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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第五章 遠征する物語とハッピーエンド
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酒呑童子とお粥(その4) ※全5部

◇◇◇◇

 

 透明なチューブの中を赤い液体が流れ、バッグの中に溜まっていく。

 心なしか、最初の頃より鮮やかな赤になっているようにも見える。


 「では、続きを話すとしましょう。貴方の体内の毒をどうにかしないといけない話でしたよね」

 「ああ」

 「神便鬼毒酒(しんべんきどくしゅ)の成分はあたしにはわかりません。ですが、蛇や細菌の毒”有機毒”であれば、いずれ肝臓で分解されます。長年、あなたの身体を蝕んだ事を考慮すると無機毒の可能性が高いと」

 「水銀の毒のようなものか」

 「はい、水銀、タリウム、ポロニウムなどなど人間は歴史の中で数多くの毒を使ってまいりました。人類の黒い叡智ですね。もし、そういったそのものが毒の元素が体に入ってしまった場合は、何とか体外に排出する必要があります」


 人類の歴史は毒殺の歴史ともいえる。

 だけど、逆にそれは解毒の歴史とも言えるのだ。

 あたしは、偉大な先人がもたらしてくれた叡智を総動員して、何か解決策がないか探した。

 そして行き当たったのが……


 「それで瀉血(しゃけつ)か」

 「はい、生理現象で排出できないのなら、血液から直接抜くしかないかと。ですが神便鬼毒酒(しんべんきどくしゅ)の毒は現世(うつしよ)の元素で構成されていない可能性も考えられます。さらに血液ではなく臓器や細胞そのものに残留している可能性もありました。これでは血液中の毒の成分はわずかで瀉血の効果も弱いとも考えました」

 

 公害病に代表される水銀中毒、その治療法としては水銀化合物を体外に排出するデトックス療法しかない。

 

 「ただ、唯一確かなのは神便鬼毒酒(しんべんきどくしゅ)の毒はアルコールに溶ける性質がある事です。だから、あたしは貴方(あなた)に強めのお酒を飲ませ、血中のアルコール濃度が高くなるようにしました。そうすれば、血液中に神便鬼毒酒(しんべんきどくしゅ)の毒が溶けだすと思ったのです。いやー、かなりの賭けでしたが、うまくいってくれてよかったです」


 本当に運が良かった。

 神便鬼毒酒(しんべんきどくしゅ)の性質なんてあたしの想像の域を出ていないし、それ以前に瀉血のせいで体力が落ちて死ぬ可能性だってある。

 というか、人間だったら死んでもおかしくない。

 さすが日本三大妖怪に名を連ねる”あやかし”酒呑童子よね。

 

 「娘の叡智(えいち)、いや慧眼(けいがん)は見事に的中したわけだ。そして俺様の身体は毒の成分が抜けた事で、毒のダメージより回復力が上回り、体調が良くなってきたという事か」

 「そうです。あっ、終わったようですね」


 あたしは注射針を抜き、その傷跡を絆創膏でふさぐ。


 「見事なものだ娘よ。それで、この瀉血とやらは明日以降もまだ続けるのか?」

 「うーん、多分大丈夫だと思います。もう酒呑童子さんの体調は大分よくなりましたから」


 理由は彼の回復力が毒のダメージを上回った事だけじゃない。

 うふふ、あたしにはとっておきの最終料理(スペシャリテ)があるの。


 「それではお待ちかねの最終日の料理でーす! じゃじゃーん!」

 「よかろう、その挑戦、受けて立とうぞ」


 そう言うと、彼は布団から出て、あたしの前に胡坐(あぐら)をかいて座る。

 今までは上体を起こすだけで食事をしてきたが、体調が良くなった事でちゃんと座って食事をするみたい。

 あたしと彼の間にあるのは床に置かれたテーブルクロスのような白絹と朱塗りの膳。

 そして、その上に座る土鍋だ。


 「ではいきます!」


 土鍋の蓋が開くと、そこには湯気をふわりと上げる乳白色のお粥があった。

 中央には茶褐色のナッツ、そしてちりばめられているのは黒紫のレーズン。


 「これは……この香りは……」


 ヒクヒクと鼻を鳴らし、酒呑童子さんは目を見張る。


 「これは……乳粥(ちちがゆ)か!?」

 「そうでーす! これはお釈迦様も断食明けに食されたと伝えられている乳粥でーす! ミルク粥ともライスプティングとも呼ばれていますね。ささっどうぞ」


 あたしは椀に乳粥をよそい、木匙を添えて彼に渡す。

 フゥーと彼の息吹が熱々の粥から熱を奪うと、彼は息吹の源へと乳粥を放り込んだ。


 「ああ、これは……懐かしい……母様(ははさま)……」


 そんな彼のつぶやきが聞こえたかと思うと、彼はカッカッと一気にそれをかき込んだ。


 「んっ!」

 「はいはい、おかわりですね。大丈夫ですよ、まだたっぷりありますから」


 あたしが次の一杯をよそうと、それは瞬く間に彼の胃袋に消えていく。

 次の一杯も、その次の一杯も、彼の手が止まったのは最後の一杯、五杯目を半ば食べ終わった時だった。


 「娘、この味の秘密はなんだ? これは母様(ははさま)が幼き俺様に作ってくれたものと似ている。この干し葡萄(ぶどう)といい、胡桃(くるみ)といい、そっくりだ。だが、この味は都からさらったどんな飯炊き女でも出せなかった味だ……」

 「ベースは乳粥ですね。それにトッピングとして胡桃と松の実を加え、さらに甘味を出すためにレーズンを加えました。山葡萄(やまぶどう)のレーズンを使った所がミソですね。小粒ですが、こちらの方が酒呑童子さんの時代の物に合っていると思います」

 「それだけではなかろう。まだ、あるはずだ」

 「お気づきですか。それはこれです」


 そう言ってあたしはひとつの小瓶を見せる。

 ラベルには『Ghee(ギー)』の文字。


 「これはインドのバターオイル『Ghee(ギー)』です。無塩の発酵バターを煮詰めて、水分や乳タンパク質、乳糖を取り除いた乳脂肪です。これを最後にひと匙かけ回しました」


 「すこしよいか」

 「どうぞ」

 

 あたしはGhee(ギー)をひと匙取り、彼の口へと運ぶ。


 パクッ

 

 「これは……醍醐(だいご)に似ているな」

 「やはりそうでしたか。この味をご存知だったとは、やはり(とうと)き生まれでしたのね」


 醍醐は平安時代の五つの乳製品のひとつ。

 五つの乳製品の名は”(にゅう)”、”(らく)”、”生酥(せいそ)”、”熟酥(じゅくそ)”、そして”醍醐(だいご)”。

 五つの中でも最上とされるものだ。

 醍醐味(だいごみ)の語源でもある。

 その実態や製法は完全には伝わっていないが、歴史研究者の間ではバターオイルのようなものではないかとと言われている物だ。

 当然ならが庶民の口には入らず、もっぱら平安貴族の間で食されていた。


 「貴族などではないな。ただの土地持ちだ」

 「なるほど、豪農(ごうのう)でしたか」


 主に貴族に奉納される醍醐。

 だけど、地方の権力者であれば手に入れてもおかしくない。


 「この味は俺様が幼きころ、病にかかった時に母様が作ってくれた粥に似ている……。米は柔らかく甘く、カリッとしたアクセントの山の実、そして深いコクのある味わい……」

 「当時は甘味は貴重でしたからね。貴方のお母さまはミルクと干し葡萄の甘味で食欲が出るようにしたのでしょう。そして、バターは栄養価が高く薬として使われた歴史もあります。おそら当時のバターオイル、つまりく醍醐(だいご)も栄養価のある薬としての側面もあったのではないでしょうか」

 「そうか……だから、母様は俺様に醍醐が入った粥を食べさせてくれたのか。幼き俺様は醍醐の味など知らなかったが、1000年の時を超えて、やっとその正体を知ったというわけか」


 大人になった酒呑童子はきっと京の都の贅沢な食べ物も味わったに違いない。

 そこで醍醐の味も知ったけど、醍醐を使った乳粥の味は遠い記憶の彼方に埋没したままだった。


 「母様……」


 彼の目尻に光る物が映る。

 それを隠すかのように、彼は椀を大きく傾けると、彼は最後の一杯を懐かしそうに、嬉しそうに味わい尽くした。


 料理には魔法がある。

 それは、味覚がきっかけで記憶が思い起こされたり、その幸せな記憶が味を何倍にも高めてくれる魔法。

 彼の食いっぷりは、彼が幼いころ愛されて育った証左(しょうさ)

 あたしには”あやかし”が使うような特殊能力はないけど、料理の魔法はちゃんと使えるのよ。


 「どうでしたか? お味は」

 「マズイ!」


 これまでにない満面の笑みを(たた)えて彼はそう言い、

 そして……

 

 「母様(ははさま)が作ってくれた方がずっと美味(うま)かったぞ!」


 彼は続けてそう言ったのです。


 「ええ、あたしもそれ(・・)(かな)うとは思ってもいませんよ」


◇◇◇◇


 「見事な料理だな、娘よ。この勝負、俺様のま……」


 あたしの前で頭を下げようとする酒呑童子さんの唇をあたしは人差し指で止める。


 「まだですよ、あたしの京の最高料理(スペシャリテ)はまだ終わっていません。最後にデザートがあります」

 「は!? 俺様は今、負ける気満々なのだが、それを止めてまでさらに続きかあると!?」

 「はい、それはこれです! じゃーん!」


 あたしが取り出したのは竹皮の包み。

 それを紐解くと、中から真っ白なお饅頭が3つ。


 「……娘、これをどこで手に入れた?」


 彼の表情が真顔になる。

 あたしにはこれは美味しそうなお饅頭にしか見えないけど、”あやかし”の彼はこれの正体を見破ったみたい。


 「”手に入れた”なんて失敬な。これはあたしの手作り饅頭ですよ」

 「……聞き方が悪かったな。娘、これはどこで作った(・・・)?」

 「地獄一丁目駅に止まった食堂車の中で」


 そう、これはただの手作り饅頭。

 だけど、素材が違う。

 これはあたしが幽霊列車で作った基本の小豆饅頭。

 アズラさんと別れる時にお土産として渡されたの。

 幽世(かくりよ)は傷つき倒れた”あやかし”が身体を癒す世界。

 なんでも、幽世(かくりよ)の食材で作った食べ物を現世(うつしよ)で食べれば同じように”あやかし”の病気や怪我を治してくれるんだって。


 「まったく、茨木や熊たちのやつめ『稀代の料理人がやってくる』などとほざいていたが、まさかこんなヤツだったとはな」


 酒呑童子さんは、ふぅ、と溜息をひとつ。

 そして、あたしの目をじっと見つめた。


 「娘、なぜこれを最初に供さなかった? これを最初に出せば勝負はお前の勝ち、いや、勝負に入るまでもなく、ここを訪れた時に手土産として出せば、茨木も熊たちも大喜びで、お前は賓客(ひんきゃく)として(ぜい)の限りを尽くしたもてなしを受けただろうに」

 「最初に見た時にわかりました。酒呑童子さんの体調が悪いって事を。そして最初に出した料理でもわかりました。貴方が味覚を喪失していることも」

 「そうだ、俺様の味覚は異常をきたしておった。だが、瀉血とお前の粥でそれは回復したぞ」

 「このお饅頭って結構な自信作なんですよ。これを食べれば貴方の体調は回復するかもしれません。だけど、それじゃあお饅頭の味は味わえません。だから、まずは体調を戻した上で召し上がっていただこうかと」


 それに、このお饅頭は少し重め。

 弱った胃腸にはお粥の方がいい。


 「は!? お前はこのお饅頭を美味しく頂いてもらう(・・・・・・・・・・)ために、こんな事をしたのか!? 自らの身体を賭けてまで!?」

 「もちろん! それが料理人としての本懐(ほんかい)ですから!」


 食べる人の健康を気遣うのも大切だけど、それは本来、医者や薬師の仕事。

 料理人のあたしの本分(ほんぶん)は、料理を美味しく食べてもらうことなの。


 「ぷっ、ははっ、ははっ、馬鹿かお前は!? いや阿呆(あほう)か!? こんなやつが居るとはな。やはり現世(うつしよ)はいい、退屈な幽世(かくりよ)とは大違いだ! ははっ、ふはぁはっ!」


 酒呑童子さんが腹を抱えて笑う。

 その笑いはひとしきり続き、そしてピタリと止んだ。


 「なあ、娘よ」

 「珠子です。王へんに朱色のつくりで珠子です」

 「珠子、お前のこと気に入ったぞ。どうだ、俺様だけの飯炊き女にならんか? 永遠の命も、世の全ての贅沢(ぜいたく)も快楽も思いのままだぞ」


 彼の言う”飯炊き女”とは、料理人の事を示すのではなく、江戸時代の宿場町の”飯炊き女”の意味を含んでいるんだろうなぁ。

 つまり、永遠の命と自堕落な生活と引き換えに愛人関係になれってこと。


 「お断りします。あたしは人として生き、人として天寿を全うする事が望みですから」

 

 自堕落な生活は好きだけど、それは人としての営みの中でやるから良いのであって、永遠の自堕落生活なんてきっと途中で飽きるに違いない。

 この申し出が、永遠に彼のおごりで食べ歩き旅行だったら、心を()かれたかもしれませんけど。


 「そうか……、なら『そのままの君でいいので俺様の側にいてくれ』というお願いではどうだ?」

 

 あら、ロマンチック。

 もし、あたしが彼の素性を知らず、こんな風に言い寄られたら、あたしの心はなびいてたかもしれない。

 茨木童子さんの存在がなければなんだけど。


 「その台詞は茨木童子さんに言うべきですよ。彼女は貴方の事を誰よりも想っているのですから」

 「茨木にはもう言った」


 あら、なんて素敵なジャパネスク。


 「しかし、なんというか珠子は卑怯だな。俺様は負けた気になっていたのに、さらにそれに追い打ちをかけるような真似をするとは……」

 「でも、食べずにはいられないでしょ。この幽世(かくりよ)饅頭を全部食べれば貴方は完全復活! おめでとー! それを待ち望んだ茨木童子さんや四天王のみなさんの気持ちを無下(むげ)にはできないでしょ」


 かつて、大江山で数多くの鬼を従えた酒呑童子。

 そして今もなお慕われている彼なら、きっと部下の期待を裏切るような真似はしない、いや、できない。


 「ほらほら、観念して食べちゃいなさいよ。それで今回のお話はあたしの大勝利(ハッピーエンド)で終わるんだから」


 いやー、策が全て思いのままに進むと気分がいい。

 ちょっと調子にのっちゃうかも。

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