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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第七章 回帰する物語とハッピーエンド
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青行燈とコース料理(前編)

 

 「第三回! あやかし女子会かいさーい! ちゃかぽこちゃかぽこ!」

 「今日は文学少女たちをお招きしていまーす。なんと! あやをかし学園の先生たち! 文車妖妃(ふぐるまようひ)さんと、青行燈(あおあんどん)さんでーす!」


 橙依(とーい)君と紫君(しーくん)が通う”あやをかし学園”は幼稚園から高校まで、一見普通のエスカレーター式学園。

 だけどその実態は人間と”あやかし”が通うあやかし学園なのです。

 そもそも、この学園は学園長である天邪鬼君のお父さんの大天邪鬼さんが日本で一番有名な妖怪アニメのOP曲を聞いて創立してしまったことによる。

 ”あやかしには学校も試験もない“なんて歌われたら、それに全力で逆らっちゃうのが天邪鬼の性分(サガ)

 当然、試験もあるし昼は校庭で青空教室。

 そういった事情から学園の先生の大半は”あやかし”なのです。

 今日のあやかし女子会のメンバーは、以前にもご参加頂いた古文担当の文車妖妃(ふぐるまようひ)さん。

 そして、橙依(とーい)君の担任の先生でもある、日本史担当の青行燈(あおあんどん)さんなのです。


 文車妖妃さんは鳥山石燕(とりやませきえん)の妖怪画集『百器徒然袋ひゃっきつれづれふくろ』に載っている恋文の執念が形を取った”あやかし”。

 青行燈さんも、これまた鳥山石燕(とりやませきえん)の『今昔百鬼拾遺こんじゃくひゃっきしゅうい』に載っている百物語の完成直前に現れると伝えられる”あやかし”。

 どちらも文学好きな”あやかし”さんたちです。


 「こうやって集まるのも久しぶりですね」

 「わたくしは初参加ですけど、美味しい料理でダベる素敵な会と聞いていますの」


 文車妖妃さんも青行燈さんも黒髪ロングの和風美人。

 あたしが男の人だったらほっておかない。


 「おふたりは色々な恋バナに詳しいと思いますから楽しみです」

 「実はね、そんなに詳しくありませんのよ」

 「そうですね、わたくしや文車妖妃さんが知っているのは恋バナというよりも女性の恨み系ですの」

 「そうなのですか?」

 「ええ、私が得意なのは叶わぬ恋の物語です」

 「わたくしが得意なのは怪談話ですから、女の復讐ですの」


 言われてみれば、文車妖妃さんは叶わなかった古い恋文から生まれた”あやかし”で、青行燈さんは百物語の完成直前に現れる”あやかし”。

 世間で言われてるような恋バナはあまり得意じゃなさそう。


 「それじゃ、最期はわっるーい男がひどい目にあう話が得意なのね」

 「ええ、藍蘭(らんらん)さんのおっしゃる通りですが……ひとつだけ補足を」

 「わたくしも補足しますわ」


 そう言って文車妖妃さんと青行燈さんはタイミングを合わせるように息を吸い込み、


 「「男がひどい目に()うのは男の自業自得(じごうじとく)です!」の!」


 完全なハモリを見せた。


 「お岩もお菊も(るい)も男が悪い!」

 「なんで(めと)ったのに、他の女に風を送るんですの! というか、殺すな!」

 

 おふたりが言いたいことは理解できます。

 怪談話の大半は悲劇の女性が死んでからが本番ですから。


 「なら、最近の流行りの悲恋物はどうかしら? ほら、ヒロインが通り魔に刺されて死ぬみたいな」

 「あれは脈絡がなさすぎです。伏線が必要です」

 「難病で死ぬパターンもねぇ。悪くはないのですが、最後にどんでん返しが欲しい所ですの」

 「ああ、やっぱり怪談にはオチが必要なのですね」

 「そうです。必死に生き延びたと思ったら、実は救われていないとか」

 「ああ、最後に抱き合ったヒロインの顔が主人公の見えない角度でニタリと(わら)ってフェードアウトみたいな」

 「「そうそう」」


 あたしの声におふたりが同意を示す。

 

 「さて、今日は文学的なおふたりをお招きしましたので、素敵なコース料理をご用意しました。これがお品書きになります」


 そう言ってあたしはメニューが書かれた紙を取り出す。


 「あら、このメニューの組み立ては洋風コースですね」

 「そうですわね、美味しそうですの」


 ふたりの言う通り、そこには洋風のコース料理に沿った料理がこんな風に記載されている。

 

========================================================


 オードブル   :真菰筍(まこもだけ)のサラダ

 スープ     :蛤と岩塩だけのスープ

 ポワソン(魚貝):蒸しホヤ

 ソルベ     :梨のソルベ

 アントレ(肉) :鴨肉のロースト

 ご飯      :炊きたてふっくらごはん

 デザート    :芋粥(いもがゆ)


========================================================


 「あっ、うれしいな。真菰筍(まこもだけ)があります」


 文車妖妃さんが言った真菰筍(まこもだけ)は水辺に群生するイネ科の植物、真菰(まこも)の太くなった根元部分。

 この真菰筍は秋が旬で緑色の皮を剥くと、中から白くて柔らかい部分が現れる。

 それはシャキシャキとした食感でほのかに甘い。

 炭火焼きが美味しいけど、新鮮なものはサラダでも美味しい。

 万葉集にも載っている日本古来からの食材なのです。

 でも、あたしが見て欲しい部分はそこじゃない。


 「へぇ、和食をフランス風のコース仕立てにしたのね」

 「はい、文学的なおふたりのために、古典的なメニューにしました」

 「うんうん、珠子ちゃんってば和洋折衷(わようせっちゅう)でおっしゃれぇーえ?」

 

 藍蘭(らんらん)さんの声が止まる。

 それもそのはず、これは一般的な洋風コースメニュー……ではない。

 明らかに異彩を放つ一文がある。


 ”炊きたてふっくらごはん”


 普通の洋風コースメニューにパスタやパンのような炭水化物があることはある。

 日本人はお米が好きなので、パエリアやピラフのようなご飯ものがあるときもある。

 だけど、白米はちょーレア! 

 そして”炊きたてふっくらごはん”なんて本格的な洋食レストランでは、ううん、本格的な洋食レストランだからこそメニューに載せるようなことはない。

 だけど、ここは『酒処 七王子』。

 そんな常識外れでも許される素敵なお店なの。

 

 「これは……平安時代には揃っていた料理を現代風にアレンジしたものですね」

 「ですわね。この”炊きたてふっくらごはん”は強飯(こわいい)の現代風だと思うんですの」


 おっ、さすがは文学”あやかし”のおふたり、あたしのメニューの意味に気付き始めたみたい。


 「珠子さんは言葉遊びが好きですから、”あやかし”のあたしたちに怖い(・・)に通じる蒸したご飯の強飯(こわい)を出すかと思ったのですけど、これは姫飯(ひめいい)ですね」

 「ええ、そのように思えますの」


 平安期のお米の食べ方には2パターンある。

 おこわのように蒸して作る強飯(こわい)と釜で炊く姫飯(ひめいい)

 現代のご飯は姫飯(ひめいい)なのだ。

 

 「んもう、珠子ちゃんったらそんなに焦らさないでよ。このメニューの秘密を教えて」

 「はい、今回のコンセプトは平安文学ですね。真菰筍は古今和歌集の紀貫之(きのつらゆき)の和歌、『真菰刈る 淀の澤水 雨ふれば つねよりことに まさるわが恋』からです」

 「ええ、そこはわかりましたわ」


 真菰の歴史は古く、平安以前の奈良時代の万葉集にも登場している。

 それは食用だけでなく、しめ縄や染料にも使われていた。


 「蛤の岩塩のスープは、平安時代のありふれたお吸い物ですね。その貝殻を使った貝合わせのような遊戯も生まれるほど、いっぱい食べられていました」

 「そうですね。源氏物語の絵や百人一首が描かれた貝合わせは楽しいものです」


 蛤の歴史はもっと古い。

 縄文時代の貝塚からも出土するほど日本の食文化に根差しているのだ。


 「蒸しホヤは同じく紀貫之の土佐日記からですのね」

 「はい、土佐日記にホヤは登場します。その中では馴れ寿司にされていましたが、今回は蒸しホヤをご用意しました」


 現代ではホヤは東北地方の名産品。

 だけど、平安時代でも食べられていたことを考えると、昔の生息域はもっと南まであったんじゃないかしら。


 「ソルベと言えばかき氷ですから『枕草子』ですね。『あてなるもの』です」


 日本におけるかき氷の歴史は古い。

 氷室の氷を使って甘葛をかけたものは枕草子にも登場している。


 「あら、次の鴨もそうだと思いますの。枕草子の中には『賀茂(かも)(もう)で』の段もありましたから」

 「ああ、なるほどです」

 「ですが、この炊きたてふっくらご飯の謎だけわかりません」

 「うーん、わたくしにもわかりませんの」


 あたしの前でメニューの秘密の秘密が暴かれていく。

 うんうん、何かにちなんだ料理を作るのは楽しいですし、それを紐解かれていくのは嬉しい。

 同じ知識や文化を共有している気がしますから。

 

 「ねぇ、アタシお腹が空いちゃったわ。そろそろミステリーの時間は終わって食事にしない?」


 ちょっとマニアックな会話にしびれを切らしたのか、藍蘭(らんらん)さんはテーブルに肘をつく。


 「そうですね。ではヒントです。この”炊きたてふっくらご飯”も枕草子ですよ。じゃ、一品目の前菜を持って来ますね。それを食べ終えましたら次の品をお持ちします」


 『|食べ終えましたら次の品をお持ちします《・・・・・・・・・・・・・・・・》』

 その言葉を聞いて、文車妖妃さんと青行燈さんはハッと顔を見合わせて、手を叩いた。


 「なるほど! たくみの食事!」

 「いとあやし!」

 「正解ですっ! あやかし女子会、いとあやし! それがこのメニューのコンセプトです」


 そう言い残して、あたしは厨房から一品目の真菰のサラダを持ってくる。


 シャクッ


 皿がテーブルに並べられるやいなや、おふたりはサラダをシャクリ。


 「あらやだ、そんなにがっつくなんて、文車妖妃ちゃんに青行燈ちゃんに似つかわしくない食べ方ね」

 「うふふ、”いとあやし”ですから」

 「ですわ」

 「「ねー」」


 そう言いながらおふたりはサラダをペロリと平らげる。

 あたしと藍蘭(らんらん)さんも少し遅れてシャクっと。


 「あら、これってば瑞々しい歯ざわりの中から新鮮な甘味がオイシイわ」

 「ええ、厚みのあるレタスみたいで美味しいですよね」


 この真菰は味は淡泊でほのかな甘みがあるの。

 ビネガー系のドレッシングともよく合うし、さっぱりとしていて前菜にピッタリ。


 「さあさ珠子さん、次の料理を」

 「”やがてこそ失せ”にしてみせますの」

 「さっきから何か言っているけど、それって何かしら? アタシだけ仲間外れにしないでよ。枕草子?」


 藍蘭(らんらん)さんがすこしむくれてる。

 うん、そろそろ元ネタを明かしてあげないと可哀想かも。


 「これは枕草子にある『たくみの物食ふこそ、いとあやしけれ』の段ですよ。(たくみ)、すなわち大工のような職工労働者の食事風景を見て、清少納言が”いとあやし”、つまり本当に変ねって感想を書いた段なのです」


 さすがにこれはマニアックだったかも。

 『枕草子』には文献の底本により三巻本、能因本、前田家本、堺本の四つの本文系統がある。

 一番有名で一般的なのは『三巻本』なのだけど、その中にこの『たくみの物食ふこそ、いとあやしけれ』の記載はない。

 これは一昔前の主流とされた『能因本』に載っている話なのですから。


 「珠子さんのおっしゃる通りです。その段で匠の方々は汁物が来ればそれを飲み干し、おかずが来ればそれを平らげ、ご飯はいらないのかな? と清少納言が思っちゃうほどパクパクと食べ尽くしてしまったのです。きっとその匠の食事の最後にはご飯が来て、それもパパッと食べられたに違いありませわ」

 「古来より日本の食事はご飯とおかずと汁物を一同に膳に並べて、順番に少しずつ食べるのが礼儀正しいとされていましたの。だから、彼女の目には匠の食事風景が奇異に映ったのではないかと思いますの。それで、”いとあやし”、不思議だわって感想を枕草子に書いたんですの」


 さすがはあやかし界一の文学少女と称される文車妖妃さんとあやかし界一の物語通の青行燈さん、あたしの料理に隠されたテーマをたやすく説明する。


 「なるほどね。その匠の”いとあやし”な食事風景が洋風のコース料理と同じなのに目を付けた珠子ちゃんは、和食の献立を洋風コース仕立てにして、一品を食べきってから次の一品に進む形にしたのね。”あやかし”の食事だけに”いとあやし”な感じかしら」

 「はい、”炊きたてふっくらごはん”は、やっぱり匠もご飯を食べたはずですから、コースの中に加えました。それだけじゃありません、ご飯はご飯でもご飯にあらず! ちょっとした工夫を凝らしてあります」


 そう言ってあたしはメニューのデザートの部分、”芋粥(いもがゆ)”を指す。


 「芋粥といえば平安時代のデザートですね」

 「ええ、山芋をすりおろして甘葛(あまづら)の汁で煮た物ですの。現代風ですと山芋トロロの砂糖煮でしょうか」

 「はい、今回はその芋粥をソースとしてご飯にかけて召し上がって頂きます。ライスプティング風のデザート仕立てになるんですよ」

 「まあ!」

 「それはおいしそうですの!」


 甘いものは女子会に欠かせない。

 そして日本の食事にはご飯も欠かせない。

 そしてそして、コース料理の最期にデザートも欠かせない。

 あたしの今日の料理はそれら全てを網羅したものなのだ。


 「それに、このコースはカロリーも少なそうでとってもいい感じです」

 「わたくしたちはインドア派ですから、こういった心遣いも嬉しいですの」

 「ええ、和食はカロリーが少ない上に、今回は”炊きたてふっくらご飯”はデザートで量を抑えましたから、炭水化物は少な目なのです」


 日本人は白いご飯は大好き、長年の友!

 だけど、それは乙女の胴回りにとっては宿命の敵なのだ。


 「うふふ、珠子ちゃんったら、すっかり”あやかし”向けの料理のテクニシャンになったわね」


 これから続くコース料理にウキウキする文車妖妃さんと青行燈さんを見て、藍蘭(らんらん)さんが褒めてくれる。

 

 「この1年で大分鍛えられましたから」


 去年の今頃は(つたな)かったあたしのおもてなしも、今ではすっかり板に付いて大好評!

 この”あやかし女子会文学編”もきっと笑顔で閉会、また今度!

 そんなハッピーエンドで終わるに違いないわ。


 「それじゃ、二品目のスープをお持ちしますね」


 あたしが再び立ち上がり、厨房に向かった時、あたしの背後でキュシュンと音がして、何かが消える気配がした。

 その時、あたしは知らなかった。

 この物語が、その後、涙で濡れることを……

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