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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第六章 対決する物語とハッピーエンド
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三尾の毒龍と酒をふんだんに使った料理(その3) ※全5部

◇◇◇◇


 「ええい! 実方は何をグズグズしてんだい!? 鹿児島なんてひとっとびだろうに」


 あれから8時間は経っただろうかねぇ、この女の機嫌が時間と共に悪くなっていった。

 よくないねぇ、いい料理と酒ってのは笑顔の中で食べるもんだ。

 ここらは嬢ちゃんがよくわかってるとこさ。


 「まあ、そうカッカしなさんな。あの(・・)料理は作るのに時間がかかるのさ。予約もなしに(おけ)ごと買いたいって言っちゃ店側も新しく仕込まにゃならんだろ」

 「鹿児島……桶ごと……」


 ん? ちょっとっ口を滑らしちゃったかもしれないねぇ。

 兄ちゃんはあの(・・)料理の正体に気づいちまったかもしれねぇ。


 「女将(おかみ)、少々仕込みに入らせて頂きたく……」

 「おや、あんたがあたしに意見するなんて珍しいね」

 「この方の感想は正しかったと思います。今までの料理ではあの(・・)料理が好きな者では物足りなかったのでしょう。次こそは必ずやこの男が満足する料理をお出し致します」


 そう言って男が頭を下げる。

 

 「はっ、そうまで言うなら好きにしな!」

 「ありがとうございます」


 何だが兄ちゃんの目に活力を感じるねぇ。

 俺っちや”あやかし”は妖力(ちから)を感じることができる。

 慈道や築善尼のような法力(ちから)や嬢ちゃんや一般の人間が持つ霊力(ちから)も。

 だけど、この兄ちゃんからはそれとは違う気配を感じるねぇ。

 たまに嬢ちゃんが言う料気(りょうき)とか調理力(ちょうりちから)ってやつかな。


◇◇◇◇


 「ちゅちゅん、ただいま戻りました」

 「準備が整いました」


 兄ちゃんが席を外してから30分ほどして雀が戻って来た。

 同時に兄ちゃんも。


 「遅かったじゃないか! 何してたんだい!?」

 「申し訳ないでチュン……お店の方が仕込みに6時間はかかるとおっしゃいましてでチュン」

 「それで、ちゃんと買って来たんだろうね?」

 「ちゅんと買って来ました。鹿児島名物の”酒寿司(さけずし)”でチュン!」


 ドンと(おけ)と小瓶を畳の上に置きながら雀が言う。


 「やはり酒寿司であったか……」

 「おっ、よさそうなやつじゃないか。さっそく食おうぜ。たっぷりあるからみんなでさ」


 そういって俺っちは桶の蓋を取る。


 ぷうん


 蓋を開けた瞬間、部屋中に酒の匂いが放たれた。


 「なんだいこれは!? ものすごい酒の匂いじゃないか。それもこいつは清酒じゃないね」

 「そうさ、これは鹿児島の地酒(じしゅ)の匂いさ。灰持酒(あくもちさけ)の一種さ」


 久しぶりだぜ、この匂いは。 

 俺っちは、すぅーっと鼻を鳴らしながら大きく息を吸い込む。

 ふぅー、胸が酔っ払うくらいの良い香りだねぇ。


 「鹿児島の地酒(じしゅ)は昔ながらの製法で作った酒です。米麹と米を発酵させた後、木の灰を入れて作ります。清酒に比べ色が赤みがかり甘味があるのが特徴です。この”酒寿司”は炊いた米に仕事をした人参、筍、蒲鉾、薩摩揚、桜島大根を加え、さらに海老、鯛、きびなごの刺身を載せた後にこの地酒(じしゅ)をひたひたになるまで加えて蓋をした上で半日ほど寝かせて作ります」

 「さすがは寿司店の兄ちゃんだ。詳しいねぇ」


 俺っちは杓子(しゃくし)で桶の酒寿司をケーキのように切り分けながら言う。


 「ホホホ、これは……挟まれた具が断面を地層のように彩っていて美しい……」


 いい酒と料理ってのは”あやかし”を魅了するもんだ。

 いけ好かない姉ちゃんたちだが、そこら辺の感性は十分だねぇ。


 「おいおい、地層だなんて古くさい言い方するなよ。ナウなヤングの女はミルフィーユ状って言うんだぜ」

 「ナウなヤングは十分古くさいと思いますが……」


 俺っちの台詞に苦笑しながらも兄ちゃんがツッコミを入れる。

 あれ、そうだったかねぇ。


 「ま、とにかくみんなで食ってみようや。そしたら酒をふんだんに使った料理ってのがわかるってね。追い酒はかけるかい。俺っちがお気に入りのこの店はね、追い酒もつけてくれる良い店さ」

 

 俺っちは小瓶をチャポチャポ揺らしながら言う。


 「は!? さらに酒をかけるってのかい!?」

 「そうさ、ほいっとね」


 皿の上の寿司のケーキの上にぴちゃぴちゃと音を立てて薄い色の酒が注がれる。

 

 「くふっー、うまそー、この皿は俺っちのな」

 「ホホホ、あ、あたしは遠慮しとくよ。酒は好きだけど、限度ってのがあるってもんだよ」

 「遠慮するチュン。飲酒飛行は危険だチュン」

 「頂きます」


 三体の女と雀は拒否し、兄ちゃんは追い酒をする。

 いいねぇ、この兄ちゃんとは気が合いそうだ。

 

 「それじゃ頂こうぜ。こいつはいいもんだぜ」


 そう言って俺っちは10年ぶりくらいに酒寿司を口に運ぶ。

 

 ピチャ、ジュワッ


 おおう、久しぶりだけど具材の旨さと飯の隙間から染み出る地酒(じしゅ)の甘味が染みるねぇ。

 うん、うんまい。


 「酒くさっ!」

 「ちゅ!? ちゅーん!」

 「良い味です。仕事も味付けも見事な一流の味ですね。この追い酒も良いものを使ってらっしゃる」


 俺っちはこいつが大好きだが、ここのヤツらにとっては賛美両論ってとこかね。


 「ははは、最初はそうだろうよ。酒の匂いが気になるなら、鼻から深呼吸を三回ほどしてもう一度食ってみな」

 「ホホホ、これは酒を使ってるだけで旨くもなんとも……」

 

 スゥーっと三体の女は息を吸い込み、吐き出した後に再び箸を取る。


 「ホ、ホホ、おや、さっきより酒の匂いが気にならなくなって……、刺身の旨みや米の味がしっかり感じられてくるよ」

 「美味しいでチュン! 酒に慣れたら寿司の良さが伝わってくるでチュン」

 「おっ、お前さんたちもこの酒寿司の良さがわかってきたようじゃねぇか。俺っちも嬉しいねぇ」

 「この酒寿司は食べる者を選びますが、選ばれた者にとっては極上と聞きます。私の料理にご満足頂けなかったのもごもっともというもの」


 いい感じだねぇ、このままもうちょっと時間を稼げるといいんだが。


 「ホホホ、わかりました。貴方様は嘘はおっしゃっていないようですね」

 「だろ? こいつを超えるような酒をふんだんに使った料理を教えて欲しいのさ」

 

 ま、早々ないだろうけどね。


 「ホホホ、お前、準備は出来ているだろうね。上手くいったらアイツらを解放してやるから気合入れてやるんだよ」

 「本当ですか! はい! おまかせ下さい!」


 ん? なんだかあの兄ちゃんは自信満々じゃねぇか。

 最初の酒しゃぶといい、焼きガキの大吟醸ソルベといい、かなりの腕を見せられちまったけど、酒をふんだんに使った料理でも俺っちを驚かせてくれるってのかい。

 いやいや、少なくとも”酒をふんだんに使った”って点じゃこいつに(かな)うはずがない。


 「では、さっそく調理に取り掛からせて頂きます」


 そう言って兄ちゃんが取り出したのは鉄鍋と具材。

 薄切りの豚肉に鶏肉、白菜に人参、玉ねぎに椎茸、玉ねぎに白ネギ、蒟蒻(こんにゃく)に厚揚げ、それに春菊か。

 あとはニンニクと塩コショウが少々。

 鍋としては普通の具材だねぇ。


 「まずは油の代わりに豚肉を炒めます」


 ジュジューと音がして肉の焼ける香ばしい匂いが広がる。


 「同じく薄切り鶏肉を炒め、ニンニクスライスを加えたら……」


 兄ちゃんは鍋に軽く塩コショウを振り、そしてこちらをじっと見る。

 

 「なんだい兄ちゃん?」

 「はい、貴方様の隣の賀茂鶴(かもつる)の上等酒を一瓶取って頂けないでしょうか」


 俺っちの横にはここ広島の銘酒がずらりと並んでいる。

 賀茂金秀(かもきんしゅう)宝剣(ほうけん)白牡丹(はくぼたん)福美人(ふくびじん)どれもがその名に恥じない旨い酒。

 その中でもこの賀茂鶴(かもつる)酒造の酒は他の銘酒に勝るとも劣らない美味さなんだが……


 「上等酒でいいのかい? 隣の吟醸系じゃなくて」

 「はい、料理用には上等酒の方が合いますし、それにオリジナルレシピを尊重したいと」


 確かに吟醸系は少し甘いしお値段も張る。

 この上等酒を選ぶ兄ちゃんの意見は理にかなっているが、ちと惜しいな、俺っちはまだここでこいつを味わっちゃいないんだ。

 酒単体の味としては吟醸系に人気があるってのはわかる。

 だけど、料理の味を壊さない普段使いの食中酒としては本醸造の上等酒もいいもんだ。

 この賀茂鶴の上等酒はたまに嬢ちゃんが勧めてくる良い酒だ。


 「わかったよ。ただ、一杯だけはこっちで頂くぜ」

 

 キュポッと栓を抜き、そこから一杯を猪口に入れてグビッと飲むと、俺っちは残りを兄ちゃんに渡す。

 ああ、やっぱりな。

 嬢ちゃん、感謝するぜ。

 お前さんがこいつを勧めてくれたおかげで確信が得られた。


 「はい、これだけあれば足ります」


 足りる?

 おいおい、そいつはまだ600mlは残っているぜ。

 料理酒に使うにゃ、ちょいと多すぎないか。

 俺っちがそう言う間もなく、兄ちゃんは調理に入る。

 

 「では早速」


 そう言って兄ちゃんは火力を高めると、酒を一気に振りかけた。


 ジュ、ジュワー


 最初に鍋に落ちた酒はその熱で一気に気化し部屋中に酒の匂いを充満させる。

 ともすれば酒寿司の時を超えるくらいに。

 普通の鍋に使う酒ならこれくらいが適量さ、だけど兄ちゃんはここでは終わらず、さらにトクトクトクと酒を注ぎ続けるじゃないかい。


 「ちょ、ちょっと兄ちゃん、ちょいと入れすぎじゃないかい?」


 既に鍋には肉にかぶるくらい、ひたひたに酒が注がれている。


 「いえいえまだです。次に野菜を入れます」


 野菜が鍋に投入され、グツグツと音を立てて煮えていく。


 「ちょっと酒が減って来たので、さらに酒を追加します」


 回しかける追い酒レベルってもんじゃない。

 ドボドボと音を立てて酒が鍋に加えられていく。


 「最後に厚揚を加えて、春菊をのせて、トドメの一杯を加えたら完成です」


 そして兄ちゃんは最後にバシャっと”分量など気にせぬ”みたいに男らしい勢いで残った酒を全て加えた。


 「さて、味は……」


 そう言って兄ちゃんがお玉で汁を小皿に移し、味見をしようとした時、


 「ホッ、ホホホ、待ちな! 私が味見するよ!」


 その小皿が横からかっさらわれた。


 「ホホ、ホホホ、良い味だこと」


 口元を扇で(おお)いながら試食をした女が言う。

 いや、してねぇな。

 袖口が汚れているぜ。


 「それで兄ちゃん。これは何て料理だい?」

 「はい、これは『美酒鍋(びしゅなべ)』です。比較的新しい広島の名物鍋です」

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