馬車の中で
後1話...
獣王国に向かう日の早朝、予定通りに王都の門を出てすぐのところに豪奢な馬車が停まっていた。王家の紋章が刻まれた馬車はそれでいて装飾過多という訳ではなく、ゴテゴテに飾り付けられた馬車に乗るのは遠慮したかったカナタたちは一安心した。
停車していた馬車は1台しかなく、外から見た感じこの馬車では乗れてもせいぜい4、5人ほどで、今回の移動メンバーを全て乗せることはできないので王族の人たちが来るまでは一先ずここで待機という事だろう。
「おはようございます。」
馬車のそばで馬たちの世話をしていた人にとりあえず挨拶をしながら近づいていく。
「おはようございます。ささっ、こちらへどうぞ。」
カナタたちが促されるようにして馬車へ乗り込んでみると、そこには国王をはじめ今回共に出発予定のメンバー全員が既に待機していた。
どうやらこの馬車自体が"魔道具"だったらしく、外から見た大きさと内部の広さがかなり異なっていた。
アイテムボックスのように内部面積が拡張されていて今回はこの1台の馬車に全員が乗って移動するらしい。
と、まあ要するに内部が1つの部屋のような広さ、大体旅館の大部屋位といえばわかりやすいのかな?があるのでこの馬車1台で十分広さ的には問題なく、カナタたちの自分たちが先に付いた運云々という予想は大きく外れてむしろ少し待たせてしまったらしい。
「これは、お待たせしてすみません。時間的に余裕があるかと思ったのですが遅れてしまったみたいですね。」
「いやなに、我々が少し早く来ていただけだから気にしないでくれ。馬の調子を整えたり、馬車のメンテナンスをしたりと少し手間取るのでな、早く来て準備していたんだ。」
王家が保有する馬車つまり今回使う馬車は、カナタたちが乗ると合計10人を超える人間を収容しているわけだが、まだ内部のスペースには余裕があった。
「いやいや、俺たち一般人が国王様含め国の重鎮の皆さんを待たせてしまうというのはやばいですって。」
「馬車に乗ったら全員が揃っているこの光景を見た瞬間に終わったと思った。」
カナタたちの口調は完璧な敬語とはとても呼べる代物ではないし、貴族たちに向けて話す言葉遣いとしても相応しくない。
初めからカナタたちもそんなことは百も承知だし、完璧にこなす事が出来ないと思ったからこそ最初に口調の事は断りを入れて了承してもらっていた。
しかし、それとこれとは話が別で、王族をたかだか冒険者が待たせるというのはありえない。故にカナタとアリスがすぐに詫びたのだ。
「ははは。そう気にすることも無いぞ。我が王国に限らず上位ランクの冒険者たちは我々に対して同じ目線の人間として接してくるぞ。金ランクのような極限られた人間たちは我々王族よりも権力は上だしな。おそらくカナタ君たちも我々が制御できない類いの実力者だと思うし、そう改まらなくてもいいのだぞ?実は君たちは冒険者という括りの中ではかなり常識的だし礼儀正しい部類だからな。我々としては今まで通りの関係でいてくれればそれでよい。」
「......一国の王様より立場が上ってなかなかに実力主義な思考ですね。国王様たちがそれでいいと言ってくださるならこちらとしては有難いですが。」
ネメシアではステータスが存在し、レベルが上がれば身体能力や技術が向上する。そういった事情が絡み合って一般市民に対しては国王たち王族をトップに置いて世を回し、極一部の力ある者たちとは個人的に交友を持って自国の利となるようにするのだ。そもそも国が保有する戦力をもってしても抑えきれないようなトップクラスの能力を持つ人間は、下手に言って暴れられでもしたらそちらの方が厄介なのでこういった特例が作られたのだった。
「それはそうと好きに座ってくれ。じきに出発の準備もできるからもう少し待ってくれ。」
カナタたちは促されるままに入り口付近に適当に腰を落ろす。そしてそう時間もかけずに御者をしてくれる男が出発の旨を知らせて馬車は動き出した。動き出してみれば進む度に訪れると思っていた酷い縦揺れはほとんど感じることも無く、寧ろ程よい揺れは眠気を誘う程に快適だった。
王族の保有する馬車は流石一流の技術者たちの手で作られただけあってこの馬車なら欲しいなとカナタは密に思ったのだった。
カナタたちはダンジョンを出てから何回か馬車に乗っている。しかし街で日常的に走っている馬車はとても乗れたものではないとカナタたちは1度乗って後悔した経験がある。縦揺れがひどくお尻は痛いし、喋ろうにも体が揺れるため声も震えて会話ですら一苦労なのだ。そのくせ大した移動速度でもないのでその苦痛が長時間続くときている。この世界の住人たちはそれが普通なので慣れてしまっているらしく街馬車はよく利用されているが、カナタたちにしてみればもっと上の乗り物を知っているためどうも使いたいと思えなかった。
その点ハックの所有する馬車はなかなかに乗り心地が良かった。今乗っているこの馬車には負けるが、それでもハックの馬車ならばまた乗ってもいいと感じるほどには快適だった。流石に貴族が持つ馬車だけの事はあるという事なのだろう。
「ああそうだ。皆さんは朝ご飯は食べましたか?」
「うん?今朝は朝が早かったからまだだな。どうせ馬たちを休ませるために何度か休憩をはさむからその時に取れるように準備してきているぞ?」
「では、それまでのつなぎとしてこれをどうぞ。」
「まあ、このクッキーはカナタさんたちが焼いたのですか?とてもいい香りがします。」
カナタがアイテムボックスから出したのは自家製クッキーだった。ココアにナッツ、抹茶など数種類の味を用意した。とはいえこれは今日のために焼いたのではなく日常的にカナタたちのおやつとして食べている物で少し前に予備が無くなった時に1度にまとめて超大量に作ったものだ。
この馬車の内部には少し小さいがテーブルも備え付けてあってそこにカナタはクッキーを置いていく。カナタのアイテムボックスは時間停止の能力があるので出来立ての状態で保管されていた。
因みに、このクッキーの材料であるココアやナッツなどの食材はカナタのMPで50ポイントほど消費して創り出している。昔はMPがそこまで無かったので材料を何日もかけて創りながら料理をしたものだ。
それが今では作り置きすらできるほどに大量に創り出すことも出来るようになって、さらにはアスカが好んで料理をしてくれるのでおやつに関してはアイテムボックス内で尽きる事を知らないほどに備蓄してある。
カナタが出したクッキーに王子と王女は興味津々で手を伸ばした。
「......!おいしい~!お兄様これすっごく美味しいですよ。」
「ああ、お前が食べたのと違う色のやつを食べたがこちらもかなり美味い。カナタ君、このクッキーは街で売っているのとは味が全然違うが何か秘密の調理法があるのか?ああ勿論秘密だというならば無理に聞き出したりはしないが。」
「いえ、売っているのと作り方にそう違いは無いと思いますよ?俺も売っている物をどのように作っているのか見たことはないので絶対とは言えませんが、特別な事は何もしてないです。おそらく使っている材料と配分が異なるんでしょうね。」
「そうなんですね~。あっこっちの黒いのも美味しいです~。」
王子と王女の兄妹は全部の種類のクッキーをコンプリートする勢いで全部の種類を1つずつ食べては幸せそうな顔をしている。2人は食べたことのない味に注意が向いていて気付かなかったが、2人のクッキーを食べた時の幸せそうな顔を見てほっこりした他の面々は2人が食べ終わった種類の物から手を伸ばしていった。そしてカナタが出したクッキーの異常性に気づく。
「えっ......なあボンよ、このクッキーは今朝作ってきたのかい?まだ暖かいのだけど?」
そう”時間停止”の効果で出来立ての状態という事はまだ温かいのだ。これに関してもカナタとアリスはダンジョンに居る時に口に入れた時の触感の残り方や舌に触れた時の温度に至るまでしっかりと研究して程よい温かさで保管されている。ローザが気づいたようにネメシアで一般的にありふれているアイテムボックスに時間停止なんて能力は無いので朝作ってもこの温度で提供することはかなり難しい。というより現在の段階では時間停止の能力が付与されたアイテムボックスはカナタとアリスしか持っていないので温かいまま保管できるという思考が無かった。
「いえ、結構前ですよ。俺のアイテムボックスは特別製で内部の時間が止まっているので温かいまま保管しておけるんですよ。出来れば他言無用にしていただければ嬉しいです。」
何気にカナタたちはここに居るメンバーは割と信用している。まだ会った回数も共にいた時間も少ないが、この情報を他に流したり悪用するようには思えなかったので話した。まあ自身の力をある程度隠さないように振る舞うことに決めたことも大きいのだが。
カナタは他言無用と言いつつ更にアイテムボックスからお茶やジュースも取り出していく。
「まあ言うなと言われれば他言はしないが......この飲み物も冷えていて美味いな。本当にこうして共に時間を過ごしてみるとお前たちは本当に規格外だな。ハックが縁を繋いでくれた事には感謝しないといかん。」
「ねぇカナタさん、もしよろしければ食事も頂けないかしら?お菓子がこんなに美味しいんだもの他の料理もきっと美味しいわ!人が多いからカナタさんたちが持ってきた食料が心もとないかしら?」
「いや量は大丈夫ですが......せっかく王女様たちのために料理人が用意したご飯がもったいないかなって。」
カナタのアイテムボックスには、それはそれはかなりの量の食材から既に調理済みの料理まで大量に入っている。最近アスカが料理にこだわっており、毎日数品ほど食事とは別に練習として料理しているのでどんどん溜まっていく状態だった。そうでなくてもダンジョンに居る時に大量に作り溜めしておいた料理もあるし、屋台などで買った物もある。さらに言うならアリスのアイテムボックスにもカナタ程ではないが食料が保管されているのでご飯に困ることはないのだ。
「カナタ様、ではこれをお願いします。先ほどの話通りならばカナタ様に預けておけばこれらが痛むことも無いでしょうからね。」
因みに会議などで会話をするうちに王子や王女たちのカナタの呼び方が少しフランクになった。そして今回みたいに少し我儘なお願いもされるくらいには仲良くなっているようだ。
そして宰相さんはカナタの話を聞いてすぐにカナタのアイテムボックスを利用するように弁当を渡して来る。宰相さんが持っているアイテムボックスもかなり高性能なのか、どんどんお弁当が手渡されてはカナタのアイテムボックスの方に収納されていく。ただ、カナタとアリスのアイテムボックスは”神様特典”なので宰相さんが持っているようなモノではなくカナタたちの肉体に付与されている。それを誤魔化すためにカナタは小さな肩掛けかばんを持ってきていた。カナタはカバンに入れるふりをして本来のアイテムボックスに収納している。
「私が用意したアイテムボックスは市場に出回る中では最高級の品で、内容量もかなりのものなのですが、カナタ様が持っている物はダンジョン等で見つかる古代の遺物だったのですね。時間停止の付与がされている物など初めて聞きましたし、そうとうな希少物ですな。私は恥ずかしながらもお話を聞くまでどこかの安売り品かと思っていました。私もまだまだ勉強が足りませんね。」
ハハハ、と笑う宰相さんの眼力は凄まじく、全くもっておっしゃる通りだった。カナタが持っているカバンは出店で安く売っていた物で、スキルのカモフラージュ用に適当に買ったのだった。そして、カナタは見る人が見ればやっぱりわかるのだなと頬を掻きながらそう思った。
その後も談笑をしたり、日頃の公務でお疲れの国王様たちと共にお昼寝(当然警戒は怠っていない)をしたりして時間を潰しながら獣王国へ向かうのだった。因みに食事やおやつに関しては全てカナタが出していたりする。
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