの内容は珠子ちゃんに任せるわ」


 藍蘭(らんらん)さんに振られてしまったけど、あたしはそこまで要求するようなことはない。

 あたしの要望は、ほんのちょっと、ほんのちょっとだけ。


 「それじゃ、あのあまざけの作り方おしえてよ。珠子おねえちゃんはどうしてもあの味が出ないって言ってたよ」

 「あ、それはいいですね。あたしもその秘密は知りたいです」

 「ああ、あれはな。ブレンドじゃよ」


 そう言って、甘酒婆地蔵様は部屋の片隅にあるポットに手を伸ばす。


 「米麹の白米甘酒は味が単調になりがちじゃて、このように玄米甘酒を少しブレンドしておくのじゃ。これで深みが出るし、栄養価も高まる」


 そうだったのですね。

 あの甘酒は甘味の中に感じた深い味わいは、玄米甘酒の味だったのですか。

 あたしたちは配られた甘酒をグビリと飲む。

 それはあの風邪の日に飲んだ、極上の甘酒の味。

 

 「うーん、さすが甘酒婆地蔵様の特製甘酒、とても美味しいですね。さて、甘酒婆さん、あたしの噂を聞いたっておっしゃってましたね」


 あたしの声のトーンが少し重くなる。

 

 「ああ、娘さんは結構有名人じゃぞ。”あやかし”たちに人類の叡智で美味を振舞う人間として」

 「甘酒婆地蔵様。そこまであたしの噂を聞いているのなら、あたしの二つ名もご存知でしょうね?」

 「確か……、金の亡者」


 何か(・・)に気付いたように、甘酒婆地蔵様はあたしの二つ名を口にする。


 「あたしは金の亡者ではありますが、がめついわけじゃありません。もらうものをきっちりと頂ければそれで結構です」


 そう言ってあたしは一枚の紙を差し出す。

 伝票だ。

 

 「あたしは、甘酒かき氷とあんこ玉はサービスって言いましたけど、甘酒はサービスって言いましたっけ?」


 言葉は疑問形だけど、意味は断定形。

 そんなあたしの言葉に甘酒婆さんは、そ、それはすまなかったと赤い財布の口を開いた。

 あとで聞いた話だけど、その時のあたしの口調は断罪の閻魔(えんま)様のようにも聞こえたんですって。

 まったく、失礼しちゃうわ。

 お店の前で『食い逃げ婆! 金払え!』って言わなかっただけましだと思わない?

 ねぇ橙依(とーい)君、どうして君は耳を押さえて『あー、あー、きこえない』なんてポーズを取っているのかしら。

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