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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第六章 対決する物語とハッピーエンド
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瀬戸大将とシフォンケーキ(後編)

◇◇◇◇


 ふわりと陶器市の会場に胸を焦がす良い匂いが流れ出す。

 いや、焦がすのは小麦と卵か。


 女中が見つけた百年物の焼き物。

 中心に穴のあいた筒、そして波打つような凹凸(おうとつ)を備えた鉢。

 それはケーキ型であった。

 クグロフ型というらしい。


 『これは王冠を模したクグロフ用の型なんですけど、シフォンケーキにも使えるんですよ』


 そう言っておったが、その後が大変だった。

 あれから、女中の指導の下、瀬戸大将はシフォンケーキを焼く窯を突貫(とっかん)で作り上げ、


 「ドッカンドッカンと組み上げますぞ! 突貫(とっかん)だけに」


 我と鳥居と頼豪はシフォンケーキの作り方を叩きこまれた。


 「不穏(ふおん)を無くすという意味で死不穏(シフォン)ケーキというのはどうかな? 鳥居殿」

 「砂糖、いや左様。さらに景気とケーキをかけて死不穏景気(シフォンケーキ)というのもよいかと」

 

 我がスマホとにらめっこしている隣でふたりはそんな事を言っていた。

 まあ、王とは名ではなく実を取るもの。

 王道! ならば名はなんでもよし!

 ネーミングの丸投げともいうが。


 そして出来上がったシフォンケーキ。

 卵の焼ける匂いに砂糖の甘さ。

 その香りが祭りの会場にあふれだしているのだ。


 「あっ、あのお店! 今日はおこげご飯のおにぎりじゃなくて、ケーキを焼いているみたい」

 「そうだね。また休憩していこっか」


 見覚えのあるふたり。

 初日に訪れた男女が我らの再び我らのスペースを訪れた。


 「いらっしゃいませ。今日からはシフォンケーキもサービスさせて頂いています。よろしければご休憩の傍らでいかがでしょうか」

 「はい、是非!」


 我の言葉にふたつ返事で女は応える。

 甘いケーキは女人を()きつけるもの。

 女中の言った通りであるな。

 いつもなら、給仕は讃美の役割であるが、姿を見ぬな。

 朝から何やら縫っておったようだが……


 「おそくなってすまないのじゃ。準備が出来たぞ。そして主殿にはこれじゃ」


 そう言って讃美が我に一着の衣装を渡してくる。

 布で出来た王冠に、刺繍をちりばめて王のローブっぽい見た目にしたコックコートだ。

 

 「やっぱり我がこの役をやらねばならぬのか」

 「もちろんなのじゃ。王冠を掲げるのにふさわしいのは主様のみでありますゆえ」


 讃美の言う通り、今回のシフォンケーキに使うクグロフ型は王冠を模している。

 ゆえに、我が適任だと女中が指名したのだが、これでは道化(どうけ)ではないか。

 しかし、このパフォーマンスを成功させるのにふさわしいのが我であるのもまた事実。

 ええい、ままよ!


 「さてさて、おふたりさん。ここにいらしたのも何かの縁。このシフォンケーキのちょっとしたパフォーマンスをお楽しみ下さい」


 縁台の前にテーブルを置き、我は精一杯の笑顔で接客をする。

 愛想笑いは苦手なのだ。


 「おっ、何か始まるみたいだぞ」

 「ええ、楽しみだわ」


 それをみてふたりは拍手で応える。


 「ここに並ぶはシフォンケーキ。ですが、この型にご注目!」


 先ほど、(かま)より取り出されたシフォンケーキがテーブルに並べられる。

 それは、富士山を逆さまにしたような型で、開いた上面から焼けて膨らんだ生地が見える。


 「あ、あれってクグロフ型じゃない?」

 「そうだね。でも陶器製なんて珍しい」

 

 女中が言っていた。


 『1900年代前半までは陶器製のクグロフ型は使われていましたが、今はもう一部の地域や凝った店舗だけで使われるレア物です。割れるし、重たいので、現代ではアルミやホーロー、シリコンや紙などが主流です』


 その言葉通り、焼き物で出来たクグロフ型はかなり人目を引く。

 道ゆく人々も、物珍しさとばかりにこちらを見始めた。


 「さてさて、この世にも珍しい陶器製のクグロフ型のメリットは熱の保持力にございます。ですから、本来はしぼんでいくはずのシフォンケーキは、まだしぼまない! 資本(シフォン)景気(ケーキ)も、しぼんじゃいけないってね」


 『いいですか、黄貴(こうき)様。シフォンケーキは窯から出したら、逆さまにして筒の部分にコップなどをあてて、ゆっくりと冷ますのが基本です。そうしないと後でしぼんでしまいますから』


 女中はそう言っていた。

 だが、続けてこうもいったのだ。


 『ですが、今回はその基本を破ります。出来立てを熱々のままですぐ食べ切るのなら、しぼむことは考えなくていいのです。それを利用してこんなシナリオを考えてみました』

 

 我はそのシナリオ通りに言葉を続ける。


 「そして景気(ケーキ)は上向かなくっちゃなりません。ですから、ほいっっと」


 クグロフ型をひっくり返し、そして我はゆっくりと型を引き上げる。

 ケーキはスポッっと小気味よく型から外れた。

 

 『普通のシフォン型は型に油を塗らずに焼きます。こうすることで、ひっくり返して粗熱を取る時に真ん中の筒状の穴と外側の壁に生地がくっついてしぼむのを防ぐのです。ですが、今回は速攻で食べ切るので、それも無視しましょう』


 女中が言うにはシフォンケーキ用の型はまっすぐな円筒形で上部が小さくなっているクグロフ型とは違い焼きあがった生地が抜けにくくなっているらしい。

 だが、このクグロフ型は上部が小さくなっているがゆえに、スルリと抜ける。


 「これにて完成! 景気(ケーキ)は上向き、陶器(とうき)だけに投機(とうき)は尻上り、ってね。これを食べれば、商売繁盛間違いなしっ! ささっ、熱いうちに召し上がれ!」


 トトトンとナイフでシフォンケーキが切り分けられる。

 皿に乗せられてふたりの客の前……、いや今や8人に増えた客の前に差し出される。


 「ふふっ、陶器のお尻側を上げることで、投機は尻上りなのね。面白いわ」

 「本当、それじゃ、頂くとするか」


 ふたりがシフォンケーキを口に入れた瞬間、その目が輝いた。


 「おいしい! これって、まだ熱さが残っていて、フワフワで!」

 「小麦と卵と砂糖の甘さが口の中にひろがっていくな! 口のなかで滑らかに消えていくようだ!」


 シフォンケーキの魅力はスポンジケーキをもっと柔らかくしたようなその食感にある。

 そして、その食感を生み出すのは生地に含まれる空気なのだ。

 熱さが残るが故に、それは生き生きと口の中で消えていく、そう女中は語っていたが、かなりの好評のようだ。

 それを半分ほど食べた所で、讃美が皿にソースを載せてやってくる。

 赤紫や緑、白や茶など色とりどりだ。


 「次はこのソースをお好みでかけてみるのじゃ。山葡萄に青梅ジャム、生クリームにチョコレート、他にも色々あるぞよ。お好きなものを選ぶのじゃ」

 「やった! プレーンもいいけど、シフォンケーキといえば生クリームよね」

 「いやいや、ここは梅ジャムを試してみるのも」

 「これはひょっとして……アボカドソースとワサビソースか!? アボカドとワサビがマッチするのは当然として、シフォンケーキに両方かけると意外に合う!」


 次々とソースに客の手が伸び、シフォンケーキは焼き物の絵付けよろしく、色とりどりに染められて、口の中に消えていった。

 

 「ねぇ、シフォンケーキも美味しかったけど、この丸皿も素敵じゃない」

 「うん、これなら僕らの新居の来客用にもってこいだね」


 美味しいケーキを食べて気を良くしたのか、ふたりは焼き物の陳列スペースに進み、そして丸皿を買った。


 「はい、五組のお買い上げありがとうございます。極味(ごくみ)のケーキをゴクリ(・・・)と食べて、五組(ごくみ)のお買い上げってね」

 「うふふ、相変わらずおもしろーい」


 ふたりが笑顔で去ると、シフォンケーキを食べた他の客も次々と焼き物スペースで買い物を始める。

 この分なら、きっと次の大口商談も来るに違いない。

 そう期待に胸を膨らませながら、我は次の焼き上がりを待つ客への準備を進めた。

 窯から漂ってくる甘い匂いに少しの胸やけを覚えながら。


◇◇◇◇


 陶器市の最終日は朝から大忙しだった。

 昨日の我らのパフォーマンスが衆人のSNSにアップされ、噂の的になったのだ。

 珠子に言わせると、バズったらしい。

 なんでも、陶器のクグロフ型は、今やクグロフ発祥である欧州のフランスとドイツの境であるアルザス地方くらいでしかお目にかかれず、日本の瀬戸物で作られた物は超がつくほどの貴重品だそうだ。

 もっとも、瀬戸大将(いわ)く『これはレアではございません、明治から昭和初期にかけては、それなりに一般的でございます。焼き物だけに』という事らしい。

 『これは焼き物だから(レア)ではないという洒落で……』と鳥居が解説していたが、もはやこの解説も、ここ一週間での日常の風景である。


 そして、来た……大口商談が。

 洋食のカフェの経営者が店舗用にと大量に買い付けたのだ。

 『和食に合う上位3割を買われてしまったのなら、この焼き物は洋食にも合うってことを示せばいいのですっ!』という女中の策は見事に的中したということだ。

 シフォンケーキと色とりどりのソース、それが乗った焼き物は、和風の食器ではあるが、スイーツにも映える皿となる可能性を示したのだ。

 そして、目利きの者であれば、そこから洋食を盛った場合を連想するのは当然。

 和食に合うという観点では目利きの眼鏡にかなわなかった物でも、洋食に合うかという観点で見れば結果は変わる。

 それに気付いた目利きたちからの買い付けが続いた。

 結果……


 『まもなく、2018年、夏の大陶器市は閉幕します。みなさまお忘れ物なきよう……』


 アナウンスが鳴り響き、紅く染まった太陽が日の長い夏であっても夜が近い事を示している。

 

 「残り1割弱ほどですかな……」


 いかに客が増えようとも、いかにシフォンケーキが皿の可能性を最大限に引き出そうとも、万事が上手く運ぶわけではない。


 「結構、良い品なんだがなぁ」

 「そうじゃの、値下げさえすれば売りさばけたかもしれないだけに、惜しいのじゃ」

 

 頼豪と讃美が1つのテーブルにまとまった、最後の商品たちを眺めながら言う。


 「黄貴(こうき)様、お見事でございました。拙者の仲間たちも、そのほとんどが新天地へと旅立てました。全部と拙者は言いましたが、これで十分です。拙者は貴方(あなた)様の臣下となって江戸へ旅立ちましょう」


 瀬戸大将が我の前に来て(ひざまず)く。

 売れ残った仲間たちを少し悲しそうな目で見ながら。

 

 「安心せよ。王とは約定を違えたりはせぬ」

 「しかし、これではどうしようもないかと……」


 もはや人影はまばらで、みな家路へと急いでいる。

 これらを売り切るのは不可能であろう、我以外ではな。

 我はピコっとスマホをタップし、女中へとTV電話をかける。


 『やっほー! 黄貴(こうき)様、時間通りですね』

 「王は約定を違えぬものだからな。それでだな、これらはどうだ」


 我はスマホの位置を調整し、最後に残された商品の山を映す。


 『あっ、結構良い品が残っているじゃないですか! 品数もちょうどいいですし。これならバッチリです!』

 「そうか、ならば昨日の話通りで良いな」

 『はい! お願いします』

 

 そう言ってカメラ越しに女中が指でオッケーマークを作る。


 「主殿……いったい何の話なのじゃ」

 「王の話である。やはり最後に王が自らの手で決着を付けるのが王道の中の王道というもの」


 我の言葉に瀬戸大将も、臣下の大半も頭に?マークを浮かべる。

 ただひとり「左様で、少し言葉の洒落っ気が足りませぬが」と言った鳥居を除いて。


 「簡単な話だ。残りは全て我が買い取ろう! なに、ちょうど新生『酒処 七王子』用の食器を探していた所である!」


 あの日のガス爆発で『酒処 七王子』は食器、什器(じゅうき)、住居の全てが壊滅した。

 当然、再建には新しい食器が必要である。

 渡りに船というやつだな。


 「ああ! では、拙者はこの仲間たちと一緒に王の下で働けるという事ですね!」

 「そういうことだ! さあ! (とき)の声を上げよ! 王の会計である!」


 そう言って我は札束を取り出した。


 「お買い上げありがとうとございましたー! 王様カッケー! 王の会計だけにっ!」


 解説は不要であった。

 王がカッコいいのは当然であるからな。


◇◇◇◇


 「それでは! 全てを売り尽くした王様の采配に! カンパーイ! 完売だけにっ!」


 陶器市が終わり、全てが上手くいった我らを待っていたのは宴であった。

 狭かった瀬戸大将の(いおり)も、今は広々、その中で残ったシフォンケーキを肴に我らは勝利の美酒に酔う。


 『上手くいって良かったですね。黄貴(こうき)様』


 TV電話越しに珠子も参加中だ。


 「ああ、これも女中の忠言の賜物である。大義(たいぎ)であった、待機(たいき)中なだけに」


 おや、我も少し瀬戸大将の洒落っ気が移ったかな。


 「プッププ……いえいえ、これも臣下の(つと)めですから。あたしは勤務時間外手当さえ頂ければそれで結構ですっ」


 まったく、我が部下はしたたかで困る。

 我は顔に笑みを浮かべながら、そう思う。


 「なあ、主殿。ひとつ聞きそびれたことがあるのじゃが」

 「何だ? 申してみよ」


 勝利の酒をグビリと飲みながら、讃美の問いに我は言う。


 「なぜ妾の言ったように安売りセールをしなかったのじゃ? 上手くいったから良いものの、そうならない可能性もあったはずじゃ」


 陶器市での我らの値付けはかなり強気。

 相場よりかはいくぶん安いが、とてもお祭り価格の大安売りとは言えぬ。

 他のスペースでは目を見張るような超特価もあったというのに。


 「大安売りでは駄目だったのだ。二束三文(にそくさんもん)では売りさばくわけにはいかぬ。相応の値段でないとな」

 「ほほう、それはどういう理由ですかな?」


 鳥居が少し真面目な顔つきで問いかける。


 「簡単なことよ。今回の目的は瀬戸大将の仲間である焼き物たちを、そのモノたちが活躍できる新天地に送る出すことであろう」

 「左様ですな」

 「ならば、売れたとしても大切に使われなければ意味がなかろう。人はタダで手に入れた物に少しでも不満があれば、躊躇(ためら)いもなく捨てるであろう。逆に大枚はたいて買った物ならば、もったいないと大切に使うであろう。資本主義の人間とはそういうものだ」


 我の言葉に部屋の中から「「「おぉー」」」という声があがり、モニタ越しからは『うう、耳が痛い』という事が聞こえる。


 「資本主義は大量生産、大量消費の側面がある。それはそれで評価に値するが、その消費される物の側に我の臣下の仲間を送り出すわけにはいかぬ。食器として生まれた本分を果たせるハッピーエンドの地へ送り出すのが王道というもの! 王道! ならば、なおさら()よし! 皿だけに!」


 うわぁ、と臣下の大半が我から目を逸らす中、瀬戸大将だけは「ああ、あああ、ああああああ!」と頭の徳利(とっくり)から水をあふれさせ、涙のようにその目を濡らす。


 「ああ! 拙者、幸せにございます! このような王の下で働けて! すぐにでも東京の『酒処 七王子』に参ります! 感動でございます! 関東だけにっ!」


 そう言って瀬戸大将が我に抱き着いて来る。


 「左様でございます。臣下の家族や仲間、大切な人を思いやる心は王の大切な資質でございます。殿は良き王の器をお持ちですね。瀬戸大将殿だけに」


 瀬戸大将を腕に抱える我を見ながら、鳥居はそう言って目を細めた。

 どうやら洒落っ気は鳥居にもうつったらしい。


 「称えよ! ここに我らが一門に新しい仲間が加わった! 『金の亡者』『獅子身中の虫』『外道教主』『傾国のロリババア』に続く、第五の臣下! 『金で買われた王の器』である!」


 我の宣言に続けて皆の手と手が打ち鳴らされる。

 TV会議越しに『うわー、相変わらず、ひどい字面(じづら)』という女中の声が聞こえてきた。

 拍手の音を伴いながら。

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