沙良と文也1
――最悪だ。
雨粒が、容赦なく全身を叩く。家を出るときは晴れていたのに、今はもう土砂降りの雨だ。お気に入りのフレアスカートはぐっしょりと濡れ、足にまとわりついてくる。
本当は、楽しく喋りながら帰る予定だった。なのに、それが叶わなかっただけでなく、こうして大雨に見舞われている。
水滴が目に入るのが煩わしい。早く家に帰りたい。散々な気分を、いつもより熱めのシャワーで洗い流してしまいたかった。
そうして、足を早めたときだ。
「――わっ」
ほとんど前を見ずに歩いていたせいで、早足で小路から出てきた人影にぶつかってしまう。
ごめんなさい、と口走りながら顔を上げると、相手の顔が間近にあって、私は息をのんだ。
目にした誰もが見惚れてしまうであろう美貌が、そこにあったからだ。
まるで、宇宙をのぞき込んでいるかのような紺色の瞳。水を含んで張り付いた黒髪は、耳を半分以上も覆っている。
身長は、相手のほうが数センチほど高いようだったが、中性的な顔立ちのせいで、十七の私よりも幼く見えた。
「大丈夫か?」
声は落ち着いていた。口調からして、少年だろうか。
私は慌てて頷くと、一歩下がって頭を下げた。
「ごめんなさい、前見てなくて……」
相手は無言で首を横に振ると、私に背を向けた。雨でよく見えなかったが、少年の着ているのが鮮やかな青色の服だということは分かった。
随分と目立つ色だと思い、そこでようやく、少年も傘をさしていなかったのだと気付く。
私は我に返ると、鞄からハンドタオルを取り出した。防水性能がついているおかげで、鞄の中身は濡れていない。
「――あの」
少年の背に声をかけると、歩みが止まった。首だけで振り返った彼に駆け寄り、私は少年の手にタオルを押し付けた。
「これ、使って」
反応を待たずに駆け出す。少年に呼ばれたような気もしたが、私は振り返らなかった。降りそそぐ雨は冷たいのに、頬が熱い。
――ぶつかったのが自分の不注意だとしても、謝ってそれで終わり。いつもの私なら、きっとそうしていたはずだ。
見知らぬ少年にタオルを渡すなど……普段なら考えられないことで。
何故、なのだろう。少年の見た目が、信じられないほど整っていたからか。
それとも――遠ざかる背が、どことなく寂しそうに見えたからだろうか。
家にたどり着いて、湯に浸かりながらも、私の頭からはあの少年のことが離れようとしなかった。