奴隷の少女
ベッソ伯爵邸での一連の騒動を取り敢えずという区切りで終わらせ、話はこれからどうしていくかに切り替わる。セイスがカナタに伝えたようにこれからカナタたちもハック侯爵について王都カルナンにある王宮に出向かなければならなくなった。この世界における一般的な人間のステータスと力量をアリスの神眼スキルで確認した事で最悪の場合、つまりこの後の貴族がらみの面倒事や難癖をつけられた場合に多少は実力を見せてもいいのではないかとカナタたちパーティは結論を出した。そのため足を運ぶのは面倒だが、気分的には少し前までよりも前向きになれて、本物の王宮を見る事が出来るという観光感覚に気持ちがシフトしていた。
「では済まないがカナタ君たちにはこの屋敷に居るベッソ伯爵の息がかかった者たちも一緒に連れてきてくれるかな?一般的な仕事をこなして仕えていた者たちは当然今回の件で罪には問われないが、主なき屋敷に居てもどうしようもないから一応連れて行こう。私が王宮でそれらのことも進言してみる。」
「よろしくお願いします。俺たちは知っての通りそういったことに対する常識は全くないので全てお任せします。」
「......カナタ。」
ハック侯爵との打ち合わせを進めていたカナタはアリスに声を掛けられて一旦その会話が途中で切れてしまう。
「ああ。侯爵、申し訳ありませんが少しお時間をいただきます。すぐに戻るので。」
「うん?何かあったのかい?」
「この屋敷の中で1人だけ明らかに重症な人がいるんですよ。俺では気配しか探れないからある程度しか探れませんが、なあアリス。」
「うん。かなり危ない状態。そろそろ私たちも動いた方がいい。間に合わなくなる。」
カナタたちパーティメンバーはそれぞれの感覚でその者の事を探り出していたが、重症とはいえ命の猶予はまだ余裕があったことで、すべてを終わらせてなんの心残りもない状態で動いた方が良いとそれぞれが考えて今のようなタイミングで言い出す事になった。カナタたちは誰1人として声を発して打ち合わせたわけでもないしジェスチャーを送ったわけでもなかったがそれぞれが最善を選択した場合の思考がたまたま一致したのだった。
「なんと!それはいけない。早くその者の元に向かおう。」
「......侯爵もついてくる感じですか?結構ひどいことになっていると思うのであんまりお勧めはしませんよ?」
「気遣いは嬉しいが、私も貴族の端くれ。拷問などの凄惨な場面に対する知識や経験などは常識として教え込まれているよ。さっきは突然のことで驚いてしまったがきちんと心構えをした今ならもう大丈夫だ。」
「分かりました。」
アリスを先頭に広い屋敷の中を抜けて目的の場所を目指してまっすぐ進んでいく。途中で遭遇するメイドや執事などベッソ伯爵の元で仕えていた者たちに関しては善人のようなら歩いて近づくタイミングで経緯とこれからの事を伝えながら通り過ぎる。悪人であるなら問答無用で手刀による首トンを敢行して意識を刈り取ってその場に寝かしておく。当然後で拘束して王宮に向か時に連行するつもりである。悪事を働いていたかどうかの情報も今回の会談を始める前段階できっちり下調べをしてあるのでそう面倒な時間をかけずに目的地まで辿り着く事ができた。
「外道が!」
「ちっ。」
最初にその部屋に入ったアリスとカナタはその光景を直に見てそう悪態をつかずにはいられなかった。それは監禁というには生易しく、手足を鎖で磔にされた状態で鞭打ちや殴打は常習的に行われていた事が窺える傷が多数あり、更には骨が所々折られており、臓器にも所々ダメージが通ってしまっていた。当然そんな状態の者が清潔な環境を与えられているはずもなく汚物は垂れ流しの状態で特に清掃などが行われた形跡もなく放置されていた。
こんな状態でどれだけの時間をこの部屋に幽閉されていたのかはわからないが、見ていて、そして考えるだけでもお腹の辺りがムカムカしてくる程に不快であり、当のベッソが魔族に殺されたのはむしろ運命だったのではないかと誰もが思えるような、そんな悲惨な光景だった。
そして、結局ベッソが死んだことなどほんのわずかに溜飲を下げる程度の意味でしかなく、傷を負った側からしたらとても許せる話ではないだろう。
「人間とは同胞に対してこんなにも惨い事をするのか。今まではカナタたちしか儂と関わった人間などおらなんだし、ここに来るまでの旅でもこんなにもゲスな輩とは合わなかったから知らなんだ。2人から話としては人間の業や悪どいことに関する事は聞いていたがまさかここまでとは想像しておらんかったよ。2人が前に言っていた人間の裏の顔というのも今ならわかるような気がするのう。」
「いやいやヤクモ君、こんな非道をする輩はかなり稀だぞ。自分で言うのもなんだが真っ当に暮らしている者の方が世間一般では多いと私は信じているよ。」
「ぬ?そうか......確かにハック殿はこのような行いはしないか。うん。やはりまだ儂は知識不足なようだ。」
ヤクモの最後の方の言葉は口の中でつぶやいた程度の声量で周りには聞こえなかったが、言葉を交わしながらもカナタたちは磔にされた少女をゆっくりと負担をかけないように地面に下し開放した。
どうやらこの少女は獣人らしく頭部の上の方に2つの犬耳が存在していた。身長は145センチほどで見た目的にはカナタたちと兄妹相当の年齢が窺える。髪は過酷な状況下にあたことでくすんでしまってはいるが短いボブカットで髪色は茶髪のようだ。容姿と外見から綺麗というより可愛いという分類の少女だろう。そして今は垂れ下がったままピクリともしないがお尻からは可愛らしい尻尾も生えている。
現在この少女は完璧な全裸であり、唯一身につけているのはその首につけられた首輪しかない。ハック曰くこれは"隷属の首輪"と言い奴隷の者が主に歯向かう、或いは契約を破ろうとすると戒めとして首が閉まる仕組みになっているらしい。
「この者に安心と安らぎそして癒しを”ヒール”」
「......うん。アリスの回復魔法がちゃんと効いたみたいだし大丈夫そうだな。」
カナタはそう言いながら少し大きめのタオルを少女に掛けてあげる事で一応視線を遮るものを用意した。いくらアリスの魔法を使って傷が癒て回復したとはいえ無理に運ぶのは体に万が一の影響があるかもしれないし、念の為に全員で少女が起きるまではその場に留まった。王宮へ行く時間の細かい指定は無いので少女の体をカナタたちは優先した。
一応回復魔法には若干の気付け作用もあるのでそれから数分ほどで少女は目を覚ました。
カナタたちの後ろでハックたちが驚いた表情で少しの間固まっていたのだが位置的にそれに気づくことはなかった。
「......ここあ......っ!わらしは負けない!同族にひどいことをすうお前たちになんか屈する者か!」
起き抜けでカナタたち複数の人間に囲まれていることに気づいた少女は咄嗟に起き上がり、気丈にも抵抗の意思を述べる。まだ少し口調がたどたどしい所もあるが聞き取れないわけではない。
だが、そんな姿を見たハックやセイスは一層厳しい表情になった。やはり上に立つものとして思うところがあるようだ。
「ああ、あんまり急には動くなよ。アリスの魔法で回復しているとはいっても長期間に渡って受けたダメージは肉体だけじゃなくて身体の奥底にもダメ―ジを刻むからな。そんなに慌てなくても俺たちは君を害する気はないよ。」
「へっ!?......回復、魔法?ああ、あああぁ体が痛くない!そんなっ、私はかなりの傷を受けていたはずなのに。本当に私を治してくれた、のですか?」
少しづつ状況を把握し始めた少女は先ほどのカナタの言葉全く気にせずに飛び上がり、慌てて地面に頭をつけて感謝の言葉を述べ始める。その声は少し震えており、まあここに居るメンバーは皆が空気を読める優しい人間たちばかりーーノルンやフィルもいるーーなので少女が落ち着いてちゃんと話が出来るようになるまでは静かに頷いたり、返答をして時間を使った。
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【レベル】:15
職業:奴隷(仮)
【HP】(体力):5
【MP】(魔力):3
【STR】(筋力):10
【END】(耐久力):10
【DEX】(器用):8
【AGI】(速度):13
【LUC】(幸運):22
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少女のステータスには名前の表記が無かった。これは奴隷には主が名を付けるものであり、元主だったベッソが死んだことで所有者不在の名無しになってしまったという事であった。職業の奴隷(仮)もこれが理由である。つまり新たな主人が決まれば仮の表記も取れるという事だ。
カナタたちも少女が落ち着いて話が出来るようになるまでの時間を用いて口には出さないが少女の様子を窺いながら観察する。アリスはステータスを見る事が出来るので能力値を知れるし、表情の機微にもよく気づけたのでそこまでの警戒をする必要は無いとわかったが、ハックなどは流石にこの少女の身元位は知っておきたいのだろう、少しだけ視線に警戒の色が見える。そして、カナタとヤクモに関しては禁忌の素質を有しているらしく自然と少女のふさふさ、ふかふかな耳や尻尾に目が釘助だった。
何気に少女が土下座を止めるまでに数分ほどかかったが、漸く少女が顔を上げたことを確認したカナタはこれまでの経緯を説明して自分たちと少女の今の状況を伝えていく。
少女もカナタの話を聞いて自身の奴隷契約の効果が解けていることが分かったことで少し安心したようだ。そして心に余裕ができればさらによくカナタの話を聞いて必死に理解しようとしている。カナタの説明が終わった後は少しの間目を瞑り脳内で状況の整理をしていた。
少しして目を開けた少女は何かを決意したかの様な真っ直ぐな目でここにいる全員を1度見てから口を開いたのだった。
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