取り敢えずの終幕
とりあえず警戒する少女に対して少しでも警戒を解いてもらおうと皆が地面に立った状態で大まかにこれまでの経緯を話をしていたが、少女の方もカナタたちの話を聞いてようやく今の自分の状況を朧げながら理解し、少し落ち着いたようだ。まあそこまで至るのに少女の過激なお礼行動の土下座を止めさせたり、泣きながら感謝の言葉を述べる機械と化したのを宥めたりなどそれなりに時間はかかったのだが。
一同はとりあえず場所を移動することにした。流石にこの部屋は精神的に長居したい環境ではないし、少女にとってもこの部屋は良い気持ちでいられるような場所ではないだろうという判断だ。少女は服を着ていない状態で拘束されていたのでカナタがアイテムボックスから服を取り出したように見せかけて万物創造スキルで新しい服一式をこっそり用意した。アイテムボックスのスキルも珍しいスキルなのだが万物創造スキルに比べればまだ誤魔化しが効く。
当然少女はこんなに上等な服を自分が着るのは申し訳が無いと断固として拒否していたが、この場所から移動するために少女には服を着てもらいたいカナタたちは何とか説得した。少女があまりにも頑なに受け取らないので今度は本当にアイテムボックスから自分の予備の服を何着か取り出して見せる事でようやく納得してくれた。まあ、それでもだいぶ気にしながら恐る恐ると言った感じではあったが。
少女が頑な服を着るのを拒否していたのには自身の状態も関係している。言っては何だが今の少女は大変汚い。長時間拘束されていたのだから仕方がないのだがそれで新たな服を汚してしまうのは本当に申し訳が無いと考えたのだ。さらに、汚した場合の服に対して自身にその後請求されるものがあるのではないかと警戒したことも多少はある。少女は当然一文無しだから何か請求されても支払えるのは体しかない。リスクを軽減するために全裸でいることを選ぶというのは地球育ちのカナタたちにとっては想像できなかったので余計に時間がかかったのだ。
因みにこの少女に用意した服はカナタが創ったものなので、当然地球ベースのTシャツタイプと短パンである。下着に関しては既にアリスの物も合わせて用意しているカナタは特に気にした様子もなくーー表情に出すとなお面倒なことになるため表情を隠してーー創り出してアリスに少女の着替えを任せた。
「では、取り敢えず火急の用も終わったので話を再開します。ここに居る皆さんはまだよくわからないと思いますのでここで起きたことの顛末とこれからの事について説明しますね。まず此方にいらっしゃるのがハック侯爵様です。今回のベッソ伯爵様との一件において1番位の高い方なのでこれから話すことに関しての信憑性を保証してくださいます。俺は、ハック侯爵様に雇われた護衛とでも考えてくだされば良いです。」
この一室にはカナタたちに拘束されて連れてこられた悪事を行っていた使用人たちと、何も知らされていなかった使用人たち全員が居る。さっきは一刻を争っていたのですれ違いざまに少し話した程度だったが、部屋に戻るときにその場に留まっていた者たちに顛末を説明すると告げると全員が集まったのだった。流石に、いきなり訳もわからず屋敷から放り出されたのではこれから先の目処も立たない。なので使用人たちは少しでも話を聞くために全員がカナタたちの後についてこの部屋に集まったのだ。
「まず今回の件を要約すると、此方のハック侯爵様の娘であるエリーナ様が数年前から病に侵されとこに臥せっていました。いろいろ手を尽くしていた侯爵様は病に効く回復アイテムのことを知り、自身自ら回復アイテムの採取を依頼しに冒険者ギルドに足を運びました。そんな侯爵様と偶々遭遇した俺たちがその依頼を受けたのですが一応容体の確認のため実際にエリーナ様を診たところ病ではないことが判明し、その原因がこの屋敷の主、ベッソ伯爵様であると突き止めました。」
「そんなはずは......」
「ハッ、ありえぬ!」
「冒険者風情の言うことなど信じられるか!」
「流石に1個人の意見で伯爵位の人間を侮辱するなど許されないと思いますが?」
伯爵家に仕えていた者たちはカナタの話を聞いて即座に反論する。中には冒険者だからと見下した発言や態度をとるものも多く存在していて雰囲気が良いとはお世辞にも言えない。話をしているのはカナタだが、今回の一件については"ハック侯爵"が事実であるという旨を保証していると宣言している事まですっかり頭から抜け落ちている。
どうやらそこまで頭が回らないほどに自分の今の立場が脅かされるのを防ぎたいようだ。
「ふむ。私、ベッソ伯爵家に仕える序列第2位執事アルバンと申します。少々ご質問をしてもよろしいでしょうか?」
中には状況をしっかりと理解できている者も存在し、話の流れを見届けている。そしてこの中で1番落ち着いているのがこのアルバンという執事だった。
「ああ、いちいち話を中断して質問に答えるときりがなくなるかもしれないので質問などは話が終わった後にまとめて答えさせてください。」
「そうですか。失礼いたしました。」
アルバンという執事は流れるような所作で一礼してスッと元の場所に戻っていく。カナタはベッソの側に居た魔族が元執事だったことを思いだした。両者の立ち居振る舞いを比べるとどう見てもこのアルバンという執事の方が優れているように感じる。元々魔族が姿を偽っていたのか途中で紛れたのかわからないので確実ではないが、ベッソの印象でアルバンが第2位の地位を押し付けられているのではないかと邪推する。それほどにアルバンは理知的で優秀な雰囲気漂う男であった。
やいやい言っていた者たちはアルバンが言葉を発した瞬間に押し黙って彼の話に耳を傾ける。それほどに影響力がある人なのだろう。
見た目は銀色の髪を丁寧に撫でつけて整え、温和な表情を蓄える人だ。いかにも良いお爺ちゃんな雰囲気の人だという印象だが、その目だけはとても鋭い。厳ついという話ではなく、何もかもを見通すような輝きがあるのだ。長年の経験から見て聞いて体験したことが目に現れているように感じる。
その後もカナタから一連の説明を受けて事の大きさと自分たちのこれからを知った者たちは声を上げない。いや上げられない。アルバンですら何事かを考えているのか静かに目を瞑って黙っていた。先ほどの質問もカナタの話の続きで答えを得られたようである。
この屋敷の中で悪事に手を染めていなかった者は10人ほどしかいなかったがそれでも0でなかった事が唯一の救いだろう。
「......」
カナタたちの後ろに控えているのは先ほどまで磔にされていた少女だった。彼女も話を聞いて言葉の発せないでいる内の1人だった。
「ということで、俺たちは......夜が明けたら王宮へ向かおうと思うのですが皆さんにも同行していただきたいと思います。勿論強制ではなく皆さんの意思次第ですが、王宮からの指示を伝えられた方が良いと思うので俺達とのご同行をお勧めします。」
もろもろの話し合いや少女の救出などそれなりに時間もかかったことで既に外では日が暮れ始めていた。この時間から移動しても王宮に着くのは夜になってしまうため今夜はこの屋敷で1泊することにした。ハック侯爵が1番位が高く発言権も最高位になるので彼の申し出は誰にも否定されずに話が通った。
捕らえられた兵士や悪事に手を染めていた者たちは拘束した状態で離れに閉じ込め、脱走できないようにしている。要するにカナタの説明は悪事に手を染めていない人間に対してのものでありその他の人間には拒否権など無いので扱いも相応に雑になる。
カナタたちはアイテムボックスから料理を取り出して夕食の準備を整えた。ベッソの使用人たちは各自で夕餉にしてもらい今ここに居るのはカナタたちとハック侯爵家一行、そして解放された少女だけだ。彼女はこの家では周知されずに捕らえられていたことで使用人たちとは面識すらなかった。彼女は助けられた恩も感じてかぴったりとカナタたちの後ろに控えている。夕飯も自分はいらないのでと断っていたが、流石にそれを許容する人間はここには居ない。むしろ1人だけ食べない者がいる中で食べる方が気を使うというものだった。
ハックにしても自身の使用人たちの前では貴族の主としての威厳としてそういった事をしているが、今日初めて会った他人にまでその意識が適応されるわけではない。
「今日のメニューは”豚汁”です!まあ入っている肉は魔物素材なので正確には豚汁ではないのだが。」
「豚汁久しぶり!おいしそう!」
「ワシは初めてだのう。いい香りだ。」
「ほぅ。初めて見る料理だが、なかなか美味そうだ!」
「さらに今日の主食は”きりたんぽ”を用意しました。手軽に食べられるし豚汁との相性も抜群だと思いますよ。」
「きりたんぽ......美味しいに決まってる!」
「がる!」
「こん!」
この中ではアリスたちだけが食べたことがあるので飛びぬけてテンションが高い。そんなことも笑いの1つとして和やかに食事が始まった。
初めて食べた面々は最初は声を発することなく黙って食事に夢中になり、満足したらテンション高くその日の食事会の会話に混ざっていく。
「......」
今日1日の疲労もこの食事で癒すかのように皆が満足してご飯を終えるのだった。中でも碌な食事を与えられていなかった元奴隷の少女は最初の1口を食べてから最後まで真剣に食事と向き合って1口1口を丁寧に吟味している。その目は真剣で職人のようだった。食事に飢えていた少女はカナタたちが用意した食事に対して何を感じたのかは彼女にしかわからない。しかし、少なくともこれで以前のように飢えることも虐げられることも一先ずは無くなった。
楽しい食事会はあっという間に過ぎて行き皆は明日の王城へ向けての出発に備えて早めに眠りにつくのだった。
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