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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第五章 遠征する物語とハッピーエンド
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珠子と今大江山酒呑童子一味と化物婚礼(その1)※全5部

 「とうちゃーく! ここが伊吹山ですよ!」


 珠子がバスより降りて山の稜線を指さす。


 「滋賀県と岐阜県の県境に位置する伊吹山は標高1377mの名山! ここ近辺では最も高く、山頂からは日本アルプスや伊勢湾が見えます。そして西には日本最大の湖、琵琶湖が望める風光明媚な観光地でーす!」


 バスガイドのような口調で珠子は説明を続ける。


 「この山はドライブウェイも整備されてるので、登山道からなら山頂まで徒歩でも30分かからないわ。夏には様々な草花が()(さか)る素敵なハイキングコースもあるのよ。初心者大歓迎!」


 その隣でびでおかめら(・・・・・・)とやらを構えているのが、珠子の友人のノラ。

 俺様の大江山寝殿に向かう途中で友達になったらしい。


 「その通りですノラさん! ここは初心者やお子様でも簡単安全に楽しめます! ご家族みんなで夏の思い出作りを!」

 「「ねー!」」


 そう言いながらふたりは肩を抱き合う。

 大江山寝殿の時とは違った表情。

 やはり人間同士であると気を張らずに済むのであろう。


 「ど、どうや珠子はん、ノラはん。ウチの振袖、どこかおかしい所あらへん?」

 「バッチリです! とってもお似合いですよ!」

 「ええ、太陽の光を浴びて無垢の布地がとっても綺麗!」

 

 ふたりの前で振袖をクルクルと回転させているのは茨木。

 いつもは直垂姿なのだが、今日は白無垢の振袖姿。

 3日前、俺様が(コチ)の洗いに込めた気持ち”水魚の交わり”。

 それに酒を加えて作った事で、その料理が意味する所は母様である玉姫に茨木を紹介したい、ひいては婚礼の申し込みという暗喩となった。

 珠子の策に()められたとも言える。


 確かに、茨木は俺様の右腕であり、背中を預けられる唯一の存在であり、幼馴染であり……恋人である。

 そして、茨木は俺様が側に居て欲しいと思った数少ない女。

 ま、ここらが節目やもしれぬな。

 千年を超える付き合いである茨木とは何度も契りを結んだが、婚礼という式を取った事はない。

 なぜなら、結婚は一種の束縛に通じ、それは自由の対極にあるもの。


 俺様は酒呑童子。

 かの八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の息子にて、日本三大妖怪の一角。

 好きな時に好きなように喰らい、呑み、襲う、(おそ)れられる鬼。

 そして、何よりも自由を愛する男だ。

 

◇◇◇◇


 「それじゃ進みましょ。きっと酒呑さんのお母さまも喜びますよ」


 そう言って珠子に続き俺様たちが歩みを進めると、


 ゴチン


 「痛いんだしー」


 なにやら硬いものがぶつかる音がして、石熊が顔を押さえた。


 「この透明な壁は何カナー?」

 「入れないカナー」

 「でも、姉御は入れてるクマー」

 「姉御の連れも一緒だスター」


 壁に行く手を遮られているのは石熊だけではない、熊たちもだ。


 「あれー? あたしたちは何ともないんですけどね」

 「そうねえ」

 

 熊たちがゴンゴンと音を立てる向かい側から珠子たちが何かを叩こうとするが、その手はスカスカと虚空を切るばかり。


 「父上、これはあやかし避けの結界と見受けられます」

 「わかっておる。おそらく、この伊吹山の神の仕業であろう」

 

 目の前の見えない壁から感じるのは神気。

 人間が作る結界とは明らかに違う強大さ。

 母様の仕業ではなかろう、母様が俺様を拒むはずがない。

 

 「強引に突破しますか? 父上」

 「止めろたわけ。このがいどぶっく(・・・・・・)とやらによると、この伊吹山に(まつ)られているのは、多々美彦命(タタミヒコ)天火明命(アメノホカリ)草葦不合命(フキアヘズノミコト)、いずれも名の知れた神々ぞ。俺様ならともかく、お前たちでは荷が勝ち過ぎる」


 神気で作られたあやかし避けの結界を力づくで破るなぞ、喧嘩を売るようなもの。

 俺様に怖いものなぞないが、最後に俺様しか立っていない戦を仕掛ける気はない。

 せっかく現世(うつしよ)に現界できたのだ、みなで勝利するのが最善というもの。


 「では、どういたしましょうか? 父上」

 「なに、逆転の発想をすれば良いのだ。母様にこちらに来てもらえばよい」


 そして俺様は大きく息を吸い込む。


 「母様(ははさま)ー、酒呑です。ご報告とお願いがあって参りましたー!」


 俺様の妖力(ちから)を込めた声、これなら母様に届くに違いない。


 …

 ……

 ………


 「返事がありませんね……」

 「あたしたちなら、通れるんですけどね」

 

 結界なぞ感じぬように珠子とその友人が見えない壁を何度もすり抜ける。


 「母様なら俺様や茨木に逢うのを避けるはずがないのだが……」


 母様なら俺様たちの来訪に気付いていないはずがない。

 それどころか、その目的まで知っていてもおかしくないはず。


 「ひょっとして……」

 「なんだ珠子?」

 「ひょっとして、婚礼の挨拶に行くのに呼びつけるのは無礼と取られたのかもしれませんね」

 

 珠子のその言葉に茨木の顔色が変わる。


 「玉姫(たまひめ)さまー! 茨木やー! 無礼を許したってやー! ウチと酒呑の仲を認めてたもれー!」


 そう叫びながら、茨木は結界をドンドンと叩くが、それが緩む気配はない。

 解せぬな、母様がこの程度でへそを曲げるとは思えぬのだが……


 スカッ


 「あたぁ!?」


 突如、結界を叩く音が消え、勢い余って茨木が前のめりに転ぶ。

 

 「結界が消えたみたいだクマー」


 なんだ、何のことはない、母様が結界を解くのに少し手間取っただけか。

 ……いや、おかしい。

 母様は神使とは言えども、このような強大な結界を張る神力(ちから)は無い。

 この結界の主は別に居るはず……


 「それじゃあ、進むクマー!」

 「待て熊! 何かおかしい!」


 バチィ!!


 「ぴぎゃー!!」

 

 再び結界が、先ほどより遥かに強い結界が白い光を放ち、熊がそれに弾き飛ばされる。

 これは(いかづち)の結界!?

 

 「なんや! 離してや!」


 白光に目がくらんだその一瞬の後、俺様が見たものはひとりの侍に抱えられる茨木の姿。

 いや、その顔には憶えがある。

 記憶の彼方に忘れていた、その顔。


 「なぜだ!? なぜここに居る!?」


 俺様の問いにそいつは口角を上げ、ニヤリと(わら)う。

 そいつはかつて俺様を奸計(かんけい)にて(ほふ)った男。

 その名は……


 「頼光(らいこう)!」


◇◇◇◇


 「いかにも、鎮守府将軍(ちんじゅふしょうぐん)源 頼光(みなもとのらいこう)である」


 眼光は鋭く、声は明瞭、そのたたずまいは武神の如し。

 

 「あ゛ー! あの時と全く同じ顔と台詞だしー!」


 俺様の後ろに隠れながら石熊が叫ぶ。

 

 「ここであったが千年目よ! そこを動くな! いますぐ八つ裂きに!」

 「主の命によりこの女を連れて行く、貴様に構う暇なぞない」


 俺様の声なぞ意にも介さず、頼光は茨木を抱えたまま背後へと跳躍し駆け出した。


 「しゅてーん! しゅてーん!」

 「待て!」


 バチィ


 俺様の伸ばした左手が(いかずち)の結界に触れ火花を上げる。


 「待ってください酒呑さん! 今、慈道さんに頂いた神気結界通り抜けしめ縄を出し……えっ!? ええっ!?」

 「待てぬ!」


 俺様の右の貫手(ぬきて)が火花を上げる左手に突き刺さり、見えぬ結界をムンズと掴む。


 「掴んだぞ……」


 筋肉が二倍にも膨れ上がっただろうか、俺様の両手は結界をこじ開け、


 「小賢しいわぁ!」


 バリバリバリと落雷が木を切り裂くのに似た音が響き、それは引き裂かれた。


 「さすがボスだクマー!」

 「この結界をものともしいカナー!」

 

 熊たちが俺様の後ろから喝采の声を上げる。


 「ゆくぞ、この大江山酒呑童子一味を虚仮(こけ)にした罪を魂の髄まで思い知らせてやる」


 肥大した両の手は再びいつもの細身に戻り、俺様は頼光が駆けた先を睨む。

 

 「待ってください酒呑さん」

 「珠子、お前はここで待っておれ、これは俺様たち大江山酒呑童子一味の戦いだ」


 あの頼光の正体は分からぬ。

 現世に転生でもしたのか、英霊として現界したのか、それとも人間が死霊を憑依させたのか。

 まあよい、滅ぼすのみだ。

 そして、これは俺様たちの戦いであり、珠子は関係ない。


 「いいえ待ちません。そもそもどうやって茨木さんの足取りをつかむおつもりですか?」

 「お前にはそれができると?」


 俺様の問いに珠子はスマホを取り出して答える。


 「あたしのスマホで茨木さんのスマホのGPSが追えます。現在位置はここから北東、距離約1000」


 そう言って珠子は山肌の一角を指さす。


 「便利な道具だな、わかった。だが、お前の友人とやらは……」

 「私も行くわよ。便利な道具とやらには予備も必要でしょ。それにここよりかは安全っぽいしね」


 珠子の友人、ノラとかいう女の手にもスマホが握られている。

 あの便利な道具とやらは人間たちの標準装備らしい。

 たしかに、予備を備えるのは道理にかなう……

 

 「鬼道丸」

 「はっ」

 「このふたりはお前に預ける。守ってやれ」

 「はい、この命に代えても」


 曇りの無い真剣な目で鬼道丸が言う。

 そういえば周防(すおう)も同じような目をしていたな。

 いや、いかんな、これから茨木を助けに行くのに、別の女の事を考えるなぞ。


 「よし、ならばゆくぞ。珠子、道を示せ」

 「はい、茨木さんのスマホは進路を変えず前進中。北東の方角、距離1500」


 俺様たちの視線が一点に集中し、そして一同は大地が揺れるほどの勢いで大地を蹴る。

 それは、かつて都の貴族どもが震えあがった大地の音。

 待ってろ茨木!

 今、俺様がゆく!


◇◇◇◇


 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ー! ぶぶぶぶつかるぅー!」

 「ちょちょちょ、鬼道丸さん、枝が! 木が!」


 鬼道丸の両肩で吠えているのが人間のふたり。


 「めんどくさいから一気に進むトラ!」

 「熊たちの連携プレイだスター!」


 ベキバキボゴゴッと山の木々をなぎ倒し、道を(ひら)いていくのが俺様の配下、大江山四天王。


 「ご安心を。ちゃんとパリィしていますから」


 熊たちの手によって飛び交う木っ端が鬼道丸の眼力、いや妖力(ちから)ある(まばた)きによって弾かれていく。

 ほう、やるではないか。


 「抜けたクマー! ぁぁぁぁぁぁあー!?」


 一足先に林を抜け、開けた所に出た熊がズルゥと慣性に乗って滑る。

 泥だ。


 「やはり邪魔が入るか」


 目の前の窪地は一面の湿地。

 それも葦などが生い茂った天然の物ではない、明らかに何者かの手が入った泥地。

 その泥がむくりと()き上がると、人の形を取ってこちらに襲い掛かってくる。


 「酒呑さん、なんですあれ?」

 「式紙か使い魔の類であろう。かつての京の町では陰陽師どもがよく使っておった」


 面倒だな。

 泥は水を含んで重い。

 倒すのはわけないが少々時間がかかる。


 「はっ! こんなん余裕だしー! ボクを汚したいなら触手でも準備するんだしー!」


 俺様の一味で最大の色物の石熊が我こそはとばかりに躍り出て、その小さな体に似合わぬ力で泥の傀儡(くぐつ)を吹き飛ばしていく。

 さすがだ、これなら思ったより……いや、これも策か!


 「金熊! 山際からの矢に気をつけよ!」

 「へっ!? わかったカナー!」


 その返事と同時に風を何かが切り裂く音が聞こえ、


 「ここカナー」


 パキンと金熊の手で弾き飛ばされる矢が見えた。

 

 「開けた場所で泥傀儡(どろくぐつ)による足止めと、遠距離からの攻撃か。基本だな」


 俺様の予想通り、敵の攻め手はこちらが本命。

 しかし、今の矢閃(やせん)は中々のもの、それなりの業の者の手によるものであろう。

 

 「ボクや金兄(かなにい)を襲うやつは誰だしー!」


 俺様たちの視線が岩の上に立つ男たちに集中する。


 「え? どうしてなんだしー!?」

 「なんであいつらも(・・・・・)、ここにいるカナー!?」


 熊たちの目が大きく見開かれる。

 そこに居たのは当然と言えば当然、不自然と言えば不自然。

 あやつが居るならば、こやつらが居てもおかしくはない。

 だが、それは平安の世でのこと。

 千年の先になぜ人間のこいつらが揃っている!?


 「みなさん、あの方をご存知なのですか?」

 「ご存知もなにも、決して忘れないスター!」

 「あいつらは、坂田! 碓井(うすい)! 卜部(うらべ)! 頼光四天王だトラ!」


 坂田金時(さかたのきんとき)碓井貞光(うすいさだみつ)卜部季武(うらべのすえたけ)

 言わずと知れた、俺様たち大江山酒呑童子一味の宿敵、源頼光の配下。

 だがおかしい……転生だとしたら、こんなに都合よく面々がそろうだろうか。

 英霊だとすれば、俺様たちはそんなに現代で悪事を働かせただろうか。

 憑依だとすれば、それほどまでの力量を持った人間が少なくとも四人も居るだろうか。

 おかしい……これには何かある……


 「熊、虎熊、星熊、金熊、石熊。ここは任せる! あの三下を仕留めて合流せよ!」


 俺様は配下に号令を下す。

 

 「わかったクマー!」

 「ここは虎に任せて先に行くトラ!」

 「時を超えた因縁対決でスター!」

 「あんなやつケチョンケチョンのギッタンギッタンカナー!」

 「あいつらなんてギッコンバッコンのズッコンバッコンだしー!」


 頼もしくもいやらしい返事を受け、俺様は再び駆け出す。


 「鬼道丸、真っ直ぐついてこい。矢は俺様が弾く」

 「はっ、はい! 父上! 師匠、師匠の友人殿、しばし揺れます」


 両肩に載せた珠子とノラを気遣いながら鬼道丸が俺様の後に続く。

 時折、ヒュンという音が聞こえるが、その程度の矢閃(やせん)では俺様の目閃(めせん)を抜くことは出来ぬ。

 俺様が瞳に妖力(ちから)を込めるだけで、その視線の先にある矢は勢いを失い、ポトリと地に落ちる。

 数秒も経たずに俺様たちへと向かう矢の気配も消え、代わりにキンキンと硬いものが打ち合う音が聞こえ始めた。

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