魔族
”魔族”それは人間や獣人、エルフなどのように人間の中の1つの種族である。ただ、魔族は身体特徴だけを見ればエルフのように長い耳も獣人の様な尻尾なども無いそれこそ一般的な人間と変わりがない。だがそれは見た目の上だけで、魔族種には頑強な肉体と人種をはるかに超える怪力を併せ持っており、その比較対象としては似た性質を持つドワーフが分かりやすい。両者間の力比べでは十中八九魔族が勝ち、頑強さも魔族の方が上であるという評価が既に常識として人々の記憶にあった。
更に魔族種にはそれぞれ個別の能力がある。これはカナタたちのエクストラスキルやユニークスキルとは違い特定の魔族が生まれながらに発現する能力である。
例えば、水棲系統の力を有した魔族は水中で呼吸が出来たり、口から勢いよく水を発射する水弾を放つなどだ。他にも獣人のように獣系統の能力を挙げるなら脚力が極端に発達して足が速く移動能力が高かったり、視力が極端に良かったりなど自分の生まれや置かれている環境によって発現する特性や能力に傾向があるのだ。そしてこれらの能力は人種でいう所の身体能力であって確かにスキルという枠ではあるのだが、標準として生まれながらに備わった力なので他の能力への干渉と制限が無いのだ。つまり、魔族種の者たちはこれらの能力に加えて他にもスキルを取得でき、さらに言うなら才能のある者ならばエクストラスキルまで手にできる可能性があるということだ。
実は、魔族種が迫害される背景には遠い昔に魔族種の力を恐れた当時の他の種族が彼らの力を恐れ、さらに自分たちの立場を脅かすと危険視したことで彼らの権力を抑えるためにこういった処遇に落とし込んだとされる説もあるのだが、これは1部の権力者しか知らない秘事であり世に伝わることはない。
さて、こうした背景を持つ魔族種なのでその人口はそんなに多くないというのが現実である。1番多い人数を誇るのは人種で、全体の4、5割を占めている。次いで獣人種、ドワーフ種、エルフ種とその割合が順にが下がって行くのだが、ドワーフ種とエルフ種そして魔族種は大体同じくらいの人数を有している。他にもここで上がらなかった種族は多々存在するが有名どころで行けばこの辺りだという事で他は割愛させていただく。
アリスにその正体を言い当てられたのにも拘らずより一層笑みを深めた魔族の男は1歩前に出て大げさなジェスチャーをしながら話し始める。
『これはこれは、失礼致しました。私、真の名を”クレスト”と申します。以後お見知りおきを!......ふふっ。いや~皆様そんなに怖い顔をなさらなくてもよろしいデスのに、私の今回の仕事は王都を内部に住む人間の手で混乱に陥れて力を削ぐと共にあわよくば技術的にも衰退させるというものだったのデスが、その前段階のそれもこんな序盤でせっかく見つけた好都合な手駒を捕らえられてしまうとはなんとも運が無かったデス。』
「あ~つまりお前の目的、もしくはお前たちの目的はこの地、すなわち人間の国の衰退だったと。で、それが早期に発覚してしまった今お前はどうするんだ?」
クレストと名乗る魔族の男と普通に会話をするカナタだったが、この空間に満ちるプレッシャーの総量は徐々に高まっている。クレストは表面上はずっと笑みを浮かべているのだが纏う気配は威嚇する強大で獰猛なダンジョンで何度も戦ってきた魔物のそれと似たものを感じた。今こうして普通にしていられるのは既にカナタたちにしたら何度も経験した事があるレベルの圧であるからで、この程度ならまだカナタたち全員がプレッシャーを開放する必要が無い位には余裕がある。
『今回は特に何も。計画が露呈した時点で今回の計画は意味を成しませんデスからね~。とはいえ、私共の誰かが見つかるというのも計画には有ったのでこれはこれでいいのデスがね。』
「くっ!」
「......」
「旦那様、お嬢様!......魔族めが、カナタ様そやつを早急に何とかしてください。旦那様たちがもうこれ以上の魔圧には持ち堪えられません!」
「あ~だそうなのでその禍々しいプレッシャーを抑えてもらえませんかね~。」
『おっと!私としたことがこれはうっかり。何分元の姿に戻るのは久しぶりで、プレッシャーを抑えるなどの少しばかり細かい制御は意識的に行わないと出来ていなかったようデスね。申し訳ないデス。とはいえ、私はもうそろそろお暇させていただきますのでその必要はないデスがね。』
「うん!?......『逃げるのか!』っとカッコいいセリフを言えた!って、その翼本当にカッコ良過ぎかよ!」
それまでのプレッシャーが嘘のように搔き消えクレストは背中から漆黒の翼を生やして逃走の準備を整えた。
因みにカナタはこんな状況にあっても自身が転移する前に読んでいた電子書籍の中で主人公が言ったものと同じセリフが言えて満足そうであった。さらにクレストの背中に生えた漆黒の翼に目を輝かせる。
『いやいやそうころころと話の流れを変えられると私でも付いていけないのデスが、一先ず私の役割はこれで終わったのデスよ。ふふふ。これより先の時代は面白い流れになりますデスよ。では皆さんごきげんよう。』
映画の役者のように恭しく一礼をするのと同時にクレストの足元に現れた魔方陣が一際眩く輝いた後にはもうその場には誰もいなかった。
「情報偽装に魔方陣の術式偽装、さらに魔力出力改変に威力及び指向方向の隠蔽......これは1回視ただけじゃあ流石に解析しきれないわ。とにかくものすごい量の偽装工作がされた魔法陣だった。」
「アリスが視ても解析しきれないとはな。あのクレストって魔族もなかなかの手練れみたいだ。ヤクモはどうだ?」
「うむ。儂の見た感じだと戦闘能力はそこまでには感じなかった。アリスの話から考えると偽装系の能力に特化したタイプのやつなのかもしれないのう。」
「うん。真っ先に逃走を図る点から見てもなかなかそういうことに慣れているみたいだし、はぁ~面倒なことになりそうだなぁ~。」
「はぁはぁ」
「おっと、侯爵たちは大丈夫ですか?」
ほんのわずかな時間の邂逅ではあったが、カナタたちと魔族クレストの遭遇によりこれから起こる騒動は確実にその激しさを増していくのだがそれはまだもう少し後のお話。
「旦那様たちはご無事です。しかしかなり高濃度な魔圧による脅威の中にその身を晒していたので疲労の色が濃いです。もう暫し休憩をいたしましょう。」
今この場に居るのはカナタたちとハックたち一家、そしてそれ以外はベッソの家臣たちだ。だが現状で動けるのはカナタたちと執事のセイスだけで他の面々は地面に伏していた。クレストが放つ魔圧が戦闘経験の乏しい人間にはかなり堪えたらしい。
「了解です。で、セイスさんはさっきのクレストの話をどう思いますか?」
「......そうですね。私のような非才の身の一考えではありますが、魔族種による動乱の兆しかと。そもそもあのクレストという魔族はその辺の雰囲気を全く隠すようなことはしてはいませんでしたしね。なにか大きなことが起る、と私は考えております。」
「う~んそうですよね~。まあ魔族の手によって王国が落とされても一般人に被害が出ないのであれば俺達としては構わないのですが侯爵たちには無事に過ごしてほしいし......どうしたものか。」
「ああ、とはいえカナタ様たちには旦那様と共に”今回の件の報告”という重要なお仕事が増えましたのでなおのこと王宮に出向いてもらわねばならなくなりましたなぁ。」
「うっ......!これはまた面倒な......。」
大きなため息を漏らすカナタだったがこれからの予定はびっちり詰まっていてそれを考えるとさらに面倒な気持ちが大きくなる。さらに王宮での報告などという面倒極まりないものまで控えているこの状況はただただ気持ちが沈んでいくのだった。
基本的にゆっくりのんびり過ごしていたいアリスやヤクモもセイスの言葉を聞いて渋い顔をしていた。
カナタたちはハックたちが復活するまでの時間をのんびりと待っていたが、その間の会話は先ほどの話の続きや今後のスケジュールの確認でもちきりだった。
「くっ......すまないね、時間を取らせてしまった。しかしまさかここまで大ごとに発展するとはな。明後日の王宮での報告では場が荒れるだろうなぁ。恐らく頭の固い貴族連中は口をそろえて糾弾してくるだろうし私も今から気が重い。」
「ははっ。その場に行かなきゃならない一般人の俺たちの気持ちを推し量っていただきたい。」
カナタたちはベッソの部下たちを拘束して動きを封じた後に王宮からの召還に応えるために連れ立って移動を開始する。
カナタたちがこの王国を統べる者たちの元に向かいながら考えるのはこの世界の上位役員たちはどんな人間なのかということと、権力による”仲間”への危害は断じて許さないという断固とした思考だった。
魔族の胎動により動き出す世界の事など知る由もないカナタだが、新たな強敵との邂逅にカナタの表情はこれから向かう先での謁見の憂鬱さを無意識のうちに思考の端に追いやって現実逃避しながらも自身も気づかないうちに口角が上がっていくのだった。
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