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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第五章 遠征する物語とハッピーエンド
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酒呑童子とお粥(その5) ※全5部

 「ふん、俺様に”ぐぬぬ”と言わせたいのだろうが、そうはいかんぞ!」


 あたしの前で酒呑童子の妖力(ちから)が高まっていく。

 えっ!? あれって蒼明(そうめい)さんに匹敵するくらい大きくない!?

 まだ体の中に少しの神便鬼毒酒(しんべんきどくしゅ)が残った状態でこの妖力(ちから)!?


 「破ァ!」


 彼の手が横なぎに動き、その衝撃波はあたしの頭上を越え……

 バゴァァァン! と轟音と共に慈道さん特製の結界は吹っ飛んだ!


 「しゅてーん! やっと逢えたでー!」

 「ボスぅー! あねごー!」


 結界が破れると同時に茨木童子さんと四天王のみなさんが駆け込んでくる。

 どうやらみんな結界のすぐ近くに居たみたい。


 ガシッ


 「珠子はん! どうしてウチを裏切ったんや! そんなに酒呑が欲しかったんか!? 酒呑は最高の男やから気持ちはわからんでもないけど、やってええことと悪いことがあるで!」


 あたしの胸倉が茨木童子さんの手につかまれ、ぐわんぐわんと前後に揺さぶられる。


 「ちょ、ちょっと、待って下さい! チョークチョーク!」

 「やめへん、やめへん、珠子はんが泥棒猫から借りてきた猫に変わるまでやめへんで!」


 く、くるしい、あたしは別に酒呑童子さんの恋人や愛人の座を狙っているわけじゃないんですけど。

 あたしは、そう言いたかったけど、締め付けられる苦しさで言葉が出ない。


 「止めろ茨木」


 ピタッ


 あっ、手が止まった。


 「しゅてーん! そんなぁ、ウチというものがありながら、珠子はんの肩を持つなんて……」


 茨木童子さんの口が止まり、視線が酒呑童子さんの顔に集中する。


 「酒呑、何やら今日はやけに血色がええみたいやけど……」

 「ボスの妖力(ちから)が回復しているクマ―!」

 「元気になったカナー!」

 「あの結界を破れるなんて相当だトラ―」

 「きっと珠子の姉御のおかげでスター」


 数日前と比較して大幅に良くなった顔色を見て、みなさんがわいのわいのと騒ぎ立てる。


 「全て珠子のおかげだ。そして、これを食えば俺様は完全復活を遂げるらしい」


 そう言って、彼が示すのは3個の饅頭。


 「これって……幽世(かくりよ)の食い物やないけ! どないしてこんな所に!? ううん、まさか!?」

 「珠子の姉御が持ってきてくれたカナー!?」

 「その通りですっ! これがあたしの切り札、幽世(かくりよ)饅頭! ゲホゲホ」


 ちょっとむせながらも、あたしは胸を張って言う。

 それに合わせて「おぉー」という声とパチパチという拍手も聞こえてきた。


 「さすが珠子の姉御だクマ―」

 「お祝いだトラ!」

 「流星のように新星が現れたスター」

 「新しい中ボスの誕生カナー」


 称賛の主は四天王のみなさん。

 

 「ふっ、お前、自分の勝利が間違いないと思っているだろう」

 「ええ、もちろんそう思ってますとも」


 あたしは少し(いや)らしい(わら)いを浮かべて言う。

 あらやだ、これってなんだか悪役みたいじゃない。

 でも、この状態から酒呑童子さんが逆転するなんて無理よね。

 だって、彼は大切な部下たちの気持ちを裏切れないもん。


 「かかったな! たわけめ! この話はお前の大勝利(ハッピーエンド)などでは終わらせぬ! ここは俺様の、いや大江山酒呑童子一味の”みんなの勝利(ハッピーエンド)”で終わるのだ!」


 彼はそう言うと、ふたつの饅頭を半分ずつに割り、4つになったその饅頭をポポイと四天王のみなさんに放り投げた。


 「ボスぅー! これはまさか!?」

 「これはお前らへの褒美だ! お前らもこれで完全復活を遂げるがいい」


 そして、酒呑童子さんは茨木童子さんの顔をじっと見つめる。


 「茨木よ、お前には苦労をかけたな。(ねぎら)いを込めてお前には俺様直々(じきじき)にこれを食わせてやろう。目をつぶり口を開けよ」

 「酒呑、本当にええんか!?」

 「よい、茨木は俺様の右腕だ。その右腕の右腕が本調子でないなどあってはならぬ」

 「き、きづいとったん」


 以前、茨木童子さんが『酒処 七王子』を訪れた時にあたしが看破した茨木童子さんの右手の不調。

 かつて、渡辺 綱(わたなべのつな)に切り落とされた右手を彼は見抜いてた。

 

 「俺様が気付いてないとでも思っていたのか。大切なお前の事を」

 「しゅ、酒呑……」


 茨木童子さんの頬が朱に染まり、その目が閉じられ、口が開く。


 はむっ


 最後の幽世(かくりよ)饅頭が酒呑童子さんの口に(くわ)えられ、彼はそのままそれを茨木童子さんの口に押し付けた。


 「むぐっ、むぐぐっ、んっ……んっ……むちゅ……あっ……」


 最初は何かが口をふさぐような音だったが、やがて彼女の口からそんなくぐもった声が聞こえ始めた。


 「ボス、だいたーんスタ―」

 「姐さんの目が(めす)の目になっているクマ―」

 「ちょ、なんで金熊の目をふさぐカナー?」

 「ここから先は金熊には刺激が強すぎるトラ!」


 その口づけは数十秒続き……


 「えへへ、酒呑たら口吸いなんて、いややわぁ、やらしいわぁ、すきやわぁ……」


 酒呑童子さんの口が彼女から離れた時には、彼女の顔はポゥーっと(ほう)けた表情に染まっていた。


 「珠子、今回の賭けは俺様がお前の料理を”完食する”事だったな。見ての通り、俺様は最後の”すぺしゃりて”とやらは食べきらなかったぞ」

 

 口の周りの餡子(あんこ)をペロリとなめ取りながら、彼はあたしにゆっくりと近づく。

 あ゛ぁぁぁぁぁー! しまった!

 彼を慕う大江山の鬼さんたちの気持ちに応えながら、あの饅頭を処理するこんな方法があったなんて!


 「あ、あの、酒呑童子さん、さっきまでは負けた気満々とか言ってたじゃないですか。そ、それに乳粥も完食されましたし、この勝負はあたしの勝ちと言っても過言ではないのでは?」

 「それは事実だが、お前の料理を俺様が(・・・)完食しなかったのもまた事実。試合上は俺様の勝ちではないかな?」


 勝負に勝って試合に負けた、試合に勝って勝負に負けた。

 そんなふたりの主張が空中で交差する中、にじり、にじりとあたしと彼の間合いが狭まっていく。

 

 「ほ、ほら、貴方の大切な茨木童子さんも見てらっしゃいますし、ここは引き分けという事で、あたしはおいとまを……」

 「茨木はしばらくは妄想の世界から戻ってはこぬ。それに俺様は珠子が気にいったのだ。そうなれば、力ずくでも手に入れたくなるのが鬼というもの」


 実に鬼らしい!

 そして、あたしの貞操がピンチ!

 だけど、あたしにはある、本当の最後の奥の手が!


 「もう堪えられぬ! 珠子、お前をいただくぞ!」


 そう言うと彼はあたしに覆いかぶさろうと、最後の一歩を跳躍で詰める。


 「そうは問屋がおろしません! こんなこともあろうかと最後に用意していたこの秘策!」


 あたしは胸元からひとつの小瓶を取り出すと、キュポンと蓋を取り、その中身を一気にあおる。


 ぐふぅー!


 あたしの身体が熱く燃え上がり、力が湧く!


 ガシッ!


 あたしの両手は襲い来る酒呑童子さんの掌を受け止めた!


 「なにぃー! 俺様の()を受け止めただとぉ!」

 

 酒呑童子さんの顔が驚愕に染まる。


 「この小瓶は何カナー?」


 その横で、カランと床に落ちた小瓶を金熊童子さんが拾い上げ、その中身を指でなめ取る。


 「ぐっ、グワッー!!」

 「あー!? かなくまぁー!」


 それを舐めた金熊童子さんが床に倒れ、ゴロゴロと転がって苦しみ出す。


 「珠子、あれはまさか!?」

 「そうよ! そのまさか! あたしが瀉血で手に入れた貴方の血に対し何もしなかったとでも思いましたか!? 精製したんですよ! 貴方の血から神便鬼毒酒(しんべんきどくしゅ)を!」


 神便鬼毒酒(しんべんきどくしゅ)の成分が入った血、その処理をどうするべきか、あたしは悩んだ。

 普通に産業廃棄物として処理するべきか、それとも単純に大地に還すべきかとか。

 でも、興味心や探求心がそれを上回った。


 「はははっ、ますます気にいったぞ! まさか、そんな事までしてしまうとはな!」

 「だって、神仙のお酒なんですよ! 味わってみたくなるに決まっているじゃないですか!」


 加熱に遠心分離、蒸留に濾過(ろか)した上で、酸味のある(だいだい)(しぼ)り汁を加えて完成した”復刻版神便鬼毒酒”、それがあの小瓶の中身の正体。

 試しにちょっと舐めてみただけで、あたしの身体はポカポカ温まり、活力が湧いてきた。

 その効果は超ハイパーミラクルワンダーエキセントリックエナジードリンクのよう。

 というか、ドーピングレベル。

 流石、人にとっては薬となる神便鬼毒酒(しんべんきどくしゅ)

 これを飲んだ源 頼光(みなもとのらいこう)と配下の四天王が大江山の数多くの鬼たちを圧倒出来た理由がわかるわ。

 ちなみに、味は口当たりが良くスッキリ爽やか。


 グググッ


 あたしたちの腕が空中で拮抗する。


 「くっ、たとえ神便鬼毒酒(しんべんきどくしゅ)の加護があろうと、俺様が茨木以外の女に遅れを取るなどと!」

 「残念でしたね! あたしの言う通りにしないからですよ!」


 神便鬼毒酒(しんべんきどくしゅ)の効果であたしの力とテンションがMAX!


 「くそー! 完全復活さえ遂げていればー! 完全復活さえー!」


 そんな少年漫画のような台詞を吐きながら、あたしたちはプロレスラーの力比べのようなポーズで睨み合った。

 絡み合う両の手、触れ合う顔と顔、というか(ひたい)

 天国のおばあさま、この夏の京都旅行では運命の出逢いなんて生まれそうにありませんが、宿命なら生まれそうです。

 そう、宿命の好敵手(ライバル)みたいな。


 こうして、あたしと酒呑童子さんの戦いは彼の妖力(ちから)が弱まる日の出まで続いたのです。

 そして……

 

 「うーん、頭が痛い……珠子、酔い覚めの水をくれ……」

 「まったくもう、完全復活じゃないのに無理するからですよ」


 彼は布団の中から弱々しく助けを求める。

 酒呑童子さんの体調は見違えるほど良くなりましたが、身体に少し残った神便鬼毒酒(しんべんきどくしゅ)の効果が高まる日中は、軽い二日酔い状態になってしまうみたいです。


 「珠子、賭けの結果だが……朝に言った通りに……」

 「はいはい、あたしの有休が終わるまではここでお食事を作りますよ。まったくもう、最初からその辺で収めとけばよかったのに」

 「気にいった女を手に入れるのに手段など選ばんのが鬼の本懐ぞ。やはり俺様の隣には(りん)とした極上の女が相応しい。茨木やお前のようなな」


 そう言って、酒呑童子さんは、昨日の力比べの時に間近で見た時と同じく、とっても楽しそうで嬉しそうな表情で笑ったのです。

 こうして、あたしの大江山滞在は始まりました。

 素敵で愉快な鬼の一団とともに。

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