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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第五章 遠征する物語とハッピーエンド
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石熊童子とウズラ料理(前編)

※作者注

 この『石熊童子とウズラ料理』では、少々残虐なシーン(食材の解体)が含まれています。

 もし、苦手という方でしたら、石熊童子という、語尾に”しー”が付く、男の()が大江山寝殿に合流し、珠子の舎弟となったとだけ理解して、次の話にお進み下さい。


◇◇◇◇


 朝日が心地よい。

 ”あやかし”たる俺様が太陽を心地よいと思うなぞ変な話だが、事実であるから仕方がない。

 理由は明白、目覚める毎に体調の回復を実感しているから。


 毒の痛みは鳴りを潜め、頭痛の種も心配の種も消え失せた。

 心身ともに健全。

 これも全て茨木が連れてきた珠子という人間の功績。

 しかも、今もなお俺様に手料理を振舞ってくれるという甲斐甲斐しさ。

 気持ちなら茨木も負けてはおらぬが、家事全般においては珠子の方が上。

 これは是非とも、俺様の魅力を教えてやらねば。

 そう思いながら(ひさし)を歩き珠子の城、台盤所へと向かう。


 ゾワッ


 何ぞこの怖気(おぞけ)は!?

 いや、これには心当たりがある……

 その気配は段々と近づき、惑いの結界を抜け、俺様の大江山寝殿へと一直線に向かって来る。

 間違いない、あやつだ。


 「酒呑さん、何だか結構強そうな妖力(ちから)を持つ”あやかし”が近づいていますけど、お客人ですか?」


 気配を察したのだろう、台盤所から珠子も出てきて俺様に声をかける。


 「いや、客人ではない……」

 「それでは闖入者(ちんにゅうしゃ)ですか? 敵意があるようには感じませんが……」


 敵意などあろうはずがない、あいつの忠誠は熊たちにも匹敵する。


 バァーン!


 門の扉が勢いよく開け放たれ、ひとりの”あやかし”が駆けてくる。

 金の髪に朱の瞳、袖の無い(ひとえ)に隙間の大きく開いた水干(すいかん)姿。

 袴なぞ膝の上までしか(たけ)がなく、真っ白な太股がちらちらと見える。

 

 「あら、可愛いい女の鬼さんですね」


 俺様の隣で呑気に珠子がそう言いおるが、それは間違いだ。


 「うわーん! ご主人さまー、逢いたかったしー!」

 

 そう言いながら跳びこんでくる、こいつの疾走跳躍抱擁を俺様はスルッと(かわ)す。

 ゴチンと柱にぶつかる乾いた音が聞こえる。

 

 「久しいな石熊」

 「やったー! ご主人さまー! 金兄(かなにい)からの連絡通り元気になったんだしー! よかったしー!」

 

 柱に当たった衝撃も何のその、石熊はピョンピョンと跳ねながら俺様の腕に絡みつく。


 「ええと……酒呑さん、その方は?」

 「初めまして! ボクは石熊! 石熊童子! 大江山四天王の第五の刺客にて紅一点! よろしくね!」


 四天王なのに第五の刺客とはなんぞや!?

 そんなツッコミを入れたくなったが、俺様は鉄の理性でそれを呑み込んだ。


 「あ、初めまして可愛らしい石熊童子さん。珠子です」

 「えへへ、ボク可愛い? 可愛い? そーだよね、そーだしー」

 

 可愛いと呼ばれて石熊が頬に手をあて、世間で言う所の可愛らしいポーズを取る。


 「珠子……わかっていると思うが、石熊は男だぞ。そしてこの大江山一の色物だ」


 そうこいつは男だ。

 女っぽい恰好をしているが、まごうかなたき男、そして金熊の弟だ。


 「えっ!? そうなのですか!? 男の()!? へー、ふーん、そー、ぐへへ」


 その時の珠子の顔を俺様は忘れる事が出来ない。

 あれは……色欲にまみれた女の目だ。


◇◇◇◇


 「ねぇねぇ、それでどうしてそんな恰好をしているの?」


 珠子の目が興味津々とばかりに爛々(らんらん)と光る。


 「それはねー、ご主人さまがねー、ボクを女の娘にしてくれたんだしー」

 「おんなのこに! しちゃった! 酒呑さんが!」ハァハァ


 スパーン!


 「ええぃ! 変な事を言うな。誤解を生むではないか!」


 耐えきれず、俺様の鋭いツッコミが石熊の頭に入る。


 「ちょっ!? ご主人さま、ツッコミむのなら、もっと激しく、下の口にして欲しいしー」


 ズバーン!!


 「だから、言葉を選ばんか!」


 さっきより遥かに強く、岩くらいは砕けそうな勢いでツッコミを落とす。

 やはりこいつにツッコミは危険だ……。


 「あっ!? ダメっ! そんなに強くしたらボクこわれちゃうんだしー」


 ギリギリギリギリ


 「だ・か・ら・言葉をだな……」

 「あっ、ちょ、これマジでヤバイし、わかった! わかりましー! だから、もう、やめへぇ!」


 俺様の掌の中で石熊が少し本気の声を出し始めたので、やれやれと俺様は掌を緩める。


 「まったく、ちゃんと説明せんか」

 「はーい、もう、ご主人さまったら照れ屋さ……ごめんなさい」

 

 石熊が最後まで言えなかったのは俺様の妖力(ちから)の高まりを感じたからだろう。


 「それより話の続き! どうして? どうして可愛らしい女の子の恰好をしているの!?」


 ドキドキワクワクと胸を高鳴らせながら珠子が言う。

 まったく、何がこんなに珠子の心をそそらせるというのだ。


 「ええと、むかーしむかし。ボクはね貴族の姫をさらう時に、すごーい貴族の使いの女房に化けて『二条家の使いの者です、そこの姫様に是非とも我が主人がお逢いしたいと所望しており、お迎えにあがりました』って嘘をいったんだしー」


 二条家とはかつての平安の都で名を馳せた貴族の名。

 二条だけでない、石熊は藤原、(たちばな)大江(おおえ)など様々に名を(かた)った。


 「そしたら貴族の親や姫は高貴な方に見初められたとおおはしゃぎ! まんまとだまされて牛車にひきこまれてボクに連れ去られちゃったんだしー。そーんな事を繰り返してたんだしー、そしたら……」

 「そしたら?」

 「何度もやっているうちに……女の子に化けるのがクセになっちゃったんだしー」


 てへっ、とそう言って石熊は世間一般的には可愛らしいといわれるポーズを決める。


 「そうですかー、クセになっちゃったんですかー、ぐへへ」


 相変わらずの色欲に満ちた目で珠子は口を(ぬぐ)う。

 

 「でもどうしてそんな手の込んだ真似をしたのです? 鬼らしく力づくで(さら)ってもよろしかったのでは?」

 「俺様は最初はそう思っていた。だがな、熊たちは牛馬を扱うような勢いで姫を攫ってしまってな、姫に怪我を、傷物(きずもの)にしてしまっていたのだ。見かねて俺様が石熊には穏便に(さら)えと命じたのだ」


 まさか女装して(だま)すとは思っていなかったが。


 「まあ、わかります。あたしにも経験がありますから」

 「えっ!? 君って乙女っぽい気配を感じてたのだけど、傷物(きずもの)になった経験があるんだしー!?」

 「ちっがーう!」


 スパパーン!


 「いたいっしー!」


 今日も珠子のツッコミは鋭かった。


◇◇◇◇


 「ところでご主人様、こいつ誰?」


 今まで知らずに会話しとったんかい!? 

 そんなツッコミを入れたくなったが、こいつにツッコミを入れると(よろこ)びかねんからな。


 「珠子だ。俺様専用の料理人でここの客人でもある。丁重にもてなすよう……」

 「ねぇねぇ、料理人だって?」


 俺様の話を聞かんか!

 そんな心のツッコミをよそに石熊は馴れ馴れしく珠子に声をかける。


 「ええ、そうですよ。今は休業中ですが、お望みなら石熊さんのお好みの料理を作って……」

 「だったらぁ、ボクをおいしく”た・べ・て”な風に料理してご主人様の寝屋に盛って欲しいんだしー!」

 「えっ……」


 うむ、珠子が絶句するのも無理はない。

 こいつは、石熊は、そうなんというか……熊たちとは違った意味で危ないヤツのだ。


 「あ、あのー」

 「なんだしー? ボクはもう出来上がってるんだしー」ハァハァ

 

 ダメだ……堪えろ……

 ここでツッコミを入れたら石熊のペースになる。

 珠子よ、お前のあふれる知性でこいつを軽くあしらってくれ。

 そんな希望を込めて俺様は珠子の次の言葉を待つ。


 「石熊さんを料理する前に、ここでちょっとつまみ食いをしてもいいですか?」

 「いいんだしー」

 「ダメに決まっておろう!!」


 スパパーン

 スパパパーン


 俺様の両手が鋭いツッコミを見せた。


◇◇◇◇


 「えー、じゃあ普通に料理でもてなしますよ」

 「アブノーマルじゃなく、ノーマルなやつだしー! 女体盛りじゃなく水着エプロン盛りとか!」


 いやもう、それは十分にアブノーマルなやつ……

 いかんいかん、こいつがいると俺様のペースが乱れる。


 「珠子、こいつの事はほっといてかまわん。そのうち適当に食って、呑んで、寝る」

 「いやーん、ボクは寝るのなら放置プレイよりいっぱい攻められる方が好きだしー」


 もはやツッコむ気も起きない。

 頭痛の種が消えたと思ったら悩みの種が増えた。

 しかも、こいつの頭は治しようがない。


 「流石に女体盛りの亜種は作れませんが、純粋に食事を楽しむ料理なら作れますよ。何かリクエストはありますか?」

 「それならー、鬼のボクにふさわしくって、可愛いボクに似合った料理がたべたいなー」


 また無茶なことを。

 鬼は(おそ)れられる存在ぞ、それに相応(ふさわ)しい料理で、見た目は可愛い者に似合う料理なんて出来るはずがなかろう。


 「わかりました! ちょっと食材の調達に手間はかかりますが、お任せください!」


 出来るのか!?

 しまった……ここは声に出して突っ込んでいい所だった。


◇◇◇◇


 ここ京都は日本の中心である。

 それは今も昔も変わらぬ事実。

 だが、それでも珠子の望む食材は手に入らないらしい。


 『本当ならあたしが直接買い付けたい所ですが、あたしは調理がありますから鬼道丸さんにお願いします』


 そう言って珠子が鬼道丸に渡したのが店舗の住所。

 『信頼できるお店ですので』と言った行先は三河の国。

 今は愛知県と呼ばれている所だ。

 

 『蒼明(そうめい)さんならマッハで駆けて行けますが、鬼道丸さんはどうでしょうかねー』

 『はっ! はい父上の名を汚さぬよう、全身全霊でおつかいに行ってきます』


 そう言って鬼道丸は出立したが、俺様としてはその蒼明(そうめい)とやらはどうでもよい。

 聞く所によると兄上たちの中で最強の妖力(ちから)を持つという話だが、俺様に(かな)うはずもない。

 なぜなら俺様は日本三大妖怪に名を連ねる”酒呑童子”だからだ。

 

 「ハァハァ、買って参りました師匠……」

 「わかー、遅いんだしー、ボクはもう待ちきれなくて自分で始めちゃうとこだったしー」


 数時間後、息を大幅に切らせながら帰ってきた鬼道丸に石熊が何か意味深な事を言っているが、ツッコまない事にした。


 ゴッゴッゴッ、ゴキッチョー


 鬼道丸の買ってきた食材とやらが鳴きおる。


 「なんだ、(うずら)ではないか」

 「あら、鳴き声だけでよくわかりましたね」

 「平安の時には山に入りたまに採って食っておった。この鳴き声には特徴があるからな」


 そう、この鳴き声には特徴がある。

 判別するのは容易い。


 「酒呑さんのおっしゃる通り、ウズラの鳴き声はご吉兆(ゴキッチョー)とも聞こえますので縁起がいいとされています」

 「うわー、ふわふわでかわいいんだしー」


 袋を覗き込みながら石熊が言う。


 「そうですね。ウズラは鶏より一回り小さくで可愛らしいです。ですが、ここにいらっしゃるのは鬼たちですので……」

 「やはり、食べてしまうのですね、師匠」


 俺様の息子、鬼道丸は”あやかし”である。

 しかし、その中に妖怪の血は四分の一しか流れておらぬ。

 いかに強大な妖力(ちから)を持つ妖怪王八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の血筋とはいえ、その血が四分の一に薄まっておれば人間のように(じょう)があるというもの。

 なるほど、この食材を選んだのは鬼道丸に”あやかし”としての覚悟を身に付けさせるものであったか。


 「鬼道丸、お前も俺様の息子ならば、時には非情になることも重要。ひと思いにスパッと首を()ねてやれ」


 俺様もかつては非情だった。

 敵には容赦せぬ。

 だが、せめてもの情けに苦しまぬようにしたものだ。

 これも俺様の中に流れる人間の、母様の血のせいだろうか。


 「はっ、はい父上」


 そう言って鬼道丸は切れ味の良さそうな包丁を取り出す。


 「ダメです鬼道丸さん。止めて下さい」


 ピタッ


 「し、師匠。そ、そうですよね、これは卵を採るために買ってきたのですよね。いやぁ、よかったよかった」


 (うずら)のつぶらな瞳を見つめながら鬼道丸が言う。

 なんだ、卵を採るためか。

 珠子も存外甘いではないか。


 「はい? 何か勘違いされていませんか。あたしは包丁で首を落とすのを止めて下さいって言ったんですよ」

 「ええと……師匠、それはどういう意味で?」

 「首を落とすのがダメという意味です。(くび)り殺して下さい」


 …

 ……

 ………


 「も、もう一回お尋ねします。それはどういう意味でしょうか?」


 身体を小刻みに震わせながら、鬼道丸が再度尋ねる。

 鬼道丸が尋ねなければ、俺様が尋ねたかった……

 珠子は、ひと思いに首を落とすのではなく、苦しむ殺し方……窒息死させよと言っているのだから。


 「(くび)り殺すというのは、絞め殺して下さいという意味です」


 珠子の声が低くなった。

 そして珠子はさらに一段と低い声で……


 「さあ、鬼道丸さん。あたしの言った通り……(くび)り殺して下さい」


 そう言ったのだ。


 「ご、ご主人さまー。この娘、怖いんだしー」


 石熊は震えた。

 俺様も心の中で震えた。


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