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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第一章 はじまりの物語とハッピーエンド
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河童とキュウリ(後編)

 「なにこれ!? キュウリの青臭さがさらに広がって!?」


 うん、藍蘭(らんらん)さんがそう言うのも無理ない。

 あたしも試食した時は、ちょっとどうかなーと思ったの。

 でも、これはきっと河童さんたちにとっては違う。


 「くっ! これは、この味は……」

 「生命(いのち)が……きえていく……」

 「ああ、はかない、せつない、季節はもう……秋」


 河童さんたちはさめざめと目から水を流している。


 「えっ、どうしたの? そんな泣く味じゃぁないんじゃない」

 「ふん、お前さんにわからぬのも無理ない。これは悲しい、哀しい料理なんじゃ」

  

 あの三千坊さんも涙を流している。


 「ちょっと珠子ちゃん。あなた、何を出したの?」

 「へへへー、それはキュウリにこれを霧吹きで吹いたのです」


 あたしはドレッシングの小瓶に入れたそれ(・・)を掲げる。


 「ちょっと一匙もらうわよ」

 「どうぞ」


 ペロッ


 「ん、これちょっと青臭い水ね。何かしら?」

 「似た物は藍ちゃんも使った事あると思いますよ。これはキュウリ水です! へちま水と同じやり方で採ったんですよ」

 「えっ!? へちま水って化粧水になる、あのへちま水!?」

 「そうです、キュウリもへちまも同じウリ科ですからね、同じやり方で採る事が出来るんです。これを水で薄めれば、きっと化粧水になりますよ」

 「ああ! キュウリパックみたいな感じね、わかるわぁ~。でもなんで河童さんたちが泣いているの?」


 うん、その疑問は当然だと思う。


 「えーっと、へちま水やキュウリ水はね、地面から伸びている(つる)を切って、その先を空いた瓶に入れて(したた)り落ちる液体を集めて採るの」

 「へー、そんな採り方するのね」


 これは小学校の理科でも習う。


 「でも、当然そんな事をすればキュウリは枯れてしまうわ。だから最後の実を収穫した後に採るのが一般的なのよ」

 「そうじゃ、儂らが味わったのはきゅうりが最後の命を燃やして大地より汲み上げた味なのじゃ。これに涙せぬ眷属(けんぞく)などはおらんじゃろて」


 そう言いながら三千坊さんは残った涙キュウリを口に運び、そして大粒の涙を流す。


 「安心して、三千坊さん」


 そう言ってあたしは小袋を渡した。


 「これは?」

 「キュウリの種よ。来年には再びこれが芽吹き、そしてキュウリの花は再び咲くわ」

 「おお! きゅうりはその命を次の世代に伝えた! ああ、また、きゅうりに逢えるんじゃな」

 「「「きゅうりぃー!!」」」

 

 そして、河童さんたちとあたしは、未来のキュウリを想って涙した。


 「なにこれ……」


 藍蘭(らんらん)さんだけがまともな表情をしていた。


◇◇◇◇


 「とまぁ、これが極限まで河童さんたちの気持ちを理解してみたあたしの料理なのです」

 「うむ、儂のアドバイスを見事に理解したようじゃな。感心感心」

 「理解するにもほどがあるわ!!」

 

 あたしは三千坊さんからお褒めの言葉を頂き、藍蘭(らんらん)さんからツッコミを受けた。

 うん、あたしもちょっとやり過ぎたと思う。


 トントントコトントコトン


 そんな折、太鼓の軽い音が裏庭に響く。

 百勝目を賭けたおじさんと三太夫さんの取り組みが始まるのだ。

 今日はちゃんとマワシを付けている。


 「珠子殿の料理で活力全開! パーフェキューリパワー!」

 「よしっ、じゃあおじさんもはりきっちゃうぞー!」


 おじさんがあたしに向かってウィンクする。

 あたしもそれを返す。

 あたしの最後の仕事は三太夫さんに隙を作る事だ。


 「みあって、みあって、はっけよい!」

 

 ばちーん!

 

 「のこったのこった!」


 ふたりの取り組みが始まった。


 「三千坊さん、観戦に冷酒はいかがですか? とっておきのがありますよ」

 「ほほう、それは楽しみだ。一献(いっこん)もらおうかの」

 「はい、グラスをどうぞ」


 そう言ってあたしはグラスを渡す。


 「これに、先ほどのキュウリ水を少々注ぎます」

 「ほほう、香りづけかね」


 そしてあたしはキンキンに、キンキンに、キンキンに冷やした酒を注ぐ。


 キキキキキキキン


 あたしが注いだ冷酒はグラスに注ぎこまれると同時に液体から固体に変わり、シャーベット状のみぞれへと姿を変えた。


 「これは!? 新鮮なきゅうりの香りが雪の酒に閉じ込められた!?」


 その驚きの声に河童さんたちの視線が三千坊さんに集中する。

 それは三太夫さんも例外ではない。

 そして、おじさんは例外なのだ。


 「スキあり!」


 おじさんはこうなる事をあらかじめ知っていた。


 「吊っちゃえ! おじさん!」

 「緑乱(りょくらん)! そのまま投げるの!」

 「ふんがー!!」


 そしておじさんは、三太夫さんを吊ったまま、投げた。

 

 「おじさんだってな! お嬢ちゃんの声援があれば! いつもよりがんばれるんだよー!!」


 ズドンと音を立て、その甲羅が地面に着く。


 「やったぁ!」

 「決まり手は吊り落としねっ!」

 「これで、おじさんの勝利だー!」


 土俵の上でおじさんがサムズアップを取る。

 あたしもそれに合わせてサムズアップを掲げる。

 そして、あたしの姿は…… 


 「そんな事より、この秘密を教えてくれぬか!」

 「いや、そんな事よりも俺にも()いでくれ!」

 「俺も! 俺にも!」

 「あーれー……」


 河童さんたちの沼に沈んでいった。


◇◇◇◇


 「さて、ではお酌をしながら解説しますね。三千坊さんにお出ししたのは『みぞれ酒』! (そそ)ぐと凍結する不思議なお酒なんですよ」


 あたしの前には河童さんたちが列を作ってならんでいる。

 その手のグラスにはキュウリ水があらかじめ注がれている。

 ちなみに、普通の味覚の人向けにはレモン水で作ると美味しい。


 「この秘密はずばり『過冷却』です! 日本酒を-17℃の冷凍庫でゆっくり冷却すると本来は凍結する温度でも凍らずに液体を保つ事が出来るんです!」


 あれ? 反応が薄い?


 「そ、そしてそれを勢いよくグラスに注ぐと! ほら! この通り! 衝撃で急速に凍り、みぞれのような日本酒になるのです!」


 みぞれ酒はちゃんと出来ている、失敗などしていない。

 だけど、河童さんたちは目を丸くしてこっちを見ているだけだ。

 あたしのこの説明で大喝采! そんな予定だったのに。


 「えーと、もうすこしわかりやすく」

 「ぶ、物質の三態はわかりますか?」

 「サンターい? クリスマスの”あやかし”の事ですか?」


 うーん、三太夫さんの科学レベルは低そうですね。


 「水や酒の凝固点(ぎょうこてん)は?」

 「玉壺典(ぎょっこてん)? あの漢詩の『清如玉壺氷、清きこと玉壺(ぎょっこ)の氷の(ごと)し』の事かの? なるほど! このグラスの酒はそれを表現しておるのか!!」


 三千坊さんの方は逆にレベル高いわ!!


 「だめよお嬢ちゃん、そんな言い方じゃ」

 「でもおじさん、それじゃあどう言えばいいんですか?」

 「それはね……こう言うんだよ」

 「あっ、ひゃん!?」


 そう言っておじさんはあたしの腰をつかみ、そのまま持ち上げた。


 「みんな! これは『酒処 七王子』の台所の女神たる珠子嬢ちゃんの料理力(ちから)の加護なのさ!」 

 「ちょ、料理力(ちから)だなんて、ちがうちがう、あれは科学、かがくー」

 「いいじゃないか、少なくともお嬢ちゃんはおじさんの勝利の女神である事には変わりないんだから」


 そう言ったおじさんの顔は素敵だった。

 あれ? この人、お酒を飲まずに凛々(りり)しい表情をすれば相当にかっこいいんじゃ?

  

 「「「「うおおー! めがみ! めがみ! きゅうりの女神!」」」


 河童さんたちはあたしに新しい称号を授けてくれた。

 微妙に青臭い称号を。


 「さて、百勝はおじさんが頂いたから、約束通り他の兄弟に手を出すのはナシな」

 「うむ、だが再び緑乱(りょくらん)殿に挑戦するのはアリかな」

 「よっしゃよっしゃ。また百番勝負としゃれこもうぜ」


 緑乱(りょくらん)さんと三太夫さんは互いに健闘を称え合っている。

 これでまた何年かは緑乱(りょくらん)さんが橙依(とーい)君の防波堤となり続けるんだろう。

 いいお兄さんだ。


 「さて、おじさんもお嬢ちゃんの膳をいただくとするか」

 「はい、こちらがおじさんの分です」


 あたしは最後に残ったキュウリ御膳を渡す。

 ニヤリと(わら)って。

 

 「ありがとう、お嬢ちゃん」


 受け取ったおじさんもニヤリとする。


 「さーて、お腹がぺコペコだから、一気にたべちゃうぞー」


 そう言って緑乱(りょくらん)さんは、どんぶりに真のカッパ巻きと、涙きゅうりと、ピクルスと、天麩羅を入れて、冷や汁をぶちかけた。


 「やっぱ冷や汁は飯物にぶっかけてかっくらうのがおいしいよねー」


 ズルズルズルルー


 豪快な音を立てて、その”あやかし合体”を果たしたキュウリ御膳は胃の中に吸い込まれていく。


 「うめー! もうさいっこうだね!!」


 本当に美味そうに食べてくれるな。

 ちょっと嬉しい。


 それを見て、河童さんたちの喉がなる。

 もちろん三千坊さんのも。 


 「た、珠子女神さん! 他に余ったきゅうり御膳はありませんのかね! あれば百点、いや千点、いやいや三千点間違いなしですぞ!」

 「ごめんなさいね。キュウリの旬は終わってしまったので、また来年ですね」

 「そんな、殺生なー!」


 実は冬でもハウス栽培のキュウリがある事は黙っておこう。

 だって高いんですもの。

 ともあれ、三千坊さんにお墨付きも頂いたのであたしの気分は上々だ。


 おばあさま、今日も珠子はハッピーエンドです。


 「おっと、たらふく食ったら腹が苦しいな。少しマワシを緩めるか」


 お腹を膨らませて緑乱(りょくらん)さんは言う。

 マワシは基本的にきつく締めるもので、ちょっと緩めるような構造になっていない。

 だから、緩めるという事は、いったん全部外すという事になるのだ。


 「ふう、これこれ、この解放感がたまらないねー」


 三日ぶりにあたしの目の前で堂々とぶらんぶらんしているものを見て、あたしは目を覆った。

 なぜだかあたしは赤面していた。

 だって大人の女の子ですもん。 

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