天邪鬼とオムレツサンド(前編)
あたしがこの『酒処 七王子』に就職してしばらく経った。
ここの七人の王子たちとも上手くやっていると……思う。
ただひとりを除いては。
黄貴様は神出鬼没だが、たまに出会うとあたしの仕事ぶりを褒めてくれる。
藍蘭さんとは仲良し乙女友達だ。
赤好さんは相変わらず女の子をとっかえひっかえしているが、あたしの注意をたまには聞いてくれる。
緑乱さんは飲んだくれているが、たまに美味しいお酒を紹介してくれる。
鬼畜メガ……蒼明さんとは歴史談義に花を咲かせる事がある。
紫君には……たまに吸われる。
だけど、橙依くんとはあまり会話が出来ていない。
彼は半分引きこもりのような生活をしていて、たまに学校に行く、たまに休む。
休む時は部屋でテレビを見ている、食事を持って行った時に見た、アニメと特撮だった。
最近は店の片隅からスマホゲームのピコピコ音が聞こえる。
だけど「何やってんの?」と聞いても「……ゲーム」と言うだけ。
あたしの得意な料理でも「何が食べたい?」と聞いても「……なんでも」と答えるだけ。
何が悪いのだろう、あたしは橙依くんとも仲良くなりたいのに。
橙依くんは兄弟の中でも特に藍蘭さんに懐いている、あとは緑乱さん。
彼が隠れる時は必ずこのふたりだ。
「ねぇ、藍ちゃんさん」
「なーに、珠子ちゃん?」
「どうやったら橙依くんと仲良くなれるでしょうか?」
「なる方法は簡単だけど、それをアタシの口からは言えないわね」
あたしの問いに藍蘭さんは意味深に答えた。
「えー、どうして教えてくれないんですかー?」
「橙依ちゃんと本当に仲良くなりたかったら、それは自分で気づいて自分で決めないといけないのよ」
うーん、ますます意味深になったぞ。
「わかったわ! あたしは必ず橙依くんと仲良くなってみせるわ!」
「がんばりなさい。もし珠子ちゃんが橙依と仲良くできたら」
「できたら?」
「多分いいことがある……かもしれないわよ」
◇◇◇◇
よーし、それじゃあ橙依くんと仲良くなっちゃおー!
彼は今日、学校に行っている、そろそろ帰ってくる頃だ。
あまーいおやつで篭絡しようか、サクサク煎餅で攻略しようか、それとも男の子が大好きな肉で陥落させようか。
あたしは夜の仕込みをしながら考えていた。
「ただいまー」
「おかえりー」
「お・か・え・り」
「おかえりなさい」
あれ?
聞きなれない声がひとつ。
「あら、久しぶりね」
「この前、会ったばかりだよ」
橙依くんの横に見目麗しい美少年がいらっしゃるではないでしょうか。
紫君のあざとい可愛さとも違う、成長したら色男になるんだろうなーと思わせる容姿だ。
「あら橙依くん、そちらはお友達?」
「……ん」
「ちがうよ」
隣の子が否定した。
違うのかな?
「……こっち」
「あっちだね」
そう言ってふたりは奥のテーブルに座る。
カバンを開けて教科書やらノートやらを取り出した。
どうやら勉強をするみたい。
でも会話が少ないな。
友達との勉強会はもっと和気あいあいとするものなのに。
よーし、ここはあたしの渾身のギャグで場を盛り上げちゃおう!
「おかえりなさい、ふたりとも」
あたしは手を後ろに組んでアレを隠しながら、にこやかな笑顔で言う。
「……ただいま」
「ごはんにする、おふろにする、それとも……わ・た・が・し」
そしてあたしはふたりの眼前にわたあめを突き出した。
「……ふう」
「おもしろくない」
場は冷えた。
あたしはすごすごと台所に戻る。
「あはは、ちょっとすべっちゃいました」
「あら、あの橙依ちゃんの友達にもうけてたじゃない」
藍蘭さんがあたしを慰めてくれるが、あたしはちょっと悲しかった。
あれ、そういえばあのお友達って、気配は人間のモノじゃないわね。
学校に通っている”あやかし”って他にもいたんだ。
「でも、大変ですね紫君も橙依くんもあの子も、人間の学校に通っているなんて」
さっき、ちらりと見た教科書はあたしの見覚えがあるものだった。
つまり人間の学校に通っているってこと。
「あら、それは半分正解で半分間違いね。あの子たちが通っているのは表向きは人間の学校だけど、通っている半分は”あやかし”の『あやをかし学園』よ。創設者である学園長も”あやかし”ね」
『あやをかし学園』現代風に言えば『ド愉快学園』だろうか、いやいや『超美形学園』かも。
”をかし”は意味が広すぎるのよね。
「ちなみに、学園長はあの子のパパよ」
「ちがうよ、あんなんパパじゃない」
聞き耳を立てていたのだろうか、藍蘭の声に友達の子が反応する。
うーん、だけど何やら親子関係は不仲……じゃない!!
「あー、そうなんんですかー」
あたしは何やら理解した顔でグフフと笑いながら言う。
「そうなのよー」
藍蘭さんもニヤニヤ笑いを浮かべている。
やっぱり正解みたい。
これは確信に近いあたしの想像。
日本にはとーっても有名な妖怪を題材にした漫画とアニメがある。
そしてそのアニメにはおばけには学校がないというOPがあるの。
それを聞いた妖怪天邪鬼さんは思いました。
『これはおばけの学校を作り、試験をしなくてはならない!!』
それを実現しちゃうのがスゴイ所よね。
だからあの友達の正体もきっと天邪鬼。
だからあんな『パパじゃない』って言っちゃうんだ。
ということは『わ・た・が・し』もウケてたのか、ちょっと嬉しい。
よしっ、それじゃあ試験勉強を頑張っているあのふたりに間食の差し入れをしちゃおう。
でも、天邪鬼さんって何が好きなのかな?
でもきっと、直接聞けば反対の事を言ってくれるわよね。
「ねぇ、ふたりともお腹すかない?」
「……ちょっと」
「減ってない」
うんうん、減っているみたいだぞ。
「何がいいかな? たべたい物はある?」
「……なんでも」
「人の話を聞かない女だな」
「はい、珠子はオーダーを承ります。材料さえあればどんなオーダーでも作ってみせますよ。家事百般、料理千般、笑止千万の笑顔で愉快なキャラクターがあたしなのです」
うーん、なんか最近、緑乱おじさんに似てきた気がする。
そんなあたしの言葉にふたりは顔を見合わせる。
そして、くふふと笑い合う。
あー、これはいたずら小僧の顔。
橙依くんはこんな表情もするのね。
いつもは無表情なのに。
友達といっしょだからかな。
「……和風がいい」
「洋風がいい」
えっと、和風で洋風で、
「……甘いのがいい」
「辛いのがいい」
甘くて辛くて、
「……パンものがいい」
「ご飯ものがいい」
パンでご飯で、
「……ひんやりしたのがいい」
「あったかいのがいい」
ひんやりして、あったかくって、
「……おそろいのがいい」
「こいつと違うのがいい」
おそろいなのに、違っている……
「……できる?」
「できないよね」
椅子に座ったふたりがあたしの顔を見上げる。
「できらぁ!」
あたしは勢いよく宣言した。
ふたりはちょっと困惑した顔をしていた。
ふふん、この珠子さんを舐めないでちょうだい。
この程度は人類の叡智の前ならば造作もない事なのよ。




