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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第六章 対決する物語とハッピーエンド
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瀬戸大将とシフォンケーキ(前編)

 王には備えるべき風格というものがある。

 

 強さを伴った頼もしさ。

 慈愛に満ちた優しさ。

 知性あふれる聡明さ。

 血筋に裏付けられた気品。

 衆目を集める美貌。

 財に裏付けされた気前の良さ。

 時には愛嬌。


 その全てを兼ね備えなけれならないということはないが、あるに越したことはない。

 妖怪王となるには”あやかし”の心を()きつけ、認められねばならぬ。


 ”貴方様こそ妖怪王にふさわしい”と。


 力づくでそう言わせるのならば容易い。

 たとえ面従腹背(めんじゅうふくはい)でも言わせてしまえば勝ち。

 そうやって妖怪王を目指そうという”あやかし”もいるであろう。

 

 だが、我は王の生まれである。

 姫が真実の愛を求めるように、王子が心からの称賛を求めるのは当然である。

 

 我が名は黄貴(こうき)

 覇道の道程を進む、王の子である。


◇◇◇◇


 「御免」


 鳥居に案内され暖簾(のれん)をくぐり抜けた先は老舗(しにせ)(おもむき)を感じる骨董屋。

 ここは尾張の国、愛知県。

 鳥居が我の臣下に加わる可能性がある”あやかし”を見つけたとの報があり、案内された地。

 和風の食器が並ぶ(いおり)だ。

 棚に壁、床に(はり)、そこら中が焼き物で埋め尽くされている。


 「誰ぞある?」


 店内に入ってみたものの、誰か居る気配は無い。

 我も奥へ向けて声をかけてみたが、返事は聞こえぬ。


 「どうやら留守のようだな鳥居」

 「いいえ、殿。そこかしこにおりまする」


 そこかしこ(・・・・・)

 鉄鼠のように小動物を操る”あやかし”であろうか。

 だが、猫一匹おる気配はない。


 「鳥居よ、やはり誰も……」


 我がそう言おうとした時、カタカタと焼き物が震え宙を舞う。

 そして、それは我らの前でガチャンと組み上がり、人型を取った。


 「ガチャンと合着(がっちゃく)、ただいま参上! 戸を背に大小抱えて現れる! 拙者の名は”瀬戸大将(せとたいしょう)”なり!」


 人型といっても、その体は肉ではなく器物。

 全高は約50cmほどであろうか。

 それらが集合体は皿の口をカタカタと鳴らして口上を述べる。

 瀬戸大将……我もその名は聞いたことがある。

 瀬戸物(せともの)付喪神(つくもかみ)だと。

 

 「瀬戸大将殿、お久しぶりです」

 

 古き友人に会うように鳥居が挨拶をする。

 我も続けて名を名乗る。


 「初めまして、であるな。我が名は黄貴(こうき)、未来の妖怪王である」

 「これはこれは、妖怪王候補の中で最も恐ろしいと称される東の大蛇の長兄殿ではありませんか。大蛇(おろち)だけに、おそろちいっ!」


 …

 ……

 ………


 「大蛇(おろち)だけに、おそろちいっ!」


 繰り返さぬともわかる。

 ただ、こんな時どう返せばよいか迷ってるだけだ。

 ここは、笑うべきなのか?


 「黄貴(こうき)様、この瀬戸大将殿は鳥山石燕(とりやませきえん)の『百器徒然袋ひゃっきつれづれぶくろ』にも描かれております”あやかし”でございます」


 真顔で硬直する我を横目ににこやかな顔で鳥居が瀬戸大将を紹介する。

 そうだな、優秀な部下をスカウトするのに仏頂面(ぶっちょうづら)では良くない。

 

 「ハハハ、面白いことをいう”あやかし”だな」

 「はい、拙者のプロフィールにはこのようなものが書かれておりまする」


 そう言って瀬戸大将は一枚の絵を差し出す。

 墨絵の少しコミカルな絵、その横に一編の詩が書かれている。


===================================================


 (ほこ)をよこたえて詩を()せし曹孟徳(そうもうとく)にからつやきの

 ((ほこ)を横たえて死に()曹孟徳(そうもうとく)(曹操)姿の唐津焼(からつやき)の”あやかし”に)


 からきめ見せし燗鍋(かんなべ)寿亭候(じゅていこう)にや

 ((から)き目を見せたと、漢をなべ(・・・・)たと、燗鍋(かんなべ)を背負いし、寿亭候(じゅていこう)(関羽)姿の瀬戸大将)


 蜀江(しょくこう)のにしき手を着たりと夢のうちにおもいぬ

 (その瀬戸大将が蜀江(しょくこう)(にしき)を着て、京より西(にし)の地域にも()たぞ……という夢をみたのさ)


 ※超意訳

 ※蜀江(しょくこう)錦、中国の蜀の錦織物、日本に伝来後、その柄は京都で蜀江柄として生産された。

 ※江戸時代、京より東の焼き物は瀬戸物(せともの)、西の物は唐津物(からつもの)と呼ばれていたが、西の地域でも焼き物を総じて”せともの”と呼ばれるようになりつつあった。

 その言葉の変遷を唐津焼を曹操に、瀬戸焼を関羽に見立てて瀬戸物が日本の焼き物の中心となったことを表現したものと思われる。

 

===================================================


 結論。


 「要するに洒落(しゃれ)か、鳥居」

 「左様で」


 なるほど、この瀬戸大将は洒落の中から生まれた”あやかし”。

 なれば、言葉遊びやダジャレを言うのも納得がいくというもの。

 問題は、それがイマイチだという所か。

 いやいや、それ問題ではない。

 問題なのは、こやつが我の門下に加わるか否かという所だ。

 お寒いギャグの影響を受けたせいか、我の中でひとりツッコミが入る。


 「そうか、お主が音に聞く、器物の”あやかし”の総大将”瀬戸大将”であるか」

 「音に聞くだけでなく、音も鳴らせる瀬戸大将ですぞ」

 

 そう言って瀬戸大将が体を揺らし、カチャカチャと音を立てる。


 「……な、なるほど腕だけでなく口も達者らしい」

 「口八丁(くちはっちょう)手八丁(てはっちょう)八丁味噌(はっちょうみそ)手前味噌(てまえみそ)ってね。口八丁(くちはっちょう)だけどロハ(ただ)じゃないぜ。手八丁でもお足はちゃんとある瀬戸物でございまする」


 …

 ……

 ………?


 「殿、これは八丁(はっちょう)と愛知名産の八丁味噌(はっちょうみそ)(いん)を踏んで、口八丁の口八をカタカナのロハ、つまり縦にすると(タダ)になり無料という意味になるが、そうではなく、お足がちゃんとあるというのは”お足”はお金を意味しますから、足がちゃんとあるという事で無料(タダ)ではないという事と、瀬戸大将殿は腕の立つ者であるから只者(ただもの)ではない、瀬戸物(せともの)だぜ! という意味まで秘めた高度な……」

 「ええい! 解説はよい!」


 『平安から現代まで日本人は洒落や(いん)が大好きですが、中でも江戸時代はその文化が真っ盛りの時期なんですよー』


 そう女中が言っていたが、正直、目の当たりにすると我の想像を超えている。

 ……珠子、助けてくれ。

 我は初めて誰かの助けを求めた。


◇◇◇◇


 『おかけになった電話番号は現在、電波の……』


 助けは来なかった。

 仕方がない、王は孤独になることもある。

 ここは己の器の大きさで何とかするしかあるまい。


 「失礼した。それでは本題に入りたいのだが……」

 

 スマホを胸ポッケに差し込みながら我は未来の臣下に語りかける。


 「話は鳥居殿から聞いてまする。拙者を配下に加えたという話ですね。でも、ハイそうですかー、というわけにはいきませぬ」

 

 止めろ鳥居。

 配下(はいか)ハイ(・・)そうですかー(・・)、と言いたそうだが、止めてくれ。

 話が進まぬ。

 

 「拙者は今、強大な外敵からの襲撃を受け、非常にピンチに陥っておりまする。黄貴(こうき)殿には是非ともその外敵を排除して頂きたく……。それが成った暁には、拙者は黄貴(こうき)様のために、この身を尽くしましょうぞ」


 助かった……

 これが”どこぞの漫才大会で優勝したい!”という物であれば、お手上げだった。

 なあに、敵の排除ならば比較的、我の得意とする所。


 「して、その倒してもらいたい相手とは? 北の迷い家(まよいが)か? 西の龍王であるか? まさか、京の酒呑童子ではあるまいな」


 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)が姿を消してより千年。

 次代の妖怪王候補の動きも活発になってきておる。

 今、我ら東の大蛇、北の迷い家(まよいが)、西の龍王などが有力候補として名を連ねておる。

 その中での筆頭候補が京の酒呑童子。

 こいつが相手だと、ちと厄介だ。

 王の才覚や力量という面ではなく、そこで女中が世話になるという話だからな。


 「いえ、そのいずれでもありませぬ」

 「そうか、では何であるかな?」


 どんな相手でも構わぬ。

 我が王権に従わぬのであれば、排除するのみだ。

 そやつも運が無い……、ここで我の敵となったばかりに、後の世で王道の中ボスとして語られようとは。

 

 「それは……資本主義でございます!」


 ……珠子、助けてくれ。

 王制へのラスボスが現れてしまった。


◇◇◇◇


 「鳥居よ、王制と資本主義は並び立つと思うか?」

 「象徴としての王制であれば可能でありましょう。ですが資本主義とは皆が平等な機会を持ち、自由に経済活動が行えるもの。殿が目指す王道とは相容れませぬ」


 もっともな意見だ。

 王とは、皆の羨望(せんぼう)を受ける者。

 それはこの日ノ本で最も自由であるべきであり、その王が制限を受けたり、市井の者が王と同じ自由を持ってよいはずがない。

 法の下の平等ではなく、王の下の平等であるべきなのだ。


 「拙者は年月を経た瀬戸物から成る”あやかし”です。ですが、昨今の技術革新による安くて質の良い物や、外国からの輸入品に旧来の瀬戸物は押されておりまする。だが、拙者は古きやり方しか知らず、商売で負け続ております。これを何とかして頂きたいのです」

 「なるほど、この骨董の数々は在庫ということか」


 室内中に広がる焼き物の山。

 それら全てに年期が感じられる。

 中には百年以上も経過した物の気配すらも。

 これらは、資本主義による経済活動の負の側面として在庫となってしまった瀬戸大将の仲間たちなのだろう。


 「いえいえ、お言葉ですが、ここにある物は全て未使用新品のバージンでございます。焼きものだけに」


 …

 ……

 ………


 「バージンでございます。つまりBurn人(バーンジン)、焼きものだけに」

 「黄貴(こうき)様、これは未通女(おぼこ)であることの西洋の呼び名であるのバージンと、物と者をかけた”焼きもの”という意味でのBurn人(バージン)をかけた……」

 「ええい! 解説はよい!」


 瀬戸大将の洒落と鳥居の冷静な解説が我を襲う。


 「わかった、つまりここにある未使用在庫を何とかして欲しいというのがお前の望みだな」

 「はい、食器として生まれた数々の仲間たちが、その役割を果たせないまま眠り続けているのは耐えがたい。ですが、ここの仲間たち皆が自らの生きる場所を見つけて旅立ったなら、拙者に心残りはありません。貴方様にお仕えすべく、江戸に参りましょうぞ」


 なるほど、資本主義を倒せというのは、この焼き物たちが未使用のまま骨董品とも言えるほど在庫となっていた原因が資本主義にあり、それを打倒して欲しいという意味か。

 なんだ、簡単ではないか。

 つまるところ、この瀬戸物の山を売りさばけばよいのであろう。

 幸いなことに、我はここへの道程にて有力な情報を仕入れている。

 これを利用すれば容易(たやす)かろう。


 「安心せよ、瀬戸大将。ちょうど明日から町で陶器祭りが開かれるとの話だ。我の権能(ちから)にて、出店スペースを確保しよう。そこでこのモノたちを売り切ろう。なぁに我に任せておけ」


 そう言って我は一枚のチラシをヒラヒラとさせた。

 

◇◇◇◇


 カラン、コロンと下駄の音が聞こえる。

 あの後、我らは町の商工会議所へ(おもむ)き、出店の手はずを整えた。

 今はその帰路。


 「流石は黄貴(こうき)様、これであの仲間たちも新天地にたどり着けます」

 「して、殿。あの在庫を売りさばく算段はおありですかな?」


 鳥居が心配するのも無理もない。

 出店をねじ込んだだけあって、我らのスペースは会場の中心から外れているからだ。

 こんな時に頼りになるのは、女中の叡智であるが、今は休暇中で不在だ。

 だが、我にも策はある。

 女中とは未だ連絡は取れぬが、我とて今までの女中の活躍に学ばなかったわけではない。

 こんな時、女中ならどんな機知で解決するか、それを類推すれば良いのだ。


 「ああ、任せておけ」


 我は瀬戸大将の店舗の中を確認した時にアレ(・・)を見つけた。

 アレ(・・)を使えば集客は間違いないであろう。


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