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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第六章 対決する物語とハッピーエンド
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串刺し入道とふぐ料理(前編)

 『男には負けるとわかっていても戦わなければならない時がある』


 なんともはや考えることを放棄したような物言いですね。

 『戦わなければならない時がある』という所は理解できます。

 誇りのため、大切な者のため、そして何よりも上に立つ者として戦うべき時はあります。

 男女を問わず、その時はあるものです。

 ですが『負けるとわかっていても』という点はいただけません。

 なんですか、その”負けるとわかっている”のに勝つ方法を考えないというのは。

 愚かですね。


 これがスポーツや遊戯での”勝負”ごとならば、勝ち負けも含めて競技のうちと割り切ることは出来るでしょう。

 胸を借りるつもりで全力でぶつかるという場合もあります。

 全力を尽くすというのは気持ちのいいものですから。


 ですが”戦い”となると話は別です。

 ”戦い”に負けるということは、悲惨のひと言に尽きます。

 自身のみならず、自らの大切な家族や恋人、自身を慕ってくれるモノたちまで破壊され凌辱され蹂躙(じゅうりん)されます。

 それは人類の歴史が物語ってきた事実。

 

 ですので”負けるとわかっている”ならば、それを回避するように動くべきです。

 正面から無理であれば(から)め手や知略を尽くして。

 その上で負けたのならば……まあ、そこまでの男だったということですかね。

 幸いなことに私はまだ戦いで負けたことはありませんが。


 私の名は蒼明(そうめい)

 このお話は私の日常の1ページの中のちょっとしたスパイス。

 強き私が、戦うべきときに戦い、勝つべくして勝った。

 そんな他愛のない物語です。

 

◇◇◇◇


 「蒼明(そうめい)さん、ボクが偵察するでんちゅ! 蒼明(そうめい)さんは妖怪王候補なんでちゅから、ドーンと構えているでんちゅ!」


 そう言った私の配下であるポンポコ……もとい狸の”あやかし”、赤殿中(あかでんちゅう)が消息を断ってから3日。

 やはり私が行くべきでした。

 私自身が出向くと東北・北陸まで勢力を拡大しつつある迷い家(まよいが)が姿を現さないだろうという理由で赤殿中は行きましたが、間違いだったと認めざるを得ません。

 危険が少しでもあるようでしたら、私が行くべきでした。

 たとえ『危険を感じたらすぐに逃げ出して保身を第一に考えなさい』と言い聞かせていても。


 ガサッガサッ


 それで私は赤殿中が消息を断ったこの福井で山をかき分けているのですが……残念なことに未だ手掛かりが掴めていません。

 私は自らの妖力(ちから)隠匿(いんとく)する(すべ)に欠けていますから、それが理由なのだと思います。

 しかし妙ですね……”あやかし”の気配が無さ過ぎます。

 京都の酒呑童子の復活が確認され、にわかに沸き立つ次代の妖怪王争い。

 当然、強き私もその候補に上がっているのですが、同じ候補として上がったのが東北の迷い家(まよいが)

 それが最近になって勢力を南下。

 迷い家(まよいが)の勢力下では”あやかし”たちが消えていると噂されています。

 ここもそれと同じようですね。

 迷い家(まよいが)は形のある”あやかし”ではなく、空間そのものの”あやかし”。

 桃源郷のミニチェア版ともいうような”あやかし”です。

 この気配の無さ、おそらく迷い家(まよいが)の中にみな潜んでいるのでしょう。

 そして、赤殿中もその中に囚われているのでしょう。

 さて、どうやって見つけ出しましょうか……


 ガサッ


 そんな事を思案していた私の耳に藪が揺れる音が聞こえ、視界に人影が見える。

 こんな人里離れた山間に女性なんて珍しい。

 このあたりに居たのは渓流釣りを楽しむ初老の男性だけでしたが。

 いや、あれは!?

 私は眼鏡のレンズを磨き、何度か瞬きをして、もう一度、音の発生源を確認する。

 その女の人の影は何度かこちらを振り向きながら、山の奥へと進んでいく。

 その姿を私が見間違うはずがありません。

 私が最も気にかけている人間の女性といえば彼女ですから。


 珠子さん!? どうしてあなたがここに!?


◇◇◇◇


 「珠子さん! ちょっと待って下さい!」


 ガサガサと草木をかき分け私は進みますが、彼女との距離は縮まりません。

 むしろ、珠子さんの方がこちらをチラチラ振り返るほどです。

 容姿だけなら完全に一致……いや、少し肉付きが良くなっているでしょうか、その姿を追って私は藪を進みます。


 クォケコッコー


 鶏の声が聞こえます、人里離れた山中ですのに。

 やはり私の想像した通りのようですね。

 藪を抜けると、そこは開けた土地、白い漆喰の塀と萱葺(かやぶ)きの館、そしてその前に立つ大きな黒い門。

 その門を珠子さんが通り抜ける姿が見えました。

 門の前に立ち、私はその門を叩きます。


 「どなたかいらっしゃいませんかー! おたずねしたい事があって参りましたー!」


 私がそう叫ぶと、ギギィと重い音を立てて黒い門が開く。

 やはり罠ですね。

 そう思いながら私が門の内側に入ると、玄関の扉もカラカラと開きます。

 明らかに怪しい……

 ですが、この罠にはかかるべきでしょう。

 おそらく、この先に赤殿中の手がかりがあるのは間違いないです。

 ふぅ~~~と大きな溜息をひとつ()き、私は玄関に入りそのまま奥の座敷に進みます。

 土足ですが気にしません、むしろここは土足で踏みにじるべき所。


 「ようこそいらっしゃいました蒼明(そうめい)さん」

 「蒼明(そうめい)さん、まってたポン!」


 奥の座敷では明るい光の中、膳に盛られた山のような料理、そして給仕服に着替えた珠子さんとボンボコ狸さんが待ち構えていました。


 「ささっ、座って下さい。蒼明(そうめい)さんの大好きなレンチン料理とキュートな狸さんたちが待ってますよ」


 そう言って私の腕を取る珠子さんの姿に私は冷たく言い放ちます。


 「離れなさい、偽物。本物の珠子さんと赤殿中はどこです」


 私の言葉に珠子さんの姿は目を丸くします。


 「えっ、や、やだなぁ蒼明(そうめい)さん。久しぶりだからあたしの姿を忘れちゃったんですか?」


 そう言って珠子さんの姿はその薄い胸を私の腕に押し付けながら引っ張ります。

 なんともはや下品で往生際の悪い……


 「離れろと! 言っているのです!!」


 膨れ上がった私の妖力(ちから)が珠子さんの姿を吹き飛ばし、ボンボコ狸を薙ぎ払い、部屋の明かりと料理を消し去る。

 残ったのは薄暗い部屋の中でひとり佇む珠子さんの姿。


 「東の大蛇(おろち)、いつから気付いていた?」

 

 堂に入った低い男の声で珠子さんの姿がしゃべる。


 「最初からです。ここに入る時に溜息とともに私の霧を薄く()きました。この霧は私の感覚器の延長のようなもの。その中では幻覚や変化(へんげ)の類は通用しません」


 私が唯一使える霧の術。

 それは吐き出した霧を操り周囲の形を知覚するだけの単純なものですが、隠れている敵を見つけたり、幻術の中にある真実の姿を捉えることが出来ます。


 「さすがは東の大蛇、噂に(たが)わず隙が無いな」

 「その東の大蛇というのは止めて頂きませんか。私は蒼明(そうめい)です」


 私は私としての個を確立しています。

 兄弟をまとめて”東の大蛇”と称されるのは少し不快です。

 それに、それは同じく個を確立している兄弟たちへの侮辱ともなりますから。


 「おおっと、これは失礼。大蛇の七分の一」


 !!


 私の膨れ上がった妖力(ちから)、海の底の色をした霧の渦が珠子さんの姿へ向かう。

 常人や弱い”あやかし”ならばショック死や気絶しかねないほどの圧。


 「ほほう、これは中々……」


 霧が晴れ、その中から現れたのは僧衣とまとった禿()げ頭の男。


「あなたも、なかなかのようですね……どこぞ名のある入道といった所でしょうか」


 大入道にイタチ入道、輪入道、見越し入道、がんばり入道など、僧衣の”あやかし”は数多くいます。

 こいつもその類でしょう。

 正体がわかれば対策や攻略の立てようがあります。


 「いかにも! 俺は”串刺(くしざ)し入道”! 次の妖怪王となる男よ!」


 ……………誰?


◇◇◇◇


 これはマズイです……串刺し入道なんてどマイナー過ぎてわかりません。


 「フハハハハハ! どーだー! 俺の正体の偉大さに恐れ入ったか!」


 ガハハと笑うその姿は滑稽で知性のかけらも感じさせまん。

 ですが、ここで自らの無知をさらけ出すのも悪手というもの。

 少しカマをかけてみるとしますか。

 私は掌の中で霧を集中させ水の玉を作り、


 ブンッ


 そしてそれを軽く串刺し入道に投げつけました。

 即興の水弾の術とでもいいましょうか。


 「この程度の術なぞ、ハァッ!」


 ザッ!


 その水弾は串刺し入道の手から放たれた刃によって両断されます。

 おそらくは風刃、カマイタチ。

 先ほどの珠子さんの姿といい……やはりこの串刺し入道の能力は……


 「今のはカマイタチの能力ですね。なるほど、串刺し入道、貴方の能力はコピー能力ですね。おそらく、取り込んだ妖怪の能力を自分のものに出来るのでしょう」


 取り込む方法は串刺し入道の名の通り、針か何かで標本にでもするのでしょうか。


 「ほほう、この短時間で俺の能力を見極めるとは、やはり侮れん」

 「おや、いいのですか? そんなに自分の能力を明かしてしまって」

 「フハハハハハ! これは俺の妖怪王にふさわしい度量(どりょう)というもの。たとえ敵にバレても問題ない」


 確かに、コピー能力があるとわかっても、そのコピー元の能力がわからなければ対策は難しいです。

 まあ、圧倒的な妖力(ちから)で叩き潰すだけですが。

 それよりも私が警戒しなくてはならないのは……


 「最近、北の迷い家(まよいが)が勢力を伸ばしているという話ですが、その実態は貴方が迷い家(まよいが)を取り込んで、さらに他の”あやかし”を取り込み続けていたのですね。東北一帯の”あやかし”が消えたのも、貴方の仕業でしょう」

 「その通りよ! 今や俺の妖力(ちから)は東の大蛇をも超えるぞ!」


 そう言って串刺し入道は妖力(ちから)を高めます。

 なるほど、これは相当なもの。

 東北中の”あやかし”を取り込んだとなると私を超えているかもしれません。

 まあ、問題ありませんが。クイッ


 「いいでしょう。相手になってあげます」


 私も妖力(ちから)を高め、戦いに備えます。


 「これは……俺より劣るとはいえ、かなりの妖力(ちから)。やはり正面からでは危うい……、ここは作戦通りに……」

 「何をブツブツ言っているのです。今更怖気(おじけ)付いたのですか?」


 いけませんね、私の心に少し興奮と焦りが見えます。

 やはり、この状況での最悪のケースが心に残っているからでしょうか。

 赤殿中が取り込まれているのは想定内。

 ですが、想定内の中で最悪のケースを私は危惧しています。

 あの珠子さんの姿は真に迫っていました。

 変化の術そのものは取り込んだ狸やイタチのものであっても、姿形のモデルがなくては……


 「その口の利き方もこれまでだ! 見ろ! これを!」


 座敷の奥の(ふすま)が開き、その壁には(はりつけ)になって取り込まれた数多くの”あやかし”たちの姿が……

 そして、その中には人間の姿がひとつ。

 まったく、私の推察は当たり過ぎて困ります。

 今回だけは当たらないで欲しかったのですが……

 

 「珠子さん!」

 「ほほう、やはりこいつが噂の珠子とやらであったか。フフフ、これで俺が妖怪王となるのは確定だな」


 驚愕(きょうがく)のふりをして叫ぶ私を横目に、串刺し入道はいやらしく舌なめずりをしたのです。

 よし、殺す。


◇◇◇◇


 「彼女は妖怪王争いには無関係です。すぐに解放しなさい。今なら許してあげます」

 

 胸は上下している、出血も見られない、おそらく身体は無事。

 ですが、このままだと一生取り込まれたままでしょうね。


 「おお怖い怖い。いいだろう、解放してやろう」


 わざとらしく体をすくめる素振りをしながら串刺し入道が言う。

 白々しい、易々と解放するつもりなどないでしょうに。


 「ただし……」

 「『ただし、俺と勝負して勝ったら』ですか?」


 私の推察に串刺し入道の顔が驚きに歪む。

 少し考えればわかります。

 彼女を戦闘の人質として使わないのならば、別の何かで勝利する算段があるというのは。

 そして、その別の何かに負けたなら……


 「なるほど、頭も切れるらしい。そうだお前の言う通り、俺と勝負して勝ったらこの娘を解放してやろう。負けたら……」

 「負けたら私はその壁のオブジェに仲間入りといった所でしょうか。いいですよ、その勝負が公平公正な物であるならば、受けて立ちます」


 このまま戦闘で串刺し入道を倒すのも選択肢のひとつではありますが、その場合、私も本気で戦わざるを得ません。

 ”あやかし”ならともかく、戦闘という面では普通の人間の珠子さんでは、その身に危険が及ぶ可能性が高い。

 ならば、少なくとも私が彼女を守りながら戦える間合いまで近づかないといけません。

 ここは、相手の策に乗るとしましょう。

 どんな”あやかし”の能力を取り込もうと、私が負けるはずがありません。

 圧倒的な妖力(ちから)による力と速さの前では。

 ですが、串刺し入道の能力はコピー能力、それを考慮すると出てくる勝負はきっとあれ(・・)でしょうね。


 「よかろう! ならば”料理勝負”といこうではないか!」


 ほらね。


 「その勝負受けました。私が負けたら貴方に取り込まれましょう。ですが、勝ったなら珠子さんは返してもらいます」


 ドクン


 私がそう言うと身体に何やら違和感を覚えます。

 これは(しゅ)の類ですか!?


 「フフフ、もはや逃げられんぞ。俺は今、”天狗の約定”の術を使った。これは単純だがかなり強力な術でな、さしもの大蛇といえども、これからは逃れられん」

 「なるほど、相手に約束を強制させる”天狗の約定”ですか、ですがそれは貴方も同じこと……」


 天狗は一説には異国の神とも悪魔とも言われています。

 その天狗との約束を破ると大いなる災いが降りかかるとも。

 確かに強力な術でしょう、前提条件として互いの合意が必要だと思われるこの術は。

 しかし情けない、天狗ともあろうものが、こんな三下に取り込まれているとは。


 「ぬかせ! 料理勝負が決まった時点でお前の負けよ! 知っているぞ、お前ではこの娘に料理では(かな)わぬと!」


 自信に満ちた顔で串刺し入道は珠子さんを指さす。


 「それがどうだというのです」

 「ククク、知らぬようだから教えてやる。俺のコピー能力は取り込んだ者の特有の性質や術だけでなく、鍛え上げられた技や知識も俺のものとするのだ! 俺はこの娘に問うて知ったぞ! お前の料理の腕はこの娘に遥かに及ばないと! 『たとえ百篇(ひゃっぺん)料理バトルしてもあたしが勝つ』とこの小娘を思っていたわ! ワーハッハッハッ!!」


 もはや勝ちは揺るがない、私が負ける確率は100%だと言わんばかりの態度で串刺し入道は笑う。

 そうかもしれません。

 今の私では珠子さん(・・・・)に百回料理バトルを挑んでも勝つことはできないでしょう。

 これは意気込みの無さではなく、状況を冷静に分析した推察です。

 ですが!


 「そんなことは関係ありません! たとえどんなに不利な戦いでも、男には負けられぬ戦いというものがあるのです!」


 橙依(とーい)君が読んでいた漫画のキャラクターのように、私は熱血漢のふりをして宣言する。

 まあ、ふり(・・)ですが。クイッ

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