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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第七章 回帰する物語とハッピーエンド
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飛縁魔LV1と豚の角煮(前編)

 ここは東京の西、八王子。

 その駅前から離れた所に一軒の(ひな)びた料理屋がある。


 『酒処 七王子』


 昼間はちょいと安めランチが楽しめる料理店。

 ですが、夜になると人ならざるモノが集まる、”あやかし酒場”になるのです。


 あたしはそこの看板料理人、珠子。

 あたしの朝は遅い。

 午前11時に起床すると、そこから突貫で身支度。


 化粧? そんなのなし!

 髪型? いつもいっしょの編み込み巻き上げ! どうせ三角巾(さんかくきん)で隠れる!

 衣装? 適当な服に割烹着で十分! 清潔さは保っています!


 そんなこんなであたしが厨房に入るのは開店直前の午前11時25分。

 11時30分には開店するのだけど開店前に人が並んでいる日は少ない。

 ちょっと悲しい。

 15時にはランチタイムが終わる。

 今日のランチのお客さんはふたり、このままだと経営難。

 だけど、この店はこれからが本番なの。


 ランチタイムの途中で起きた藍蘭(らんらん)さんにお店を任せ、買い出し。

 日没前にはお店に戻り、酔っているか酔いつぶれている緑乱(りょくらん)おじさんを横目に仕込みに入る。

 ここからがこの『酒処 七王子』の真の本営業。

 御近所の”あやかし”さんやお上りの”あやかし”さん、果ては破戒僧まで、次々と訪れるお客さんをお料理とお酒でもてなして、草木も眠る丑三つ時のピークを乗り越えると、明日の仕込みをしつつ残ったお客さんを捌く。

 そして、午前四時の閉店の後、片付けと清掃を終えて仕事は終わり。

 ちょっとお風呂に入って、私事を細々とこなしたら午前五時には就寝、おやすみなさい。

 これがあたしの平穏な一日。

 結構なハードワークに見えるけど、仕事中の休憩は自由に取れるし、毎週水曜と日曜は定休日。

 慣れれば意外とこなせるの。

 

 問題は平穏じゃない一日の方。

 具体的には何か悩みやトラブルを抱えているお客さんがやって来た時。

 そして、平穏じゃない日の方が多いのよね。

 でも、みんなの笑顔のために珠子は今日も頑張りますっ!

 

◇◇◇◇


 ふわり


 あたしの鼻孔をくすぐる良い匂いがする。

 お肉が煮えるいい香り。

 これは……豚の角煮かしら?

 あたしは二階の自室を降り、居住館のリビングに向かう。

 今日は日曜定休日、本来なら食事は各自で自由に取るはず。

 匂いの発生源はここじゃない、やっぱり本館の厨房。

 だれか仕込みや料理の練習でもしているのかしら。

 あたしは身支度を整え、厨房に向かう。


 「おはよーございます。今日もいい一日ですね」

 「いよう嬢ちゃん。今日もいい女だね」

 「……珠子姉さん、おはよう」

 「おそいのじゃ、普通の人間はもっと早起きじゃぞ」

 「おはよーっす」


 店舗のテーブルに集まっているのは緑乱(りょくらん)さんと橙依(とーい)君と黄貴(こうき)様の部下、三尾の狐、讃美さん。

 珍しい組み合わせよね。

 あと隣にも狐耳の女の子がいらっしゃいますけど、讃美さんのお知り合いかしら。

 

 「みなさんお早いですね。それにどちら様ですか? この方は?」

 「やっほー、アタシは讃美ねぇの妹分の飛縁魔(ひのえんま)日葵(ひまり)。よろしくじゃん」


 ちょっと軽めの口調で飛縁魔さんが言う


 「……あやをかし学園の僕の先輩」


 へー、先輩なんだ。


 「初めまして日葵(ひまり)さん。珠子と申します」

 「やだもー、珠ちんったら水臭いって、ひっまーって呼んで」

 

 へ?


 「ほら、ひっまー」

 「ひ、ひっまー」

 「そうそう、上手じゃん。んじゃま、となりすわって」

 「はい、はい……」


 グイッと腕を引っ張られ、あたしは飛縁魔さんの隣に座らされる。


 「うんうん、素直でカワイイ。んじゃこれ、あーん」

 「あ、あーん」


 ギュムッと胸を押し付けられ、戸惑うあたしの口に微かに甘い香りの肉が放り込まれる。


 「ん? んんっ? んふっ? モグモグ……」


 甘い肉の脂と口の中でホロリと崩れる肉の繊維。

 生姜の刺激と八角の甘い香り。

 

 「これは美味しい豚の角煮ですね。モグモグ」

 「そうじゃん、それじゃん、やっぱイけてんじゃん」

 「……おいしい」

 「うーん、やっぱうめぇよなぁ」

 「妾たち傾国の女たちは男を堕とす技に長けておる。金玉袋のみならず、お袋、胃袋も抜かりないのじゃ。じゃが……どこが悪いのじゃろ?」

 「傾国? それって九尾の狐とかの伝承で伝わっている傾国の美女のことですか?」


 日本三大妖怪の一角、白面金毛九尾狐はくめんこんもうきゅうびのきつねこと玉藻(たまも)の前は、日本に来る前は中国の王朝、(いん)妲己(だっき)として紂王(ちゅうおう)を堕落させ、王朝を滅ぼしたと伝わっている。

 そして、傾国の美女とも呼ばれた。


 「そうじゃ、妾たちは妖狐の一族じゃが、その中でも男をたぶらかすのを生業としている者を日本では飛縁魔(ひのえんま)と呼ばれておる。その目的から”傾国の○○”とも呼ばれておる。妾は”傾国のロリババア”。そしてこいつは”傾国のギャル系JK”じゃ」

 「ちゅーっす。黒ギャル金髪一尾狐くろぎゃるきんぱついちびのきつねでーす」

 「ちょ……チョベリバ?」

 「やっだー、珠ちんったら、それ死語だよ。アタシのママが言ってたやつだよ」

 

 あたしの記憶の中から取り出したギャル語を飛縁魔さんが一蹴する。


 「ま、こやつはまだまだでな。飛縁魔LV1といった所かの。尻尾も1本しかない」

 「讃美ねぇ、ひっどーい。あたしもどんどん男を堕として、いつか十本尻尾になりたいってーの」

 「……壮大な死亡フラグ。闇騎士とかに騙されそう」


 うーん、話が壮大なのかそうでないのか。


 「それで日葵(ひまり)さん……」

 「やだもー、もう忘れちゃったの? ひっまー、だよ」


 両手を顔の左右でパーの字に広げて飛縁魔さんが言う。


 「ひ、ひっまー」

 「そうそう、讃美ねぇのとっもーなら、アタシのとっもーも同然じゃん、いっしょじゃん、おっなー」

 

 正直ついていけない……、ジェネレーションギャップってやつかしら。

 でも、あたしに求められるのは多分というか、ほぼ確実に料理関係でしょう。


 「で、嬢ちゃん。この角煮にどこか悪い所あるかい?」

 「ないですね。家庭的な良い味ですよ。ひっまーさんの意中の相手お袋の味の再現といった所でしょうか」

 「そこまでわかるの!? ちょすごじゃん、珠ちんやっぴー」


 や……やっぴー。


 「……さすが珠子姉さん」

 「へぇ、そんなとこまでわかるんだねぇ」

 「でもでも、彼ったら、口ではデリシャーって言ってくれちゃうんだけど、心の底からマママの味って思ってないっぴ。マママは太鼓判をドンドコ押してくれたんだけど」

 「うむ、珠子殿も知っての通り、男の心を掴むには『胃袋』『お袋』『金玉袋』の3つを掴むのが肝要(かんよう)じゃ。この飛縁魔も若手ながら腕は確かでの、『金玉袋』『お袋』は軽く掴んだのだが……『胃袋』だけが掴めておらん」

 「『お袋』はマママを3日でガシッと、『金玉袋』なんてワンパンだったんだけどなー」

 

 うん、ワンパンのパンってパンチじゃないですよね、きっと。

 

 「つまり、ひっまーさんの意中の彼は、完全に再現したはずの彼のお母さまの味を気に入らないと」

 「そうそう」

 「んじゃ、お袋さんの味じゃなく、もっとうめぇ料理を作るってのはどうだい? この角煮は確かにうめぇけど、嬢ちゃんの味や名店の味を真似たらどうさ?」

 「……珠子姉さんの角煮美味しい」

 「うーん、褒めてくれるのは嬉しいですけど、それじゃダメなんですよね」

 「そうそう、ダメっぴ。オジサンたち、男のくせに男心わかってないなー」


 あたしと飛縁魔さんからのツインダメ出しが男の子たちを襲う。


 「ひでぇ言い草だな。どうしてだい? 飯はうめぇ方がいいだろ?」

 「ひっまーさんの意中の相手はきっとお金持ちの方です。そういった方は名店の高級料理を食べ飽きているでしょう。そんな方の胃袋はただ美味しい料理では掴めません。お金持ちの方に、金で手に入る料理を振舞っても心に響きません。そういう方には思い出のお袋の味か、せめて家庭的な味でないと」

 「そうそう、珠ちん、わっかるぅー! こんなん傾国のイロハのイじゃん」

 「ちなみにイロハのイは胃袋を、ハは母親を、イロハは色事(イロごと)でハッスルを示すのじゃ」


 色事の割合だけ大きすぎませんかね!?


 「なるほど。じゃ、どうするんだい? やっぱ嬢ちゃんにそのお袋さんの料理を食べてもらって、味の再現度を高めるかい?」

 「やっぱそれしかないじゃろ。他の女をその母親に会わせるのも何じゃからの、珠子殿には男装でもしてもらおうかの。なに、化粧(けしょう)も傾国の基本じゃ、化生(けしょう)だけにな」

 

 讃美さん、最近、瀬戸大将さんの影響受けてません?

 そんな心のツッコミをしながら、あたしは少し考える。

 この角煮の味は上々、家庭的で優しい味。

 レシピは基本通りだし、再現も難しなくい。

 きっと”傾国”の方がその名の通り、傾国に値する料理の腕があれば、この味と彼のお母さまの味に大きな差があるとは思えない。

 それはあたしがお母さまの料理を食べて真似ても同じこと。


 「ねえ、ひっまーさん。彼に作ったお袋の味はこの角煮だけですか? 他のメニューは?」


 あたしの予想が当たっているなら、他の料理も作っているはず。

 そして同じように、彼は美味しいと言ってくれてはいても、お袋の味とはちょっと違うと感じているはず。


 「うん、いっぱい作ったよ。カレーとか、ハンバーグとか、エビフライとかスパゲティとか。でも、彼ったらやっぱり心の底で、ちょーっち違うって思ってるっぽいんよね。カレーなんて二つの銘柄のルーをブレンドしたってのに」


 市販のカレールーのブレンドは料理好きの母親がよくやるテクニック。

 その配合は門外不出の物も多い。

 どんな名店のスパイスレシピとも違う味が作れるの。

 

 「いったい何が悪いんじゃろて。さっぱりじゃ」

 

 讃美さんはそう言っているけど、あたしはその原因に心当たりがある。

 それを教えるのは簡単なんだけど、うーん……。

 傾国の方々にそれを教えて良いものか悩ましいのよねぇ。

 その彼がひっまーさんに落とされると、紂王(ちゅうおう)のように不幸になっちゃうんじゃないのかしら。

  

 「……珠子姉さん、それはきっと大丈夫」


 あたしの心を読んだのか、橙依(とーい)君が口を開く。


 「そうなの?」

 「そう、日葵(ひまり)先輩。彼のことと、先輩が彼を最終的にどうしたいのか説明して」

 「え~、ちょっち真剣(マージー)自慢(ジーマー)になっちゃうけどいいの~」


 イラッ

 

 言いたいことは分かるけど、ちょっとしゃべり方が気になる。


 「えっとぉー、彼ってばー、母子家庭なのに頑張って医学部に行って、学生時代に製薬ベンチャーをビルドなんかしちゃって、新薬の開発とか~、りんしょーとか、すんごーいの。まだ30代だからアッチもスンゴーイのよ」

 「……アッチの方は聞いていない」


 橙依(とーい)君があたしの心を代弁する。

 なるほど、製薬ベンチャーを立ち上げた努力家の方なのですね。


 「で、アタシは彼を骨抜きにして、自堕落させちゃうのが目的なわけ。けーこく、けーこく」

 「ま、三尾くらいになれば小国を傾ける所じゃが、こやつはヒヨッコじゃでの、一企業の社長くらいが相応しかろう」


 ウンウンと何か納得したように讃美さんは頷きますけど、それって|八岐大王国(仮)《やまたのだいおうこくかっこかり》が小国ってさりげなく黄貴(こうき)様をディスってません?

 でも、それを聞いたなら協力は出来ませんね。

 一企業であっても倒産させる片棒を担ぐわけにはいきません。


 「……大丈夫。そんなことにはならない。それで先輩、その彼が最後にどうなるか教えて」


 再びあたしの心を読んだのか橙依(とーい)君が飛縁魔さんに問いかける。


 「そんなん、きまってんじゃーん。彼はね、いっしょー、アタシに甘えてエブリデイごろごろして、食べて寝て遊んで、アタシのケアで死ぬまで元気でイイ感じにいっしょーを終えるんじゃん。わりと50年くらいあと」


 きゃはっ、っと横V字サインを決めて飛縁魔さんが言う。

 は? 一生、ゴロゴロして食っちゃ寝で、健康的に天寿を全うする!?

 それはハッピーエンドというのでは?

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