珠子と七王子と今大江山酒呑童子一味(その5) ※全6部
◇◇◇◇
「ではルールの確認をします」
あたしは、円形の大テーブルに座った、八体の男の子たちに向けて説明を開始する。
新生『酒処 七王子』の開店パーティ。
そこで急に始まったウワバミ対決、”飲み比べ”。
奇しくも、その参加者は全て八岐大蛇の息子たちだった。
というか、他の”あやかし”の方々はこれを妖怪王争いの前哨戦とみているみたい。
「兄者たちよ。始まる前に言っておく。俺様は珠子が欲しい」
は!? な、なに言ってるの酒呑さん!?
あたしの説明が始まる前に酒呑童子さんが口を開く。
「だから、どんな卑怯な手を使ってでもこの”飲み比べ”に勝つつもりだ。だから、兄者たちもそのつもりでかかるがいい。そっちもどんな卑怯な手を使っても構わぬぞ」
そして、いきなりの卑怯宣言。
「情けない、王の子なら勝ち方というものがあるだろうに」
「いいわよ。アタシも頑張っちゃうから」
「バーカ、本戦は勝った後だぜ。女の子の好感度を下げるような真似ができるかっての」
「酒ってのは、もっと気楽に飲むものさ。下手な考え休むに似たりってね」
「かまいません。どんな卑怯な策も圧倒的な力で叩き潰すだけです」クィッ
「……たとえ、僕がどうなろうと……勝つ」
「クシシ、ボクだーってやっちゃうもーん」
受ける七王子のみなさんも乗り気だったり、そうでなかったり。
「ちょっと、酒呑さん! みなさん! 暴力とかは絶対にダメですからね!」
「わかっておる。さ、説明を続けよ」
んもう、いきなり説明に口をはさんだのは酒呑さんなのに。
「コホン、ではルールの確認です。基本はお酒を飲み合って、最後まで飲み干した方の勝ちです。お酒の銘柄ですが、みなさんのリクエストを頂いて、それを順番に飲んで頂きます。リクエストはこの紙に書いて下さい」
あたしは、手の中の八枚の紙を一枚ずつ配りながら言う。
「どうせ飲むなら好きなヤツが良いってね」
「銘柄のセンスも問われるというわけか。なるほど、逢引きの前哨戦だな」
七王子のみなさんも、酒呑童子さんも酒好きには変わりない。
だけど、味の好みはある。
これは、それを踏まえたルール。
「酒を器や口から大量にこぼしたら負けです。つまり飲まなかったり、吐いたりしたら負けです。トイレは自由ですが、覚君が吐かなかったかどうかは確認します」
「橙依、悪いが俺は公平だ。ちゃんとジャッジするぜ」
人間でも酒飲み対決で口の端からダラダラとこぼす姿はよく見る。
そんなのは失格。
「つまみは自由です。各々が好きな料理を自由に食べて下さい。何か質問は?」
あたしの問いに酒呑童子さんが手を上げる。
「酒を注がれてから飲み干すまでの制限時間は?」
「……そうですね。10分としましょう。みなさんも、それでいいですか?」
あたしの問いにみなさんがウンウンとうなずく。
「出す銘柄の順番はどうしましょ? じゃんけんでもして決める?」
「年下からでよかろう。王は最後に決めるものだ」
「うーん、アタシはそれでいいけど、みんなは?」
「いいぜ、それくらい」
「オジサンもそれで平気さ」
「かまいません」クイッ
「……大丈夫」
「いいよー」
「ほう、俺様に初手を回すとは、覚悟はいいかな兄者たち」
この中では最年少の酒呑童子さんがフフフと厭らしく嗤う。
「それでは勝負はじめっ! 最初は酒呑さんのリクエスト……」
あたしは酒呑さんから渡された紙を見て、一瞬息を詰まらせる。
「”鬼殺し樽酒一斗”ですっ!」
「はーい、ウチらがお持ちするでー」
意気揚々と茨木童子さんたちがテーブルに人の頭を二回りくらい大きくした樽を置く。
ちなみに一斗は18リットル。
「制限時間は決めていたが、分量は決めてなかったな。つまりは、自由ということだ」
うわー、酒呑童子さんったら卑怯。
◇◇◇◇
ングッ、ングッ、ングッ、ングッ、プハァー
お酒が消えていく……あたしの前で。
八岐大蛇は八度も醸造された八塩折之酒で酔いつぶれたと伝説で伝わっているけど、それほどの強い酒じゃないと効果がないくらい酒に強い事を示している。
それはその息子たちも同じみたい。
ダン、ダン、ダン、ダン、トンッ、トンッ、ダン、ダダンッ
8つの樽が軽快な重厚と軽快な音を立ててテーブルに置かれる。
「ほほう、兄者たちもやるではないか」
「これくらいよゆー、よゆー。じゃ、次はボクの番だね。はい、おねーちゃん」
さらさらさらっ、と紫君の紙の上をペンが走りあたしに渡される。
ええと、何かしら紫君の好みだと甘いお酒よね……は?
そこには『デュカスタン・ファザーズ・ボトルをキャップの上を切って』と書かれてあった。
「はーやく、中のフタはとってきてね」と紫君は笑う。
「はーい」
あ、あざと……と思いながら、あたしは厨房の横に新設されたパントリーから紫君のリクエストを持ってくる。
「お待たせしました。キャップに穴はあけてありますから、そのままお飲み下さい」
「はーい、ボクいっちばーん」
トンと置かれた『デュカスタン・ファザーズ・ボトル』に紫君は口をつける、いや吸いつく。
そして、他のみなさんの目が容器に釘付けになる。
無理もありません、このお酒の中身はアルマニャック。
フランスのアルマニャック地域で作られるブランデーのブランド。
おいしい。
だけど、この『デュカスタン・ファザーズ・ボトル』は、容器が哺乳瓶型なのだ。
しかも、このお酒は乳首型のキャップに穴はなく、内蓋を空けて飲む物だけど、ご丁寧にキャップに吸い付くスタイルで持ってきてというリクエスト。
「あらやだ、これって大人のミルクってやつね」
「そうです。元は1954年に当時のフランス首相”ピエール・マンデス=フランスが『国民はアルコールよりもミルクを飲め』という発言への皮肉として『アルマニャックは大人の飲むミルク』として発売されたのがきっかけです」
フランスは風刺がきついけど、それはブランデーの世界にも表れてるの。
ちなみにフランスでの商品名は”B B MARTINE GERS”。
”B Bは赤ちゃんを意味し、MARTINEはマンデス首相を揶揄したという説と、実は当時のセックスシンボルであったフランスの女優、BBの愛称を持つブリジット・バルドーと、マルティーヌキャロルから取ったとも言われています。
「はははっ、なるほど。七番目の兄者は羞恥攻めときたか。ま、俺様には通じぬがな。バブバブ」
「仕方ない、これも勝負であるからな」
みなさんが哺乳瓶を持ち上げ、その乳首に吸い付く。
うーん、イケメンたちが哺乳瓶にしゃぶりついているなんで、これは背徳的な絵面。
「ハァハァ、ご主人様の赤ちゃんプレイ、これはお宝映像だしー」
「激写や、激写! こんなん二度とみられへん」
周囲からスマホカメラのシャッター音がパシャパシャと聞こえるのも無理はないわね。
「大人のミルクっておいしー!」
紫君のあざとい台詞と共に、空になった哺乳酒瓶がテーブルに置かれた。
うーん、あざとい。
◇◇◇◇
その後も飲み比べは続いた。
橙依君が獅子の心を意味するクール・ド・リヨンというカルヴァトスのカクテルを出せば、蒼明さんは眼鏡専用日本酒という蔵人が全て眼鏡の人で作ったお酒を出す。
緑乱おじさんが”東洋美人”という銘柄の日本酒で周りの女の子たちを褒めれば、
赤好さんは、この銘柄の”くどき上手”は”口説き成就”とかけてあるんだぜ、と謎のアプローチをかける。
勝負が動いたのは7人目、藍蘭さんの番。
「からーい、ボクこれのめなーい」
「あらあら、まだ紫君には”ペルツォフカ”は早かったかしらね」
藍蘭さんのチョイスはロシアの唐辛子ウォッカ”ペルツォフカ”。
しかも一度、生産中断する前の2000年物。
辛いけど、ブラッディ・マリーなどに使うとピリッとした刺激が美味しいウォッカなのです。
でも、その辛さを紫君は苦手だったみたいで、ここで脱落。
「藍蘭の兄貴。ちょっとそれは大人げなくないかい」
「あらやだ赤好ちゃん、勝負は非情よ。次は赤好ちゃんの嫌いなスターアニスのリキュールにしようかしら」
「げぇ、そいつは勘弁」
へぇ、赤好さんはスターアニス、八角が苦手なのか。
そういえば、東坡肉に八角が入っているかをやけに気にしていたっけ。
「好き嫌いなぞあるからだ。王たる我は嫌いな食べ物なぞないぞ。さて、我の番だが王たる我の酒といえば、これしかあるまい。蔵より持ってきた”King of Kings”だ」
黄貴様のチョイスは陶器のボトルに入った年代物のウィスキー。
もう製造元が倒産してしまったので、手に入らないレア酒。
……と思いきや、生産量が多かったのでオークションなどでは比較的簡単に手に入るお酒です。
「うむ、やはりこの酒はいい。王の味がする」
『王の味って何だよ』、そんなみんなからの心のツッコミを受けながら、みんなは飲み比べを続ける。
しかし、困りましたね。
このペースで飲み比べが続くとこの開店祝いが相当な赤字になっちゃいます。
この一周で紫君は脱落したものの、勝負前からかなり飲んでいた緑乱さんと、あまりお酒が強くない橙依君を除けば、他のみなさんはほろ酔いくらい。
「おい珠子。お前『このままじゃ予算が……』とか金勘定を考えていただろう」
「えっ!? わかっちゃいます?」
「お前の考えそうなことくらい俺様が読めんとでも思ったか。心配するな、次で終わる」
自信たっぷりに酒呑童子さんが言う。
「さて、次の酒だが。俺様自ら注いでやろう」
そう言って酒呑童子よろしく瓢箪を取り出すと、茨木童子さんが用意した平杯にその中の酒を注ぎ、残ったみなさんに配る。
「さあ、味わうがいい。それは神仙の酒ぞ」
ん? 神仙の酒?
そんなの大江山寝殿にありましたっけ?
あたしはかつての大江山寝殿の台盤所や蔵をくまなく見たけど、そんな美味しそうなお酒なんて見た憶えがない。
いや……ある!
あたしがあそこに残していったお酒が!
「みなさん、ダメです! それを飲んじゃ!」
あたしが声は一足遅く、その酒はみんなの口に流れ落ちていった。
もちろん、酒呑童子さんの口にも。
「ん? 嬢ちゃん、この酒がどうかしたかい? 味は普通だった……」
少し赤ら顔だった緑乱おじさんの顔面が青く変わり、口を押えて立ち上がる。
その行先はひとつ、トイレ。
ゲグゲァグェーという音とザーという水流の音が聞こえ、戻って来たその顔は蒼白。
「てめぇ! 何を盛りやがった!」
珍しく激昂した声で緑乱さんが叫ぶ。
「卑怯な手を使うと言ったではないか。この酒は普通の酒よ、そこらで売っているな。だが、少し特別な酒を混ぜた」
「酒……なのですか、これは」
いつもとは違う弱々しい声で蒼明さんが尋ねる。
「そう、混ぜたのは酒よ。しかし薬でもあり、毒でもある」
あたしはそれを知っている。
というか、それを大江山寝殿に残していったのはあたし。
「混ぜたのは”神便鬼毒酒”だ」




