エリーナ
ハックの案内で貴族街を進み、それなりに歩いたところで漸くハックの足が止まった。場所的には貴族街のほぼ中央に位置するとカナタたちは歩いた道のりと距離から推測する。そして、目の前に聳えるのは周りの豪華な家よりもさらに大きな豪邸だった。いや、大豪邸と評したほうがいいのかもしれない。
門に遮られてはいるが、家をぐるりと囲むそれは大体3、4メートルの高さがあり、カナタたちの身長では見上げなければならないほどの高さだ。門と言ってもその作りは白い石で作られた壁のような見た目だ。それこそ大理石のように表面には凹凸も見えず、上層階級の家特有の格式を漂わせている。さらに、外周から中の敷地面積は1個人が所有するには明らかに広大すぎると推測できた。
「ここが私の屋敷だ。遠慮なく入ってくれ。」
「うん。まぁそうだよな。金持ちなのは分かっていたんだし屋敷が豪華なのは想像できた。ただなぁ~、ここまでのものは想像できないって!」
カナタたちはハックは立ち居振る舞いや依頼の報酬額などから一般庶民ではないと考えていた。しかし、いざ屋敷に来てみれば想像を軽く超えるような豪邸に迎えられれば庶民のカナタたちが少し固まってしまっても仕方がないだろう。
そして、復活したカナタたちは再度ハックを先頭に屋敷に入っていく。玄関では屋敷の主人の帰宅に身形をスーツのような衣服で整えた男とメイドであろう女たちが出迎えた。状況的に男は執事なのだろう。
「お帰りなさいませ旦那様。そちらの方々は?」
「ああ。私の依頼を受けてくれた冒険者たちだ。」
「この者らが......失礼ですが依頼内容をしっかりとお伝えしたので?」
「ハッハッハ。私も冒険者ギルドでお前と同じような反応とやりとりをしたよ。なんでも、エリーナに会いたいそうだ。」
「失礼いたしました。旦那様がお連れになった方々に対してあまりに無礼でした。お許しください。」
「お気になさらず。俺たちもこんな子供の見た目の奴らが危険度の高い依頼を受けたなんて言われたら疑いたくもなりますよ。」
「ありがとうございます。」
頭を下げてお礼を言う執事に対して、そんなお礼を言われるようなことをしていないと考えているカナタたちは流石に気まずくなってしまう。
「っと、それよりも月下の雫が必要な方に会わせていただけますか?1分1秒すらも無駄にはできない事態になってからでは流石に拙いので。」
カナタはこの雰囲気をずっと漂わされては堪らないので多少強引に話を切り替えた。
「おお。そうでしたな。ではこちらへ。」
「セイスよ。私は着替えてから向かうから案内の方は任せたぞ。」
「はい。お任せください。」
セイスと呼ばれた老執事の案内でカナタたちは屋敷を進んでいく。当然だが、屋敷の前で話していたカナタたちの他にもメイドやアリスたちもその場にいるため彼女たちの事を考える上でも早く中に入りたかった。しかし、屋敷の中に足を踏み入れたとはいえ、そこはまだ広大な敷地内の始まりであり、まだ庭先に入ったばかりなのだ。ここから、家まではまだまだ先は長そうだ。
そう考えると、セイスやメイドたちは、ハックを出迎えるためになかなかの距離を移動してきたわけで、主人の外出の度にこれを繰り返すのは大変だなと、カナタはそんなことを考えながら案内を受けていた。
「こちらがエリーナお嬢様のお部屋です。旦那様がお連れした皆様を信頼してはおりますが、何卒、何卒お嬢様の姿を見ても驚かないであげてください。」
セイスは案内していた時とは態度を一変させて、寂しむような、悲しむような顔で頭を下げた。
カナタたちはそれだけで病状をある程度は推し量れた。さらに、セイスの発言的に病によって衰弱した姿に対して言っているのではなく、恐らくはエリーナと呼ばれた患者の姿にも影響のあるタイプの病なのだろうとエリーナの部屋の扉の前で少し気合を入れた。
「大丈夫です。もし俺たちが驚くようなことがあったとしても、今回で最後にします。そもそも月下の雫をちゃんと採取してくれば万事解決なのですから、そう心配しないでください。」
カナタたちはそもそも今回の依頼は簡単にこなせると考えている。北の山脈の幻覚作用については、アリスとヤクモの目や長年ダンジョンで鍛えた感覚からなんとかなると思うし、月下の雫探しについてもアリスたちが無双してくれるだろう。
それでもダメなようなら、本来のステータスを解放して虱潰しに探すつもりでいる。
コンコン
「.........」
カナタがエリーナの部屋の扉をノックするが返事はなかった。病状が深刻で返事すらできないのかとも思ったが、セイスが何も言わないことから返事をあえてしないのだと理解した。
「失礼は承知の上で失礼します、よっと。」
カギは掛かっていなかったのか簡単にその扉は開いた。
「っつ!!!」
まさか強引に入ってくるとは思っていなかったエリーナはすぐに布団を頭まで被ってベットの上で丸くなった。
「アリス、どうだ?」
「......コク」
2人にしか聞こえないくらいに小声でやり取りをしたカナタはアリスが視たことで状況は把握できた。さらに、アリスがカナタの問いに肯定したことで大方の予想が当たっていたことも分かったのだった。
「セイスさん。この部屋に俺達とエリーナさんだけにしてもらえませんか?」
「おや。......何か事情がおありですか。分かりました。そもそもこちらからお願いした身、今更2言はありません。」
セイスはそう言うと部屋を出て行った。普通こういった貴族の家で依頼を受けた冒険者に遜ることはない。執事のセイスやメイドであっても務めているのはこの屋敷で家柄も身分も冒険者よりはるかに上だ。さらに屋敷の主であるハックでさえもカナタたちに対して一定以上の接し方をしてくれていた。
その辺このハック家は変わっているとしか言いようがない。いや、そんなことを気にしている余裕がない位にこのエリーナの病気が深刻なのかもしれない。
「ほんと、こんな得体のしれない奴に対して信頼しすぎだよ。......さて、では気を取り直して、オッハヨーゴザイマースッ。」
「へっ?えっ?ふぇぇえええええぇぇ!?」
カナタは力尽くで布団を引きはがした。布団から転がり出てきたのは痩せ細っていて寝間着の隙間から腕や足などの見える部位が木の枝程に細くなった少女だった。髪の毛はくすんだ金色をしており、腰くらいまではありそうなほどの長さだ。こちらも病気のせいなのか髪に張りも潤いもなくなっており、少しパサついたような印象を受ける。髪質はストレートで、やはり貴族の令嬢よろしく元気だったならさぞ美しかったんだろうことはありありと窺える。
年は見た目からしか推測できないが、14、5歳位で見た目の上ではカナタたちより少しお姉さんといった位だろう。
「さて、こうしてご対面出来たしまずは自己紹介から行こうか。俺は君のお父さんが冒険者ギルドで出した月下の雫の採取依頼を受けたカナタです。」
「アリス。此処に居るのは皆仲間。」
「儂はヤクモと申す。よろしくな。」
「ガル!」
「コン!」
「こっちはノルンでこっちがフィル。賢い奴らだし仲良くしてくれると嬉しい。俺達にとっては大切な仲間だ。」
それぞれが自己紹介を終えてノルンとフィルは驚かさないようにそして、怖がらせないようにゆっくりとエリーナに近づいて頭をスリスリしてアピールを欠かさなかった。
「うわぁぁ可愛い!......あっ。」
ノルンたちの可愛さに負けて素の状態で頭を撫でていたが、布団を剥ぎ取られたことで素顔が丸見えになっていることを思い出して顔を隠して蹲ってしまった。
「大丈夫ですよ。大体のことは承知していますし、それこそアンデットとかと闘う冒険者の俺達からしたらそこまでのものじゃないです。それに、その状態を治すためにここまで来たんですし、少しは気を抜いてほしい位ですね。」
カナタの発言はかなり失礼なもので、アンデットと比較するとか立場的に言えばエリーナが騒げば打ち首ものだろう。だが、エリーナの顔は黒い斑点が無数に出来ていて、何も知らない状態で対面していたら流石に誰でも驚いてしまう様相をしていた。
「カナタ、これは病気じゃない。効果の軽い毒を複数摂取したことで起こった副産物みたいなもの。」
「「えっ!?」」
カナタとエリーナは毒という言葉を聞いて堪らず驚きの声を上げる。
「......摂取方法は分かる?」
「流石にそこまでは......でも、こんなに重症化していることから結構な年月をかけて日常的に摂取していると思う。」
「自然に起こりえる事なのかのう?」
カナタたちの思考の切り替えは恐ろしく早い。既にエリーナが実際に症状を発症しているのだから無駄なことに思考のリソースを使うより、先を観ることの方が大切だと経験で知っているのだ。今なお驚いたまま固まっているエリーナとは潜ってきた経験値が圧倒的に違う。
「普通はあり得ない。おそらくは人為的に仕組まれたんだと思う。」
「そんなっ。私は病気ではなかったのですか!?それも誰かが毒を飲ませていたなんて......一体誰が......何で私を?」
「それは分かりませんが、これから探ろうと思います。さて、毒ってことはこれで治せるかな?」
そう言ってカナタがアイテムボックスから取り出したのは”上級ポーショーン”だった。もちろんこれは神のダンジョンで入手したモノで、その効果は折神付きだ。
カナタとアリス、ヤクモの3人はエリーナが普通に病気なら依頼通りに月下の雫を探そうと思っていた。しかし、事ここに至っては今回の事の裏に何かがあることは間違いなさそうだし、こんなことをするような奴が地上に居ることが少し腹立たしかったのだ。カナタたちは他者の命に関してはさほど重要視しないが、人の悪意に関しては過去のいろいろもあって少しばかり感情的になってしまうのだった。
そして、エリーナの状態が毒によるものなのだとしたら、態々月下の雫を使わなくても方法はあると直ぐに思い至ったのだった。
いきなり出てきたポーションにエリーナは戸惑うが、今の症状が毒だとすればこれで回復すると説得してポーションを受け取らせ、回復を図るのだった。
カナタたちはポーションをしげしげと見るエリーナを他所に今回の事件について思考を深めていくのだった。
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