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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第五章 遠征する物語とハッピーエンド
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朱雀門の鬼と手ごねパン(その4) ※全4部

◇◇◇◇


 こねこねこね

 あまーいイーストの香りが漂う室内でパン生地がこねられている。


 「この弾力は粘土とは違って難しいの」

 「素材は選ばぬとはいったが、小麦粉をこねるとは」

 「はっはっ、俺は料理してやるとまで言ったぞ」

 「気を付けぬと、こね具合が手の中で変わっていくな」


 みなさんにとっては不慣れな素材、ですが流石に造形の道のプロ、小麦粉がその手の中で見事な形に変わっていきます。


 「コツは楕円を意識して作る事でーす。焼くと丸くふくらみますからね」


 あたしも別のテーブルで小麦をこねる。


 「はーい、これがブタさんの見本でーす。こっちはカメさん、こっちはうさぎさん、みんなもやってみよー!」

 「「「はーい」」」


 あたしの前で小さなよいこたちが手をあげる。

 今日もキッズ向けボードゲーム会に集まった子供たち。


 「やわらかーい」 こねこね

 「のびーる、のびーる、びよーん」 こねこね

 「あたしはねこさん、こねこねーこ」 こねこね


 パン作りはとっても楽しい。

 そりゃま、パン屋さんレベルに大量に作るとなったら大変ですけど、数個作るくらいならかんたーん。

 手の熱で発酵が進み、増える弾力、指の隙間からむにゅっと出る感触、これはお子様に大人気。


 「「「「できたー!」」」

 「こちらもできたぞ」

 「それじゃあ、ラップをして二次発酵したら焼きましょう。ここからはあたしにお任せ下さい」


 あたしはオーブントレイにキッチンペーパーを敷き、その上に子供たちがこねた動物パンをのせラップをする。

 バルバロッサで勝負中のみなさんは衝立(ついたて)で見えないようにラップ。


 パシャパシャ


 付き人のみさんがビデオをとは別に写真を撮る、きっと焼いた後との比較をするため。


 「さあ! 二次発酵でふくらみました! あとは焼くだけです!」


 あたしが現地調達した何台ものオーブンが唸りを上げ、赤い光の中で生地がパンへと進化する。


 チーン


 待つこと15分。

 オーブンの扉が開き、少し焦げの匂いの混じった香りが部屋中に広がる。


 「うわー、おいしそー」


 子供たちが駆け寄って言う。


 「あつあつだから、ふぅふぅして食べましょうね」

 「「「はーい!」」」


 フーフー、サクッ


 「あったかーい! おいしー!」

 「さくさくのふわふわー!」

 「こねこのパンちゃん、ぱくぱくー!」


 はふはふと口から温かい息を出しながら、子供たちが動物パンにかぶりつく。

 形はちょっといびつ。

 耳のさきっちょがちょっと焦げていたり、デコボコに膨らんだ部分もある。

 だけど、それも味がある、文字通り。

 さて、さて、大人組はどうかな?


 「みんな、わかっておるな」

 「ああ、ここからは早回しだ」

 「とっとと当てて食べるぞ」

 「私も千年の知識を総動員させよう」


 香り立つ焼き立てパンの前に、みなさんは戦意高揚、いや戦意喪失かしら。

 ”とにかく早くゲームを終わらせて早く食べたい”

 そんな気持ちになっていた。


 「この縦に直立した形は太陽の塔!」 せいかーい


 現代彫刻の(ごう)さんが作った大阪万博のシンボルはあっさりと当てられる。


 「こいつは対象の2体の像、つまり阿吽の像、金剛力士像だな!」 せいかーい


 新鋭仏師の(しょう)さんの仁王(におう)像も当てられた。


 「このツンツンとした頭は……メデューサ!」 はずれー

 

 ガレキの(がい)さんの作品は外された。

 あとでわかった事だけど、これは花魁(おいらん)だったんですって。

 

 みなさん造形のプロだけあって不慣れなパン生地でもスゴイ作品ばかり。

 だけど、その中でもひとつ造形の美しさで光る作品があった。

 薄く伸ばしたパン生地を重ねることで、焼いた時の膨らみで筋肉を表現。

 膝をついたポーズで直立したそれは、見た目は半裸のプロレスラー。

 顔は容顔美麗(ようがんびれい)にて壮年。

 パンでも美しい顔を表現できるなんて、あたしは初めて知った。

 しかも直立!

 動物パンにはフラミンゴやプレーリードッグのような立ったパンもあるけど、あれは下半身をカップに入れて安定させている作り方が多い。

 豪さんの仁王像もクッキーのような平面で作られている。

 直立するパンはそれだけ難しい。

 朱雀門の鬼さんの作品は見事なバランスでそれを実現させていた。

 みなさんも、生中継で見ている視聴者の方々もそれを理解しているようでコメントは絶賛の嵐。

 

 「これは……プロレスラーではなく、ひょっとしてこの(つの)は”酒呑童子(しゅてんどうじ)”か!?」

 「おっ、正解! どうだ良い出来であろう。この目線なぞあやつ(・・・)にそっくりじゃ」


 まるで会った事があるように、いやきっと()った事があるのだろう、朱雀門の鬼さんが自らの自信作を示して言う。

 ラストゲームの結果は……朱雀門の鬼さんの勝利!

 わかりそうでわかりにくい、その微妙なラインなのに作品の出来栄えは、あたしが見ても素晴らしかった。


 「さてゲームも決した事だし、温かいうちに頂こうではないか。なんとな、このあやつ(・・・)の首は脱着可能なのだよ」


 そう言って、朱雀門の鬼さんは酒呑童子パンの首をブチッっともいでみなさんの前に出す。

 おおおおおおぉぉ! 動画のコメントは大盛り上がり。

 

 『やべえ、絵巻そのものだ!』

 『星兜(ほしかぶと)に噛みつかんと』

 『あの筋肉、マッスル具合も完璧(かんぺき)! パン(ぺき)!』

 『逆にかぶりつき返せ頼光(らいこう)!』


 こんなコメントで埋め尽くされた。

 だけど、そんなコメントには目もくれず、みなさんは温かさの残るパンをガブリ。


 ガブッ、ムッシャー


 「うめぇ! このパン、皮はサクサクで甘味があって!」

 「これって小麦粉だけだよね。でも、こんなに甘味があるなんて!」

 「ひょっとしてパン屋のパンより美味しくないか!?」

 「ほほう、この前のサンドイッチも美味であったが、これも見事な生地と焼成(しょうせい)だな娘さん」

 「えへへー、このパン種は生イーストを使っていますからね。ドライイーストとはまたちょっと違った味なんですよ」


 家庭でのパン作りに一般的なのはドライイースト。

 だけど、今日のパン生地には本格的なパン屋さんでも使われている生イーストを使っている。

 ちょっとお高めだけど、イーストの甘味と小麦の甘味が()きたパンになるの。

 

 「へぇ、生イーストなんてあるのか。これは勉強になった」

 「結局のところ、ゲームでも造形でも勝者は朱雀さんかな」


 ムシャムシャとパンを平らげながら、豪さんと翔さんが言う。

 あたしも作品の出来では朱雀門の鬼さんが一番だと思う。

 だけど……


 「いや、まだだっ!」


 ガレージキッドことガレキの該さんはまだ納得していないみたい。


 「このパン生地での対決は朱雀さんの相方が提案したものではないか。これは最初から仕込んでいたものだろう。俺はまだ負けてない!」


 うーん、確かに仕込んでいましたよ、料理的な意味で。

 だから、本当は違うけど、朱雀さんとあたしがグルになっていると該さんが思ってしまうのは、ごもっとも。

 でもね、あたしはこの展開も予想していたんですよ。


 「でしたら、今度は純粋な造形で勝負したらどうです? カラー粘土を使って。勝敗は配信の視聴者に決めてもらいましょう。なんなら、該さんの得意分野で」

 「よしっ、それなら美少女フィギュア作りで勝負だ!」


 ガレキの該さんが完全に自分の土俵での勝負を申し込み、


 「その勝負受けた!」


 朱雀門の鬼さんもそれを意気揚々(いきようよう)とそれを受ける。

 これぞ朱雀門の鬼さんが望んでいた猛者との勝負!


 こうして、ボドゲゲーム会はパンこねこね会を経て、フィギュア作り対決へと進んだのです。

 朱雀門の鬼さんが最も得意とする美女作りの対決に。


◇◇◇◇


 「うわわわわぁぁぁ! なにこれ! 十二単(じゅうにひとえ)なのにエロい!」

 「あ、あれが……チラリズムの極致……」

 「な、なんで平面に見える着物の下からナイスバディラインが見えるんだ!?」

 「ほほう、これは習作(しゅうさく)といった具合なのだが、思った以上に差がついてしまったようだ」


 かつて長谷雄草紙の中で、紀 長谷雄(きのはせお)を魅了した美女。

 いや、当時の結婚年齢を考えると美少女。

 それを死体で作り上げた朱雀門の鬼さんの凄腕が、あたしの眼前で披露されていた。


 『すらりと伸びた脚が着物の隙間からチラチラ……なまめかしい!』

 『角度によってふくよか系にもスマート系にも見えるバランスの取れた顔!』

 『やべえ、鬼がいる。朱雀さんはフィギュア作りの鬼や!!』


 視聴者のみなさんも、そのフィギュアの(つや)っぽさに大喝采!

 

 「負けた……俺の完敗だ! まるで魂が入っているような出来前、この境地に俺は達していない!」

 

 そう言って該さんが頭を下げる。


 「いやいや、魂はまだ入っておらぬぞ。まあ、素材が粘土なのでたとえ魂を入れたとしても定着せぬがな」

 「あははー、そうですねー」


 朱雀門の鬼さんが冗談のようで冗談にもならないような事を言う。

 きっと人間の死体を素材に使ったなら魂を入れられるんだろうなぁ。

 

 「朱雀先生! 頼みがある! この作品を売ってくれぬか? 手本としたい!」

 「よいぞよいぞ、金なぞ要らぬ。自由に使うがいい」

 「ありがとうございます! ああ、なんて懐の広い!」


 先生と呼ばれて上機嫌の朱雀門の鬼さんが笑いながら言い、負けた該さんも嬉しそうに美少女粘土細工を掲げる。

 そこには勝敗はあったけど、楽しさでいっぱいだった。


 「パンおいしかったー!」

 「おねえちゃん、またやろうねー!」

 

 子供たちも美味しいパンを食べて大満足。

 天国のおばあさま、今日は朱雀門の鬼さんの大勝利ですけど、この会はみんなのハッピーエンドです。

 

◇◇◇◇


 「いやぁー、嬉しくも楽しい良い日であった。礼を言うぞ娘さ……、そう言えば名を聞いていなかったな」

 「珠子です。珠玉(しゅぎょく)の子と書いて、珠子(たまこ)です」

 「そうか、珠子殿。見事な料理の腕とプロデュースであった、感謝する」


 会が終わり、今、あたしたちは異空間の朱雀門に帰り、投稿された動画を視聴中。

 ちなみにコメントの投票でもNo.1は朱雀こと朱雀門の鬼さん。


 「しかしなぜ、あのパンの事を私にも秘密にしておいたのだ? それを知っていれば私の勝利は容易かっただろうに」


 あたしは今日の会の流れを朱雀門の鬼さんには秘密にしていた。

 確かに、前もってパン生地の勝負を知っていれば、ううん、パン生地での練習をしておけば朱雀門の鬼さんはもっと簡単に勝っていたはず。

 朱雀門の鬼さんを勝たせるならそれで充分(じゅうぶん)

 だけど、あたしはあえて(・・・)そうしなかった。


 「それは朱雀門の鬼さんに真の勝利を授けたかったからです」

 「真の勝利とな?」

 「はい、正々堂々と相手の得意分野で勝利する。ここでいう勝利とは相手に負けを認めさせるだけでなく、勝者への尊敬と称賛の念も抱かせる事にあると思いました。だから、そういう勝負になるようにプロデュースしたのです。ま、最後は朱雀門の鬼さんの実力ですけどね」


 長谷雄草紙の中で朱雀門の鬼さんは紀 長谷雄(きのはせお)との双六勝負に負けた。

 その中で朱雀門の鬼さんは顔を真っ赤にしたけれど決して卑怯な真似はしなかった。

 それは、彼が勝負に真摯(しんし)であった事の証。

 だから、彼は敗北の証として約束通り絶世の美女(死体のパッチワーク製)を渡したの。

 『この美女に100日間、手を触れないでくれ』という条件を付けて。

 そして『あいわかった』と紀 長谷雄(きのはせお)も約束した。

 だけど……その約束は守られなかった。

 80日を過ぎた時、紀 長谷雄(きのはせお)は我慢できず美女に触れてしまい、彼女は崩れてしまった。

 魂が定着するには100日間の時間が必要だったのだ。

 そして紀 長谷雄(きのはせお)は激怒した朱雀門の鬼に遭遇する事になる。


 これが長谷雄草紙(はせおそうし)に載っている朱雀門の鬼さんのエピソード。

 勝負で何度も負けても怒らなかった朱雀門の鬼さんが唯一怒ったのは、紀 長谷雄(きのはせお)が美女に100日間触れてはならないという約束を破った時だけ。


 「朱雀門の鬼さん、貴方(あなた)の中で約束という物は神聖で、それが正々堂々とした勝負の結果だとしたらなおさらなのでしょう。あたしは貴方(あなた)との勝負に負けました。そして賭けの代償としての『貴方(あなた)に真の勝利をもたらす』という約束しました。あたしはそれを全力で守ろうとしただけです」


 あたしのその言葉に、朱雀門の鬼さんは心底嬉しそうな顔をしたのです。


 「珠子殿は噂通りの、いや噂以上の娘さんだな。時には卑劣な真似をする人間の中では珍しい」


 人間の中には勝利至上主義を掲げる人も多い。

 卑怯な真似をしてでも”勝つ事が好き”な人たち。

 だけど、少なくともあたしはそうしたくない。

 たからあたしは、みんなが笑顔で勝負(ゲーム)を楽しめるような場にしたの。

 双方が全力で競技し、勝った方も負けた方も最後は笑いあえる、そんな勝負に。

 そこでの勝利こそ、真の勝利だと思ったから。


 「賭けの対価、確かに受け取ったぞ。すまぬな、無理やり勝負に引き込むような真似をしてしまって」

 「あはは、最初は面食らいしましたけど、慣れてますから」


 本当に慣れてしまった……。


 「確か、大江山に行くと言っていたな」

 「はい、茨木童子(いばらぎどうじ)さんの所に遊びに行きます」

 「そうか”あやかし”の心を()きつけるのは、純真で純粋で純朴な真心だ。それを忘れなければ大江山のあやつ(・・・)の心も()けるだろう。ま、珠子殿なら心配はいらぬと思うがの。では達者でな」

 「はい、朱雀門の鬼さんもお元気で」


 あたしと朱雀門の鬼さんは固い握手を交わし、そしてあたしの目の前に黒い穴が開いた。

 そしてあたしは、その穴に歩みを進める。

 気が付くと、あたしは京都の大通りに立っていた。


 さて、思いのほか長い旅路になってしまったけど、まだ十分に有給は残っている。

 こうして、あたしは当初の目的地の大江山に向けて進み始めたのです。

 茨木童子さんとの再会への期待と、心に一抹(いちまつ)の不安を抱えながら。


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