破戒僧とロリポップ(後編)
「トリック オア トリート!」
「酒処 七王子のハロウィンナイトへよーこそ!」
あたしの企画で七王子はハロウィンパーティを開催中だ。
あたしたちは店の前に屋台を構えて、子供たちを待ち構えている。
「……よーこそ」
あたしは疲労している。
昨晩たっぷりと吸われたせいだ。
「おかしをくれないといたずらしちゃうぞ」
「「「しちゃうぞー!」」」
紫君はヴァンパイアの衣装を着て友達たちと走り回っている。
『コスプレした子供にはお菓子無料サービス』というビラを配ったらいっぱい集まった。
やっぱり不景気なのかしら。
「しかし、本当に来るのかしら?」
「きっと来ますよ」
藍蘭さんは悪魔系ビジュアルバンド風の衣装だ。
「ヒャッハー! アタシはお酒はロック派よーん!」
そんな声を上げながら人体の可動域を超えたポーズで仰け反っている。
正体は蛇だもんね。
「ふむ、拙僧はここで飴を作っておればよいのだな」
あたしの横で飴を切っているのはあの日、来店されたお坊さん。
あたしが街を走り回って見つけた。
今日の計画にはお坊さんの助けが必要なのだ。
さあ、子供たちも集まって来たのであたしも仕事を始めますか。
あたしは水飴を棒に付け、ピンセットでのばす。
「ぼーにまきまき、ちょきちょきはさみー、おふででちょんちょん」
あたしの手の先で飴がうさぎの形を成していく。
飴細工だ。
「はい、うさぎさんのできあがりー!」
あたしの声に子供たちの視線が集中する。
「次はねこさんですよー、にゃんにゃんなー」
あたしの飴細工のレパートリーは片手で数えるほどしかない。
だけど、今はこれで十分。
本職の人は数百のレパートリーがあるらしい。
やっぱりプロってすごいなー。
「おねーちゃん、とりっくおあとりーと」
「はい、ひとりいっぽんずつね」
「ありがとー」
あたしの前に集まった子供たちの手に動物の飴細工が渡されていく。
トントコトントコトン
隣の屋台からは、長く伸びた飴を包丁で切るトントコという音が聞こえる。
お坊さんが作っているのは、その名を音に由来するとんとこ飴。
米飴と麦芽糖で作る昔ながらの飴だ。
「おこさんたちよ、こちらの飴もどうぞ」
クッキングシートで包まれた飴をお坊さんは子供たちに配っている。
「きゃはははははー」
紫君はあたりを走り回っている。
彼が走るたびにカボチャの目に光が灯る。
それは、あたしの精気の光だ。
日は陰り、夕日が地平線に消えた頃、子供たちは家路に着いた。
そして、その”なにか”は現れた。
彼女ひとりだ、他の“なにか”は紫君があらかた導いたからだろう。
「……」
彼女は何も語らない、いやもはや語る事も出来ないのだろう。
あたしは飴細工を一本取り彼女に向かう。
「本当に良いのか? 弱き浮遊霊といえども体への負担は軽くないぞ」
お坊さんがあたしに問いかけてくる。
「女に二言はないわ!」
「大丈夫だよ、ボクがサポートするから」
ここには人間はあたししかいない。
それ以前に女の子はあたししかいない。
藍蘭さんの顔が一瞬浮かんだが、浮かばなかった事にした。
「そうか、恩に着る」
あたしは歩みを進め彼女に近づく。
なにやら真言っぽい声が聞こえ、あたしの意識は沈んでいく。
そしてあたしは触れた、彼女の魂に。
彼女の正体はあたしの予想通りだった。
彼女は英雄でも姫でもない、ましてや怨霊なんかでは決してない。
彼女の正体は『飴幽霊』我が子を愛した、ただの母親だ。
◇◇◇◇
飴幽霊の簡単なあらすじ。
むかーしむかし、とある飴屋の夜、戸を叩く音がした。
飴屋が戸を開けてみると、ひとりの女が立っていた。
『飴を一文ください』
そう女が言うので、飴屋は飴を包み紙に包み、一文分の飴を渡した。
次の夜も女は訪れ、飴を一文買った。
次の夜もその次の夜も、そのまた次の夜も、またまた次の夜も、そして七日目の晩。
『もうお金がないのでこれで飴を売って下さい』
そう言って女は羽織を差し出すので、飴屋は飴を売った。
次の日、飴屋がその羽織を洗濯していると、なんと通りがかった庄屋が『この羽織は死んだ娘の棺に入れた物だ』と言ってきたではないか。
ふたりは話し合い、そして娘の墓を開ける事にした。
ふたりが墓に近づいていくと、土の下から赤子の泣く声が聞こえてくるではないか。
ふたりはあせって土を掘り起こし、墓を開いてみるとそこには娘の死体と、声を上げて泣いている赤子と飴の包み紙が七枚入っていた。
妊娠中に死んでしまった娘が棺の中で出産したのだ。
そして、棺に入れたはずの三途の川の渡し賃、六文銭は無くなっていた。
庄屋は赤子を抱きかかえ、立派に育てる事を誓うと、娘の死体がうなずいたように俯いた。
その後、その赤子は名のある高僧となったそーな。
◇◇◇◇
これはただの優しい物語。
でも、その後の飴幽霊さんはどうなったのでしょう。
この世に未練はない、だけど三途の川の渡し賃はない。
いっそ悪霊にでもなれれば強制的に祓ってもらえただろう。
そんな何者にもなれなかった彼女は、ただ彷徨うだけの”なにか”になってしまった。
それがあたしの中の”なにか”。
「ご母堂様、拙僧の声が聞こえますか」
お坊さんがあたしに語り掛けて来る。
あたしの中の”なにか”はそれにうなずく。
「拙僧はあなた様の子の遠き弟子にございます。あなた様の子よりこれと歌を預かって参りました」
お坊さんが渡したのは一文銭六枚。
それと歌の書かれた一枚の手紙。
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母知らず
慈愛を知りし
この身なら
愛が我が母
愛が我が子ら
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それは母を知らずとも、周囲の人からその愛を感じ、そして伝えていったひとりの男の歌。
その歌からは立派に成長した自らを伝えようとする心が感じられた。
あたしの中の”なにか”はあたしを通じてそれを感じた。
あたしの体は手を天に伸ばす、飴細工を指先に持って。
そして、少しの浮遊感と落下感の後、あたしの指先から飴細工は消えていった。
『天国のおばあさまお元気ですか、またそちらがちょっとにぎやかになりますよ。おばあさまより年配の方です』
そして、あたしの意識は深い海の中に消えていった。
ぺちぺち
何かがあたしの頬を叩く音がする。
「おねーちゃん、だいじょーぶ? 飴を口に入れれば目覚めるかな?」
この声は紫君かな。
「こうなったら! あたしの乙女のキッスで目覚めさせてあげるわ!」
藍蘭さん、それはカエルになった時の対処法です。
「ふむ、この『濃縮葡萄般若』で気付けを!」
おいまて破戒僧、ブランデーを持ち歩いてるんじゃない!
やばい、このままじゃ体中の穴という穴から何を突っ込まれるかわからない。
目覚めよあたしの体!
「たまこ、ふっっかーつ!!」
あたしは四肢を伸ばし、目を開く。
あたしの眼前にはかわいいにゃんにゃんの飴があった。
よかった、一番まともなやつだ。
ぱくっとあたしは飴にかぶりつき、そしてボリボリと噛み砕いた。
「カロリーを……よこせー!」
あたしはお坊さんの屋台に突撃し、飴を口に入れ再び噛み砕く。
「気付けっ!」
「ほいきた!」
ブランデーはその昔、気付け薬として使われていた歴史がある。
あたしはそれをラッパ飲みする。
熱い刺激があたしの喉と胃を燃え上がらせる。
その熱が、あたしの体に力を蘇らせていく。
「生き返ったー! いやマジで、げふぉげふぉ」
ちょっとむせた。
「でもよかったわ。うまくいったみたいで」
「うん、ちゃんとあっちにいったよ!」
「紫君のおかげよ」
あたしは紫君の頭を撫でる。
紫君はえへへと顔をほころばせる。
あー、もうあざとい!
「いや、今回は店員のおねーさ……いや、お名前をお聞かせ願えるかな。勇気ある娘さんよ」
「珠子です」
「そうか美しい名だ。拙僧の名は慈道、慈しむ道と書きます」
お坊さんは優しい名前でした。
「これもみな、珠子さんのおかげです。もうわかっているとは思いますが、拙僧の寺院にはその昔、飴幽霊に育てられた赤子が成長したと言われる方がおりましてな」
「ええ、うっすらとですが感じました」
あの女の人の顔もはっきりとわからなかったが、子を想う心は感じられた。
「その方はある日ふと気づいてしまったのです。三途の川の渡し賃である六文銭を失った母はどうなったのだろうと」
「それで六文銭を持ち歩いていたのですね」
「うむ、拙僧だけでなく一門がみなあの六文銭と歌の写しを持ち歩いておった。だが、これで彼女も浄土へ旅立てたであろう」
あの女はお子さんに逢えただろうか。
いや、きっと逢えただろう、あんなに特徴のある目印を持って行ったのだから。
あたしは上を向いた。
天国のおばあさま、涙腺は緩んでいますけど、珠子は今日もハッピーエンドです。
「これもみな珠子さんのおかげじゃ、この恩はいずれ」
「あー、いいのよ、あたしが勝手にやった事だから」
「いや、この恩は大きすぎる。いずれ必ず返させて頂く」
そう言って慈道さんはあたしたちの前から立ち去っていった。
◇◇◇◇
その後の話ですが……
「で……なんで、この坊さんは足しげく通っているの?」
「そりゃ恩返しだよ恩返し、こうやって珠子さんのお店の売上に貢献しているのじゃよ。いやー、受けた恩は大きすぎて毎日通っても返しきれないなー」
慈道さんはしばしば『酒処 七王子』を訪れているのです。
こうして常連さんが一人増えました。
まとも……じゃない人間です。




