珠子と今大江山酒呑童子一味と化物婚礼(その3)※全5部
◇◇◇◇
最強……それは男ならば誰もが一度は目指す野望。
そして最強妖怪候補と言えば、日本三大妖怪、大江山の鬼の首魁”酒呑童子”、白面金毛九尾狐”玉藻の前”、鈴鹿山の鬼神”大嶽丸”の三体。
この日ノ本においては帝を脅かした強大な妖怪たち。
だが、それらは本当に日本最強なのか?
それらはみな、帝とその配下の軍勢により討ち取られ、首や亡骸を宇治の宝蔵に収められてしまったではないか。
だとしたら、最強の妖怪とは?
「朱雀門の鬼さん!? どうしてここに!?」
「久しぶりだな珠子殿。なあに、私がここに居る目的はひとつよ」
そう言って、朱雀門の鬼は気さくに指を一本立てる。
「お前はこういうのには興味がないかと思っていたが、やはり狙っているのか。次代の”妖怪王”の座を」
妖怪王、それはかつて俺様の父、八岐大蛇が持っていた称号。
日本中の妖怪が羨望する王の称号。
「察しがいいのう、その通りじゃ」
フフフと不敵な嗤いを浮かべながら朱雀門の鬼は言う。
「ええと、朱雀門の鬼さん?」
「なんじゃ? 珠子殿」
「失礼ですけど、あなたって、知名度もマイナーだし、戦績もゼロに等しいし、妖怪王の座って無理っぽくありません?」
「というか、私は検索して初めて知ったわ」
ふたりの物言いにズルッと朱雀門の鬼が体勢を崩す。
本当に失礼だなこのふたりは。
「たわけ」
「あー、あたしが20年くらいしか生きていない人間だと思って馬鹿にしましたね。人類のデータベースは凄いんですから。かなりマイナーな伝承だって残っているんですよ」
30年くらいであろうという俺様の心のツッコミは置いておくとして、こいつらには一応説明せねばならぬな。
この”朱雀門の鬼”がいかに強大かを。
「よく考えろ、茨木が住み着いた羅生門よりはるかに帝の御所に近い朱雀門。内裏の目と鼻の先の朱雀門に棲みつき、ついぞ退治されなかった鬼が弱いはずがなかろう」
「あっ!?」
「いわれてみれば……」
やっと気づきおったか。
この国において帝を脅かす事がいかに困難かを。
「そうじゃな。私が朱雀門に棲みついたのは遷都間もないころじゃったが、最初のころはそれはもう毎日のように名だたる将軍や高僧、陰陽師などが来おったぞ。坂上田村麻呂とか最澄とか安倍晴明とか。おっ、お前さんの因縁の相手、源 頼光もな」
坂上田村麻呂は大嶽丸を退治した将軍、最澄は比叡山の天狗を退けた高僧、安倍晴明は玉藻の前の正体を見破った陰陽師。
そして源頼光は俺様の宿敵。
みな平安の世を駆け抜けた英雄たち。
「で、でもそんな伝承はどこにも残っていませんよ。どうやってそのスゴイ人たちを退けたのです?」
「珠子殿、それはだな……」
「こうやってだろ。 破っ!」
気合の声とともに、俺様の妖力を込めた力の奔流が放たれる。
「ほいっと」
だが、その力は夜の闇より一段と深い闇の穴に吸い込まれた。
「あっ、あたしも通った門!」
「これがこいつの能力だ。他所へと繋がる門、対象を呼び寄せる召喚、そして木偶の兵、これらを以って人間どもを退けたのであろう」
かつて、俺様も京を荒らしまわっていた時、この朱雀門の鬼と何度かやりあったが、決着はつかなかった。
こちらの攻撃は全て届かず、近づこうとすれば門でどこぞへと跳ばされる。
何度攻め入ろうが埒が明かず、諦めるしかなかった。
「その通りじゃ。私は無益な争いは好まん。朱雀門に攻めてきた人間は全て京の外れの田んぼの中に跳ばしてやったわい。やがて人間どもは諦めおったわ」
「なるほど、勝者も敗者もいなかったから伝わっていないんですね」
「その通り。だがそれも今日までじゃ。お前さんを倒して妖怪王候補の筆頭に躍り出るからな」
「あの程度の木偶しか生み出せぬやつに俺様が負けるとでも」
そう言って俺様は身構える。
こいつの門は確かに厄介。
だが、それは防御や防衛に優れておるが、反面、攻め手は貧弱。
「しかしよくわかったの。あれが傀儡だという事に。こう見えても当時のあいつを忠実に再現したつもりだったのだが……」
「最初に見た時からわかっておったわ。たわけ」
「ほう、それは何故に?」
頼光も配下の四天王も寸分違わずあの時のまま。
だから違う。
「あの木偶は自らを『鎮守府将軍 源 頼光』と名乗りおった、当時のままにな。あれが転生体や英霊、憑依だとしたら、なぜ、ヤツの最終官位で最も位の高い正四位下である左馬権頭、源頼光と言わなかった。俺様は調べたぞ、あやつがどのような人生を歩んだかを」
俺様の隣と前で、ポンと手を叩く音がする。
「ははは、こりゃ失敗。リアリティを求めるあまりに、そこまで気が回らんかったわ。いやいや、言われてみれば当然。次回からは気をつけるとしよう」
「次回などない、お前はここで脱落だ」
遠距離攻撃が届かぬなら接近して仕留めるまで。
俺様は大地を蹴り飛ばし、一気に間合いを詰める。
「おおこわいこわい。だがな、私が備えを怠っているとでも思うたか。若造」
ヒュンと風を切る音が聞こえ、月の光を反射して刃が俺様に迫る。
その姿は憎っくきあやつ。
小賢しい。
俺様の手刀が一瞬で木偶の胴を両断する。
「この程度であやつを再現したとは片腹痛いわ! あいつの剣閃は音を超え、雷の如き音を立てたぞ! この程度ではものの数ではないわ!」
音よりも速く刃が迫り、音と共に首が飛ぶ。
その音は雷のごとし、その剣閃は光のごとし、故にその名は雷光。
「ものの数ではないとな。ではそれがものすごい数ならどうじゃ?」
朱雀門の鬼の手が虚空を振るうと、そこに生じた黒い穴から数多くのあやつが現れた。
「うわっ!? 量産型再生怪人!?」
「これ、数が増えると弱くなるやつですよ!」
ノラと珠子が自分たちは蚊帳の外とばかりに暢気な事を言うが、こちらはたまったものではない。
木偶とは言えども、この数は流石に骨が折れる。
しかも憎っくきあやつと同じ顔と声で襲い掛かってくるのだ。
「キエェェェェェー!!」
声は同じ、だが魂が込もっていない刀が、上から大上段に振り下ろされる。
何本も、幾重にも、絶え間なく。
「どけ! この有象無象ども!」
俺様の妖力が波となり木偶どもを弾き飛ばすが、それよりも多い数の木偶が虚空より現れる。
やはり朱雀門の鬼本体に肉薄せねば埒が明かぬか。
俺様は身を低くし、高速で朱雀門の鬼へと接近する。
間合いまで、あと一歩!
そう思いながら最後の一足を踏みこもうとした時、
「酒呑さん! 駄目です! 足下!」
後方より珠子の叫び声が聞こえた。
フッ
「なにっ!?」
黒い大地が色を闇に落とし、俺様の足を虚空に吸い込もうとする。
「くっ!?」
間一髪の所で、俺様はその闇の縁に手をかけ、虚空への落下を防いだ。
「おや、あと一歩の所じゃったのに。惜しいのぉ」
この闇がどこに通じているか俺様は知らぬ。
だが、ろくでもない所だということはわかる。
「朱雀門の、お前、仕掛けてたな」
「いかにも。戦に赴くのに備えをせぬわけがなかろう。ここの地面一帯には門の落とし穴がそこかしこに仕掛けてあるわ」
カカカと高笑いを決め込みながら、朱雀門の鬼は俺様のあと一歩の間合いから後ろへ跳躍する。
用意周到といった所か。
平安の世より、こいつは拠点防衛においては破れた事がない。
こいつが準備した陣を突破せねばならんとは。
くそっ、こうしている間にも茨木が!
『…………………。………………………』
なんだ今の感覚は?
いや、この感覚には、香りには憶えがある。
そうか、力を貸してくれるのか。
「どけ! 朱雀門の鬼よ! 俺様は進まねばならぬ、茨木を救うためにも! 俺様を応援してくれる女のためにもな!」
「よく言った! 酒呑さん!」
「応援しかできませんけど、がんばれー!」
ノラと珠子、そして――の声援を受け、俺様は再び大地を駆る。
木偶の群れどもを吹き飛ばし、再び朱雀門の鬼へと肉薄する。
フッ
再び足元の感覚が消えるが、落とし穴があるとわかっていれば、かかった後でもやりようがあるというもの。
俺様は伸ばした腕で大地を掴み、体の落下を防ぐとともに体勢を立て直す。
だが……
「何度やっても無駄じゃぞ。お前さんが落とし穴に気を取られる隙に私は安全圏まで飛び退くでな」
この一瞬の間に朱雀門の鬼は後方へとその身を躍らせ、俺様との間合いを取る。
「そうかな、やってみなければわかるまい」
「やれやれ、強情なやつじゃ。なら、お前さんの気が済むまで、妖力が尽きるまで繰り返そうか」
「茨木を救うまで、俺様の気が済むことはないがなっ!」
その声と同時に、俺様は三度目の突撃をする。
それを嘲笑うかのようにヤツは後方へ飛ぶ。
「あー、また距離を取られちゃうー!」
心配するな珠子。
間もなく終わる。
「へっ!?」
何が起こったのかわからぬような表情を浮かべ、朱雀門の鬼の足が、腰が、胴体までもが大地に沈む。
その足は大地を掴まず、虚空を掴んでいた。
「な!? なんでここに私の落とし穴がぁ~~~~~~!?」
長く伸びる声を残し、朱雀門の鬼は虚空の中に消えていった。
「さあな、きっと自分で仕掛けた罠の場所を|忘れておったのであろう《・・・・・・・・・・》」
もはや届くかわからぬが、虚空の穴に向けて俺様は言い放つ。
ヤツが落ちていった穴の横には花が一輪。
八重咲の美しい花が夜風を受けて揺れていた。
◇◇◇◇
「茨木さんの位置までもう少しですよ」
朱雀門の鬼を退けた後、俺様たちは再び山道を進んでいる。
「いやぁー、しかし朱雀門の鬼さんが黒幕だったとは思いませんでしたね」
「いや違う。おそらく黒幕は別にいる」
憎き偽頼光の正体、それは朱雀門の鬼の木偶。
偽だとは予想していたが、その主が判明した事で俺様の心に考える余裕が生まれていた。
「そうなのですか? いったい誰が?」
「考えてみればおかしいことばかりだ。茨木があんな木偶に遅れを取るなどあり得んし、最初の神気結界も怪しい。そんな事が出来る心当たりはひとりしかおらぬ」
朱雀門の鬼も強大ではあるが、鬼だ。
神気なぞ扱えようがない。
「すると、真の黒幕は……」
「ああ、珠子の考えている通りだ」
ガサリと藪を抜けると、開けた大地に岩がひとつ。
そして、そこに座っているのは……鬼灯柄の着物に身を包んだ茨木の姿。
「茨木さん!? だけど……」
「ああ、様子がおかしい」
岩に座る茨木は何かに拘束されているようではない。
気絶しているわけでもない。
だが、その瞳には光が宿っておらぬ。
「あれきっと茨木さんですよ! スマホのGPSもここを示しています!」
ノラが予備のすまほを見て駆け寄ろうとするが、
「待て」
俺様はその袖を握って制止する。
「えっ、どうしてです? やっと逢えたというのに」
「様子がおかしい。おそらく茨木は薬か術で我を無くしておる。不用意に近づけば襲い掛かってくるぞ」
「ほんとだ! 茨木さん、何かブツブツ言っていますよ!」
珠子の指さす先は茨木の口元。
そこに耳を澄ますと、
「酒呑のテキ……タオス……」
珠子の言う通り、抑揚の無い茨木のつぶやきが聞こえた。
「おそらく、茨木を操っているのが真の黒幕」
「あたしにもわかりました! 茨木さんほどの”あやかし”を操れるくらい強大で、因縁のありそうな方が!」
珠子がわざとらしくその手をポンと打つ。
「さあ! 正体を現せ! 影の黒幕よ!」
「ええ、姿を現して下さい! はくた……」
ガシッ
珠子は最後までその言葉を続ける事が出来なかった。
珠子の頭を俺様の掌が正面から鷲づかみにしていたからだ。
「黒幕は、お・ま・え・だ・ろぉ~ 珠子ぉ~」
ギリギリギリと俺様はその手に力を込める。
「ええええええええええええ~、どーして、バレちゃったんですかぁ~~~!?」




