船幽霊と羊羹(中編)
◇◇◇◇
「まったく、昨日はひどい目にあったぜ」
「……昨日は、じゃない、昨日も」
あのあとボクたちはびしょぬれでお宿にかえった。
おふろに入ってねて、今は朝。
「しかしだな……釣果が全くなかったわけじゃないぜ! ジャーン!」
そう言って緑乱お兄ちゃんが取り出したのはお刺身の山。
「俺っちが石鯛を一匹だけつかんでおいたのさ。うひょー、うまそー!」
「……朝から騒がしかったり生臭かったのはそのせいだったの」
緑乱お兄ちゃんは満面の笑みでお刺身を食べている。
「どうした、お前ら食わんのか? うまいぞ」
「……朝から刺身はちょっと重い」
「ボクはパンとスクランブルエッグが食べたーい」
「ちぇ、なんでい。しょうがない、残ったのはヅケにでもして明日食べるか」
おさしみでごはんをパクパク食べながら緑乱お兄ちゃんは言う。
「しっかし、なんだな。あの『羊羹が違う』ってなんだろな?」
「……さあ」
「わかんなーい」
ボクたちはちゃんとようかんを買ったんだけど、どこがちがったんだろう。
そんなことを話していたら、へやのふすまが開いて、昨日のおばあちゃんがあらわれた。
「はっ、その分じゃあたしの予想通り失敗したみたいだねぇ」
「やっぱりお前さんだったか。こんな所で逢いたくなかったねぇ。築善尼」
おばあちゃんを前に緑乱お兄ちゃんはお顔をぐぬぬ。
「尼はいらないよ。なんだか、おいしそうな名前になっちまうからね」
「んで、築善、お前さんもあの漁場を狙ってんのか?」
パクリとおさしみを食べながら緑乱お兄ちゃんは言う。
「あたしはそんなのに興味は無いよ。あそこは漁協のものだからね」
「そうか、その漁協とやらがお前さんの雇い主ってわけかい」
「そうさ、それに迷える魂を導くの仏の道だしね」
そう言っておばあちゃんはジャラッとお坊さん玉を鳴らす。
「あの船幽霊たちはずっとあたしの弟子たちが成仏させようとしていたんだけど、中々成仏しなくってさ、あたしが出張って来たのさ。だけど、思ったより難儀してね、未練のヒントを得るのに3年かかっちまったよ。でも、それも今晩で終わりさ」
「それって、あの羊羹?」
「そうさ、その分じゃあ、あんたたちも羊羹を準備したみたいだけど、それじゃあダメなのさ。ま、あとはあたしに任せときな」
「え~、それって最後はそのお坊さん玉でぶんなぐるんでしょ。やだな、それ」
ボクはこいつら好きじゃない。
だって、最後はお坊さん棒とかお坊さん玉でぶんなぐるんだもん。
かーっ! とか言ってさ。
「そうは言ってもね、あの世の方向を無理にでも向かせてやらんといけないからね。ま、嫌だったらお前さんがあの船幽霊の未練を断ってやるこったね」
ボクにはムリ、おばあちゃんはそんな言い方をする。
ちょっといじわる。
そうだね、あのようかんにどんなひみつがあるかボクたちじゃわかんないよ、昔だったらね。
だけどね、今はちがうんだ。
ボクたちは顔を見合わせてニヤ~っとわらう。
「なんだい、そんなにニヤニヤして」
「よしっ、じゃあ勝負といこうぜ! 俺っちたちがあの船幽霊を見事に退治出来たらこの宿代はお前さん持ちってことで」
「へぇ、面白いじゃないか。退魔僧に勝てるって言うのかい?」
「そうだよ! ボクたちにはゆかいな味方がついているんだもんね~」
「ゆかいな味方? なんだいそりゃ」
おばあちゃんはププッとふきだす。
「ま、お前さんもそのうち会えるさ。『酒処 七王子』のゆかいな看板娘に」
「……あながち間違いじゃないから困る」
緑乱お兄ちゃんと橙依お兄ちゃんもクスッとわらってる。
もう、しつれいしちゃうよね。
ねっ、珠子おねえちゃん。
◇◇◇◇
『は~い、ゆかいなおねえさんですよ~』
「……ゆかいなアラサー」
橙依お兄ちゃんのタブレットに珠子おねえちゃんのお顔がうつってブッっと消えた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、お肌ツヤツヤの嬢ちゃん」
あわてて、緑乱お兄ちゃんが電話マークをピコッ。
『え~、何かようですかぁ~、あたしこれから天ぷらの仕込みがあるんですけど~』
タブレットごしに珠子おねえちゃんの面白い顔が見える。
やっぱゆかいだよね。
でも、だまっとこ、また切られちゃうといけないから。
「……珠子姉さんに聞きたいことがある。羊羹って熟成するの?」
「しないよね、ようかんってくだものじゃないもんね」
ボク知ってるもん! じゅくすのは、くだものとかおやさいとかだもん。
『熟すわよ。知らないの?』
へ?
『今はあんまりしないけど、昔は羊羹って切って戸棚にしまって数日経ってから食べる食べ方もあったのよ』
「……そういえば、昔の漫画やアニメでみたことがある」
『そうそう、半世紀近くやってる国民的アニメでよくあるわよね。でもなんでそんなことを聞くの?』
「それがな、船幽霊を成仏させたいんだが、そいつらが羊羹を食べたがってな」
「……だけど、普通の羊羹を海に投げ込んでもダメだった」
お兄ちゃんたちが珠子おねえちゃんに、昨日のことをお話してる。
「それでね、ゆーれーたちがね『ヨウカンチガウ……コレジャナイ……』って言うんだよ」
『羊羹が違う……ああ! それでか!』
何かわかったように珠子おねえちゃんはおててをポン。
『だいたいわかったわ。羊羹って放置しておくと表面が乾いて砂糖がふき出てくるの。その船幽霊さんたちって、きっと昔の人なのね。だから砂糖がふいた羊羹を食べたいんだと思うわ。食べると表面がカリッとしておいしいのよ』
へー、そうだったんだ。
「……それで、その熟成って何日くらいかかる?」
『2日から3日くらいかしら。でも、心配しないで、羊羹は砂糖をたっぷり使っているから腐らないわよ』
「うーん、それじゃあ間に合わんな。なあ、嬢ちゃん、それを2~3時間でやる裏ワザとか無いかねぇ」
「……無理だと思う」
そんなゲームじゃないんだから、と橙依お兄ちゃんはあきれ顔。
『あるわよ。橙依君がよくやってるスマホのゲームと同じ方法が』
「……へ?」
『つまり……課金よ!』
「課金!?」
◇◇◇◇
「しかしまあ、お金の力ねぇ」
「ちかくに売っててよかったね」
ボクたちはデパートでようかんを買ってお宿にもどった。
「……おかえり」
『おかえりー。ねっ売ってたでしょ”小城羊羹”』
「嬢ちゃんの言う通りだったぜ。まさか駅前の玉屋で売ってるたあねぇ」
ボクたちが長崎の佐世保にいるって聞いたら、珠子おねえちゃんは『それじゃ近いわね』なんて言ってデパートを教えてくれたんだ。
「それじゃあ、早速食ってみようぜ、この小城羊羹ってやつをさ」
緑乱お兄ちゃんがふくろをあけて、中のようかんをおさらにのせる。
「……ほんとだ表面が白い」
橙依お兄ちゃんの言う通り、そのようかんはあずき色の画用紙に白いクレヨンで色をぬったみたいに白っぽかった。
「んじゃ、切り分けっか。おっ、確かに表面が固くてザクザクしてんな」
ザクザクっと切り分けられたおぎようかんがボクたちの前に並ぶ。
「おいしそー、ボクいちばーん」
ボクはパクッとそのようかんを口に。
シャリッ、サクッ、ニュルン
ボクのお口の中できもちいい音とあまーいあじが広がった。
「おいしー、これなに、外はサクッとしてて、中はあんこのあじがぎっしり!」
「……へぇ、こんな食べ方があるんだ」
「そういや昔のようかんはこんな感じだったかな」
ふたりのお兄ちゃんたちもようかんをモグモグ。
『えへへ、おいしいでしょ。現代の羊羹はアルミラミネートの中に熱い液状の羊羹を詰めて、そのまま冷やして固めて作るんだけど、この小城羊羹は昔ながらの製法で木枠で固めて切り出して作っているの。だから売ってる時には時間が経って表面が乾燥してて白い砂糖がふいていて、サクサクカリッっとした表面の食感と中のもちっとした食感を味わえるのよ』
ふーん、そうなんだー。
うん、これいいなー。
ボクはおかわりをザクッ。
「しかしまあ、あいつも手間をかけるねぇ。駅前で買えるものをわざわざ自前で作っちまうなんてさ」
『へ? それってどういうこと?』
「……築善って退魔のおばあちゃんがわざわざ羊羹を切り分けて表面を乾燥させてた。今晩、それを使って船幽霊を成仏させるみたい。もう何年もチャレンジしてるみたいだよ」
「でもね、珠子おねぇちゃんが教えてくれた、この”おぎようかん”があればバッチリだよ! ボクたちが先に行ってゆーれーをゆくえに導くもんね」
こんなおいしいようかんだったら、きっとあのゆーれーも、まんぷくまんぞくまちがいなしだね。
さすがは珠子おねぇちゃん。
『わざわざ放置して乾燥させるってどういうことかしら……』
「ん、あいつはこの小城羊羹ってやつを知らないんじゃないか。俺っちも知らなかったしさ」
「……お金がなかっただけかも」
シャリシャリモグモグと音を立てて食べながら、お兄ちゃんたち言う。
ボクももういっこたーべよっと。
『うーん、そうかもしれないけど、プロの方がこの小城羊羹に気付かないのも変だと思うんですよね』
「別に変じゃないさ。人間が誰しもお嬢ちゃんみたいに食い意地が張っているわけじゃないしさ」
『そうかもしれませんけど……ねぇ、紫君』
「なーに?」
『その船幽霊って羊羹の他に何か言ってた?』
「えーとね、ゆーれーさんたちは『カエリタイ……カエリタイ……フルサトハブジカ……』とかも言ってたよおうちから遠くの海で死んじゃったんだもんね、おうちに帰りたくなっちゃうよね」
あれ? そうだとしたら、あのゆーれさんたちをおうちにつれてかなきゃいけないのかな?
ちょっと大変そうだよね。
『故郷から離れた海で死んだ……、船幽霊は海で死んで未練がある人の魂……』
何かブツブツいいながらおねぇちゃんは考えている。
『ねぇ、紫君。もひとつ聞かせて。その船幽霊はズボンをはいてた? それともふんどし?』
「なんだい嬢ちゃん、そんなけったいなことを聞いてさ。俺っちの下着のタイプでも知りたいのかい」
『これは重要なことです! おじさんはちょっとだまってて下さい!』
「はい……」
タブレット越しのおねぇちゃんのキツイ言い方に緑乱お兄ちゃんがシュンとする。
「ズボンだったよ! ズボンにシャツ、ランニングのゆーれーもいたね」
『ひょっとして、頭に水中メガネみたいなゴーグルをつけていた方もいらっしゃいません?』
「いたよー」
海だからね、水中メガネがないとおめめがいたくなっちゃうもんね。
『やっぱりそうですか……そんな時期ですもんね……、だとしたら、あたしは、ううん、あたしたちは彼らを是が非でも救わなくてはなりません。その退魔尼僧さんは小城羊羹で失敗した可能性が高い……』
珠子お姉ちゃんは何かブツブツ言っているけど、何かな?
そして、ちょっと考えた後、珠子おねぇちゃんはガバッと目を見開いてこっちを見た。
『わかりました! ダメです! その羊羹じゃ!』
珠子おねぇちゃんがカメラの前でバッテンを作る。
「どうゆうこったい。やっぱあいつのやってる通り、地道に自然乾燥させるしかないってことかい?」
『いいえ、違います。小城羊羹だと不十分です。あとひとつ羊羹が必要です』
「そうかい、じゃあ、また駅前にでも買い出しにいくかね」
そう言って、よっこいしょと緑乱お兄ちゃんが立ち上がる。
『いいえ、これはちょっと近くにはありません。博多ならアンテナショップがあるかな……うぇー、ないー、九州と仲悪いからかな~』
タブレットの先でスマホをピコピコいじりながら珠子お姉ちゃんが何かいってる。
『ねぇ、橙依君。ちょっと遠くまで買い出しに行ってくれない? 君の瞬間移動でさ』
「……僕は今、旅行中なんだけど……どこ? 珠子姉さんのいる京都?」
ふぅ、とためいきをつきながらも、橙依お兄ちゃんはちょっとまんざらでもなさそう。
『ううん、東京まで戻ってきてくれるかな?』
あっ、橙依お兄ちゃんがガッカリしている。
『それじゃ、お店とお買い物はメールしとくからお願いね』
そう言ってブツンとTV電話は切れた。
「たいへんだね、お兄ちゃん。東京って遠いもんね」
ボクはちょっとがっかりしている橙依お兄ちゃんに声をかける。
「……ちがう、そうじゃない」
あれ? ボク、何かまちがったこと言ったかな?




