突然の戦闘と唐突な別れ
少し残酷な描写があります。苦手な方はお気を付けください。
カナタたちはこの辺りでは比格的見晴らしの良い少し小高い丘で、今後のことについて話し合うためにとりあえずはという事で、お互いに自己紹介を行なっていた。
しかし、リリーから始まって、今しがた話の区切りがついたカナタまでの4人が自己紹介をしたところで、周囲の木々を抜けて木の葉を揺らすような「ガサガサ」、というような明らかに自分たちが発した音ではないものを感じた。
また、ワーウルフの原種であるマシューはその種族特徴でもある鋭敏な聴覚で、複数の足音が迫ってきていることまで察知していた。
「「グギャグギャル」」
「「ギャギャギャ」」
「「Gigagiga」」
と口々にカナタたちには理解できない言語?鳴き声?を発しながらゴブリンたちが十匹程、木々の間の草むらを揺らしながら現れたのだった。
「ゴブリンだ!クッソ!この世界にもやっぱり居やがったか。」
そう声を発したのはマシューだった。おそらく彼の故郷でもある、こことは別の世界でも遭遇したことがあるのだろう。
マシューはその鋭敏な聴覚で先んじて気配を掴んでいたこともあって、比較的落ち着いて敵であるゴブリンたちの様子を伺い、周囲にいるモンスターを見たこともないメンバーに声をできるだけ潜めながら情報を伝える。
「今俺たちの目の前にいるのはゴブリンというモンスターだ!この世界じゃあどうかは流石にわからねぇが俺の世界じゃあモンスターの中でも雑魚の分類だ。一匹一匹はただ真っ直ぐ向かってきて闇雲に武器や拳を振るって来やががる。ただモンスターだけあってその膂力はなかなかのもんだ。しかも俺たちは武器すら持ってねぇ。気をつけろ!!」
「其の魔力は我を巡り、我が前の敵を打て。”ファイヤーボール”」
「ギギャアー」
「こんな化け物との戦闘なんて初めてだけれど、マシューの言う通りそこまで強くはないみたいね。」
マシューの説明を聞いて身構えて動けなくなってしまっていたカナタと吸血鬼の真祖の少女とは違い、リリーはゴブリンを視界に捉えた時から魔力を練ることに集中し、マシューの情報から魔法を選択して放った。
「オラァッ!」
「ギギィ」
そして、マシューも同様に臆することなく近くに迫っていたゴブリンに対して殴り掛かって行った。それを機にグリアドも戦闘に加わり、壮絶な死闘へとなっていった。しかし、カナタたち子ども組はその光景を見ていることしかできず、動けないままでいた。
リリーの魔法の着弾からスタートした戦闘だったが、数分も戦っているとゴブリンの数は半分の五匹にまで減らせていた。しかし、戦っていたリリーたちも流石に無傷とはいかずに後衛で魔法を放っていたリリーは所々に擦り傷を負い、肉弾戦をゴブリンと繰り広げていたマシューとグリアドは体のあちこちに切り傷を負い、血に塗れながらも、しかしゴブリンへの殴打は止めずに攻めていた。
そんな中でしかし、いくら普通の人間とは違い原種であるとはいっても根本的にはそこまで人間と比較しても差があるわけでもなく、むしろここまでダメージを負いながらもまだ勇猛に攻めていることが原種であるということの証明であった。
つまり、継続戦闘における体力及び持久力の限界は唐突に肉体に訪れてしまった。
マシューとは違い、その頑強な肉体を活かして肉を切らせて骨を断ってきたグリアドは度重なるダメージと出血により、徐々に相手に与えるダメージも減少してきていた。
「ごふっぅ」
「「っッ!........」」
「グリアドっ!!」
少し離れたところで戦っていたマシューは、リリーのその悲痛なそして必死な叫び声を聞き反射的にグリアドの方を見た。
「...っジジィイイィイィィ!!!」
そこでマシューが見たのはゴブリンの刃が欠けたり所々錆びたりしている、今まで自分が戦っていたゴブリンも持っていたし何度か自分も切られた、たいして出来の良くない古びた剣が肉体を貫き、今にも倒れ伏してしまいそうになっているグリアドの姿だった。
「クッソがっ邪魔だ、退きやがれ!.......り、リリー魔法でジジィを何とかしてくれ!!助けてやってくれ!!」
しかしリリーもグリアドの惨状を見て気が動転してしまったため、それまで唱えていた呪文をやめて叫んでしまっていた。さらに、高めていた集中力も切れてしまって次の魔法の完成まで少し時間をとられる事態になってしまっていた。
「其の魔力は我を巡り我が前の敵を」
「リリーさんっ!」
「うっッ!」
急いでグリアドの側にいるゴブリンに対して新しく唱えた魔法を当てようと詠唱していたリリーだったが、カナタの自分の危機を知らせる叫び声に咄嗟に反応して拳を振り上げて迫ってたゴブリンに気づき、間一髪で前方向に転がる形で何とか躱した。
何とか攻撃を躱したのは良かったが、本来魔法での遠距離戦闘を主として行うリリーはまだこの世界に来たばかりで、空気中に魔素はたくさんあるのだが元の世界のようにはまだ魔法を使いこなせていなかった。
そんなリリーが連続で魔法を放つことはまだできなかった。
「このっ...来るなっ...」
「リリーさん!...くそ.........ッ」
「ぅっ.....」
カナタの叫びも虚しく接近戦が不得手であるリリーはゴブリンたちに囲まれ殴打され嬲られていく。
吸血鬼の少女も声にならない声をあげ、顔を青くさせているがカナタ同様その視線は下を向くでもなくしっかりと戦闘を捉えていた。しかし、だからと言って体が動くかどうかは別問題であり二人は体を震わせながらその場から動けないでいた。
しかし、その震えはゴブリンに対するただただ恐怖によるものが全てであるわけではないことを、リリーたちの姿を見て硬く握られた二人のその手が証明していた。
唯一の希望であるマシューもゴブリン二匹に前後から攻められ、上手い具合に手助には行けないようにされていた。
「邪魔だ、邪魔なんだよ、退きやがれよクソどもっ!!」
マシューの攻撃も二人の惨状を見て激しさを増していくが、本来マシューはグリアドのような頑強な肉体を持っているわけではない。そのしなやかな筋肉によるバネとスピードが武器である。故にその行動も徐々に精細さを欠いていきゴブリンの攻撃による被弾率も徐々に増えていってしまった。
これはマシューにとっては悪循環でしかなく最悪の状況も時間の問題に思われる。
そして......
「ギャーギュゥ」
ニヤニヤと醜悪に嗤いながらグリアドを甚振っていたゴブリンがもう飽きたと言わんばかりにその剣であっさりとグリアドの首を跳ね上げた。
噴水のように流れるグリアドの血液をカナタたち子ども組は涙を流しながらその様を見ていた。
そしてグリアドを相手にしていたゴブリンはそのままマシューの方の戦闘に加わり、より一層事態を悪化させていく。
また、リリーを嬲っていたゴブリンたちもグリアドの方の戦闘が終わった事に感化されたのか、唐突に嬲るのを止めてリリーの細く美しい華奢な首を捩じり折ってしまった。
グルアドとリリーが殺されたことに対してカナタは溢れる涙を拭くこともできず、絶望する暇すらもなく、頭をフル回転させていた。そして漸く、しかしそれはあまりにも遅かったが一つの手立てを思いついた。
それは機械文明が発達している世界であらゆるメディアに触れ、今まで何度も似たようなことをーー物語の中でだったがーー経験してきていたカナタだったから気づいたことなのかもしれない。
そういった知識が思い出せないほどに目の前で起きたことが現実離れしていて、動揺し冷静さを欠いていたのだった。
とはいえそれは無理からぬことだろう。カナタはまだ十三歳になったばかりの少年であり、いくら原種であるとはいえ、この状況でそれを言うのはあまりに酷だと言える。
しかし現実はあまりにも無慈悲で残酷で容赦などはしてくれない。
「ギャギャ」
「グギャㇽガ」
「GYAGUA]
「くっそ......ガキどもっ...逃げやがれっ......!!!」
リリーと闘っていたゴブリンたちまでマシューの方に行き、結果五対一で戦うことになってしまったマシューはさすがに数の不利に押され、既に左腕を切り落とされ、全身が打撲や打ち身などの傷でもうボロボロの状態だった。
しかし、直前の話でも言っていたようにマシューは己の身を投げ打ってでも子供たちを逃がすことを選択し声を張り上げた。
しかしてやはりその隙は大きかったのか、無情にもマシューは剣で胸を刺され、とめどなく流れる血液の中で命の灯は消えていったのだった。