兄妹
実際の時間は1時間ほどのそこまで長い謁見ではなかったが、そこで起こることも目にするものも全てがこの世界に来てから起る初めてのことだらけで体感時間的にはなかなかに長く感じられた。カナタもアリスも、そしてヤクモも今回の登城はいい経験が出来たと大満足であった。カナタは実際に騎士の装備を見たり彼らが放つ厳かな雰囲気を肌で感じることが出来て、アリスはいかにも魔導士風の装いのローザを観察することが出来て、ヤクモはその目に映るものすべてが新鮮で皆いい刺激になった。
しかし、そんな3人とは対照的にエリーナとアスカは心底ヘトヘトで、部屋に着くなりソファーにダイブした。アスカも今は自身の立場を気にしている余裕は無かったらしい。いやそれはエリーナも同じか。
まあ、カナタたちもハックたちもアスカにそこまで奴隷らしいというか身分的な差を与えないのでそういったことも影響しているのだとしたらいい傾向であった。
最初に案内された部屋に戻ってから数分ほどが経過した時に部屋の扉をノックする音が響いた。
「はい、いかがなさいましたか?」
こういった時は大体執事のセイスが慣れた所作でそつなくこなしてくれる。というより、セイスが優秀過ぎて今のノックに関しても音がした瞬間にはもう既に動き出していてじゃあ、自分が動こうかという時にはセイスが対応しているため周りの人間はついつい任せてしまうのだ。それでいて一切急いだ雰囲気が無い所がセイスの凄い所だった。
カナタたちは熟練の執事ともなるとこんなことまで出来るのかと感心しきりである。
「失礼させてもらうよ。」
「えっ!?」
ノックの主はセイスの誰何には答えずに、さも自然な態度で部屋の扉を開けて入ってきた。しかもその人物がまさかの先程まで謁見で顔を合わせていたアルゼン王本人だった。流石のセイスもこの事態は想像もしていなかったのか彼には珍しく驚きの声を上げていた。
「こ、国王陛下!わざわざ足を運んでいただかなくてもっ、いえ、どの様なご用向きでしょうか?」
セイスの声を聞いて部屋に居た全員が扉の方を見たがその目の前にある状況に一瞬理解が追い付かず、そして復活したハックが慌ててその場に跪いて今回の事を重ねて誰何する。因みにカナタたちも空気を読んでハックに倣って跪いている。
「うん。今はさっき話に出た魔族への対策や国としてのこれからの各種対応を軍務大臣や宰相、財務大臣など主要な役職につく面々が大急ぎで案を出し合って会議をしてくれている。おそらく数日はそちらにかかりっきりで手を取られるし、他国へも注意喚起をまとめた書状を送ったりその打ち合わせをしたりと尚更時間がかかる。まあ何が言いたいかというとそれらの話が煮詰まるまで私は時間が空いていてな、今のうちに紹介しておこうかと思ってな。」
国王の仕事は大きな指針の提示と最後の決断だ。それ以外は各担当の大臣や宰相が話しをまとめるので時間が出来るらしい。まあ、セルナント王国に優秀な人材が揃っているからこそできる事でもある訳だが。
「紹介でございますか?」
「うん。入って来なさい。」
「失礼する!......私はマルク・フォン・セルナントだ。”セルナント王国”の王太子である。諸君らの話は父上から聞かされたから知っている。此度の件、大変良き働きをしてくれた礼を私からも言わせてもらおう!」
「私はアルカ・フォン・セルナントですわ。お兄様同様に私からも感謝を!」
「これらは私の子どもたちでな、漸く王族らしい振る舞いもできるようになってきたからこうして場慣れをさせて行こうかと思って連れてきた。ああ、2人とももう普段通りで良いぞ。」
「ふう。やはり余所行きの言葉遣いは難しいな。君たちも楽にしていいよ。ずっとそんなんじゃ疲れちゃうだろ?」
「全くですね。ドレスというのも動きにくくて窮屈ですし、と、それよりもお兄様!早速カナタさんたちにお話を伺いましょう!」
「おお、そうだったな!行くぞアル!」
「はい!」
”セルナント”の国王であるアルゼンが連れてきたのはなんと自身の子供たちであった。アルゼンにはこの2人しか子供はいないため王位継承権は既に確定し、兄弟揃って無駄な争いもなく仲がいい。そしてこの王国は比較的中央に優秀な人材が揃い国も安定していることで王子・王女はかなり甘やかされて育った。いや、両親はいたって真面目にそして王族としても相応しい教育を施したのだが周りの人間はその限りではなく、さらに2人の活発な性格もあって可愛がられて育ったのだった。
そして2人の人生は極めて安定していたが故に英雄や竜騎士、冒険者などといった物語の世界にいるような人間に憧れた。そして興味はダンジョンで金銀財宝を求めて力をつけたり、人々のために働く冒険者の上位ランク者へと移っていく。そんな中で今回の一件を知った2人はカナタたちに会うために父へと話を持って行った。アルゼンの方もいい勉強の機会だと今回の場を作ったわけだ。
「カナタさん、魔族はどうでした?強かったですか?怖かったですか?何かレアなスキルとか能力を有していましたか?どうやって今回のベッソの悪行を探ったのですか?それからそれから......」
「おお、あなたが新種の魔法で今回の一件の大部分の人間を無力化したというアリスさんか。予想より小柄だ。ふむふむ、多くの組織で負傷者は出ているが死者が皆無なのもあなたの腕があってこそだと私は思っている。いやー実際に魔法の発動を見てみたいなー!おおヤクモさんも、噂通りに美しい!それなのに未だに体にダメージを追ったところを見た人間がいないという。カナタさんもアリスさんもその点は同じだが2人は全て躱すかいなすかしているのに対して、君は直撃を何度も受けていると聞いた。それなのにビクともしないという肉体の謎も気になるなー。」
「な、なんだこいつら!?いろいろやばいな。」
「こ、こんなのがこの国の次期トップ......いろいろ不安でしかない。」
「まあまあそう言わないでくれ。この子たちも今はちょっと暴走しているだけだから大目に見てやってくれ。」
「いや、暴走にちょっともなにもないと思うが。」
アルゼンはハックたちと、王子たちはカナタたちと一方的な話し合いを行っていた。ハックたちの方は立場的に仕方がないが、カナタたちは兄妹が放つ得体の知れない圧がに押されて聞かれるがままになっている。
「ああ、そうそう侯爵には1つお願いがあったのだった。」
「お願いでございますか?」
「うむ。君の護衛となっているカナタ君たちをくれないか?」
「えっ?」
「ん?」
「......?」
「「「ッ......!」」」
瞬間カナタたちから放たれる”圧力”が膨れ上がった。カナタたちは自身の生い立ちやこれまでの経験から束縛を嫌う。やっと長い長い時間を経てダンジョンから出られて外の世界を楽しんでいるときにまた権力で縛られるなんて堪ったものではなかった。
2人から放たれる圧力はさっきまでいた謁見の間で貴族たちが放っていたモノとは重さが全然違う。この状況でも一応カナタたちは極限まで放つ圧力を抑えているが、常人が相手では感情の昂りで体から漏れ出るレベルの魔圧ですら相当きつい。
「おっと。アリス、抑えろ。皆さんがキツそうだ。」
「......うん。」
カナタがアルゼン達の顔色が明らかに悪くなっているのに気付いて放っていた圧を掻き消した。そしてアリスにも声をかけてなんとか最悪の事態を逃れた。
因みに、アルゼン達王族についている護衛たちは今回は連れてきていない。そもそも今回は顔合わせが目的だったし今回の事では危険な事にはならないという事は分かっていたのでこのような形でカナタたちの元へと集まったのだった。
「いや~申し訳ない!あまりにいきなりの事で驚いてしまいました。そして俺たちはあまり自由を束縛されたくはないのですが、何とかなりませんかね?」
それはこの状況では完全な脅し文句であったがカナタは王族に仕える気はないときっぱりと伝えた。しかも先程威圧したことは一応謝りはしたが、その言葉に特に心がこもってもいないことは誰の目からも明らかだった。
「ああ、誤解があったのなら申訳がなかったね。さっきのは一時的にという意味だ。今回君たちが伝えてくれた魔族への対抗策の件では各国が合同で動かないと対処も何もできずに蹂躙されてしまうだろうからな。今後は”5国議会”が開かれるだろうからその時の護衛を頼みたいのだよ。」
「5国議会?」
「ああそこからか。5国会議とは王国・獣王国・法皇国・帝国・戦興国の主要5大国が集まって会議をすることだが、基本的に今回のような大事でもなければ開かれることはない会議でね、流石に我々王族が動くのに護衛はいくら強くてもいいから念のための保険というわけだ。私はこれでも君たちを信頼しているのでね。」
「......さっき初めて会ったばかりだというのに、そんな簡単に信じていいんですか?」
「カナタ、この王様はスキル持ち。」
「ああなるほど。だから今回護衛すら連れてきてないのか。」
「ほう、アリス君は魔眼持ちなのかな?君の言う通り私のスキルは”真実の眼”と言ってね、その人間の真実が見えるんだ。とはいえ、その人間の発言が嘘か本当かを見極めることが出来る程度の力だけれどね。」
アルゼンはそう言っているが、その人間の本質程度は見抜くことが出来るスキルだった。その精度はスキルの対象者が善人か悪人か程度の区別しかできないが、このスキルの使用者が事王族ともなれば有用なスキルだった。
このセルナント王国の重鎮たちが優秀で忠誠高いのは実はアルゼンのスキルで見出した結果でもあった。
「王国には俺たち以上の護衛は沢山いるでしょうになぜ俺たちに声をかけたのですか?」
「ふふふ、今回の件における君たちが発揮した実力は大体把握している。そして我が子供たちはそういった事に関してはかなり詳しくてな、君たちがそこらの護衛程度で替えが効くレベルの実力者でないことは聞いているんだよ。私も自分の身がかかっているのでな、安全には気を使っているのだ。出来れば君たちに今回の護衛の件を引き受けてもらいたいのだ。」
ハックからの書状を含めてアルゼンの元には様々な情報が届く。その中で今回の件で活躍したカナタたちの実力は先の魔族の話を聞いた今となっては是非とも力を貸してほしいというのが人として自然な感情だった。
ちなみにカナタたちもスキルなどを使わなくても自身に向けられる感情をある程度でなら勘で測る事が出来る。その勘によればこの王族たちは自分たちに対して悪感情などを持ってはいないと分かる。
「うーん......一応その護衛について詳しく教えてもらえますかね?」
カナタも心の天秤はこの護衛の依頼を受ける方に傾きつつあるが、詳細を知らない状態で受けるほど短慮ではない。カナタの心情の変化を正確に読み取ったアルゼンは今後起こるであろうことを説明し始めるのだった。
読んでくださってありがとうございます。
少しでも面白いと思っていただけたなら下の所にある☆で評価やブクマ、感想などを頂けると励みになりますし、とても嬉しいです|oく)




