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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第六章 対決する物語とハッピーエンド
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珠子と七王子と今大江山酒呑童子一味(その2) ※全6部

◇◇◇◇


 「よっ、花のような珠子さん、ちょっとこっちで鍋でも食べてかないかい」


 赤好(しゃっこう)さんのテーブルからあたしに声がかかる。

 赤好(しゃっこう)さんは『ああ、俺のテーブルは俺達で料理を準備するから大皿盛りはいいや』、なんて言ってたけど、どんなのかしら。

 鍋みたいですけど。


 赤好(しゃっこう)さんのテーブルは垢嘗めさんに、つらら女さんに、雨女さん。

 ちなみに、みんな彼氏彼女持ち、ぐぬぬ。

 あれ? あとひとり知らない男性もいらっしゃいますね。


 「初めまして。あなたが赤好(しゃっこう)さん自慢の料理人ですね。初めまして、黒龍と申します」


 カッコイイ名前! そして品のある出で立ち! ブラックドラゴン!

 そういえば、前に黒龍さんの話を電話で聞いた憶えがある。


 「ちなみにこいつも彼女持ちだぜ」


 あっ、そうなの。


 「そんな、彼女だなんて……僕と黒姫、いやメイさんとは真面目な交際を」

 「それを世間一般では彼女って言うのさ。まったく、聞いてくれと珠子さん。このテーブルは惚気(のろけ)話ばっかだぜ。俺がおススメしたベトナムへの海外旅行で楽しくやったって話さ」

 「そんなヤッただなんて。そりゃま、南国での彼女の汗と垢は最高でしたけど」


 あー、垢嘗めさんはベッドでしっぽり汗をかいたんですね。


 「東南アジアってクーラーがガンガン効いていたんですよ。それに冷たい食べ物をいっぱい食べても変にみられません。おかげで、彼氏といーっぱい楽しみましたわ」

 

 つらら女さんは暑さに弱い。

 だけど、人類の叡智”エアコン”でそれを乗り越えたみたい。


 「あっちだと、スコールで土砂降りを降らせれば、わたしが居てもしばらくの間は雨が上がるんですよ。ハノイの夕焼けは綺麗でした」

 

 雨女さんは、その”あやかし”としての性質上、雨を降らせる。

 だけど、スコールという大雨の後なら、少しは晴れ間が見えるみたいです。

 

 「「「みんな赤好(しゃっこう)さんのアドバイスのおかげです」」」

 「いやー、俺はみんなに幸せになって欲しいだけさ」チラッ


 なんだかわざとらしい……

 でも、よかった、みなさんが上手くいっているみたいで。

 恋愛ドラマとかだと両想いになったらハッピーエンドなんだけど、現実はその後も続く。

 今日も明日もハッピーエンドを続けるのは人間でも難しいですから。

 

 「それで、今日は色々助けてくれた珠子さんに、ベトナムで食べた素敵な鍋をご馳走しますね」

 「あっ、嬉しいです。だから赤好(しゃっこう)さんは大皿盛りが要らないっていったんですね。それでどんな鍋ですか?」

 「これです、ジャーン!」


 雨女さんが薄黄色の鍋を囲むハンカチを取ると、そこには色とりどりの花が現れた。


 「これって、ひょっとして!? ”ラウ・ホア(Lau Hoa)”ですか!?」

 「さすがよくご存じですね。そうです、ベトナムの花鍋、 ”ラウ・ホア(Lau Hoa)”です」


 パンジーにカボチャの花、蓮の花と茎、イチビの蕾に、忘れ草ことカンゾウの花。

 色とりどりの食用花が鍋の周りを(いろど)っていた。


 「やったー! これ、あたしも本で見ただけで食べたことなかったんですよね」

 「それでは、私が給仕しますね。是非とも感想を聞かせて下さい。珠子さんに好評なようでしたら、黒姫……、ではなくメイさんとデートの時にこの料理で誘ってみますから」


 品のある黒龍さんが花を鍋の中で軽く泳がせ、そして小椀であたしに渡す。


 「あたしの感想なんて聞くまでもないですよ。これは女の子なら誰でも喜びますって」


 そんな事を言いながら、あたしはラウ・ホア(Lau Hoa)を口に運ぶ。


 シャキッ

 

 鍋の熱でシャキシャキ感を増した花弁があたしの口に歯ごたえ伝え、その中から花の香り付きの甘酸っぱいスープを舌に伝える。


 「おいしーい! これってパイナップル仕立てのスープなんですね! ラウ・ホア(Lau Hoa)は魚介ベースのスープが多いって読んだんですけど、この甘味と酸味のスープも美味しいです!」

 「気に入ってもらえたようで嬉しいです。では、二杯目はわたくしから……」


 つらら女さんがあたしにお代わりをよそい、真っ白なポピーのような唇でフーフーと湯気の出る小椀を冷ます。


 「はい、どうぞ」

 「ありがとうございます。いただきまーす」


 シャキキッ


 「冷たっ! なるほど、だからパイナップル仕立てだったんですね」

 「はい、温かくても、冷たくても美味しい、素敵な花鍋です。試作の時、赤好(しゃっこう)さんはわたくしに冷製で食べさせてくれたんですよ。とっても美味しかったです」

 

 流石はプレイボーイ、そういった気配りは認めざるを得ません。


 「そして、この鍋に合うお酒といえば、ソンティンのローズアップルですね。ハノイ土産の定番ですが、定番となるだけの味でしたよ。彼女も気に入ってくれました」


 垢嘗めさんがトクトクトクと私に注いでくれたのは、ベトナムのリキュールブランド、ソンティン(SonTin)のローズアップル。

 近年は日本に輸入され始めたけど、やっぱり本場物はいい。

 

 「これは良いお酒ですね。フルーティな味わい中にほのかな酸味と渋み、それが透き通る味のラウ・ホア(Lau Hoa)と良く合います。あっ、この汁で割っちゃおっと」


 あたしは小椀に残った冷たいパイナップル仕立ての汁に、リキュールを注ぎ、それをグビッと飲み干す。


 「うーん、おいしいっ! 水には溶けないけどアルコールには溶ける花のエキスが、冷製仕立てに最適です。つらら女さんが居ないとこの味は出せませんよ。いやー、料理は奥深いけど、”あやかし”さんと一緒だと、さらにその深さが広がりますね」


 この味を普通に作ろうとすればドライアイスを使って湯煎のように冷やすしかない。

 ちょっと手間がかかるし、温度調整も難しい。

 でも、つらら女さんの協力があれば、いつも冷たくっていい感じ。

 これって”あやかし酒場”で働いている、あたしだけの特権よね。

 

 「どうだいこの花鍋は。ラウホア(Lau Hoa)のラウはベトナム語で鍋を、ホアはベトナムじゃありふれた女性の名前を示すのだけど、家庭的な温かみのある名前でもあるのさ。こいつは家庭的で花のように香る珠子さんにお似合いの鍋だと思わないかい」

 「やだもー、赤好(しゃっこう)さんったら、お世辞が上手いんだから。あたしには花より醤油や焼き肉の香りの方が似合っていますって。でも、素敵なお料理でした。ありがとうございますっ!」


 そう言ってあたしは赤好(しゃっこう)さんの背中をバンバン叩く。


 「そ、そうかい、気に入ってもらえてよかった……」


 あれ? なんだかみんなの視線が優しいような……

 ま、いっか。

 今はこの花鍋とお酒を楽しみましょ。


◇◇◇◇


 「黄貴(こうき)様、料理はいかがですか?」


 あたしは、あたしの席があるテーブルに戻る。

 このテーブルは黄貴(こうき)様の家臣たちが集まっているテーブルなの。


 「見事だ。部屋の一角に好きな物を自由に取って食べるビュッフェスタイルといい、各テーブルの中央に大皿料理の垪盤(ピンパン)といい、女中の手腕が惜しげもなく発揮された良き催しである。これからは、食事関係のことは全て”そうせい”と言うことにしよう」

 「おっ、それは殿の言ってみたい王道台詞、その三十九『そうせい』ですな」

 

 あたしに信頼の全権を与えてくれた黄貴(こうき)様の隣に座っているのが、”ようかい”こと鳥居(とりい) 耀蔵(ようぞう)様。

 江戸時代の南町奉行を勤め、明治まで生き抜いた立派な御方。

 徳川幕府復活の暁には、そっちに寝返ることが内定している”獅子身中の虫”。

 

 「では、妾は”よしなに”と言おうかの」

 「良い品だけに、よしなに、なんてねっ」


 鳥居様とは逆の黄貴(こうき)様の隣に座っているのが”傾国のロリババア”こと三尾の狐、讃美さん。

 その隣でダジャレを言っているのが、新しい仲間、”金で買われた王の器”こと瀬戸大将さん。


 「ふふふ、この料理の写真をSNSにアップすればフォロワーという名の信者が鰻上(うなぎのぼ)りよ」


 パシャパシャとスマホで写真を撮っているのが”外道教主”こと鉄鼠さん。

 最近はSNSを活用して信者集めをしているみたい。


 「もう、鉄鼠さん。あたしの料理の写真をSNSに上げるのはいいですけど、自分が作ったみたいに吹聴(ふいちょう)しないで下さいよ」

 「よいではないか珠子殿。共に(あるじ)にお仕えする配下ならば家族も同然。よいではないか、写真くらい」

 「だから、写真はいいですけど、鉄鼠さんが作ったような書き方は止めてくださいって」


 美味しい店の料理写真をSNSにアップするのは普通。

 お店の宣伝にもなるので、それに目くじらを立てる店は少ない。

 だけど、あたしが作った料理の作者が鉄鼠さんって勘違いされるように書かれるのは困る。

 

 「うーん、儂は『今日の力作』って書いているだけなんじゃが……。なら、儂のSNSの広告料の半分でどうじゃ?」

 「へっへっへっ、それを先に言って下さいよ教主様」

 「珠子殿もワルよのう……」


 あたしの手と鉄鼠さんの手がガシッと友情で固く結ばれる。


 「相変わらず珠子殿は現金じゃの。さすがは”金の亡者”じゃな」


 讃美さんの言う通り、黄貴(こうき)様が建国予定の八岐大王国(やまたのだいおうこく)(仮)家臣団には各々の二つ名がある。

 

 ”獅子身中の虫”、鳥居耀蔵。

 ”傾国のロリババア”、三尾の狐。

 ”金で買われた王の器”、瀬戸大将。

 ”外道教主”、鉄鼠。

 そして”金の亡者”、珠子。


 錚々(そうそう)たる酷いメンバーである。


 「しかし、珠子殿の料理の腕は見事じゃな。この垪盤(ピンパン)は大地と龍を造形しておるが、大地は北京ダックを敷き詰め、身体は海老とハムと野菜で、盛り上がる頭はほぐした肉で、瞳の黒は皮蛋(ピータン)かの。そして手の龍珠(りゅうじゅ)はライチじゃの。かの楊貴妃の好んだ果物じゃ」


 傾国のロリババアだけあって、讃美さんは中華にも詳しい。


 「へへー、あたしの自信作ですから」


 垪盤(ピンパン)といえば鳳凰が鉄板だけど、このテーブルは龍にしてみたの。

 やっぱ王を目指す黄貴(こうき)様には昇り龍がお似合いですよね。


 「この垪盤(ピンパン)のみならず、どの料理も美味であるぞ。どれ、今日は我が自ら女中を(ねぎら)ってやろう。そこに座れ」


 黄貴(こうき)様が示したのは、黄貴(こうき)様のふたつ隣、讃美さんの隣の椅子だ。


 「うーん、その申し出はありがたいのですが、他のテーブルの様子も見に行きたいので……」


 あたしは、この催しのシェフ。

 本当は腰を落ち着けて食事を楽しみたいんですけど、やっぱ各テーブルの様子も気になる。

 料理の味には自信があるけど、お客さんたちは”あやかし”なんですから。


 「そうか、女中がその本分を果たしたいというのならば、止めはせぬ。そうせい」

 「はい、ありがとうございます。全部のテーブルの様子を見たら、戻って来ますね」

 「ああ。しかし残念だな。女中のために露国の”皇帝の酒”とやらの年代物を用意したのだが……」

 「ロシアの皇帝の酒!? それってCtapka(スタルカ)ですか!?」

 「ああ、2000年代の物だな」

 「それって輸出規制中で日本に輸入出来なかった時期のやつじゃないですか! うひょー! レアもの! レアもの!」


 Ctapka(スタルカ)はウォッカをベースにハーブのリキュールとブランデーのブレンド酒。

 おばあさまがたまに飲んでいたお酒。

 ソ連時代は輸入出来たけど、ロシアになってしばらく輸入規制されていたの。

 ちなみに2009年にその規制は解除されているけど、この時期のブレンドの出来をあたしは知らない。

 いやー、一度飲んでみたかったのよねー、垪盤(ピンパン)の北京ダックに良く合いそう。

 あたしはウキウキと椅子に座り、グラスをさささと黄貴(こうき)様へ差し出す。

 

 「いやー、本当はみんなの様子を見に行きたいんですけど、黄貴(こうき)様のお誘いを断るわけにはいきませんからねー。あっ、おかわりもウェルカムですよ」

 「そ、そうか、女中が喜んでくれるなら、我も嬉しいぞ」


 トトトと薄い琥珀色の液体がショットグラスに注がれ、あたしはキュッとそれを飲み干す。

 うーん、爽やかなハーブの香りが喉を流れ落ちる。

 そこにすかさず、北京ダック!

 そのパリッとした皮と肉の旨み、(ジャン)のコクがあたしの舌をうならせ……

 あたしの意を汲んだ黄貴(こうき)様からのお代わりを、あたしは再びキュッと飲む。


 「ふぅー、おいしーい! 強いけど爽やかなウォッカの味とそこに含まれるハーブの香りが、北京ダックの濃厚なコクを洗い流して、次のひとくちを迎え入れる準備を整えてくれます!」


 あたしはウォッカで気分をたため、次の北京ダックを口にする。

 我ながらいい出来。


 「時に女中よ。今日の宴席料理は中華をベースに和食洋食と様々な物を準備したと言っておったな」

 「はい、満漢全席(まんかんぜんせき)ほどの高級さはありませんが、大衆料理という面では負けていません! 中華だけではなく、和食洋食イタリアンに米国インドと、みなさんにお腹いっぱいになってもらうよう満腹全席(まんぷくぜんせき)くらいの品数はご用意しました!」


 あたしは手を上げ、壁のビュッフェゾーンを指さす。

 そこには三桁に近い種類の量がならべられている。


 「うむ、満漢全席とは満州民族と漢民族の料理の集大成(しゅうたいせい)、中国皇帝の宴席料理と聞く。なら、王たる我の宴は世界各国の大衆成(たいしゅうせい)を供するということだな! よい働きだ! これからも頼りにしているぞ!」

 「ええ、あたしも確かなお給金と、ねぎらいの美味しいお酒のある限り、どこまでも黄貴(こうき)様に付いていきます!」


 にこやかな笑顔を交わしながら、黄貴(こうき)様とあたしはパンとハイタッチを交わした。

 

 「ホント、現金なんじゃから」


 少しあきれた顔で讃美さんがあたしたちを見ていた。

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