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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第七章 回帰する物語とハッピーエンド
180/409

山男と柳蔭(後編)

□□□□


 『まいどあり~』


 音は聞こえないけど、口の動きで店員さんがそう言っているのはわかる。

 モノリスさんに教えてもらった店でお酒とみりんを買って、あたしはまた山に向かう。

 今日は朝から暑かったけど、午後はもっと暑い。

 こんなに暑いと魔法瓶の冷たい氷水もぬるくなっちゃうんじゃないかしら。

 せめて日ガサでもあればよかったのに。

 さすがに暑すぎるわ、どこかに休む所はないかしら。

 あら? あれは何かしら?

 とってもカラフルなバス停が見えるわ。

 でも変ね? この道はバスどころか車すらめったに走っていないのに。

 あたしがバス停に着くと、やっぱりそこの時刻表はすっかりよごれて読めなくなっていた。

 でも、おかしいわ。

 このバス停には海で見るような赤青白の大きなカサが置いてあるんですもの。

 そのカサはバス停の隣のベンチから伸びていて、ちょうとカサの影がベンチに出来ているわ。


 あらやだ、ここってば休むのにちょうといいじゃない。


 あたしはそんなことを思ってベンチに座る。

 ここで涼しくなる夕方まで休みましょ。

 でも、このカサってとっても大きいわ。

 きっと、とっても大きい人が使うカサなのね。

 あっ!? ひょっとしたら背高さんのカサなのかしら。

 きっとそうよね。

 だったら、ここで背高さんを呼べば、また会えるかも。

 

 「おーい、背高さーん!」

 『おーい、ぜいたかさーん』


 あたしは背高さんを呼んだけど、帰ってくるのは山びこだけ。

 ここにはいないのかな?

 でも、のどがかわいちゃったから、モノリスさんに教えてもらった夏にステキなドリンクを飲んじゃお。


 あたしはバッグからお店で買ったお酒の瓶を取り出す。

 そこには”柳蔭(やなぎかげ)”の文字。

 モノリスさんはこう言っていたの。


 『”柳蔭(やなぎかげ)”は江戸時代に暑気払いとして飲まれていたものです。江戸では”本直し”、京都や大阪では”柳蔭(やなぎかげ)”って呼ばれていました。みりんと焼酎を混ぜたもので、甘味があっておいしいですよ』


 あたしはモノリスさんの真似をして、山に向かってお話する。

 これはお料理に使うみりんと焼酎を混ぜたものなんですって。

 でも、あたしはまだ子どもだから、こんなの飲めないわ。

 だから、これは背高さんの分。

 はいどうぞ。

 あたしは魔法瓶のフタのコップに柳蔭をトトトと入れて誰も座っていないあたしのとなりに置く。


 あたしもノドがかわいたわ。

 魔法瓶のドリンクを飲みましょ。

 フタはとなりに置いちゃったけど大丈夫、この魔法瓶は直接飲み口が付いているの。

 

 ンッグンッグ


 あまーい!

 ちょっと甘すぎよ。

 でも変ね、あたしは甘いのが好きで、今まで“甘すぎ”なんて思ったことなかったのに。

 ノドが乾いた時は水が甘く感じるってパパが言ってたから、そのせいかしら。

 とっても甘くって、ちょっとピリッっとしてて、冷たいのにノドがあったかくなるわ。


 これは”ひやしあめ”。

 水あめにショウガの汁を加えて冷やしたものなんだって。

 モノリスさんが教えてくれたの。

 モノリスさんはこう言っていたわ、


 『”柳蔭”も”ひやしあめ”も江戸時代の日本で暑気払いに愛飲されていたものです。当時は自宅でブレンドするのが主流でしたが……、人類の叡智はブレンドの手間を省きました! この白扇酒造の”柳蔭”は信頼できる杜氏(とじ)さんが、焼酎とみりんをその経験と舌に基づいた黄金比でブレンドして作られた銘柄です! ”ひやしあめ”も頼れるメーカーの開発者さんががショウガと麦芽水飴のベストマッチを見つけてくれたものですっ!』


 うふふ、モノリスさんの言う通りね。

 この魔法瓶の”ひやしあめ”は、売ってたものを移し替えたものだけど、魔法瓶の魔法の力で冷たいままで、甘すぎな所に目をつぶればとってもおいしいわ。


 あら? 誰かが隣にいるような気がするわ。

 でも姿は見えない。

 気のせいかしら。

 だけど、隣のカップのお酒はなくなってるわ。

 あたしが入れるの忘れたかしら。

 いいわ、もう一度注ぎましょ。

 トトトとあたしは瓶に残った柳蔭をコップに注ぐ。

 うん、このお酒のにおいをかぐと、あたしもまたノドが乾いてきたわ。

 もう一度、あのあまーいお水を飲みましょ。


 コクッコクッ


 さっきよりはゆっくりと甘さを味わうようにあたしは魔法瓶から”ひやしあめ”を飲む。

 やっぱり甘いわ。


 コトン


 カップがベンチに触れ合う音が聞こえる。

 隣を見ると背高さんの姿。

 やっぱり、さっきの気配は気のせいじゃなかった。


 「こんにちは背高さん」

 「ふぉんにちは」


 背高さんはそういってニコッと笑うと、その大きなおてての中にある空っぽのカップを指す。

 あら、もう飲んでしまったの?

 しょうがないわ、お代わりをあげる。


 トト……ピチョ


 あらやだ、もう無くなっちゃたの?


 「ふぉうない……」


 ビンからしたたり落ちるお酒を見て背高さんは悲しそう。

 でも大丈夫!

 あたしはバックから一本のビンを取り出す。


 「ジャーン! みりーん!」

 「ふぉふぃ?」

 「これは”みりん”。これと同じ店で買ったの」

 「ふぃりん?」

 「そう”みりん”」


 そして……


 「ジャーン! この前のと同じスカルボトルのテキーラ!」

 「ふぉ! ゴッホゴッホ」


 この前を思いだしたのかしら、背高さんがノドの下をたたいてせきこむ真似をする。

 

 「うふふ、だいじょうぶよ。これを、こうして」


 あたしはドクロのビンのテキーラをカップ半分まで注ぎ、残りはみりんを入れる。


 「はいどうぞ」

 「ふぉう?」


 あたしが差し出すカップに背高さんはちょっととまどったけど、そのいい匂いをかぐと、コクコクと飲み始めた。

 そうよね、背高さんは山男で、山男はお酒が好きなんだもん。

 

 「ふぉぉぉぉぉー!? ふぉぉぉぉぉー!!」


 ドッスンドッスンと腰を上下させて背高さんは叫ぶ。

 

 「ふぉふぁふぁり!」


 おかわりね、わかったわ。

 あたしがもう一度テキーラとみりんをカップに注ぐと、背高さんはそれを一気に飲んで「ふぉおーおぅぅー!!」と大声を上げたわ。

 まるでTVの洋画げきじょうでみたターザンみたい。

 

 「よかったわ、気に入ってもらえて。これはモノリスさんに教えてもらったのよ」

 「ふぉふぉりふ?」

 「そう、モノリスさん。とっても物知りでお料理が上手なの」


 あれ? あたしはモノリスさんの料理を食べたことがないのに、どうして料理が上手って知っているのかしら?

 不思議だわ。


 「モノリスさんが教えてくれたの。この”やなぎかげ”は”本直(ほんなお)し”とも言われていて。みりんで強いお酒のしょうちゅうを飲みやすく直すことから、”本直(ほんなお)し”とも言われていたんだって」


 あたしはまだ知らないけど、お酒には()ってのがあって、それが高いとちょっとピリピリして熱いらしい。

 水が欲しくなったり、セキしたりするんだって。

 あたしもセキで苦しいことがあったから、ちょっとわかるかも。

 特に赤いセキはサイアク。


 「このテキーラも強いお酒だから、みりんで”直す”とおいしいって。モノリスさんは『テキーラは墨西哥(メキシコ)の名産ですから”墨直(すみなお)し”ってとこですかね』って言ってたわ」


 アメリカが米国って書くのは知ってたけど、メキシコが墨国って書くのは知らなかったわ。

 やっぱりモノリスさんって物知りね。


 スゥー


 あたしのほっぺを風がなでる。

 ちょっと涼しい風。

 ふと見上げると、お日さまは山ぎわにかくれようとしていた。

 夜になるとあたしはねむくなる。

 だって夜はねるものよ、しょうがないじゃない。

 それに夜はオバケの時間よ。


 「あらやだ、日が暮れちゃうわ。夜はこわいから早くいかなくっちゃ。さよなら背高さん」


 あたしは立ち上がり、もう上半分だけになっちゃった夕日を指さして、隣の背高さんにバイバイする。

 カップはすっかり空っぽだからもういいわよね。

 そう思ってカップにのびたあたしの手を背高さんがガシッとつかむ。

 

 「ふぉ、ふぉふぇにふぉへ!」

 「きゃっ!?」


 グイッっとあたしのうでが引っぱられると、あたしは背高さんの肩にすとん。

 そして、ビュンと風を受けてあたしは走りだした。

 ううん、走りだしたのは背高さん。

 さわやかな風と夕日の熱気が、あたしの顔を冷やしながら温める。


 「せいたかふぁーん、ふぉっとして、あたしを送ってくれるのぉー!?」


 向かい風のせいであたしの声も変。

 せんぷうきに向かってしゃべってるみたい。


 「ぶぉーぉー!」


 肌をゆらす背高さんの声もちょっと変だけど、言っていることは聞こえなくてもわかる。

 やっぱりあたしを送ってくれるんだ、あの夕日の先へ。

 

 「うわーい、きもちいーい!」


 あたしは思わず大声をあげる。

 だって、こんなに早く、こんなに高く、こんなにステキに走ったことはなかったんですもの。

 いつか乗りたいって思っていたオープンカーってこんな感じかしら。

 

 ガサッ


 森に入ると、木や枝が光をかくしてあたりが暗くなる。

 その中をスゴイスピードで走っているのにあたしはそれにぶつかったりしないわ。

 背高さんのおかげね、あたしにぶつかりそうな枝をおっきな手でどかしてくれているの。

 やっぱりターザンみたい。


 ガサッガサガサッ


 ひときわ大きな枝葉をかきわけて、


 「ふぉふぉふぉーい!!」


 背高さんが大きくジャーンプ!


 その時、あたしの目にうつったのは真っ赤で大きな夕日。

 山を越えて、まだ地平線に落ちていない太陽。

 

 「きれーい! 夕日においついちゃったみたーい!」


 初めてみる大きくて近い夕日に向かって、あたしは思わずさけぶ。

 そして、背高さんは1回、2回、3かーいと山を飛びおりるようにジャンプして、


 ドシーン


 大きな地ひびきを立てて止まった。


 「ふぉーる!」


 背高さんは大きくバンザイすると、その上げた手でゆっくりとあたしをおろす。


 「ありがとう、背高さん。とっても旅がはかどったわ」


 そう言って、あたしは背高さんとあくしゅ。


 「じゃあ、こんどこそバイバイね」


 数歩進んで振り向き、あたしは背高さんへ手をふる。

 背高さんもニコニコの顔で手をふっている。


 「ふぉふぉふぁふぇふぃふふぉ?」

 「え? どこまでいくのかって? さあ? わからないわ。西に向かっていけるところまでよ」


 あたしは西に向かっているけど、その目的地がどこかは知らない。

 だけど、あたしは知っている。

 この歩みの先に待つものが、ハッピーエンドではないと知っている。

 どうしてそれを知っているのか、それはわからない。

 だけど、それを知ってもなお、この旅路の果てにあるものを探して。

 あたしは夕日に向かって歩き続ける。

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