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冷血青年  作者: 海月大和
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穏やかな夕食

 エルシーの父、アントニーと兄、デリックを待つ間、リチャードたちはお茶を飲みながら世間話をして過ごした。今年の作物の出来は良さそうだとか、雨が少なくて洗濯物が乾かしやすいだとか、一昨日に向かいの誰それのヤギが子供を生んだとか、他愛もない茶飲み話だ。


 アントニーとデリックが帰ってくると、エルシーがリチャードを恩人だと紹介して二人が頭を下げる場面があった。デリックは狩りで見事に鴨を仕留めていたので、丁度良いとハンナが料理を始め、エルシーはそれを手伝いにいった。


 そうして出来上がった鴨と野菜のスープを囲み、5人はモアナ様への感謝を捧げて食事を始めたのだった。


「それでね、あっという間に盗賊6人をやっつけちゃったの! すごいでしょ!」


 目下の話題はリチャードが盗賊を追い払ったときのことだ。身振り手振りを交えてエルシーが興奮気味に語る。何故か自分のことのように自慢げである。


「はぁ~、6人に勝ったのか。そりゃすごい」


 多少の誇張はあるものの、大筋は合っている立ち回りを聞いてアントニーが感嘆の声を上げる。スプーンで木皿からスープを掬い、一口飲む。


「教会の狩人ハンターさんなんだってね。まだ若いのに偉いもんだ」


 教会の狩人ハンターはモアナ教の神官の中でも限られた者だけが就ける役職だ。10近く修行を積んで初めて資格を得ることが出来る。


「私などまだまだですよ。もっと徳の高い方は大勢いらっしゃいます」


 そう言ってリチャードは鴨の肉を口に含み、ゆっくりと噛み締めた。噛むほどに肉汁が溢れ出てきて旨味が口内を満たす。一緒に口に入れれば、薄めたワインも上等な酒に感じられるほどだ。


「このスープはとても美味しいですね。野菜と肉の旨味がよく出ています。下手な店の料理より美味しい」

「でしょ? 母さんのスープは世界一なんだから」


 エルシーが満足げにふふんと鼻を高くする。


「あらあら、嬉しいわ。遠慮せずいっぱい食べてね」


 葉物のサラダをつまんでいたハンナが頬に手を添え、嬉しそうに口元を綻ばせた。そこへデリックが口を挟む。


「リチャードさんは怪物って見たことあるんだろ? 退治したこととかも?」


 やはり男の子には気になる事柄のようだ。リチャードは頷いた。


「もちろんありますよ。最近相手にしたのはオーガやコボルドですね」

「オーガにコボルドか。爺さんの話に聞いたきりだな。ここ30年近くこの辺りには現れてねえって話だ」


 アントニーはワインを飲み、


「これも教会の狩人ハンターさんが退治してくれるおかげだな。ありがてえこった」


 としみじみ呟いた。


「リチャードさんは魔法も使えるのか? 狩人ハンターは皆使えるって聞いたけど」


 興味津々といった様子でデリックが訊いてくる。


「神聖秘術のことですか? 私はそちらの才能はないようでして。ひたすら体を鍛えて知識を蓄える日々でしたね」


 神聖秘術とは神に祝福された人間が使うことが出来る、通常ではありえない効果を持った術のことだ。光の矢を放ったり、武器や盾に強い力を宿したりすることができる。魔女たちが用いる魔術とはルーツの異なる力だが、一般人にはどちらも魔法と認識されている。


「なんだぁ。使えないのかぁ」


 スプーンを咥えたデリックが残念そうに肩を落とす。


「こらデリック。失礼だろうが。……すみませんね礼儀がなってなくて」


 アントニーがデリックにげんこつを落として頭を下げた。リチャードはいいんですよと頭を振る。


「私は使えませんが、見たことはあります。よろしければお話しましょうか?」

「「ほんとに!?」」


 これには何故かデリックだけでなくエルシーも食い付いた。少年少女は魔法というものに憧れがあるのが普通だが、この二人も例外ではないらしい。


「そうですね。私が見た中で一番凄かったのは……」


 リチャードの話に聞き入るエルシーたちとそれを見守る両親。旅人を交えた晩餐は刺激に満ち溢れ、時間を忘れさせる。そして夜は更けていくのだった。





 その夜、アントニーのベッドを借りて眠ったリチャードは小さな話し声で目を覚ました。寝室と壁一枚を隔てた向こうから男女の声が聞こえる。見れば、アントニーとハンナの姿が寝床になかった。


 会話らしき声は本当に小さく、普通なら何を話しているのかは分からない。しかし、並外れた聴力を持つリチャードは集中すればその音声を拾うことが出来た。


「どうするのアナタ? 教会の狩人ハンターだなんて。これがアイツの耳に入ったら……」

「明日の朝一番で村長と相談してみるよ。奴も日が高いうちはそうそう動かんだろう」

「大丈夫かしら。もし私達のことがバレたら……」

「心配するな。気が付く訳がないさ。万が一そうなったらそのときは……」


 リチャードは盗み聞きをやめ、再び目を閉じた。少し離れた場所から犬の遠吠えが聞こえていた。

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