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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第七章 回帰する物語とハッピーエンド
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山男と柳蔭(前編)

 あたしの世界から音が消えて何年が経っただろう。

 都会のさわがしさが、なつかしくなる時もある。

 この山間の道路もきっとセミやカエルの音であふれているのだろうけど、あたしにはそれが聞こえない。

 でも、命を失うよりましよね。


 難病で死にかけていたあたしだったけど、今はもうすっかり元気。

 この急なアップダウンを走り抜けても息ひとつ切らさないもの。

 

 ブルンッ、ブルブルブル、ブオォォォンン


 聞こえないはずのあたしの耳にエンジンの音が聞こえる。

 振動を感じているのかしら。

 

 「へーい、綺麗なネェチャン。こんな山道をひとりかい? よかったら俺の後ろに乗せてやるぜ」


 最近流行りの改造大型バイクに乗った男の人があたしに声をかけてくる。

 ナウなヤングってやつかしら? うふふ、ちょっと古かったかも。

 あら不思議、声は聞こえないはずなのにこの人が言っていることがわかるわ。

 あたしったらいつの間に読唇術(どくしんじゅつ)をおぼえたのかしら。

 でも、おあいにくさま、その手のお誘いはいらないわ。

 バイバーイ、シッシッ。

 あら? ちょっとそっけなさすぎたかしら、男の人のお顔がちょっとこわくなったわ。


 「はっ! ちょっと背の高いイイ女だから声を掛けてやったのに、その態度はないんじゃねぇか!?」


 ああ、こわいわ、どうしましょ?

 このまま、この怖い男の人に乱暴されちゃうのかしら。

 でも変ね? あたしはそんなにノッポさんじゃないわよ。


 ガサッ


 そんな時、山側の木々がゆれるのが見えた。


 ドオン!


 そんなブルブルが伝わるほどの重さ。

 熊さんかしら?

 熊さんなら困ったわ、あたしは白い貝がらの小さなイアリングなんて落としていないから。

 

 「お、おおお、おうぅ! でけぇじゃないか! そんなんで俺がビビるとでも!?」


 ブォン!


 バイクが震え、男の人が大きな影をいかくする。


 ブオン!


 これは大きな影が腕をふった振動。


 パァン!!


 これはバイクのタイヤがパンクしちゃった大きい振動。

 男の人はそれを見て「ひええ」とガタガタゆれるパンクしたバイクで逃げちゃった。

 そして、大きな影はあたしに向かう。

 そうだ! 死んだふり死んだふり!

 熊にあった時には死んだふりがいいって聞いたわ。

 ああ、でも上手く出来るかしら?

 あたしは死にそうになったことは何度もあるけど、死んだことってないんですもの。


 …

 ………

 ……………


 あら?

 なにも起きないわ。

 目をあけてみましょ、そうしたらわかるかしら。

 ちらり。


 あら? 熊さんじゃないわ。

 男の人みたいだけど、ちょっとふつうの男の人とは違うみたい。

 とっても大きい男の人だわ。


 「ありがとう。こんにちわ」

 「ふぉふぉ、ふぃふぃあ」


 男の人が何かしゃべっているみたいだけど、あたしには音が聞こえないし、唇から声を読むこともできなかったわ。

 ひっとして、この人ってお話が出来ない人なのかしら。


 「ねえ、あなた。あなたっておしゃべりができないの?」

 「ふぉう」

 

 うなずいたわ。

 やっぱり上手くしゃべれないみたい。

 あら、この人はしゃべれなくって、あたしは音が聞こえないだなんて、ちょっとおそろいかも、うふふ。


 「ねえ、あなたお名前は?」

 「ふぉ、ふぁふぁえ?」


 やだ、あたしったら、この人ってばしゃべれないのに、失礼なこと聞いちゃった。


 「ごめんなさい。失礼なこと言っちゃって。でも、あなたのことを、どう呼べばいいのかしら」


 あたしはちょっと考えて、手をパンと叩く。


 「そうだわ! 背高(せいたか)さんってよんでもいい? だって、あなたってば、とっても背が高いんですもの」

 「ふぇいたかふぁん?」

 「そう、背高(せいたか)さん。どうかしら?」

 「ふぇいたかふぁん! ふぇいたかふぁん!」


 まあ、背高さんがニコッとわらってピョンピョンしているわ。

 よかった、気に入ってもらえたみたい。

 そうだわ、助けてもらったお礼をしなくっちゃ。

 あたしのバッグに何か入っていたかしら。

 あたしはたすきにかけた黒いバッグを開く。


 「きゃっ!?」


 あたしはバッグを開けて閉じる。

 何かしら今の?

 ドクロのように見えたけど。

 あたしはもう一度、そーっとバッグに手をかける。


 「ふぉふぁ?」


 背高さんも気になるの? 気になるわよね。

 いいわ、いっしょに見ましょ。

 背高さんはおひざを曲げ、あたしといっしょにバッグをのぞきこむ。


 やっぱりドクロだわ。

 でも、普通のドクロじゃない。

 理科室で見た模型は真っ白だったのに、これは黒いもようがいっぱい書いてあるんですもの。

 あたしが指でコンコンとドクロをたたくと、キンキンって感じがした。

 これは……ガラスね。

 何かのビンみたい。

 だって、ドクロの頭のてっぺんから、細長い口が出ているんですもの。

 

 「ふぉが?」


 なかみは何かしら?

 背高さんも興味しんしんみたい。

 あたしはその口のキャップをひねり、中の液体を指でペロッとなめる。


 「ゴホッ、ゴホッ」


 これお酒だわ!

 どうしてあたしのバッグにお酒が入っているのかしら。

 お酒は大人の飲み物なのよ。

 子どもは飲んじゃいけないんだから。


 「ふぉふぁけ! ふぉふぁけ!」


 あら? 背高さんはこれが欲しいのかしら?


 「ねぇ、背高さん。これが欲しいの?」

 「ふぉう! ふぉふぁけ!」


 欲しいみたい。


 「いいわよ。あたしにはいらないものだからあげるわ」


 あたしはドクロのビンを両手でかかげる。


 「ふぃふぇふの?」

 「そうよ、あげるわ。プレゼント」

 「ふふぇふぇんと! ふぁふぃがふぉう!」


 背高さんはドクロのビンを持っておおよろこび。

 そんなによろこんでもらえると、あたしもうれしいわ。

 背高さんはさっそくお酒をグビッ

 あら、そんなに急いで飲むとむせちゃうわよ


 「ゴホッ、ゴホッ」


 ほら、むせた。

 でも背高さんはまたドクロのお酒をグビッ。


 「ゴッホ、ゴッホ」


 やっぱりむせちゃうじゃないの。

 ゆっくりと飲めばいいのに。

 だけど、背高さんは何度もお酒をグビッと飲んで、そのたびにむせちゃってる。

 

 「ふぉふぁけ! ふぉいふぃい!」


 あら、背高さんはちょっと酔っちゃったのかしら。

 

 「大丈夫? お顔がおさるさんのように真っ赤よ」

 「ふぁいふぉうぶ! ふぁふぃふぁふぉう!」


 背高さんはそう言うと、おさるさんのようにピョーンとジャンプしておやまにとんでったわ。

 うふふ、大きなおさるさんみたい。

 さて、あたしも行かなくっちゃ、でもどこへかしら?

 どこかに行かなくっちゃいけなかったと思うんだけど……わすれちゃった。

 西だってことはおぼえているけど、わーすれちゃった。

 でもいいわ、きっと歩いているうちに思いだすわよ。


□□□□


 東からのぼったお日さまが、ちょっと高くなって真夏の暑さがあたしの肌を焼く。

 日焼けしちゃったらどうしよう。

 あたしは今まで日焼けなんてしたことなかったから不安だわ。

 でも、さっきの背高さんは日焼けの達人みたいだったわ。

 あんなにお肌が真っ黒だったのですもの。

 でも背高さんって不思議な人だったわ。

 ひょっとしたら、あれは本の中で読んだ”あやかし”しら?

 そうだったら、ちょっと素敵かも。

 よしっ、モノリスさんに聞いてみましょ。

 

 あたしはバッグの中から黒い板”モノリスさん”を取り出す。

 このモノリスさんってスゴイの。

 物知りで、テレパシーであたしに何でも教えてくれるの。

 ここに11桁の秘密の番号を入れるだけで、モノリスさんとお話できるのよ。

 このまえ、東京の電話番号が10ケタに増えたってテレビが言ってたけど、この秘密の番号はそれより多いの。


 ぴポばぷピポパポぴぽぴ


 『はーい、どうされましたー?』


 モノリスさんはいつも元気。

 音が聞こえないはずのあたしの世界にテレパシーで何でも答えてくれる。

 あたしは今日会った背高さんのことを話す。


 『ふむふむ、話を聞くに、それは山に棲むあやかし”山男”ですね。気さくな良い”あやかし”と伝えられています。お酒が好きな”あやかし”ですよ。あたしたちと気が合いそうですね』


 やっぱりいい人だったんだ。

 でもね、お酒を飲んだらゲホッホゲッホむせてたよ。


 『お酒って何を? ああ、そりゃスカルボトルのテキーラをラッパで飲めばそうなりますよ。あれは40度くらいありますからね』


 モノリスさんが言うには、あれは強いお酒みたい。

 だからむせちゃったんだって。

 

 『また山に入ると山男に会えるかもしれませんね。えっ、次に会ったらもっとちゃんとしたお礼がしたい? おまかせあれ!」


 あたしのお願いにモノリスさんの声が明るくなる。

 モノリスさんはいつもこう、あたしの悩みを聞いたら、最初はちょっと考える時もあるけど、とってもうれしそうに相談にのってくれるの。

 


 『今、どこあたりにいらっしゃいましたっけ? 飛騨の南あたり? こりゃまた奇遇(ラッキー)な』


 黒い板の先からモノリスさんが手を叩いたのがわかる。


 『飛騨の南、岐阜県の賀茂郡に白扇酒造(はくせんしゅぞう)という酒屋があって、そこで売ってるお酒を買っていくといいですよ。ちょっと距離があると思いますけど、大丈夫ですよね』


 うん、歩くのも走るもの大好きだから大丈夫。

 それに今のあたしはは昔とちがって、とっても速く走れるの。


 『えっ? テキーラもおいしく飲ませたい? もう、しょうがないですね。同じ所でこれを買えばきっと上手くいきますよ。住所とお買い物リストはスマホに送っておきますね。それじゃ、お土産よろしくぅ~』


 モノリスさんはテレパシーであたしに色々伝えると『おみやげ』の部分を強調してお話を終えた。

 モノリスさんって超すごいのよ。

 だって、このモノリスにお手紙も送ってくれるんですもの。

 だけど、とってもステキなモノリスさんだけど、おみやげがないと働いてくれないの。

 あれ? これってなんて言ったかな?

 やっぱりシュセンド? ううん、ちがう。

 しっかりケチンボ? これもちがう。

 あっ、そうだ!

 とってもゲンキンだ!

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