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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第五章 遠征する物語とハッピーエンド
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鬼道丸と失敗チョコケーキ(その4) ※全4部

◇◇◇◇


 場にピリピリとした空気が張り詰める。


 「ち、父上も、し、師匠も落ち着いて。そ、そうだ! 新しいケーキでも作って落ち着きましょう。ほら、さっき師匠が言っていたタルトタタンなんてどうです? タルトタタンでタリラリラン、なんてねっ!」


 …

 ……

 ………


 「お前は黙っておれ。俺様は珠子と話をしている」

 「そうです、鬼道丸さんは口を挟まないで下さい」 

 「……はい」


 険悪な雰囲気に押され、鬼道丸さんが数歩さがる。


 「さて、あいつが狂ってなかったと言ったな。だが、お前たち人間の伝承では狂ったと記されていると聞いたぞ」

 「そうです。源頼光の酒呑童子退治によって救われた娘たちは親元に帰ったが、ある娘は気がふれていたため、親元に戻れなかったと伝えられています。そして酒呑童子の子を産み、その子は鬼道丸と呼ばれるようになったと」


 伝承では確かにそう伝えられている。

 

 「だけど、おかしいとは思いませんか?」

 「何がだ」

 「親子の絆は何よりも深い。だったら、たかだか気が狂った(・・・・・)程度で親が娘を見放したりするものでしょうか。本当に娘を愛しているならば、親元に戻しその心の傷を癒すなり、時代を考えれば神仏に祈ったりしてでも娘を救おうとするのではないでしょうか」


 あたしの言葉に酒呑童子さんは少し考える。


 「それは、(けが)れを恐れたのであろう。救い出されて数か月もすれば腹の中に子がいる事がわかる。あいつの親はそれを避けたのではないか?」

 「いいえ違います」

 「なぜだ?」

 「それならば鬼道丸さんは生まれて間もなく忌子(いみご)として殺されたはずです。彼が生まれて育ったという事は”娘は親元に戻らなかった”という表現は正しくはないと思います。おそらく、鬼道丸さんのお母さまは逃げ出したのだと思います。お腹の子を守るために」


 酒呑童子さんが何かを思い出すような顔をしながらあたしの話に聞き入る。


 「続けろ」

 「はい、その前にちょっと確認しますけど、酒呑さんが都から(さら)った娘たちは高貴な姫たちでしたよね」

 「ああ」

 「だとしたら、ここにも疑問が生まれます。身重の姫が、その行方を案じる貴族の両親の手から逃げられるものなのでしょうか? 答えはノーです。もし逃げられるとしたら、その貴族は本気で行方を探さなかった、もしくはどことなりへと消えた方が都合がよい場合です。つまり……」


 あたしの推論を前にゴクリと鬼道丸さんが喉を鳴らす。


 「なるほど……あいつは姫ではなかったということか」


 そしてあたしの言葉は酒呑童子さんの言葉で遮られた。


 「はい、おそらくは姫の身代わりで、出自(しゅつじ)下人(げにん)の娘であったのでしょう。最低限、姫の役割を演じれる程度の知識があるような」

 「そう言われれば合点がいく。あいつは俺様が攫った姫たちで楽しもうと部屋に向かった時、『ここを通りたいなら、あたしを押し倒してからいきなさい!』と立ちふさがるような女だった。思えば、必死に身代わりを(つと)めようとしたのであろうな」


 うん、それは姫じゃありませんね。

 おそらく名もなき衛士(えじ)の娘じゃないかしら。


 「だが、それではあいつが狂っていないという証拠にはなるまい。あいつは発狂して、京に戻る姫たちの列から離れ、追手もかからなかっただけやもしれぬ」

 「それこそ鬼道丸さんが何よりの証拠になります。狂った母に育てられた子が、こんなに良い子に育つはずがありません。生まれる前に討たれた、顔も見た事にない父の仇討ちを考えるような真っ当な子に」

 

 ”失敗”というNGワードさえ出さなければ、鬼道丸さんはかなり礼儀正しい。

 庵もきちんと整頓(せいとん)されていたし、所作や言葉遣いも丁寧。

 ある意味”あやかし”っぽくない。

 これはきっと、お母さまに愛されて、十分な教育も受けて育ったから。


 「鬼道丸さんのお母さまは、姫の身代わりとなって大江山に(さら)われ、酒呑さんが討たれた後は子を守るため、正常な判断をして逃げた。それが都合がよかったから追手は来なかった。これがあたしの結論です」


 おそらく、彼女は逃げる時に姫たちの宝でもちょろまかしたのだと思う。

 それがあったから、何とか母親ひとりでも彼を育てる事が出来た。


 「そしてもうひとつ、きっと……鬼道丸さんのお母さまは貴方(あなた)のことを、あ、あ、愛していたのだと思います。ですよね、鬼道丸さん」


 うーん、さすがにちょっと”愛してた”なんて言うのはこっぱずかしい。

 思わず鬼道丸さんに振っちゃったぞ。


 「はい、母上は常々語っておられました。大江山の出来事を、その中で過ごした父上との日々。それは京の都で暮らすより、ずっと人間らしく自由に生きられたと。だから、母上の死後、私は父上と母上の幸せな日々を壊した頼光へ仇討ちを挑んだのです」


 平安の時代、下人(げにん)の命は軽んじられていた。

 現代の感覚からすれば人間扱いされない事もしばしばあった。

 それに比べたら、自分をひとりの女として扱い、真っ直ぐに向き合ってくれる酒呑童子さんに魅力を感じてもおかしくない。

 うんうん、平安ロマンスの香り。


 「逆に言うと、鬼道丸さんは仇討ちをすることで、酒呑さんが仇を討ちたくなるような、誇るに足る”あやかし”である事を示し、後世に伝えたのです。これは功績と言っても過言ではないのではないでしょうか」

 

 大江山の酒呑童子の伝説は今もみんなに愛されている。

 それはきっと、酒呑童子の生き方が、自由奔放な生き方がみんなの共感を呼んだから。

 魅力的だと思われているから。

 そして、それを間接的に伝えたのが鬼道丸さんの仇討ち。

 

 「そうか……あいつは少なくとも、狂った挙句(あげく)に死を迎えたような最期ではなかったのだな」

 「はい、大江山を望む庵で穏やかに()かれました」


 しんみりとした面持ちでふたりは見つめ合う。

 きっと、酒呑童子さんが鬼道丸さんを見る目が厳しかったのは、彼が仇討ちに失敗したからじゃない。

 あれは鬼道丸さんのお母さまを(いた)んでいたから。

 鬼道丸さんに負い目を感じていたからなのだと思う。

 自分が源頼光に討たれなければ、という悔恨を思い起こさせるからだったからじゃないのかしら。

 そして、それがあるから今まで彼は鬼道丸さんとまともに向き合う事も、じっくり会話することもなかった。

 

 そして今、そのわだかまりは消えていった。

 このまま、ハッピーエンドといきたい所ですが、こんな雰囲気はあたし好みじゃない。

 だから、もうひと押し。


 「さらに! 鬼道丸さんの功績はもうひとつあります! 何より重要な事が!」

 「ん? そうなのか?」

 「し、師匠!? まだ私すらも気づいていないことがあるのですか!?」

 「ええ、それは……仇討ちに失敗したことです!」

 「は?」

 「は?」


 ふたりの目が丸くなる。

 『いったいお前は何をいってるんだ』そういった目。


 「いいからよく聞いて下さい! 酒呑童子さん! 鬼道丸さんが源頼光への失敗したことで、貴方はあの(・・)にっくき頼光に直接リベンジする事が可能なのです! やっぱり復讐なら自分の手でやりたいですよね!」

 

 プッ、ププッ

 

 口から息を噴き出して、酒呑童子さんと鬼道丸さんの顔が喜色に染まる。


 「フフフッ、フハハハハハッ! そうだそうだ! 珠子の言う通りだ! よくやった鬼道丸! あやつを倒すのは俺様自らの手でなくてはならぬ。ははっ、はははっ、いやいやこれは考えつかなんだ。ゆかいゆかい」

 「いやはや、失敗が父上のためになるなんて思ってもいませんでした。ですが父上、頼光(らいこう)はお任せしますが、(つな)はこの鬼道丸にお任せを」

 「おお、あいつは茨木も狙っておるからな。早いもの勝ちじゃ」

 「ならば、戦ではこの鬼道丸が一の部下である事を示しましょうぞ」

 

 いつか再び巡り合う仇敵(きゅうてき)を前に、ふたりが語り合う。

 うんうん、やっぱり男の子は過去を振り返るより前を見つめている方がいいです。

 笑顔と甘いチョコレートは何よりもハッピーエンドの(もと)なのですから。


◇◇◇◇


 あの後、酒呑童子さんと鬼道丸さんはひとしきり笑い合い、そして今度は小麦粉がちゃんと入ったチョコケーキを見事に鬼道丸さんは作り上げ、あたしたちはそれを堪能した。


 「それでは鬼道丸さんはあたしの弟子兼次代の台所番って事で」

 「ああ、好きにするがいい」


 そして、あたしたちの計画通り鬼道丸さんを酒呑童子一味に加える許可を得る事が出来たのです。


 「それじゃあ失礼しますね」

 「失礼いたします、父上」


 大江山クッキングの後片付けを終え、あたしたちは母屋を離れようとする。


 「鬼道丸」

 「はい、なんでしょう父上」

 「また暇な時はここに来い。俺様の知らないあいつの、周防(すおう)の話が聞きたい」

 「はい、是非とも!」


 よかった、親子のわだかまりはすっかりなくなったみたい。


 「あと珠子」

 「はい」

 「お前のおかげで胸のつかえが取れた、礼を言う」


 そう言って酒呑童子さんは軽く頭を下げ、パチンと指を鳴らすと御簾がスルスルっと落ちて彼の姿を隠した。

 あら、ちょっと照れているのかしら。


 「あっ! 珠子の姉御に若、どうだったクマ―」

 「ええ、バッチリでしたよ」


 庭で待っていた熊童子さんに向けて、あたしは指でバッチリマークの丸を作る。


 「やったクマー! みんな聞いたクマー!」

 「よかったトラ! 熊たちは若のことを心配していたトラよ!」

 「よーし、それじゃあ珠子の姉御に松茸をごちそうするカナー!」 

 「急ぐスター! 光よりも早くスター!」


 そう言ってワイワイと騒ぎながら、四天王のみなさんは台盤所へ駆けていった。


 「あの方たちはいつも楽しそうでいいですね」

 「ええ、和みますよね。ちょっと騒がしいのが玉に(きず)ですけど」


 あれ? さっき松茸とか言っていたけど、まだそんな季節じゃない。

 松茸のシーズンは数か月後のはず。

 町で輸入物でも買ってきてくれたのかな?


 そんな事を考えていたら、台盤所から自然界には存在しないような異音が響いた。


 ヴィーヴィヴィヴィッヴィヴィヴィッ!

 バリッバリバリバリバリッ!

 バチン! ボン!


 そして、何かが弾ける音がして、電気が消えた。


 「これは……ブレーカーが落ちただけじゃなさそうですね」

 「え、ええ、何やら嫌な音が聞こえたような……」


 心当たりはある。

 というか、心当たりはたったひとつ。

 四天王のみなさん。


 「急ぎましょう鬼道丸さん。あたしの、いいえ、あたしたちの城へ」

 「は、はい師匠!」


 ダダダッっとあたしたちは台盤所へ駆け込む。


 ガラッ、バシャ―ン


 引き戸を開けたその瞬間、あたしたちは正面から水をぶっかけられた。


 「ああああああ、たたたたた、珠子の姉御クマー」

 「ち、ちがうトラよ! 姉御と若に水をかける気なんてなかったトラ!」

 「これもそれも、みんな星熊のせいカナー」

 「ひどいスター! みんなも賛成したスター!」


 この騒動の主はもちろん四天王のみなさん。

 濡れた髪の隙間から中を見ると、この騒動の中心は電子レンジ。

 壁に黒いボヤの跡があり、水浸しになっている電子レンジだ。


 「お、おこらないから何をしたのか言ってみなさい」


 あたしは怒りの四つ辻をこめかみに浮かべながら、精一杯の作り笑いで言う。


 「はじまりは虎熊が珠子の姉御においしい松茸を食べさせたいって言った所クマー」

 「ほほう、それでそれで」


 うん、ここまではまとも。


 「でも、まだ松茸は生えてなかったトラ……」

 「そうね。あと1,2か月後くらいかしら」


 この大江山では秋に松茸が生えるという情報は仕入れている。

 そして、それをあたしが頂くという約束もしている。


 「そしたら、星熊は気付いたスター! 金属鍋を電子レンジに入れてチンしたら中に雷が落ちるって!」

 「雷が落ちた所に松茸は生えるクマー! 熊は知ってるクマよ!」


 おい待て。


 「そこで見つけた中華鍋! そこに土を盛ってみるカナー」


 なぜそれを見つける。

 そして、なぜ盛る。


 「で!?」


 あたしは重く濡れた髪が怒髪天を()くのを必死に(とど)めながら、最後の理性で問いかける。


 「そのまま電子レンジでチンしたクマー!」

 「中で雷がバリバリ落ちたトラ!」

 「これなら松茸が生えるに違いないと喜んだスター」

 「きっとこれで珠子の姉御も大喜びカナー!」


 うん、何が起きたかは理解した。


 「ところが、どっこい大爆発!!」

 「いったいどうしてこうなった!?」

 「あ、どうしてこうなった?」

 「ああ、どうしてこうなった?」


 そう言って四天王のみなさんはトンチキな踊りを踊った。


 「あ、あ・ん・た・たちぃー!」

 

 きっと、この時のあたしの顔は鬼を超えた鬼神に迫っていたのだと思う。

 だって、四天王のみなさんの顔は酒呑童子さんに怒られている時よりも、ずっと恐ろしいそうな顔だったんですもの。


 「あなたたちは金輪際、台盤所に入るのは禁止です!!」

 「わ、わかったクマー!」

 「もうしませんトラ!」

 「姉御にも電子レンジにもごめんなさいカナー!」

 「だから、ゆるしてスター!」


 ヒィィィィーと涙ながらに四天王のみなさんが(ひざまず)いてあたしに許しを乞う。


 「鬼道丸さん! ぜえっーたいに入れないで下さいね!」

 「はっ、はいっー! 珠子さんの城はこの鬼道丸が守りましゅ!」


 背筋をピンと伸ばし、直立不動の体勢で鬼道丸さんはあたしに応えた。


 天国のおばあさま、あたしの城の京都出張所に頼もしい衛士(えじ)が出来ました。

 少し自信がなさそうですけど、一生懸命でとっても素敵な護鬼(ごき)さんです。

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