子供
「では、体調も回復したエリーナ様をこの場に呼びましょう。お願いしまーす!」
「呼ぶ!?」
今日の面会の予定はハックだけで、娘のエリーナが来ることなど当然聞いていなかった。そもそも、毒に侵されてもう事切れているとまで思っていたベッソはいくらポーションで回復したと聞かされたとしてもカナタの言葉がすぐには理解できなかった。
「......っ!」
そして、1人のメイドと共に部屋に入ってきたエリーナは毒の影響など全く思わせない、以前と変わらない美しい容姿をしていた。髪はしっかりと張りがあり、潤いにあふれるように艶を取り戻して絹の糸のように滑らかなその姿を輝かせる。さらに痩せていた身体や顔も元に戻り、健康さを窺わせる姿になっている。まあ、流石に数日で体重を激増などできないので、食生活を通常のものに戻してよく食べよく眠るという当たり前のことを実践しただけだったが、毒による痛々しい姿はもう感じさせない。
「ご無沙汰しておりますわ、ベッソ伯爵。この度私は以前のように動けるようになりましたので1度ご挨拶をと参りました。」
「あっ、ああ。元気そうな姿を見られて嬉しいですぞエリーナ様。以前のように美しい。毒に侵されていたことなど全く感じさせないほどだ。」
「ふふっ。ありがとうございますわ。」
(確かに美しい。毒で少し弱って儚げな姿も良いと思うが、そうではない!私との婚姻話を聞きもせずに断りおったその態度を償わせる為にめちゃくちゃにしてやろうと思っていたのに、これでは金の使い損ではないか。)
「エリーナ様も復調した事で我々は今回の件を念入りに調査をしました。毒の入手ルートを探る為に片っ端から裏の組織を当たって今回の件の情報を少しずつ入手しました。ベッソ伯爵にも我々が得た情報を共有する事で調査に協力していただきたいと考えています。」
カナタは当初の予定通りに作戦と話を進めていく。
(ぐふふっ。私に協力を頼むとは、滑稽も極まるのう。以前は少なからず親交があったことが私に良い方に働いているようだ。この調子なら私が上手いこと情報を操作して実行犯の代役を立てれば今回の件をうまく収められる上に、間近にいる私に気づかずに動き回るこやつらを見て楽しませてもらえるだろう。)
カナタの思惑になど全く気付かずに自身のこれからを夢想していたベッソだが、カナタは気にした様子もなく話し続ける。
「如何でしょうかベッソ伯爵!?」
「うむ。もちろん私にできる事ならば協力させてもらうよ。」
「......よし。言質は取りましたよ!では、詳しい話をしていきたいと思うのですが、伯爵の左腕を拝見してもよろしいでしょうか?」
カナタは、いや、カナタたちハック公爵家のバックについた者たちはベッソの発言を聞いて作戦の終了を内心で宣言した。
そしてカナタは最後の詰めを行う。
「左腕?......何をするのかわからんがこれで良いのか?」
一応格上の貴族が連れて来た者の言うことなので嫌々ながらもそれを表情に出さないように繕いながらカナタの指示に従う。
「はい。ありがとうございます。少しそのままで。」
ベッソの腕を掴んだカナタはアリスに目線を向けて頷いた。
その直後アリスはベッソに掌を向けてそのままカナタの掴む左腕に添えた。
「縛れ!"ソーンバインド"」
アリスの放った魔法は一見するとツタを生み出してベッソの腕にただ絡まったように見える。しかし、その効果は魔法で生み出したツタはちょっとやそっとでは切ることができず、軽く巻きついているように見えるが抜け出すことができないように自動的に腕からツタを外そうとするとキツく巻きついて腕を締め付けるようになっている。さらに、この魔法の真髄はツタの巻きついたところに刻まれる"呪いのルーン"だ。
このルーンはアリスの意思でその位置を発信機のように感知できる。さらに、ルーンの刻まれた箇所を固定する効果がある。
「っ!な、なっ、いきなり何をするのだ!おい放せ!娘ぇ貴様の仕業か!?これは何の真似だ!ハック侯爵、こんなことをして許されると思っているのか!?あなたが連れて来た平民が貴族の私に危害を加えた。これは許されないぞ!」
「まあまあ、そんなに騒がないでくださいよ。ただ行動を阻害しているだけで俺たちは危害は加えませんから。」
いきなり拘束されたベッソは辺り構わず大声で吠えまくっていたが、カナタが口を開くと対照的に口を閉ざし、鋭い眼光で睨みつけている。しかし、カナタはまったく意にも返さずに平坦な声音で話を続ける。
「では、順番に説明しますね。俺たちが王都に蔓延っていた各裏の組織を回って集めた情報では、毒の購入とそれを調合できる錬金術師、さらに毒を盛るために貴族家への侵入能力に長けた暗殺者を要する組織に金が支払われていた。しかし、金を払った奴に関しては裏の組織の奴等からでは最後まで辿ることができなかった。」
(ふん。当然だ!金の支払いに出向かせた者も数人の中継をつくり、さらにバラバラの組織に依頼することで関連性を持たせないように人員を散らせたのだから。どの中継をたどろうとも私には届かないようにしてあるわ!)
「まあ、結果的には辿ることができなかったので、方法を変えて俺の従魔に匂いで辿らせました。」
「っ!」
(やはりこの犬共は従魔だったか!しかし、白銀の毛並みを持つ犬の従魔というのは私の記憶にはないが何という魔物だ!?)
ノルンとフィルはスキルで小さくなっているのでベッソにはフェンリルとは気付かれていなかった。
「そこからは芋ずる式にここまで探る事が出来ました。何か反論などがあればどうぞ。」
(くっ~平民の分際で私を糾弾とは忌々しい!しかも私に対して上から物を言う態度が気に入らんぞ。あの余裕に明かした顔を焦りと恐怖に歪めてくれる!しかし、匂いで私の元まで辿っただと、毒を盛ったのはかなり前のことだ。そんなことが可能なのか!?)
「君はその従魔の能力を疑っていないようだが、伯爵である私に対してのこの暴挙をとることの意味が分かっているのかね?後から違いましたでは、ここに居る君に近しい者の首1つでは足りないぞ!」
ベッソは自身の権力を少しちらつかせれば、子供のカナタなど直ぐに顔色を変えて自分に縋ってくると考えていた。しかし当のカナタは顔色1つ変えずに、少し口角を上げながら話を続けてくる。
「そうですね~。ノルンの鼻で探し当てたと言っても、その程度の証拠なら捏造することなんて簡単に出来てしまいますからね。と、言う訳で今回の件をまとめた資料を作成して来たので、まずはどうぞお読みください。」
カナタが差し出すその資料はベッソの屋敷に隠された数々の不正の証拠と自分が手を染めてきた悪事の記録を纏めたものだった。そして今回のエリーナの件についての毒の入手経路や裏取引の数々までもが分かりやすく纏めて書かれていた。
これらの資料はベッソの部屋の隠し金庫の中に厳重に隠されていたものだが、アリスからすればベッソの屋敷にこっそりと忍び込んで神眼スキルを使って鍵を開けて盗み読みすることも容易だった。それらの情報を元にカナタが万物創造スキルで複製した資料がこれだ。
流石にここにあるはずのない物が用意されて、ようやく自分の状況が不利であると理解し始めたベッソは一気に顔色が青白く変わり、冷や汗が頬を伝うのが自分でもわかるほどに焦っていた。今までは物的証拠さえ出なければ裏から手を回して事件そのものを闇に消し去って来た。
しかし今回はどういう訳か隠してあった裏帳簿類が目の前にある。
顔色は悪いくなったベッソだがまだその目には不安や諦めの色はなく、奥の手があることを窺わせた。
(ちっ!こんなことで事を大きくしたくはなかったが、実力行使もやむなしかのう。侯爵に関しては、ここに来たという情報からここに来るまでの道で襲われたという情報にすり替えるよう手配するしかないか。その他の凡夫なんぞはどうとでも揉み消せる。)
ベッソにある最後の余裕という名の希望はカナタたちが見た目の上では子供であり、とても戦える見た目をしていないというのが1つ。それと、ハックが連れてきた人間がメイドとエリーナ、そして執事のセイスだけというあまりにも戦闘面において心許ない不用心なメンツだという事だった。カナタたちが冒険者で、護衛の依頼を受けているのもさっき聞いて覚えていたが、相手戦力のあまりにもな貧弱さに警戒心は急降下してしまったのだった。
「はあ、仕方がない。これは貴重なものだからあまり使いたくはなかったのだがな、そこまで知られているのなら確実にその口は塞がなくてはならないから使わざるを得ないな。」
ベッソが懐から取り出したのは、いつも肌身離さずに携帯している通信魔道具であった。しかも1回しか使用できない使い捨てのものだ。ただしその分効果は優れていて、この魔道具を通してコンタクトを取りたい相手が何処に居ようと念話による会話が可能になるのだ。時間制限があるがどこに居ても念話によって通信できるのはかなり便利である。そもそも伯爵位を持つベッソからしたら護衛との距離が離れるほどに自身に降り注ぐ危険は増すのだから、今のようなタイミングこそが使い時である。
「くふふっ。ワーッハッハ!グフフフフ。」
ベッソはカナタたちに動きを封じられているのにも関わらずに、すぐにこの状態から救出されてカナタたちが倒れ伏す姿を想像して高笑いを続けるのだった。
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